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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第2章.飛翔
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42.再会


 カイアス・エヴォルソンが起こした一連の騒動、あれから一週間程が経った。

 いかに世間を賑わせる話題と言えど、一週間もすれば人々の意識からは薄れていく。渦中の人間達もそれは同じことだった。


 活伸高校グラウンド。

「伊勢、富樫、冬本、美波野」

 体育教師の山内が叫んでいる。浮かない様子の誠。智樹がそんな誠の背中を叩く。

「ほら、早く行くぞ」

「う、うん」

「授業に集中しろっての。結局あの日から何も無いじゃんかよ」

「そうだけどさ……」

 ずっと悠乃の顔が頭から離れない日々が続いた。しばらく無かった恐怖感が甦るようだった。

「てか半袖半ズボン寒く無いの?」

 みんなが未だ冬服の中、半袖半ズボンを着ているのは智樹と賢太だけであった。

「かんっぺきにミスった。春を先取るにはまだ寒かった。ジャージ貸せよ」

「やだよ」

「伊勢ー! 美波野ー!」

 山内の怒号が聞こえる。

「やべっ、行こうぜ」

 地面もまだひんやりとしている。

 笛の音と共に四人は駆け出す。全力で風を切っているときは余計な思考も巡らないものだ。少しだけ、気持ちがよかった。

「はあっ、はあっ」

「はっ、はっ、なんかモヤモヤしてる時は、体を動かすのが一番だぜ?」

「確かに……」

 東の校舎に目を向ける。今は深鈴先輩のことを考えてようかな。そう考えた。

「次ー、遠藤、関口、華井、前原」

 賢太と大聖が呼ばれた。すれ違い様に言葉を交わす。

「がんばー」「ばー」

「おー!!!」 「おー」

 賢太は相変わらずのバカでかい声からもアホさが伝わってくるようだ。

 少し遠くからざわついた声が聞こえてきた。女子の誰かが怪我をしたようだった。

「どしたー? あー、こりゃ大分擦りむいてるな。御手洗、お前救急箱取ってこい」

「え〜」

「文句言うな。と〜、美波野! お前もついて行け!」

 白羽の矢が立った。興味本位で見ているべきではなかったか。

「なんで美波野も?」御手洗が訊ねる。

「お前がちゃんと持ってこれるか心配だからだ」

「あ、タケちゃんひっど〜い!」

 誠が皆の元に近づく。

「そうですよ、俺行く必要あります?」

「あのなあ、お前も御手洗も保健委員だろが!」

「あ」なるほど、と合点がいった様子の二人。


 光子が窓からグラウンドを眺めている。窓際の席は彼女にとって一人になれる居心地の良い空間であった。教室には、教師が黒板にチョークを走らせる音だけが響いている。

 グラウンドの誠達を眺める。彼らと知り合ったのはほんの半年くらいのものなのに、随分と仲が深まってしまった。

「あーあ、もうすぐ卒業かあ」


「遠藤賢太様いっちゃ〜く!」

「6.2!? 速ええ!」「馬鹿にも才能の一つはあるんだな」「賢太、逃げ足だけは速いからな〜」


 誠は再び、光子とともに帰る日々を送っていた。二人だけ、の筈だったが、帰る方向が途中まで同じの智樹も一緒だ。

「みんな今日も元気だったね〜」

「深鈴先輩! 俺のサッカーで鍛えた瞬足見てました!?」

「見てた見てた。智樹君は走りに限らずスポーツ万能だもんね」

 正直、智樹が付いてきてくれたのは助かった。ここ最近、御門悠乃のことで知らぬ間に深鈴先輩に心配をかけていた。顔に出やすい自分の横に居てくれるのがどれだけありがたいか。ムードメーカーの智樹が居ることで自分も先輩の気も紛れる。


「あ、居た居た」

 人気モデル、御門悠乃が遠まきに三人を見つめる。


「先輩ももう卒業っすね。最後に俺らといい思い出作れました?」

 聞きにくいことを堂々と聞く智樹。

「智樹っ……!」

「うーん、そだね。三月十日で最後。クラスに関しては最初以外はほぼほぼいじめられてたからなー。卒業に関しては清々してる。だからこそ、誠君や智樹君達に出会えて残りの学校生活すっごい楽しかったよ」

 突然泣き崩れそうになる顔をとどめる誠。思わず唇や鼻に力が入る。

「オイオイ誠、泣いてんのか? よかったじゃんか。いい思い出に数えられてて」

「あはっ、誠君っ。私どこにも行かないからっ。進路は近くの銀行に勤めることになるし」

「大学には行かないんですか?」

 光子は頭にある二本の髪留めの一つを取る。

「うん。すぐに働いて自立したいの。……誠君、これ。いなくなるわけじゃないけど、寂しそうだからあげるよ」

 そう言って髪留めの一つを渡す。特に大きな飾りも無い、実にシンプルなものだった。誠は静かにそれを受け取る。

「それ見て私のこと思い出してね。死ぬわけじゃないけど」

 こんな日々が続けばいいのに。そうずっと思っていた。

 時間は不可逆的なもの。かといってその日その時に、”今”の大切さを百パーセント理解してる人などいるだろうか。いや、名残惜しいから良いのだろう。そう思う。思わなければ、やっていけない。

 たわいない話で響く三人の笑い声。

 公園の横を通る。いつだかここで、ビーターこと鷸水薊瞰に逢ったのも記憶に新しい。もう面倒事はごめんだ。今後、自分の力を自発的に使うことは無いだろう。

 歩いている中、智樹がその足を止める。

「智樹……?」

 がくりと首を項垂れ、俯く。

「うっ……うう……」

 具合でも悪いのだろうか。誠と光子が側に寄る。

「う……うあっ!」

 智樹の拳が誠の顔目掛けて放たれる。誠はたちまち鼻血を出しよろけてしまう。

「誠君!?」

 智樹の瞳が紫色(しいろ)に薄気味悪く光っていた。

「智樹、どうしたんだよ……!?」

「あぁ、あうぅ……」

 智樹にはまるで意識が無いように見えた。ひどく朦朧としている。そのまま誠に襲いかかる智樹。その手を辛うじて受け止める。


「美波野誠クン。まさか君があいつからのリストに載ってた要注意人物とはね。ギリギリでお友達に“保険”をかけておいてよかったよ。 ……拡張者。さて、君は友達を助けられるかな?」

 悠乃が口角を上げながら呟く。


 智樹が敵意を剥き出しに拳を振るう。たまらず倒れ込む誠。続けて強力な蹴りが誠の腹部にめり込む。

「ぐっ……!」

 まるで智樹が“ゴールにシュートを決める時のよう”だった。

 光子が後ろから止めるよう羽交い締めにする。暴れ回る智樹は目標を光子に移す。振るった拳は光子の顔を掠めた。

「智樹っ! や、めろ……!」

 力を使い、智樹の届かない距離で両腕を掴む誠。尻餅をついた光子は幸い頬に擦り傷を作った程度で済んでいた。

 友達を殴れるわけもない。しかし、恐らく何者かから”攻撃”を受けていることは確かだ。智樹を止めるには、その攻撃をしかけている”敵”をどうにかしなければ。

 一人でいる誠が智樹を止めたまま敵を探すのは困難を窮めた。人目は少ない。そして、夕暮れどきで日が沈みかけてきていた。

 そこに、屋根を走る音そして民家の塀を駆け抜ける足音が近づく。


「お、釣れた釣れた♪」

 悠乃は嬉しそうな顔を一瞬だけ見せ、男を睨みつける。


 空高く飛び立った男は、誠と膠着状態の智樹の胸を蹴り抜く。

「ぐあっっ……!」

 誠は力を抜いた反動で身をよろけさせる。

「大丈夫?」

 光子は思わず大きな声を上げる。

「ら、ラプトル様……!」

「さ、様??」

 随分と久しぶりな命の恩人に光子はすぐに立ち上がり側に駆け寄る。

「なんでこんなところに……!?」

 基本的にラプトルの活動時間帯は夜。今はまだ少し早い。それ以外にもこんなところに都合良く現れるだろうか。

「遠くからでも分かったよ。目を光らせた奴に襲われてればすぐにでも助けに来るさ」

 暗くなり始めていたおかげで智樹の瞳の光が強く作用したというわけか。

「街中でもなければまだ夜でも無い。こんなピンポイントに来れるもんなんですか……?」

 彈は少し考えた様子で目線を逸らす。誠には誰かの意見を聞いているように見えた。事実その右手は耳のイヤホンのようなものに添えられていた。

「あ〜、えと、今日はたまたま早く出た……って言っても信じないよな。……拡張者、美波野誠君。君の行動はある程度警察に監視されているだろ? 俺も“そんなもん”だと思ってくれれば良いよ」

「な……!?」

「まあそんなにプライベートを脅かすものじゃない、普通の人よりは気に留めている程度だよ。それに加えて今回はお友達があんなになってたからね」

 ラプトルも警察関係者ということか? 動揺を隠せない誠。反対に光子は浮き足立っていた。

「ラプトル様! 私の事わかります!?」

 彈は少し戸惑いながらも、目の前の女子高生を助けたときの情景を思い出す。

「……あ! いつかの活伸高校の子かっ」

「そう! そうです!!」

 誠は智樹のこと、自分のこと、光子のことで頭がこんがらがっている最中だった。

「こほん……美波野誠君。実は君にも以前会ってる。君が拡張者と知る前にね」

 そう言って彈はマスクを外す。素顔を突然明かす彈に驚きつつも頬を赤らめる光子。そして、自らも一度助けられていたことを思い出し衝撃を受ける誠。

 些細なこととはいえ、あの時の男性の顔を忘れたことは無い。恩人の顔を忘れる誠ではなかった。

「……!!」

 いたずらな表情で誠と光子に視線を向け、口元に人差し指を立てる彈。

 そうした三人の背後で、今にも智樹が立ち上がろうとしていた。


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