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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第2章.飛翔
58/111

54.幕切れ


 何も考えられない。

 自分のなかの”何か”が音を立てて崩れていく。

 世界が色づく、とはよく言ったものだ。視界に入るありとあらゆるものが次々と色を失っていく。

 心の臓に何か引っかかりのようなものがある。呼吸は出来る。しかし、空気が重い。吸うのにも吐くのにも一苦労だ。

 ”あの日”の記憶が、味が、感触が、甦ってくる。


「知り、合い……? テキトーなやつを選んだ筈だぞっ!?」

「そんなもの、拙者がお主を誘導したに決まっているであろう。拠点まで調べ尽くしてあるんだ、周囲の人間を把握していないわけがなかろう。……あやつはラプトルの無二の親友。奴に影響を与えている人間の死、それも手にかけたのは“自分”となればヒーローの立つ瀬もあるまい。くくっ、いい働きであったぞ、御門悠乃」

「!! ……おえっ! ごほっ! がっ!」

 あまりの事態にえづく悠乃。彈への殺意はあれど、“話が違う”。

「て、てめえっ。悪趣味にも程があるぞっ」

「ラプトルを殺す目的のお主が何を言う。同じであろう。いや、親しい人間を亡くした痛みが動機のお主は、人からそれを奪ったことに後悔しているのか? 笑わせる」

「てんめえ……」

 マキビシは彈達の方を向く。放心状態の彈。

「おや? 相当まいってしまったようだな。これでは使い物にならないやもしれぬ」

「ラプトルっ!」

 誠と光子は彈の側に駆け寄る。しかし、声をかけれるような雰囲気ではなかった。

 親友を殺した。それによる心傷がどれ程のものなのか、想像したくもない。

「オイ、これが終わったら俺と喧嘩だってのに……これじゃ期待は出来なそうだ」

「鷸水さんっ! そんなこと言ってる場合ですか!?」

「あ? 俺はそれが目的なんだよ」

 空気の読めない薊瞰をよそに誠と光子は彈の背中に手を当てる。

「お、落ち着いて下さい。これは……あ、あなたのせいじゃあない」

「そっ、そうですよ! あいつらひどい……残酷すぎるっ。本当に同じ人間だって言うの!?」

 二人の手は震えていた。燦護は銃口を変わらず向けている。

「斉藤さん。音声だけでは分かりかねると思いますが……」

「言うな。大体わかった。お前の目の前の奴が、信じらねえくれえの外道だってことはな」

「……ええ」

 この子達は……。二人してこんな状況で他人を気遣う余裕のある強い子達だ。対して、俺はかけてやる言葉すら見当たらない。情けない。

「お前だって満身創痍なんだろ? スーツで体を隠してたって分かるぞ」

 燦護がマキビシを煽る。

「バカを言え。ボロボロなのは同じことだが、銃ごときで変わりはせん。拡張者はたしかに警戒が必要だが、こちらにだって超人、御門悠乃がいる」

 そうは言ったマキビシだが、横の悠乃はもはや戦意を無くしているように見えた。彈ほどではないと言えるが。

「……ちっ。今更、罪悪感など感じているわけではあるまいな? 無情になりきれない悪役になんの意味がある? “あちらに戻れる”などと思うなよ」

「あ、たしはそんな……っっ」

「はあ。何はともあれ、”貴様らの負けだ”。拙者を含めたこの場の全員、既に戦える状態ではあるまい。ははっ。しかし! ……こちらには“助っ人”がいる。ラプトルが人を殺したこの状況を見て、どう思うかな?」

 にやりとマキビシが目を細める。

「何だと?」

 何故こんな状況で余裕でいられるのか。

「ラプトル、お主は確かに多くの人間を救ったかも知れぬ。だが、肝心な身の周りの大切な人間は守れていない」

「黙れっ!!」誠はマキビシを睨みつける。「お前に、この人の何がわかる……俺だってほんの一ヶ月にも満たない仲だけど、この人を尊敬してる。お前みたいな奴が踏み荒らしていい領域じゃあないんだよ!」

「法律にそぐわない偽善の犯罪者を、異端の超人である学生が庇う、か。実に面白い! 滑稽で、愉快で! ……やはり傑作だ」

 マキビシの後ろからある人影が歩み寄る。

「おっと。思ったより早いご到着だったな。あと十五分程度は時間を稼ぐつもりであったが。さて……裁きの時間だ。”ヒーロー”」


「———下衆が」


 一体何が起こったのか。

 その場いる全員が瞬時に把握することは出来なかった。

 全員が軽く見知っている人間であることは確か。画面越しや誌面上ではあるが。その死神は彈達にとって、“一番の敵である男の首”を躊躇なく跳ね飛ばした。

 宙に舞い、そのまま落下する。

 先程まで“マキビシであった”その首はころころと悠乃の足元へと転がり込む。

「ひっ……!」半歩後退りをする悠乃。

「確かに、良い切れ味だ」

 脚の装備が高く細かな音を立てて振動している。

「お前は、モノクローム……!」

 燦護は初めて遭遇する、ラプトルと同じ最優先捕獲対象の私刑人に動揺する素振りを見せた。

「モノクロームだと!? 何がどうなってんだっ」

 斉藤は電話越しに頭を抱える。

「て、てめえ、いきなり出てきてなんなんだっ……ぐっ!?」

 モノクロームは悠乃の腹部に蹴りを入れ、行動不能に陥らせる。

 その視線は次に彈に注がれる。当人である彈は事切れたように動かずにいた。

「ここまでの悪行。見るに耐えない下衆だったな)

 モノクロームはマキビシに呼ばれるより速く、陰から事の一端を見ていたのだ。マキビシの動向を探る内に、まさかこんなことになろうとは。

「お前を葬る、いいきっかけになったよ」

 モノクロームは全員を一瞥する。ラプトルはもちろんのこと、ビーターまで居る。

 片や意気消沈、もう片方も消耗しているように見える。普段ならばここでまたもう一戦が始まるところだ。

「……この女はやる。好きにしろ」

 モノクロームはそのまま踵を返した。

「あーあ、白けちまった。ラプトルもこんなだし、俺も帰るか」

 薊瞰もそう言い、モノクロームとは違う方向へ歩き始める。

「鷸水さんっ!」

 光子の叫びも虚しく、薊瞰が歩みを止めることはなかった。

「斉藤さん、とりあえずこの場の全員を」

 燦護の言葉を遮ったのは光子だった。

「いいです。ラプトル様は私と誠くんで運びます。……ラプトル様は流石に難しいだろうけど、私と誠くんはここに居なかったことにしてもらえませんか? 加えて、この場を見逃してくれると助かります」

「深鈴先輩っ!?」

 光子の思い切った頼みに燦護は困惑する。

「……帰してやれ」

 緊張が解けた左手に握られたスマホから斉藤が指示する。

「し、しかし」

「ただでさえ俺やお前は独断行動だ。この惨状に加えて、件の拡張者やビーターが居たとなると余計ややこしくなる。このまま見逃すのが得策だ。心配すんな、責任は俺が取る」

 燦護は渋々納得する。光子と誠は、聡の亡骸を抱えたままの彈をゆっくりと引き剥がす。

「ラプトル様……帰りましょう」

 彈の腕は力なく、するりと抜ける。二人に支えられながらなんとか立ち上がる。

「会館の中にあの御門悠乃に操られてた人が大勢居ます。恐らく一人も死人は居ないと思います。……よろしくお願いします」

「……わかった。その人達、この青年、そして御門悠乃のことは任せてくれ」

 辿々しい足取りで三人はその場を後にする。斉藤との連絡を切り、燦護はすぐに応援を求めた。


 三人は以前集まった誠の家に向かっていた。

「ゆっくり、ゆっくりでいいですからね」

 光子は虚ろな表情の彈を見ながらそう言う。誠も足取りを揃え、彈を慎重に扱う。突然、彈は何かを思い出したかのように立ち止まる。

「ラプトル?」

「……行かなきゃ」

 日は沈み、気づけば夜の入り口に立っていた。

 二人を振り解き、別の方向へ歩き始める彈。

「ラプトル様っ! 行くってどこに!」

 二人の声は届かず、制する手すら拒んだ。一人ふらふらと遠くなっていく背中を、二人はただ見つめることしか出来なかった。


 拠点である廃墟には寄らず、自宅で“正装”に着替える彈。疲れはもちろんのこと、ヴィーナスから受けた傷も充分に回復してはいない。

 脱ぎ捨てたカーゴパンツのポケットが鳴り響いている。そこにはスマートフォンが入っていた。光子が拾い、彈のポケットに入れておいたのだ。何度も亜莉紗から着信が入っていた。

 画面を一瞥し、気にも留めずに家を出る。


 街を歩く。辿々しい足取りのまま。

 いつもならば高所を選び、建物の屋上などをパルクールで伝って駆けるラプトル。街を一般人と共に“歩く”のは初めてであった。

 当然の如く降り注がれる視線。

「おい、あれラプトルだよな?」「おいおい、なんかふらふらだぞ」「本物?」「大丈夫かよー」「サインもらおうかな」「やめとけってそんな雰囲気じゃなさそうだぞ」

 警官の一人が彈に声をかける。

「あのー、一応の確認なんですけど、もしかしてラプトルであってますでしょうか? コスプレかな? なんにせよここじゃ人目につきますんで、ひとまず一緒に来てもらっていいですか?」

 言葉など右から左。聞こえていないかのように歩き続ける彈。

「あ、あのー」

 彈は繁華街の中に入っていく。おおよそ治安の良いと言える場所ではなかった。ついてくる警官の声には耳も貸さず歩いていると路上で喋っていた男性にぶつかってしまう。

「あ?」

 五、六人の集団であった。女性の手を乱雑に掴み、ナンパをしているところだった。いかにもガラの悪そうな風貌だ。

「あ……」警官も思わずたじろぐ。

「え、なに? 何か用?」

 男は彈を睨みつける。

「こいつラプトルじゃね?」「まさか、ニセモンだろ」

 取り巻きがこぞってニヤニヤと騒ぎ立てる。

「面白え、お前がラプトルだってんなら、俺を取り締まろうとか捕まえようって魂胆で近づいたのか? あ?」「ちょっと一誠クン! やめとこうぜ」「いやお前止めんな、やれやれ一誠」

「こ、コラ君達」

 警官が忠告するも、二人がかりで抑えられる。

「まあまあっ」

 辺りにはちらほらと人が立ち止まっていた。現場には、ピリついた肌を刺すような雰囲気が充満している。

「……」

 上背の高い男の胸元を虚ろに見つめる彈。マスクの駆動音だけが呼吸の度に静かに聞こえる。

「オイ? 聞いてんのか?」

 男は胸ぐらを掴む。

「……」

 黙ったままの彈。

「おい、喧嘩ふっかけといてこれだぜ?」「ははっ」「かわいそ」

 男は有無を言わさず彈を殴りつけた。そのまま地面に倒れる彈。女性が悲鳴をあげる。

「きゃっ!」

「ってぇ……そのマスクみてーなの硬えな」

 倒れた彈の頭目掛けて力いっぱいの蹴りを入れる。ひどい音がした。

「うわっ……」「サッカーボールキックはえぐい」「ぎゃはは」

「やめなさい! 君達! 逮捕されたいのか!?」

 警官を宥めるように三人ほどが前に立ち塞がる。ボス的な男、一誠は続きざまに腹を蹴る、蹴る、蹴る。

 混濁する意識。

 じわりと体に痛みが走っている。

(なんだ……? 俺はなんで攻撃されてる? 確かマキビシ達と戦って……それから……上手く頭が働かないな)

 倒れた聡の姿が脳裏に浮かぶ。

(何もなかった。何だろうこの気持ちは。深鈴さんは? 美波野くんは? 鷸水さん、常良さんは?)

 再び親友の顔。

(周りに人だかり? ……! ここは街の真ん中か! なんで蹴られてる? とにかくここから逃げなきゃ……!)

 彈は最後の蹴りを肘で受け止める。

「ぐあっ!?」

 脛に激痛が走りそのままよろける一誠。立ち上がり、人混みをかき分け、一目散に逃げる彈。

「お、追えっ!!」

 残りの取り巻きの男達が彈を追うも、その影を踏むことすら出来なかった。


 夜道。

 仕事帰り、円環は売れ残りのケーキを片手に自宅へと向かっていた。

「おばあちゃん、残りの仕込みをやっていくって言ってたけど、絶対あたしも残った方が良かったのに」

 円環の目の前、向かいから歩いてくる男性。その男性は変わった格好をしていた。

「え……?」

 テレビや雑誌で見たことがある。

(あれって、ラプトル? だよね……本物見るのなんて初めて……。こんなところでパトロール? ちょっと怖いなあ。目を合わせないようにしないと! ……? なんだか様子が変)

 ふらふらの彈は円環の前で力なく倒れる。

「!? ちょっと、大丈夫ですかっ!?」

 円環はすぐに駆け寄り体を起こす。

「ぐ……ごほっ! うぅ……」

 全身は汚れていて、顔からも血が出ていた。

「ど、どうしよう」

 金属製のマスクをつけている。恐らく吐血しているのか、ひどく呼吸をしづらそうだった。

「大変……! とにかく、ごめんなさいっ。これ、外しますねっ」

 介抱をしなければ。

 円環にはここまで傷だらけで疲弊している男を見捨てることなど到底出来なかった。

「な、かなか外れない……あっ、これでなんとか」

 後頭部にある接続部を外し、マスクを取る。ヒーロー、その素顔が露わになる。


「え……し、し、震条さんっ!?」


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