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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第2章.飛翔
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50.罠


 光子の前に出て両拳を眼前に構える誠。光子は下でスマートフォンを操作する。

 開戦の狼煙が上がる。———かに見えた。

 轟音とともに彈の眼前にどこからともなく巨大な影が迫る。接近した敵は振りかぶっている。回避は間に合わない。防御するも、そのまま後方の入り口ドアへと吹き飛ばされた。

 誠は佐藤の方を警戒する。彼の後方から跳んできたように見えた。現に、奥には踏み込みの際に崩れたであろう床の破片が飛び散っている。十メートル弱はある。ありえない。とんでもない脚力だ。

 余所見をしている暇もなく、大量に操られた人間達が誠と光子を襲う。誠は力を使い、遠くの受付にある電話や書類や小物を投げつける。もみくちゃの人混みの中、中ホールに続く階段への道が開かれる。少し、不自然なくらいに。

 考えている余裕もないまま、光子の手を取り奥に進む。

 こうして彈、そして誠と光子は分断されてしまった。


「ぐっ、がはっ!! ってぇ……!」

 ダニエルのスーツの無い私服の状態での戦闘。初めてでは無かったが、相手が悪い。

 威力から見るに弥岳黎一に若干劣る程度の凄まじい馬力。弥岳黎一はパワーだけでスピードが無く、対応は出来た。しかし、目の前の人型の機械は俊敏さ、機動力はジンゴメンよりも高いレベルにある。

 十二分に、手強い。

 防御で固めた両腕は袖がほつれ破れ、前腕が赤く腫れ上がっていた。

(全力で後ろに飛び威力を散らしたつもりだったが)

 圧倒的に不利な状況だった。

「それに……」

 機械の全身の塗装から、ある程度予想は出来ていた。最近見覚えのあるものだ。機械に寄り添うように、同じ深緑の衣装に身を包んだ男が現れる。

「ハッピーバースデイ、ラプトル。いや、震条彈」

「マキビシ……!」

(最悪だ。強敵が二人。美波野くんと深鈴さんのことも気になるし……いざというときの対応については大丈夫だと思うけど)

 痺れる両腕。

「このスカジャンお気に入りだったのにな……」

 彈は上着を脱ぎ捨てTシャツ一枚の姿になる。準備運動がてら、屈伸を始める彈。手首や足首、体を伸ばし・捻り、全身をほぐす。

「武器商だか用心棒だか知らねえけど、お前の勝手に付き合ってられるほど、俺は出来た人間じゃない。もちろん、ダニエルの居場所なんか教えないし、彼をどうこうしようってんならその前に……俺が、ぶっ倒す」

 マキビシは横の機械の背中を叩く。弥岳黎一ほど大きくは無いがプレッシャーは同程度。この姿での戦闘が騒ぎになれば面倒だ。幸い、会館の外には出たが敷地は広く、塀も高い。通行人に目のつく場所ではない。最も、ここに用事のある人なら別だが。

 大量に操られた人達は館内で二人を相手にしているため大声や騒音の心配は無いだろう。今は目の前の二つの脅威に集中せねば。

「これは拙者の最高傑作、ヴィーナス。スピードもパワーも、貴様を上回っている」

 ヴィーナスは首を大きく回し、カクついた奇妙な動きで彈を見つめる。

「拙者の思い通りに動く、最強の戦闘マシーンだ」

 マキビシは腰の忍者刀を抜き、構える。

「くそっ……!」

 マキビシの投げたクナイが開戦の狼煙を上げ、彈とヴィーナスを含めた三人が衝突する。


 一方誠と光子は、中を逃げ周りながら迫り来る相手を迎撃する。距離を取りさえすれば誠に怖いものなどない。

 集団で屋内を移動する相手。一人を転ばせたりすれば、それだけで時間が稼げるというもの。

「誠くんっ、ちょっと速い……!」

 深鈴の足がもたついている。息だって上がっているのがわかる。

「あ、す、すみませんっ。けど……」

 通路の角を曲がり、すぐの扉を開けてそこに入る。中には会館一の大きさである大ホールが広がっていた。ホール内、ステージ以外は最低限の照明に限られている。

「とりあえずここに身を隠しましょう」

 扉の向こうから大勢が通り過ぎる足音が聞こえる。吹き出す汗。やっと一息つける場所に来た。

「はあっ、はあっ、しんどい……」

「先輩。ラプトル、大丈夫ですかね。操られた人達もめちゃくちゃ厄介ですけど、あのロボットみたいなの、ヤバかったですよね」

 ひとっ飛びであの距離を詰め、彈を吹き飛ばしたあの威力。通常の考えなら人間など何人束になっても殺されるだろう。

「……大……丈夫だって。ラプトル、様なら」

 信頼はしている。それと同時に不安も同居している。拭いきれずにはいるが、今は自分達の心配をする他ない。

「怪我とかしてませんか?」

「平気。相手が何でもかんでも操るとは思ってたけど、子どもは予想外だったなあ」

 息を整えながら平静を取り戻す二人。

「———休憩は終わりだ」

「!?」

 ホールのステージには誰も居ない。

 辺りを見回すと、客席の一番前の列真ん中に人影が見える。振り返り、座席から顔を覗かせる女。

「チッ。あいつ、ちゃっかりラプトルを独り占めしやがって……お前らはテキトーに縛り上げる。さっさとアッチ行かなきゃなんでな」

 御門悠乃が顔を出した。

 これ以上の好機は無い。彼女に対してだけは拳を振るえる。彈の攻撃を思い出し、顎を正確に振り抜くだけだ。深呼吸をする誠。

 俺の能力が活躍する時だ……!

「いけっ、誠くん!」

 御門悠乃の姿をしっかりと捉える。拳を構え、振りかぶろうとしたその時、彼女の口角が上がっているのに気づく。

「ほら、しっかり顎を狙うなら、目を合わさないとだぞ?」

「!」

 光子の後ろに魔の手が迫る。客席に椅子下に隠れていた伏兵達。暗がりの中、静けさとステージの煌びやかさに気を取られていた。

「深鈴先輩っ!」

 操られた人々の手によって光子が捕らえられる。三人がかりで羽交い締めのよう動きを封じられた。

「おっと! 変な動きすんなよな〜」完全に迂闊だった。誠は強く拳を握りしめる。

 距離は“視界に入るもの全て”。

 一見聞けばとんでもない能力だが、あたしほどじゃあない。

 あのお子様は甘ちゃんなようだしあたしを殺す気はないんだろう。大方、ラプトルがやったように気を失わせたいに違いない。

 第一、この距離であたしの顎を正確に狙うなりするには、否応にもこちらを凝視する必要がある。警戒すればするほど無意識のうちにあたしの目を見ることになる。

 それに遠くに干渉出来るといっても自分が普段動かすことの出来る五体のみ。腕は二本。それ以上は増えない。

 人質は取った。あたしとあたしの傀儡を同時に倒すことは不可能だ。代わりはいくらでもいるしな。

「き、汚いぞ、御門悠乃……!」

 若輩が絞り出した言葉に同情の余地すら無い。

「ははっ。おいおい、ヒーローを倒そうって奴に、汚いは無いだろ! 汚いは!」

 高らかに笑う悠乃。

「傑作だ!」

 一通り笑い飛ばした後、前屈みになり右腕を上げる。一度指を鳴らせば、ステージ脇、前後の出入り口から操られた人間がぞろぞろと出てくる。

「大人しく捕まれよ?」

 その時。出入り口の向こうから人間が”降ってくる”。

 その体は、光子を抑えていた人間達に当たる。体勢を崩したその場に乗じて誠が周りを追撃、すかさず光子の元へ駆け寄る。

「先輩っ!」

 悠乃が異常の起きたであろう左手の入り口を見る。人が次々と吹き飛ばされている。

 その暴風の如き中心にいるのは、忌々しい邪魔者、タトゥーの男であった。

「オラァ! どうした! こんなもんかよォ!」


 ヴィーナス・マキビシと交戦中の彈。

 二人の高速の攻撃を避ける。どちらも寸分の油断も出来ない相手ではあるが、特段連携が上手いわけではない。

 攻防の最中、彈は二人に挟まれる形になる。通常ならまずい位置取り。しかし、相手は歴戦のラプトル。ヴィーナスの重く、威力の高い一撃を足の裏で受け止める。その反動を使って、対極のマキビシの腹部を蹴り込む。

「ぬぅ……!」

 ヴィーナスが地面を抉るように手当たり次第、彈の近くを破壊していく。

 ブレイクダンスのような動きで攻撃を避け続ける彈。スピードは確かに弥岳黎一より上。だが、避けれないわけじゃあない!

 私服、それも拳は裸拳、半袖で腕もかなり出ている。こんな状態でこの鉄塊を攻撃すればこちらが負傷する。

 体を半身にし、大振りの拳を避ける。背後に回り込み、膝の後ろを蹴り、体勢を崩す。右腕を持ち、肘を逆側に蹴り折る。機械の内部構造が飛び出し、千切れた配線から火花が散った。振り向きざまのヴィーナスの裏拳を躱しながら後方へ距離を取る彈。

「ふぅ」

 一呼吸も束の間、遠間からマキビシの四段蹴りが飛んでくる。蹴り上げの二段、空中で体を捻っての飛び後ろ蹴り、さらに捻り、飛び横蹴り。実に流れるような鮮やかさだった。

「んぐっ……!」

 胸に叩き込まれた連撃は彈の呼吸を乱す。追撃の手裏剣を辛うじて回避する。マキビシは機を逃すまいと落ちていた忍者刀を拾い、彈目掛け振り回す。カウンターを合わせるように攻撃の隙間から彈のアクセルキックが炸裂する。

「シッ!」

 彈とマキビシ、ヴィーナスの間に再び距離が出来る。

「……そんな丸腰で、よく抵抗するものだ。流石に敬意を払わざるを得ないな」

「そりゃどうも」

 ヴィーナスは機械、完全に機能を停止させなければ倒せない。そしてマキビシ。スーツの無いこの状況では防刃性を頼りに攻めに出ることも出来ない。

「この最高傑作、今ひとつスピードに物足りなさを感じていたところではあるが、まさか貴様がこれほどとは……しかし、被弾すれば状況は容易に逆転する。さて、その体力いつまで保つかな?」

 その時だった。

 銃声。

 マキビシの刀に銃弾が弾かれる。

「……何奴」

 一つ、また一つと男が近づいてくる。

「いやあ、こんな時、非番だと気が楽っすね。まあ、首を突っ込んでしまうのは自分の性分なんですが」

 マキビシは背広姿の男を警戒する。

「あなたは」彈は男を見て驚愕した。

 偶然居合わせた? いや、というか”体は大丈夫なのか”……?

「ラプトル。連絡がつかなくて、斉藤さんが心配してましたよ」

 激しい戦闘の中でケータイを落としていたようだ。男は彈の傍に立つ。

「……常良燦護、現着。あなたの素顔を見るのは二度目だ。かなり苦戦を強いられてるように見えますが?」

「……ええ。あれは、相当強いですよ」

 マキビシには多少の疲れが見えるが、ヴィーナスが厄介だ。燦護はピストルを構えたまま、胸元から片手でスマートフォンを取り出す。通話中のままにしていたようで、カメラ機能をオンにする。

「ラプトル! 平気か!?」

「斉藤さん……!」

 そうこうしている中、会館入り口から誠と光子の二人が出てくる。

「何? あやつめ何をしている……」

 燦護は咄嗟に二人をカメラに映す。斉藤が叫ぶ。

「かくっ、美波野誠!? それに確か、深鈴光子!」

「知ってるんですか? 斉藤さん」

「常良! “相手”を見せろ! ……なんだありゃ? 何モンだぁ!?」

 捲し立てる斉藤。燦護は指示の通り、次に相対しているマキビシ、ヴィーナスを映した。

「右が武器商人のマキビシ。左が奴が作った殺人兵器ってとこかな」彈が立ち上がり、斉藤に情報を補足する。

「次から次へと……ラプトル、お主が警察とも繋がっているとはな。“やはり警察というのは我々アンダーグラウンドの者達に友好的な人間が多いらしい”」

「どういうことだ?」

「何、以前拙者も警察と手を組んでいたことがあってな。……まあ、”元”だが」

 信憑性のほどは分からないが、流石にその場の四人は、程度の差はあれど動揺していた。

 斉藤の頭にひとつの疑問がよぎる。マキビシ。真宮寺雅隆から聞いた人物の一人。武器や兵器を殺し屋などに流している商人であり危険人物。

 “どちらも深緑の色をしている”。

 五箇所同時のテロに及んだ宗教団体を彷彿とさせる。左の少し大柄な機械は弥岳黎一に似ているようにも見えた。

「おい、忍者野郎」

 斉藤は画面上のマキビシを見つめ、口を開く。

「弥岳黎一に兵器を流した、いや、提供したのはお前か?」

 彈は斉藤から出てくる言葉に驚く。

「……そうだ」

 懸念がどんどん大きくなっていく。肯定の言葉が聞きたいわけではない。

「それじゃあ、その刑事ってのは」

 斉藤の表情、そして彈の表情を見てマキビシは自らの記憶を辿り、”その時”のことを思い浮かべる。

「そうか。その反応、行方でも探していたのか。……そう。拙者が協力していたのはペスティサイド教祖、弥岳黎一。そして元刑事、凌木市架だ」

 彈は斉藤から聞かれた日のことを思い出す。その名前を。

「ああ、ちなみに、無駄な徒労を阻止する為にも教えてやろう。———その両名は拙者が既に殺した」


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