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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第2章.飛翔
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49.安息


 誠は入浴後、自室でのストレッチに励んでいた。柔軟をよくやるように彈に言われたからだ。

 じわりじわりと体を伸ばす。体の固かった誠は痛みを我慢しながらも限界まで伸ばし、最低でも五秒は維持するように言われている。

 体を動かす前は勢いをつけた動的? ストレッチで、動いた後や入浴の後は静的? なストレッチ。これが案外キツいんだよな〜。特訓もちょこちょこしか出来てないし、ほぼほぼ自主練。こんなんで大丈夫なのかよ、俺。この前は深鈴先輩に投げ飛ばされたし。

 光子は飲み込みが早く、彈に教えられたことをすぐにアウトプット出来た。誠を相手にし、成人男性一人くらいのものなら小手返しで投げ飛ばせるまでに至っていた。

 一方の誠はイマイチ身に入らず、歯痒い思いをしていた。ふと、薊瞰の言葉を思い出す。


「コツ? んなもんねえよ。殺すなってのは俺には難しい話だが、殺されないようにするのなんて簡単だろ。一匹残らずブチのめす気でいりゃあいいんだよ」

「そうはいかないんですって! 第一、相手が憎いわけでもないのに……」

「そんな頭使うことかよ」

 誠は薊瞰の全身の格好を上から下へと凝視する。

「あ?」

「上……の軽装? は別にいいですけど、鷸水さんって下半身は割と固めてますよね」

「脚はフットワークの要だからな」

「?」

 言葉の意図が伝わっていない様子の誠。

「はあ。いいか? 戦いに置いて“機動性”は最も重要だ。当たらなければ力の大小は二の次だ」

 あんな化け物を屠っておいてよく言う。しかし、確かに。

 誠は自分の記憶を辿る。鷸水薊瞰がトーマス・グリットを追い詰めたときに見せた完璧で完全なるボクシング。フットワーク・足捌き・力の連動・伝導、その姿は、最低限の動きで最大限の力を発揮していた。まさに鬼神の如き強さだった。所謂、格闘技においての脚の重要性を鑑みたようでもあった。

「そういう点では、ラプトル。奴はとんでもねえぜ。体の使い方もそうだが、“バネ”が違う。まあ、俺はあんなにぴょこぴょこ動くのは御免だがな」


 自分に合ったスタイルで戦うことが大切になってくる。全く成果を出せていない自分に焦り、苛立つ。

「はあ。もう後四日後か。気を引き締めないと」

 誠は斜めにもたれるように置かれた枕を、遠くから軽く殴った。


 明くる日、彈は二人への特訓を行なっていた。誠は果敢に彈に攻め入る。光子はタピオカを片手に見物している。

「うん、いいね。だいぶ練習したでしょ?」

 誠の猛攻を難無く捌きながら話しかける彈。

「はぁっ、はぁっ、はい! もう時間も無いですからっ」

 高校生ながら、いや、生まれながらに過ぎた力を持ってしまったが故に、歩むしかない険しい道。自分のように己で決めたわけではない、そう強いられたようなものだ。きっと、大変だろう。

「とりあえず美波野くんは顎を狙ったりして気絶させることは考えなくていい。傷つける必要の無い人達が相手だし、基本的には”敵を寄せ付けない”。このことだけ考えてくれればいいよ。俺もなるだけ加減しながら戦うし」

「はい。俺は、深鈴先輩を守ることに集中します」

 この年齢にしてははっきりと物を言う。物怖じするようなことも無さそうだ。

 死線。と言う程かは分からないが、それだけ彼にとっての修羅場を経験してきた証拠だ。

「うん、それがいい」

 今日は曇りで、暗くなるのも早いように感じた。

「今日はもうこのへんにしようか。前日の練習は控えるようにしてくれる? 体力を温存することも大切だからね。美波野くんも深鈴さんも二週間たらずで普通の人よりはかなり上達したんじゃないかな。もう一、二ヶ月はやってるレベル」

 ラプトル、という稀有な存在のおかげだろうが、このことは事が一段落ついてから伝えるようにしよう、そう二人は考えた。


 三人は帰り道、近くのファミレスでも寄ろうということになった。

「もう三日後、時間は無いですね……場所は特定出来ても、どれだけの規模で暴動を起こすのか気になります。そもそも奴ら、ラプトルを誘き出すにしてもこっちが行かなければどうするんです?」

 まあ、彈に行かない、という選択は無いだろうが。

「ファンクラブ会員の人を大勢人質に取っているようなものだからね。そんなことしたらマキビシが何をしでかすか。こうやって情報が漏洩するのも奴の想定だろう」

「なるほど……」

 光子は先頭を歩いて街中の店を吟味している。

「どこにしようかな〜」

 こうやって私服姿のラプトル、もとい震条彈を見ると分かる。

 体は鋼のように鍛え上げられ、一日の体力消費はかなりのものだと思うがそれでいて体脂肪率が低過ぎるわけでは無い。適度なバランスを保ち健康にも気を遣っているのが伝わってくる。

 筋肉といった体のつくりはもちろん、その表層である肌。まだ四月、長袖ではあるがラプトルのコスチュームでは見えなかった拳から手首にかけての肌の露出。決して多い露出ではないが、無数の切り傷・擦り傷・打撲の痣、まるで手を見るだけで彼の戦いの歴史が分かるようだ。

 普段、日中はアルバイトで稼いでる所詮フリーターだよ、なんて言っていた。土木の仕事な故、手は荒れてしまう、とも。

 最悪それで一般人は騙せるかもしれない。けれど、手合わせの時に服が捲り上がり、お腹のあたりが見えた。お腹周りまでもが傷だらけなのは”普通”とは、程遠い。

 ヒーローなどと言われているのは現状ラプトルとモノクロームの二人。どちらも犯罪者とも言われているが、根強い支持者を得ているのも事実。善悪の定義も儘ならない世の中で、“ヒーロー”になれる人間はどのくらいいるのだろうか。そこに自分は入っているのか、入れるのだろうか。

「ん?」

 光子が突然立ち止まる。

「どうしたの?」

 彈と誠が前方を見ると八、九歳くらいの男の子転び倒れていた。三人はすぐに駆け寄る。

「大丈夫!?」

 返事は無かった。少年は首を縦に振り、何かを探している様子だ。少年は目を瞑っていた。近くには子供用の白杖が落ちていた。

 事情を察した三人はすぐに杖を渡し、優しく立たせた。

「っ……!」

 少年は足を挫いているようだった。

「家に帰るところ?」

 光子が訊ねると少年はまたも首を縦に振った。肩が少しだけ震えていた。うち二人は未成年ではあるが、知らない年上三人に声をかけられたのだ。無理もない。

 家の方向を聞くと指を指し、案内してくれるという。ついでだ、と三人は少年を送ることとなった。

 手を繋ぎ、盲目の少年と光子の二人が先導している。

 年端もいかぬ子どもが……苦労しているんだろう。転ぶことも多いのか、少年の杖は傷が多いように見えた。

 突然、街中も街中で少年が止まる。少年が指し示す方向には大きな建物が立っていた。

 文化会館。前後にも人が数人見受けられる。

「あれ? ここ、家……じゃないと思うけど、合ってる? ここに用があるの?」

 光子の問いにまたも首を縦に振る少年。彈はなんだか愛夏を相手しているときのような気分になっていた。

 子どもと接する機会なんてあまりないけれど、可愛いもんだな。彈が微笑む。

 三人は敷地を超え、中に入る。光子はこの場所に見覚えがあった。

「ここって、イベントとかコンクールとか劇に使われる場所だよね?」

 人の気配が全くなかった。

「あれ、受付の人が居ませんよ。エレベーターと階段はあるけど、勝手に中に進んでもアレでしょうし……」誠が辺りを見回し、忌憚なき意見を述べる。

 彈は後続にいた人の気配の質が変わったことに気づく。瞬時に背後を振り向くも、入り口を数人に閉められ、閉じ込められる形となった。

「ちょっと、これどういうこと?」

 混乱する光子。すると何かぞっとするような感覚に襲われる。

「あ……う……」

 少年はゆっくりと瞼を上げ、“紫色(しいろ)の眼差しを三人に向ける”。

「やられた……!」

 彈は即座に拳を構え、迎撃の体勢。

 会館の奥から男が歩いてくる。ついこの間、見た顔だ。信用しきっていただけに日程への油断が出来ていた。そもそも血縁者なりが近くに居ないのに、同じように超人を恐れていた人間に容易く接触できるわけがない。

 先回りをされたか。

「いやいや、すみませんね」

 周りからぞろぞろと夥しい数の“操り人形”が出てくる。

「長い物には巻かれるものですよ? ヒーロー」


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