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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第2章.飛翔
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52.朱い記憶


 生まれたときからあったんだろうが、あたしがこの力を自覚したのは六つのときだった。

 一度目を光らせれば、大人達は言う通りに動いた。動かせた。右も左も分からなかったあたしは所構わず力を使った。

 小学校に上がった頃も続けてたら、案の定周りにバレ始めたよ。こっそりイタズラ感覚でやってるつもりだったけど、ガキの目が紫色に光るなんて余程の馬鹿じゃない限り気づくわな。後から聞いた話だが、親どもは薄々気付いてたらしい。あたしは気づかなかった。

 学校ではすぐに奇異の目を向けられる。”変な奴ってレッテルが貼られるんだ。その保護者にもすぐに伝わり、気味悪がられる。当然、その影響は家族にまで及ぶ。二つ下の弟はよく分かっていなかったけど、親どもは苦労しただろうな。それでもあたしに気づかれないよう毅然と振舞ってくれたよ。

 それも四年くらいで限界が来て、転校をした。

 転校先の方が環境は酷かったよ。前の学校は幼稚園からの上がりだったからな。ある程度見知った仲だとそこまで酷いことはされなかった。でも、転校先では“しっかりと”いじめられたよ。

 ただでさえ不思議な力を持つあたしがアウトドアで元気っ子だったのが、同じ歳のヤツには相当気に入らなかったんだろう。子供は無邪気だよな。平気でいろんな嫌がらせを考えるもんだ。相手が誰なのかをよく考えずにな。

 あたしは“やられたことをそのままやり返した”。もちろんこそこそやっても、仕返しするのなんてあたし以外居ないからな。堂々とやったよ。毎日のようにあたしだけが怒られた。それでもスカッとする反撃を辞める気は無かった。

 この頃から父親も母親もあたしを庇うことは無くなった。そして関心も。

 それでも、ずっと弟だけはあたしの味方で居てくれた。

 小学五年から中学二年まで続いたいじめはあたし優勢のまま自然と終わりを迎えた。あたしが芸能のスカウトを受けてから、周りの態度ががらりと変わったんだ。

 あたしはいじめの反撃以外は真面目な生徒だった。大人達もこれ以上揉めるより、学校からスターを作った方がいいと気づいたんだ。大人も子供も、富や名声に謙り、ごまをするのは至って普通のこと。親も態度を戻した。

 ようやく普通の、いや、薔薇色の人生を送れるとさえ思った。

 考えが甘かった。

 あたしを取り巻く環境が変わっただけ。あたし自身、あたしの力が無くなったわけじゃない。

 あたしのいじめは“移動した”。

 次のターゲットは弟だった。最初に気づくまでに時間が掛かったよ。女も陰湿だが、男どもってのも大概だよな。一見外から見ても分からねえようにしっかりと服の下に隠れるよう攻撃しやがる。ガキのくせして頭が回るんだよ。悪知恵が働くっていうか。

 けど、弟は家族に心配をかけないように黙っていたんだ。

 一年くらい後に発覚したとき、弟はすでに心身ともにボロボロの状態だった。親もあたしもひどく動揺した。

 けれど、“前例”があるからな。親は弟のケアには尽力したが、いじめの原因を絶つことには乗り出さなかった。あたしはもちろん、弟の同級生をシメた。

 手っ取り早く殴り合いをさせた。立ち上がれなくなるまでな。衝動的であったのは事実だ。あたしの順風満帆で真面目な人生を壊しかねない出来事だったのに。

 それで問題は解決する、あたしの時のように。そう思っていた。

 それから数日、弟は家での笑顔が多くなっていた。けどそれは、“多くなっていたように感じていただけだったんだ”。

 一週間が経った頃だったかな、あまり正確には覚えてないな。

 いつも通りの朝が来る。だが、いつもは自分で起きてくる弟がいつまで経ってもリビングに現れない。母の一階からの呼びかけにも返答は無い。弟を起こしてくるよう言われたあたしはノックをした後、そのままドアを開けた。その後はご想像通り。

 首を吊った弟の姿が有ったよ。

 夜中にやったのか、大分時間が経っていたんだろう。床は濡れ、部屋には異臭が漂い始めていた。

 気が動転したあたしは倒れ込んだ。それからの記憶はない。

 気づいたら病院のベッドの上にいた。あたしは丸二日ショックで寝込んでいたらしい。両親も憔悴しているんだと。

 やっぱり、弟は死んでいた。

 あたしは院内の人間を操り、病院を飛び出た。真っ先に弟をいじめていた奴らを思い出し、片っ端からボコボコにした。

 一生流動食の人生をプレゼントしてやったよ。あたしといういじめの大元の理由を見て、バケモンだなんだと無様にも最後まで罵っていたのを覚えている。

 一通りの作業が終わった後、家に帰った。両親は、病衣を埃塗れにし、若干の返り血を浴びているあたしを見て、すぐに娘が何をしでかしたのか把握した。

 いい加減にしろ!

 父親はあたしをぶった。もう円満な家族にはなれないと、普通の毎日を送ることは出来ないと。あたしは黙ったまま弟の死をやり過ごす方が間違いだと思ってる。

 父親は有無を言わさずに自分のネクタイをほどき、あたしの目を隠した。反応の遅れたあたしにもう打つ手はなかった。母親も父親を止めはしなかった。もう疲れていたんだ。

 腹を蹴られた。思えば、男から直接的な暴力を受けたのはこの時が初めてだったかもしれない。あたしが蹲っている間に父親はゴルフクラブを振りかざした。

 もう、手を焼かせないでくれ。

 あたしは覚悟した。けど、痛みはしなかった。小さな足音が聞こえた気がした。

 目隠しを取ると、あたしの目の前にはゴルフクラブを片手に握り止める見知らぬ男が佇んでいた。

「殺させない」

 それが奴、レッドとの出会いだった———。


 両親は二人して東京を出た。親族も皆、離れていった。

 レッドは自分のことを殺し屋だなんて言った。ふざけているようにしか思えない。殺しを生業にするなんて漫画の中の話だ。そう思った。

 あたしの力を聞きつけて数日だか数ヶ月だか見張ってたらしい。ストーカーだよな。親があたしを手にかけるのが見えたから止めに入ったらしい。

 余計なお世話。弟の仕返しも済んだ。あそこで死んでた方が楽だったかもしれない。あたしはそう怒った。するとあいつは言った。

「そんなこと言うなよ。せっかく拾った命だぞ? それに、あそこでお前を殺してたらあの両親は一生罪の意識に苛まれる。それよか今生の別れでも、勘当くらいの方がよっぽどいい」

 あんだけ嫌われておいて後悔なんてするもんか。あたしが居ない方が清々するだろうに。

 あたしの力が欲しいのか、訊ねた。

「それならさっさと捕まえてる。まあでも察しは良い。そんな力、大人は悪用したがる。……お前がもっとしっかり自立するまで、俺が守ってやる。“そういう依頼だ”」

 分からなかった。誰があたしを守るような事を頼む? あいつは教えてはくれなかった。

 レッドと共に過ごす日々が始まった。


 よくわからん家に連れてかれてな。自称殺し屋のストーカーが女子高生を連れ込むなんてかなり終わってる。

 けど、あたしに選択権なんてなかった。レッドはあたしの話を聞いてくれた。寄り添い、親身になってくれた。年上の男に優しくされたくらいで落ちるわけないと思ってたが、今思えば、もうこの時には気持ちが傾いていたに違いない。

 あたしはレッドと共同生活を送りながら、芸能の仕事を続けた。高校一年生なんて稼ぎ時だからな。

 レッドは家事が出来た。上手い料理を作って、家をいつも掃除してくれて、服も洗濯してくれた。そういうのがてんでダメだったあたしにとって、半分親みたいな存在になってくれたよ。

 あたしだって年頃の女だった。もちろん環境なんかの影響も大きかっただろうが、気づけばレッドを心の底から愛するようになっていた。

 対してあいつは「そういう依頼は受けてない」の一点張りで、警護対象のあたしには手を出せないと言われた。どれだけ誘っても無意味だった。

 “だから力を使った”。そうして無理矢理、レッドと何度も寝た。

 “最初は”簡単だった。あたしを拒否してあからさまに目を逸らすなんて、優しいあいつには出来なかったからな。

 これ以上無いほど幸せな日々だった。仕事は充実してて、いじめや柵とは無縁。帰ったらあいつが居るんだから。

 けどそんな日々も永遠には続かなかった。

 あたしの成人を機に、都会の高級マンションを取ったと。これからはそこで暮らすんだと言われた。悪い冗談だった。あたしの反発も想定内だったんだろう。もう、目を合わせてはくれなかった。

 この仕事から足を洗う。一方的にそう言ってあいつはあたしの前から忽然と姿を消した。

 それ以降、会ってない。



「あいつと再び会って、結婚することがあたしの生きる意味だった。レッドはあたしの全てだった。……詳しいことは知らねえが、あいつが死んだのは、お前が原因の一端だってことは聞いた。わかったか……ラプトル、あたしはお前を殺さなきゃあ、気が済まねえんだよ!!」

 およそ正気と呼べる状態ではない。

「大人しく殺されろォ!」

 悠乃の声と同時に再びヴィーナスはその目を光らせる。一先ずはこの機械をどうにかしてから説得を試みねば。

「こいつはマキビシの最高傑作! 自立型ロボットのくせしてパワーやスピードも半端じゃねえが、その真価はそこじゃねえ。世界中のありとあらゆる格闘技術をラーニングしてある! さて、お前は今、一対一で戦ってると思うなよ!?」


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