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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第1章.孵化
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5.変化


 新宿での集団テロ、大虐殺暴動から二日後、流は病院の一室にいた。

「以上、テロリスト百七名を含めた計七百四十六名が今回出た死者の総数です。死傷者では一千人超を記録しました。……奴らの逃走時には意図的な電波妨害を受け追跡に失敗。各所監視カメラも数分間の機能停止を施されていました。辛うじて生きたまま捕えた六名のテロリストからは異常薬物やマイクロチップが見つかり、体には手術の形跡が見られました。相当な高い技術力であり、敵はかなりの大物だと考えています」

 ベッドで点滴を受け、眉を顰めたまま窓を見つめる斉藤。

「……凄惨な現場だったな。新人のお前には辛かったろ」

「い、いえ! 自分は何もできず……不甲斐ないばかりです」

 暫しの間、沈黙が流れる。先に破ったのは流だった。

「斉藤さんが飛び込んでいった時、ホント驚きましたよ! 所謂ベテラン刑事と呼ばれるおじさんって、痩せてるかビールっ腹かのどっちかだと思うんですけど、最初初めてお会いした時はそのとっても痩せている外見に心配しましたよ。そんな斉藤さんもあんなに戦えるなんて改めて尊敬しました!」

 斉藤がくすっと笑う。

「それ褒めてんのか〜?」

「も、もちろんです!」

 斉藤が静かに喋り始める。

「厳戒態勢を敷いた上で警察は事実上の敗北を喫した。……ただ、あの時は大勢仲間が入り乱れる状況で混乱していた。千人を超える人数が居たがそれでも少なすぎる。あれほどの異常事態、万を近い人員は即座ではなくとも投入出来た筈。色んな人間を掻き集めてたわけだしな。つまりその点も電子機器等撹乱をされていたということか……」

 斉藤が話を変えるように流に問いかける。

「あの男、何者だったんだろうな」

「恐ろしい強さ、部下も多くその命すら張るってのに本人は意に介してない……」

「そっちじゃねえ」

「え?」

「もう一人居たろ。俺を助けた男だ。変わった格好をしていたが奴と交戦し、結果退けた。……俺にとっちゃ恩人、になんのかな」

 流は思い出す。上司を助けた一人の男の姿を。


 一人黙々と大量の食事をとる彈。時は少し遡り———。


 ずぶ濡れでレッドの元へ辿り着く彈。

「大丈夫か!」

 レッドが駆け寄り、彈に肩を貸し地下へ運ぶ。そのままソファーへ倒れ込む彈。

「済まない……無理をさせたな。俺が行くべきだった」

「やめてくれ。体に障る」

 いつだか仕事を辞めた理由を聞いたことがある。

 レッドの持病が悪化し過度な運動といった行為が出来なくなったらしい。第一線を退くいいきっかけになったとか。

 彼の手は煩わせず、なるだけ安静に毎日を送って欲しい。四十手前の彼に言うのもおかしいが“余生”を満喫して欲しいのだ。

「どうせ来てもあまり役には立たなかったさ、組手だってしんどいんだろ?」

 一蹴する彈。

「ひどい言われようだな。本気を出せばまだ戦えるさ」

 レッドはそう言いながら上着を脱いだ彈の体を処置する。

 どうだっていい、と彈は傷口に沁みる痛みを堪えながら言う。

「俺なりに調べてはみたんだが」レッドは彈の腕に包帯を巻きながら言う。

「奴はあまり名の通った人間ではない。俺も耳にするのは初めてだった。恐らく日本に降り立ったのも最近のことだろう。ソード。そう呼ばれているらしい。刀剣やナイフ、包丁、鉈などといった刃物全般を使いこなす切り裂き魔だ。そして奴を含めた今回のテロ集団の名は“辻斬”。改造手術のようなものを施しており、半ばゾンビ兵のようになっている。同時にソードの身代わりとしての役割もあるみたいだな」

「一人一人の実力も高かった。格闘訓練も力を入れている」

 強大で明確な敵。一日でも早く、一秒でも早く力をつける必要がある。

 気持ちが依然落ち着いていない様子の彈に休養を促すレッド。

「今日はもう休め。言ったはずだ、鍛錬、栄養、休養の三つが揃って初めて肉体は成長する。今のお前はボロボロだ。その状態でトレーニングをしても意味はない」

 深呼吸をし、熟考する。

「わかったよ。少し、寝る……」

 観念し、緊張の糸が切れたようにソファーに横になり眠りにつく彈。意識が遠のくのに時間が掛からなかった。


 現在。六人前はあろう弁当、ラーメン、丼を平らげ、二リットル入りの水を飲み干す彈。

 あんなのがいるなんて。いや、レッドのような化け物がいるんだ。当たり前か。今のままではいけない。一体どれだけの被害者が出たのか。奴を野放しには出来ない。

 屑どもは必ず豚箱に放り込む。


 インターネット。掲示板・記事・その他sns。静かに話題を集めていた私刑人の噂。そして信憑性の疑わしい目撃情報。そんな中、あの事件の生存者への取材が多く報じられていた。

 その一人である、ある警官。彼はあの凄惨な状況で死に瀕したという。そんな彼を、茶色い格好の顔を隠した正体不明の男性が助けた。

「私は彼に助けられ、一命を取り留めたんです。……警官の私が言うのもなんですが、彼は、私のヒーローです!」

 その証言は瞬く間にネットに広がった。

 身長は百七十前後、年齢は二十代くらい。卓越した格闘術で悪人を懲らしめる救世主。服装に少しの差はあれど、巷で噂の私刑人と今回現れた救世主を同一人物だと結びつける声も多かった。

 自警行為を行うヒーローの出現。不安や狂騒に駆られ沈んでいた社会は、縋るように突然のヒーローの誕生を信じ、祝福した。

「ヒーローとかマジか!」「かっこよすぎ笑」「いやこいつもただの暴行犯やんけ」「スーパーパワー使えないの?」「結果テロリスト追い払ったの警察じゃなくてこいつじゃね?」「わかるww」「黙って警察に任せとけよ」「ヒーローなんているわけねえだろ」「それな」

 賛否両論。

 それでも、大衆の心に出来た大きな穴を埋めるには十分だった。


 窓の外に向かい煙草の煙を吹きかける。電話越しには亜莉紗が爪を整えていた。

「最後まで言わないつもり? もう半年も“ない”でしょ、あなた」

「ああ。今はそんなこと考えてる場合じゃないしな。それよりスーツ、彈に好評だったぞ。随分命の危機を救われたとか」

「それはそれは。彼に伝えとくわ」

「頼んだ」

 月の光がレッドを照らす。

「……いい夜だな。世の中はてんやわんやだってのに」

 レッドは目を閉じ、夜風を感じる。鼻の先がひんやりと悴むようなこの感覚が好きだった。

「坊やは?」

「地下で相変わらず頑張ってるよ」

「あなたがあの子にここまで肩入れするなんてね。いくら可哀想な被害者だとしても、あんなのいくらでもいるわ」

「……あいつの歳で、あれほどの狂気宿した眼を初めて見たからな。最初はあいつの表情や行動が危なっかしくて見ていられなかったさ。けど、段々と羨ましくなってたのかもな。環境のせいにして殺しを受け入れてきた俺と違って、奴は自分でこの道を選んだ。衝動的だし俺が止めなければ変わっていただろう結末も、今では芯を持って行動している。……いつしか本当に巨悪を討つヒーローになるかも、ってな」

「……そう」

「手合わせの相手は出来なくとも、最後まで教えれる事、伝えるべき事は伝えていくさ」



 三ヶ月後。

『またもやヒーロー見参! 誘拐犯逮捕』

 活動を続けている彈。時間と共にネットを飛び越え、新聞やラジオ、テレビニュースといったマスメディアに取り上げられるほどとなっていた。

 見回りを終え、アパートのベランダに登り、窓から自室に入る。マスク、手袋を外し、服を脱ぎ上半身を露わにする。顔を洗い、鏡の中の自分を見つめた。鍛え上げられた肉体には無数の痣が出来ていた。

 ソード。もう随分音沙汰がない。いつ表に現れる? 限界まで強さを求めた。奴に遅れはとらない。

 いつでも相手になってやる。


 東京、指定暴力団”鬼鷲会”。

 その事務所内では怒号が飛び交い、同時に赤い鮮血が飛び散り広がっていた。

 一人、白いスーツが赤く汚れている男が目にも止まらぬ速さで鬼鷲会構成員達を切り刻んでいく。ソードの右手には鉈が、左手には大型のサバイバルナイフが握られていた。

 全構成員を殺し尽くしたソード。

「うん♪ 久々のお仕事にしてはまずまずかな」

 事を終え、外に出る。入り口には側近の王前が見張りとして立っていた。

「徐々に体を慣らしていく必要がありそうですね」

 王前はその低い声で語りかける。

「そうだな」

「ボスお気に入りの彼、今や時の人となっているみたいですよ。なんでも、ヒーローと崇められ始めているとか」

 ソードは右手の鉈を月に向かって掲げる。

「へえ……強くなっていてくれよ?」

 二人は車を走らせ、夜の闇に消えていった。


「震条〜! 一昨日のノート見してくんね? 急いで移すからよ」

「ああ。俺、今日は二時までだからそれまでに返せよ」

「わりぃな、サンキュー!」

「おー」

 彈はそう言って大学の友人と別れた。あの事件以降、長いこと聡と話していない。すれ違う度に目を逸らされてしまう。

 荷物を揃え次の講義への移動を始める彈。すると、後ろから肩を叩かれる。そこには見知らぬ女性が立っていた。

「ねえねえ、震条君って物理も取ってたよね? たぶん次同じだから一緒いこ!」

 そう気さくに話しかける茶髪の髪を巻いた女性。彈には心当たりがない。

「えっと……悪いけど……名前なんだったっけ?」

 苦笑いをしながら冗談めかしく尋ねる彈。

「あれれ、覚えてない? みづき! みづきちゃんだよ? 高校から一緒だったじゃん〜」

 こんなにあざとい子知り合いにいただろうか。彈はやや困惑した。

「あ、ああ、みづきちゃんか。なんだ、久しぶりだったから分かんなかったよ」

 流石にこれ以上聞くのは失礼だと思い、相手に合わせる。

「それにしても、なんか最近変わったよね。なんていうか、ムキムキになった?」

 笑いながら喋っているみづき。確かに他人にはパーカーの上からでも分かるくらいには、彈の体は変わっていただろう。この半年弱、それくらいに濃い日々を過ごしてきた。

「ち、ちょっとジムに通い始めてさ」

「いいじゃ〜ん。かっこよくなった」

 慣れないタイプに戸惑う。

「……よかった。勇希ちゃんのことでだいぶ参ってるかと思ってた」

 目を見開き足を止める彈。

「……? あ! ごめん。デリカシー無かったかな」

 彼女に悪気はないだろう。ただ、周りが気を使うあまり、最近は耳にすることが少なくなっていたのも事実だ。

「……いや、いいんだ。こっちも悪い。気を遣わせちゃって。さ、行こう」そう言って教室へ向かう。

 みづきはその背中を静かに見つめ、後を追った。


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