51.輩(ともがら)
「鷸水さんっ!」
光子は必死に悠乃が操る人間の攻撃を避ける。薊瞰は迫り来る敵を数問わずに薙ぎ倒していく。彈が言った通り、意識を完全に断ち切らねば、まるでゾンビのように向かってくる。即座に気絶させることは薊瞰なら難しいことではないが、何せこの数である。そんな面倒なことはやる気にもならない。
殴る。蹴る。
自分に牙を剥く相手は片っ端から倒していくだけだ。
誠は光子に近づく脅威をなるだけ排除することに専念する。光子はわずかに漏れ出た一人を彈直伝の小手返しで対応する。
「や、やった!」
「ははっ。操られててもこれだけの数がいりゃ楽しめるモンだなあ!?」
こんな状況で放つ台詞ではない。が、またも二人は彼に助けられることになった。
「かなり速く駆けつけてくれたのはありがたいですが、これ! どうしますか!?」
「それ!」
ここからの脱出はかなり厳しい状況だ。それに、あれだけ仰々しい登場をしておきながら、誠や光子同様、悠乃の魔の手から逃げている佐藤の姿があった。
「ひぃぃ! おい、悠乃! 俺を巻き込むな!」
「はァ? お前嫌いだし、一緒にブッ倒されろ!」
「何ィィ!?」
引けた腰で無様に逃げ回る。気づけば誠の後ろへと来ていた。
「たっ、助けてくれ!」
「はぁ!? あなたは御門悠乃さんの仲間じゃないんですか!?」
「そ、それは……やだなあ、お、脅されて仕方なくだよっ。先にあいつらに迫られたから協力しただけで、君達の方が早ければそっちについたさ! 少し君達が遅かっただけ!」
この人、罪悪感というか、反省のはの字も無いな。
「自分でなんとかしたらどうです?」
誠は変わらず自分に向かう敵の撃破、光子のサポートを続ける。
「こんなの、なんとかできるもんか! 君、ラプトルの仲間だろ!? なら、君だってヒーローだ! 人を助けるのがヒーローだろ!?」
佐藤の問いに対し、誠の空気が変わる。
「”ヒーロー”? いいか、ヒーローってのはそんな軽々しく口にしていい言葉じゃあ無いんだよ!」
「ひっ!」誠の凄みに思わず後ろに尻をつく佐藤。
「はあ……戦えないんですか? そんな体格してるのにっ」
「俺は図体だけなんだよ!」
迫力とは裏腹に情けない言葉を吐く佐藤に誠は呆れる。そして佐藤に迫る操り人間の拳を止める。
「ふっ! 俺と、先輩の側から離れないで下さいよ」
「は、ははっ。もちろんだ! 頼りにしてるぞ少年!」
そう言って佐藤は誠と光子の影に隠れた。
あんのタトゥー男。
ほんとに人間か? なんだあの化け物みたいな強さは! ラプトルのように卓越した技術を駆使してるようにも見えない。こっちの攻撃だって当たってる。なのに倒れない。なりふり構わず殴って蹴って。まるで駄々をこねる赤ん坊だ。しかし、こうも手を焼く赤ん坊は退場願いたい。
奴らがどれだけ見ないようにしていても意識はこっちに割かざるを得ない。ならば、強い光をちらつかせ、一瞬でもこっちを“見させる”。鏡の反射でもなんでもいい、とにかく奴さえ操れれば、この後ラプトルをボコるのも簡単だ……!
悠乃の左目が強く、眩く光る。
こっちを……見ろ……!!
「先輩!」
「わかってる! あっち見ちゃ駄目だよっ」
薊瞰は変わらずに周りを蹴散らす。
「おら、タトゥー野郎! こっちを見やがれ!」
悠乃自らが操る人間達と重なり、上手く顔が捉えられない。そんな中、薊瞰の全貌が視界に入る。
「よしっ!」
あろうことか、鷸水薊瞰は瞳を閉じながら戦っていた。
「は……はぁぁ!? てめえ、何で目ぇ閉じて戦ってんだ!」
「ああ? 目さえ合わなけりゃいいんだろ? そんなんこーするしかねえじゃねえか!」
デタラメな対策を難無く実行する薊瞰に、悠乃の意識は”割かれていた”。
悠乃の顎を衝撃が掠める。視界が揺らぎ、その場に膝をつく。遠くの拡張者の仕業ということは明白だった。
「女性と言えど、背に腹はかえられない……っ!」
しかし、躊躇からか完全に昏倒させることは叶わなかった。
「あたしの気を逸らすくらいじゃ、この兵隊どもは止まんねえよ!」
誠への怒声も束の間、悠乃の体が真横に吹き飛ぶ。その兵隊の体が飛んできたのだ。タトゥー野郎の手によって。
光子が薊瞰に向かって叫ぶ。
「鷸水さん!! ここ、お願いしても良いですか!」
「ああ!? 聞こえねえよ! ハッキリ言え!」
薊瞰の周りは、悠乃の警戒したレベルに応じた溢れんばかりの人間で埋め尽くされていた。
「ありがとうございます! じゃ、頼みます!!」
「あァ!? 何だって!?」
誠と光子は佐藤を連れ、命からがらホールを飛び出る。
時は戻り、現在。
「何……だと……?」
「常良さんっ、ケータイをっ!」
彈は燦護に通話を切ることを促す。
「切るなっ」
それを斉藤は許さなかった。
怒りという簡単な感情ではなかった。怒り、驚き、悲しみ、そういった言葉が複雑に入り混じったような。それが画面越し、声だけでも伝わる異常。
「そう怒るな。余興だ」
マキビシは平然と言葉を続ける。
「弥岳黎一の行方でも探していたか? 奴は面白かった。阿呆どもを集めるだけの多少のカリスマ性があったせいで、中々他では見れないようなことをしでかした。かなりの死者を出したろう? あれは今の世で悦に浸るには充分であった……何、拙者はその手助けをしたに過ぎん。警察の方は……知り合いか?」
マキビシが斉藤と燦護に気を取られている間、彈は誠と光子に視線で合図をし、近くに来るよう指示する。近寄ってきた二人に小声で話しかける。
「こっちが行けなくてごめん。あの状況でよく出て来れたね」
「鷸水さんが足止めしてくれてますっ」
誠はかなり疲れているようには見えたが目立った外傷は無い。横の光子はVサインをしている。
「あと、佐藤さんに会ったんですけど、途中ではぐれちゃいました」
「え?」
「あ、いや。今はとりあえず置いといていいです」
マキビシが続ける。斉藤と燦護に無遠慮であり続ける。
「凌木市架。強い信念を持った男であった……が、合理的では無かった。犯罪に手を染めておきながら、奴は」
「黙れ」
「……ふっ、拙者のような人殺しに友人が加担していたことがそんなに悲しいか? 言っておこう。“悪事を働くのが必ずしも悪人とは限らんぞ”?」
斉藤は友の侮辱を決して許さなかった。
「俺がその場に居ないことが、両足で立って、お前をこの手で捕まえられないことが悔しくて堪らない……常良、頼んでいいか」
燦護は一瞬考えた末、カメラだけをオフにし、スマートフォンを胸の内ポケットに入れる。
四対二の構図ができ、今まさに再び拳を交えようとしているとき、今度は入り口から御門悠乃が歩いてくる。
「おいおい楽しそうだな」
最悪のタイミングだ。
「マジか……」
開いた口の塞がらない誠。
「鷸水さんはどうしたの!?」と光子。
苛立った様子で悠乃が答える。
「あの野郎ならこっちの戦力全部投入して遊んでもらってるよっ。ちっ、五百人近く居ねえと止められねえなんて……奴も大概、人間辞めてんな」
悠乃はゆっくりとマキビシの方へ向かう。マキビシは腕を組み余裕の表情を見せる。
「これで四対二」
「あん? 何言って」
「何だ? おぬしの駒は全員奴、ビーターに充ててしまったのであろう?」
「お、おう……?」
「まあ、手駒のいないお主など戦力に数えるのかは甚だ疑問だが」
「んだとォ!?」
燦護が銃の照準をマキビシに合わせる。
「さっきから、ごちゃごちゃと……!」
「常良さんっ、左の女性とは目を合わせないで下さいっ」
燦護はマキビシを見つめたまま話を続ける。
「あの人ってモデルの御門悠乃ですよね? とんだ大物ですね……」
「ええ。あの人、“超人です”。視線を合わせると操られますから気をつけて」
「! そりゃ大変だ」
(ラプトルは相変わらず難敵を引き寄せるな)
燦護の頬を手裏剣が掠める。悠長に話していたかに見えたマキビシが殺気を全開にして向かいくる。
「!」
燦護は再び照準を合わせようとするが間に合わない。
「もらった……!」
マキビシの忍者刀が空に静止する。
「!?」
びくともしない。
「無駄だよ」
しっかりと距離を取った上で両手を前にした誠が挑発する。
どういう……いや、この力……。奴の干渉範囲の拡張はあくまで“一方的”。こちらの凶器をどれだけ強く掴もうが、“切れる”道理は無いというわけか。
一瞬の思考の隙に、燦護のドロップキックが炸裂する。刀は再びマキビシの手元から離れた。
「ぐっ! 小賢しいっ!」
即座に立ち上がる。
燦護は地面に倒れた衝撃を体の回転で逃がし、滑らかな動きのまま足先に銃を向け、マキビシを狙う。
燦護の弾丸がマキビシの額に当たる。しかし硬い装甲が壊れた気配は無い。
「技師としての腕も、頭も、戦いも! 拙者が一番でなくてはならんのだ……!!」
呼吸を整える。両手を前方に出し、攻め・受けの両方に転じれる構えを取るマキビシ。
誠という強力な助っ人を後ろに、燦護はマキビシと対峙する。既にラプトルとあの機械は遠方で戦っている。少し目を離せばああなる。高度な戦いだ。あの機械は恐らくかなり危険だが、強化スーツの無い自分は足を引っ張るだろう。それより、この未成年二人を守り、戦うべきだ。
「スーツが無い以上生身で戦うしかないっ。久しぶりだけど、なんて事はない。いつものスーツはバフみたいなモンだ。これが俺の……警察としての意地の見せ所だ!」
「スーツなら着てるじゃないですか」
光子が後ろからぼそりと呟く。
「いや違くて。……ごめん、今はいいや。とにかく! 目の前の敵に集中して! 二人とも!」
遠くではマキビシと燦護の両者が同時に動き、激しい攻防を繰り広げている。ラプトルとの戦いで主な武装の数々を使い果たしたマキビシ。刀も無い。残るは手裏剣と手榴弾のみ。
「さすれば、徒手にて眼前の警察と子どもを制圧するだけだ……!」
確かに強い。
ラプトルとの戦いで消耗してこれなら尚更だ。武器ありなら俺に勝ち目は無かったかもしれない。けれど、単純な格闘なら戦える。素手だけでも大した強さだ、でも鑑先輩や時任さんほどじゃあ……ない!
通信機を常に持ち歩いておくべきだった。
後悔しても遅い。しかし妙だ。マキビシは別で、こちらはヴィーナスとか言うマシンを相手にしているのに何故、御門悠乃がこちら側にいるのか。戦力外の人間がわざわざ前線に出てくるのか。
彈とヴィーナスの戦いに入る余地など無い。そんな悠乃はただ遠くからこちらを見ている。“左目を光らせながら”。
「ふっ、はっ! この状況で操ろうったってそうはいかない!」
ヴィーナスの攻撃を掻い潜り、自らの肘・膝・そして蹴りを浴びせていく彈。迫る攻撃も、両手で体を支え脚を回転させて避ける。挙動の節々で両腕に先の痛みが走る。
「結局、レッドスプレーが……死んだ事が! なんで俺を殺すことになる!?」
ふと、ヴィーナスの動きが停止する。
「!」
同時に悠乃の怒りは爆発した。
「……アイツが殺しを辞めようとしていたのは知ってる。けどアイツが戦いで敗れるとは考えにくい。それに、前に誰を庇ったんだろうって言ったときお前は図星の表情だったしな。あたしはレッドを心の底から愛していた。———少し、昔話をしてやるよ」