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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第2章.飛翔
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53.戦いの果てに


 ヴィーナスの、力と素早さ任せに打っていた攻撃の”質”が変わる。

 まるでキックボクサーを相手にしているようだ。躱しきれない攻撃を、どれだけ捌き・流し受けてもその威力は無視できない。一発一発が必殺の威力を誇る。

 空手家顔負けの見事な踵落とし。無論、破壊力は人間のそれではない。御門悠乃の言う通り、無数の武道家格闘家を相手にしているようだった。

 次々と目まぐるしく変化する戦闘スタイル。彈の体力的にも相当の消耗が見られた。それでも機械は、手を緩めたりはしない。

 身体はやや斜めに、右足を軸に反対の左足を前に、少し膝を曲げてつま先立ちの要領。両手を顔の前に出し、右手側は若干後ろに、左を前方に突き出す。そのムエタイのような構えから突如繰り出されるハイキック。あまりの速さに彈は左脇腹への被弾を許す。初撃と同等の距離を吹き飛ばされる。

「くっそ……っっ!」

 大切な人を失った原因が俺、か。あの人が直情的なのは分かる。恨まれても仕方ない。でも、それを考慮しても、今ここでやられるわけにはいかない。

 一つ引っかかったところがある。レッドに何度も力を使ったと言っていた。

 本当だろうか。

 相手は“あの”レッドだ。何度も同じ相手に操られるなんて考えにくい。

「ふっ!」

 今は考えている余裕は無さそうだ。

「レッドはこんなこと望んでない!」

「知った風な口を、聞くな!」

 悠乃の感情に呼応するようにヴィーナスはその動きをより鋭敏なものにしていく。

 マキビシが全ての操作をしていると思っていたが、御門悠乃もコントローラーのようなものを持っているのであろうか。とはいえ、いくら彈といえど、このままでは敗北を喫するのは時間の問題であった。

「あなたの気持ちは分かる!」

「なんっ」

「俺もかけがえの無い人を二人亡くした!!」

「!」

 ヴィーナスの攻撃の手が緩まる。

「……きっ、はなあ……”悠気”はあたしの、“たった一人の味方”だったんだ!!」

 ゆう……き……?

 ひどく心を乱される。胃の底から何かが這い上がってくるようだった。

 駄目だ。自分をしっかり持て。惑わされるな、揺らされるな。

 俯き、考えを巡らせている様子の悠乃。

「……お前の大切な人の死ってのは、事故か? 自殺か? それとも、殺人か?」

「それは……っ!」

 あの日の記憶がフラッシュバックする。二度と思い出したく無い過去。自らの生き方を百八十度変えた人生の岐路。

「……れ、レッドは俺にとっても大切な人だったんだ。学ぶことがいっぱいあった。進むべき道を示してくれた。そしてあなたの言う通り、俺を庇って、死んだ」

「てめえ……」

「だから、“あなたの気持ちは分かる”」

 ヴィーナスの脚が地面に突き刺さる。そこらの掘削機など相手にならない。彈は間一髪逃れた。

「気持ちがっ! 分かるならっ! さっさと死んでくれよぉっ!!」

 悠乃の左目が強く眩く光る。彼女の激昂に合わせてヴィーナスの動きが変わっている。

 一つの懸念が生まれる。

 もしかして、ヒト以外も操れるのか。そんなの馬鹿げてる。

 悠乃は鬼のような形相だった。

「人が想像や憶測で物事を理解するのは不可能だ! ———“経験則だけがものを言う”」

 ヴィーナスの攻撃は瞬きをするほどに速く、加速していく。足払いを避け、宙に跳ぶ彈。これが悪手だった。空中では攻撃の方向に合わせて跳び、威力を相殺することも出来ない。

 そのまま回転し、遠心力を乗せたヴィーナスの裏拳が、またもや彈の左脇腹に直撃する。木の枝を踏んだような音が僅かに聞こえる。嫌な感触がした。同時に激痛に襲われる。

「うぐ……っ! ああ、がっ」痛みにのたうち回る彈。

 こんなときにっ、スーツがあれば……!

「肋が折れたか? よし、殺すのは後だ。一先ずはマキビシの要件から……って!?」

 悠乃の視線の先には一目で劣勢と見て取れるマキビシの姿があった。


 恐らく一級の格闘術の使い手と拡張者のコンビ。とても初めてとは思えない連携。あまりにも強い。

 マキビシが投げた手榴弾も、空中で静止し、爆発までの少しの間に上空高く持ち上げられる。

 そのまま空高くで爆発する。誠が遠距離攻撃に対応している間は、燦護が徒手でマキビシに対応。それが片づけば再び二人の攻めによって劣勢を強いられるマキビシ。もはや勝敗を覆すことは困難であった。

 またもや腰に手をやり、手榴弾を投げるマキビシ。

「何度やっても同じだよ!」

 誠は同じようにそれを掴む。

「? これは!」

 燦護は即座の判断で後方にバックステップをする。手榴弾は、誠が上空へ上げる前に爆発をした。その際の煙に乗じて悠乃の元へ逃げ果せるマキビシ。

「な! どういう……!」

「単純だよ。腰に手を回し、ピンを抜いた状態で一秒程持っていたのさ」燦護が説明する。

 燦護は誠と彈の等距離の場所に位置取る。

「くっ、腹立たしい……!」マキビシは既に息も絶え絶えであった。

 しかし、こうして敵味方で合流出来たのは大きい。喜びも束の間、悠乃の目の前で蹲っていた彈が立ち上がる。

「はあ!? まだ立ち上がんのかよ。痛えだろ? いい加減諦めろよ」

 彈は脇腹を押さえ、震える脚を拳で叩く。

「す、好き勝手暴れるお前らをそのままにはしておけない……それに、このまま捕まってダニエルの場所を吐いておめおめ殺されるとでも? はっ、ふざけんなよ」

 言葉が荒い。彈が腹を立てているところを初めて見る。誠と光子は息を呑んだ。彈の側に燦護が近寄る。二人もそれに続く。マキビシは恐らくもう戦えない。悠乃と共にヴィーナスの影に隠れている。

 三対一。状況は好転した。勝てる。

 しかし、あの装甲を破るような強力な攻撃の手段はこちらには無い。何か弱点がある筈。例えば、主電源。起動スイッチのようなものとか。

 ヴィーナスの駆動音が大きく聞こえる。

「出し惜しみは出来んっ……最大出力だっ!」

 相変わらず悠乃の目が強く光っている。

「気に喰わねえが……」悠乃が何かを呟くが、彈達には聞こえない。

 マキビシはモノクロームのように顔をマスクで覆っている、ラプトルよりも多い範囲を隠して。だが、目元にレンズやゴーグルのようなものは無く、視線だけは読むことができる。

 彈はあることに気付く。先程からマキビシがヴィーナスの背面、上方向をチラチラと見ていることに。

 背中側に何か“活路”はある。

 ヴィーナスの強い踏み込み。ヴィーナスの速さには慣れたと思っていたが、初撃と同様の反応の遅れを感じる。戦い疲れたのではない、単にあちらの動きが1.5倍程速くなっている。

 彈と燦護の間に小さなクレーターが出来た。それを挟み込むように二人が連携して攻め入る。燦護の蹴りが腹部に決まる。

「〜ってぇっ!」

 普段は硬いスーツがある。今は生身、加えてマキビシの装甲よりも遥かに厚い相手。こちらの蹴りがいくら威力を増そうと、このままでは脚が使い物にならなくなる。

 彈は戦闘しながらもヴィーナスの背面を観察する。背中には硬い装甲とそうでない精密機器のような部分が見受けられる。

 首元には二本の動力パイプ。どちらも弱点としてはあり得る。ただ、それが全てとは限らない。その中身の動力部を壊す必要もあるかもしれない。なんにせよ、ひとまずはこの機械の動きをどうにかする。同時に、マキビシもやはりヴィーナスの後ろを気にしているようだった。間違いない。

 いくら怪力の機械と言えど、誠が両手で力いっぱい片足のみを狙えば、倒させるのは難しくはない。バランスを崩したヴィーナスの背後にしがみつき、肩甲骨にあたる部分の装甲を剥がす彈。

「お、らぁっ!」

「なっ……! 無理矢理力で、だと……!?」

 ヴィーナスから少量の火花が飛び散る。マキビシの反応から見ても、明らかに”嫌がっている”。

「鍛えてますから」

 なまじヒーローをやっているわけではない。

 三人の連携。目的は必ずしも一緒では無いかもしれない。しかし、それぞれが目先の脅威を止めようとする想いは確実に一つになっていた。 

「やめろ!」

 他二人が撹乱している間に残りの一人が攻撃に転じる。彈は執拗に背中の攻撃に努めた。

 マキビシの焦燥が伝わる。ヴィーナスの動きも攻撃を繰り返すごとに鈍っていくのがわかる。

「拙者の最高傑作が、通じぬと言うのか……?」

 項垂れるマキビシ。横の悠乃は黙ってそれを見ている。

「お前らの主戦力は、ここで……潰す!」

 ヴィーナスの動きは既に、かなりのレベルが落ちていた。燦護は残りの弾丸を再装填し、ヴィーナスの膝部分を狙う。誠は力を使い、よろめくヴィーナスの両足を固定する。

「や、やめてくれ!!」

 彈はヴィーナス目掛け、走り出す。

「仕上げだっ!」

 そのまま前方にジャンプし、両手でヴィーナスの頭部を掴み、直線上に倒立する。

「ふっ!」

 しっかりと掴んだまま、体全身を回転させ、首を捻じ切る。パイプは千切れ、ヴィーナスの頭部は一回転した末、両膝を着き、後ろに倒れた。

「よしっ!」

 誠は思わずガッツポーズをする。光子もほっと胸を撫で下ろした。

「終わったんですね」

 燦護は銃口をマキビシに向ける。時を同じくして、会館入り口から息をきらした薊瞰が出てくる。

「ぜーっ、ぜーっ……なんだ? 状況はよくわからねえが、一段落ついたって感じか?」

 彈は立ち上がり、マキビシと悠乃の方を向く。

「もう諦めろ。お前達に勝ち目はない」

「……」

 違和感。

 誰が見ても明らかに覆ることのない崖っぷちの状況。そんな中、マキビシは笑っていた。

「ふっ……ははははははははは!!」

 異様な雰囲気が漂っていた。悠乃の顔にもじんわりと汗が滲み出ている。

「……何がおかしい?」彈はマキビシに問いかける。

「なに、こうも事が上手く運ぶとはな。拙者が不利なことに変わりはないが」

 何のことだ。とても笑える状況じゃない。気でも狂ったのか。いやそんなようには見えない。

 一体、何をされた……?

「こんな三文芝居に騙されるとはな。彼女の能力を少々警戒し過ぎたのではないか?」

 活動を終了した筈のヴィーナスから駆動音が聞こえる。胸部アーマー・頭部メット部分が開き、その”中身”を露わにする。

 ———中には人が入っていた。

「人……!?」光子はあまりの光景に口を塞ぐ。

「おいおい、マジっすか……」燦護も動揺を隠せない。

 初めから機械ではなかったのだ。中に入っていた人間を操っていただけ。故に悠乃の瞳が輝いていたのだ。

「こやつが操っているとは言えど、この全身アーマーの完成度、パワーやスピード、戦闘補助システムは間違いなく拙者の最高傑作だ。とはいえ、お主の“壊しやすい程度”にはしてあるがな」

「……気は乗らなかったが、ひ、人一人でも殺しゃあお前が罪悪感のあまり止まると思ってな」

 そう言葉を並べる悠乃の声は震えていた。

「オイオイ……」

 薊瞰はゆっくりと彈達の方へ近づく。

 そして、彈が一歩、また一歩とヴィーナス、その中の死体に近づいていく。

「ふっ、はははははは!! 傑作だ! これで、ダニエル・シェーンウッドを差し出す気になったか!? ラプトル! もうこれ以上、”知り合いを死なせたくないだろう”?」

 誠・光子・燦護・薊瞰・悠乃、全員が予想をしていなかったマキビシの発言に愕然とする。

 彈は死体を抱き上げ、乱れた前髪を分け、その顔を撫でる。

「さ、とる…………?」

 そこに返事は無く、ただ友人の体が力なく横たわっているだけだった。


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