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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第2章.飛翔
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41.魅了


 一心不乱にサンドバッグを叩く彈。

 ダニエルに新しくしてもらった特製の品。硬さ、耐久性ともに市販の流通品よりも数段上の高さを誇る。亜莉紗は愛夏の積み木の相手をしながら遠くの彈を見ていた。

「まるで、何かから逃げているようね……」

 大きな打撃音とともに彈の汗が飛び散る。


 活気づいた会場に到着する二人。

「いや〜、初めての生御門悠乃! 楽しみ過ぎて昨日は眠れなかったなあ」

 拳を握りしめうっすらと涙を滲ませながら感嘆の声を漏らす智樹。

「はは、大袈裟だなあ」

 誠は以前頼まれた、大人気モデル御門悠乃の販促イベントに来ていた。

「先輩に“お熱”のお前にゃ分かんねえよっ」

「う゛っ」

 会場は賑わいを見せている。ファンの多さが彼女の人気を物語っていた。

「ちょっとでも近くで見るぞ!」

 智樹はノリノリで人に当たらない程度に前へと進んでいく。

「よーし、こんなところが限界か。まあ悪く無いな」

 目測七、八メートルくらいだろうか。誠からすれば充分近い距離だった。拍手とともに司会の男が出てくる。

「どうも〜! おはようさん、こんにちは、こんばんは! 皆さんの、あなたの、麻野眞一郎です〜!」

 テレビでよく見かける芸人の顔だった。

「あ、俺この人知ってる」

「なんだ、同行するってのに出演者も見て無かったのか? 今日のMCだよ。御門悠乃が見れれば俺はそれだけで良いんだけど」

 麻野が商品の説明、企業の説明、タイムテーブルの説明を行なっている。“その時間”が迫ってくるにつれ、智樹を含めた観客の様子がソワソワと落ち着かなくなっていた。

「さてさて、では皆さんお待たせ致しました。本日の主役、モデルの御門悠乃さんでぇ〜っす!」

 拍手喝采とともに舞台袖から出てくる。足音、気配だけで最高潮まで高まった会場は、その全身が見えるや否や、それを超える熱気に包まれた。誠は全身が震えるようだった。

「キタキタキタ〜!!」

 確かに雑誌で見た通り、いや、それを遥かに上回る美貌の持ち主。息を呑む程の端正な顔立ち、滑らかで艶やかな長髪、抜群のスタイル、圧倒的オーラ。

 親友が心を奪われるのも頷けた。

「今日はよろしくお願いします」

「お願いしますー。ささっ、座ってもろて。えー、まずは今回のこの口紅について色々お聞きしていきたいと思います」

 口紅という麻野に対して観客は愛のある野次を飛ばす。

「リップな、リップ!」「御門さんに失礼だぞーっ」

「いやあ、すんませんすんません。ほな仕切り直して、今回のスカーレットモイスチャーについて質問させて頂きます」

「あっ、言い方変えやがった」「素直じゃねえなっ」

 そのやり取りにぷっと吹き出す悠乃。

「あははっ。おかしいっ」

 その挙動一つで誠や智樹を含めた男達の顔が惚けていく。

(かわいい)(綺麗だ)(守りたいこの笑顔)

「この商品、初めは発色も強そうで、少しアンニュイな感じ? の私にはあんまり合わないかな〜と思ったんですけど、すっごいですよっ、これ。ホントに何にでも合う感じで。もちろん潤いというかプルプルの唇も作れますし。しかも、消耗品のリップなんて女の子は財布にも厳しいんですけど、結構リーズナブルっ」

「おっ、安いモンが好きなんは俺らと一緒なんですね」

「あはっ、そうかもですね」

 次々と質問を答え、その度に観客を魅了していった。


 小一時間程度のイベントが終了する。

「ありがとうございました〜。本日は以上になります。抽選で当選された方は五分後のサイン会にお並び下さい」

 ここからが本番だった。

 初めからこれが目当て。智樹はこのサイン会に当たったのだ。智樹に頼まれたような、能力を使って手品のように興味・関心を引き印象に残す、といったことは出来ないが、智樹の付き添いをすることになった。

 長蛇の列が出来ている。その先では壇上に居た美女が長机を挟んでファンと交流していた。

「う、うわあ、緊張してきた〜!」

「なんでだろ、俺も緊張してきたよ」

 刻一刻と自分達の番が迫る。智樹の色紙を持つ手に力が入る。

「え〜と、次は……」

「は、ひゃい!」

 思わず声を裏返し返事をする智樹。

「智樹、落ち着けって」

「あれ? 学生さんだ! よく当たったね〜。お姉さん嬉しいよ」

 なんという。甘美な視線と声に智樹は昇天寸前だった。

「お、おい! 智樹!」

「……はっ!」

 少し手汗の滲んだ色紙を両手で差し出す。ぬ受け取った悠乃は手慣れた様子でサインを書いていく。

「今回のこれ、レギュラーモデルやってた雑誌の企画だったと思うけど、あたしの雑誌読んでくれてるの?」

「モチロンデスッ!」

「ふふ、ありがとう。可愛いね、君」

「い、いやあ〜」満更でもないような智樹。

 すると、悠乃と誠の目が合う。

「君は? 色紙は?」

「あ、俺は付き添いで……抽選も応募してないですし」

「なんだ。そうなの。興味無いのに来てくれちゃって悪いね」

 智樹が誠の肩を抱き寄せる。

「いえいえ! そんなことないっスよ! 昨日まではそうだったかもしんないけど、コイツも今日で確実に御門さんのファンになりましたから!」

 仲の良さそうな二人に思わず微笑む。

「あら嬉しい。……?」

 悠乃の顔が曇る。その視線の相手は誠だった。

「うーん、君、会ったことある?」

「え?」

 瞬間、目の前の女性の瞳がひどく恐ろしいものに見えた。

「い、いえ。初対面の筈ですけど……」

 誠の脳裏に浮かんだ一つの懸念が悪寒となって体に走った。

「どこかで見た気がするんだよな〜」

 書き終わった色紙を取り、智樹の手を引く誠。

「し、失礼しますっ! 行くぞ!」

「おわっ! ちょ、待てよ誠!」

 急いでその場を離れようとする。智樹は去り際に悠乃を見た。

「す、すみませんっ。これ! 宝物にしますー!」

「え、あ、ありがとうー!」

 未だ後ろを向いて手を振っている智樹。会場だった建物を出る二人。

「はあ、はあっ。ごめん、勝手なことして……智樹?」

「…………ふぇっ?」

「どうした?」

「え? いや、何でもない、けど……」

 まだ惚けたままだったのか。めでたいやつだ。

「そ、そうだよ! どうしたんだよ? あんなに急いで」

 尤もな意見だ。

「あの人、俺の顔に見覚えがあった……」

「それが何だよ?」

「俺なんて一般人、知るわけが無いだろ!? “俺の力のことを知ってるんじゃ”……」

「はあ?」

 身を震わせている誠。

「俺の力のことはお前ら数人の知り合いと警察関係者だけが知ってる。もしくは、”追手”の人間」

 笑えない冗談を言う誠に智樹が顔を顰める。

「ありえないって。他人の空似だろ? 馬鹿馬鹿しい。……それか、ほんとに警察関係の人だったりして」

「警察関係の人間が監視や保護をしたりしている人間の顔をうろ覚えにするか? 今日だって行き先は伝えてあるし、第一そんな簡単に外で口外するようなことはしないだろ?」

「そうは言ってもなあ」

 納得のいかない様子の智樹。

「確かに全員が覚えているとは限らない。けど、けど! ……なんだか胸騒ぎがするんだ」

 誠は背中が濡れているのを感じた。せっかくのイベントは不服な形で幕を下ろすこととなった。

 彼女を警戒する必要がある。誠はしっかりとそのことを胸に刻んだ。


「ダン、調子はどうだい?」

 ダニエルからのテレビ電話。亜莉紗のパソコンを使って連絡をしてきているようだ。珍しく亜莉紗は席を外している。

 曰く、

「愛夏ちゃん、外に連れ出してくるわね。それまで留守番お願いね」

「外に出して大丈夫なのか!?」

「馬鹿ね。あたしがそんな分かりやすいところ選ぶわけないじゃない。第一ずっとこんな軟禁のような生活をさせるつもり? 本人は気にしてないかもだけど、日の光を浴びるのはとても大事なことよ」

「なら、いいんだが……」

「気晴らしよ。美味しいもの食べたりショッピングしたり、女の子しなきゃ可愛そうでしょ」

 との事だった。

 ダニエルから自発的に連絡なんて前例が無い。初めてだ。最初は顔を出すことさえ億劫だったというのに。……想像以上に二人に心配をかけているようだ。

「大丈夫。怪我も大分治ったし本調子まですぐだよ」

「それはよかった……え、えと、何か悩みとか無いかい? 僕でよければ聞くよ?」

 不器用なダニエルなりの気遣いが目に見えるようだった。

「これはカウンセリングかな?」

「え!? あ、いやっ」

「ふっ、いいんだ。俺がしっかりしないといけないのは分かってる」

「……ダンはすごいよ。確固たる意思で自分がこうしたいってことをやってのけてる。もちろんレッド、彼の言葉に因るものが大きいとは思うけど、それでも茨の道を進み続けることは簡単じゃない」

 彼の優しい言葉が沁みるようだった。ダニエルが意を決したような表情を見せる。

「前に、僕が昔色々なものを作る為に場所を点々としていたことは話したよね? 実は……君やレッド、亜莉紗と会う前居た場所は“インプレグネブル・ゴッズなんだ”」

「え……?」

 驚きの組織の名を口にするダニエル。自分達が敵対する現状最大の敵組織。それと画面越しの優男が協力していたなんて俄かには信じ難い。

「以前は本当にものづくりにしか興味が無くてね。自分が手を貸してる客の素性も知らずに仕事を受けていたんだ。銃火器の製造から機械の製造、初期段階の人体実験なんかもしたよ。そんな時、レッドスプレーに会ったんだ。彼は仕事か私的にかは分からないが、組織を壊滅させる気でね。恐ろしい強さで組織の人間を殺し尽くした。……だが彼、アイギャレット・シェルシャルルに会ってしまった。実際に力を受けた君なら分かるだろうけど彼は超人だ。レッドとてあの力には敵わなかった。アイギャレットは、“人間として”恐らく史上最強を誇る彼に興味を持ち、殺さずに国へ返した。僕はカメラで彼を見て自分のやっている事に疑問を持ち始めた。持ってしまった。そのどさくさに紛れて命からがら彼に接触して、日本へ連れていってもらったというわけさ。何の因果か、彼がその当時すでに使っていた大きな鋸は僕が昔に作った傑作の一つだったからね。流れ流れて彼の手に渡った。それも目を引いた理由の一つかもしれない」

 思わぬところでダニエルの過去を知ることになるなんて。レッド、いつだって俺の行く先を照らしてくれるな。あんたは。

「……ありがとう、言いにくいことを」

 二人が帰ってくるのが見えた。亜莉紗の部屋でパソコンを借りている。彼女の部屋にはたくさんのモニターがあり、廃墟の至るところに防犯としてカメラを設置していた。

 扉の開く音が聞こえる。

「っと、そろそろにするかい?」

「うん、そうだね。今日はありがとう」

 ゆっくりと頷いて通話を切る。

(アイギャレットの能力については今は語るべきでは無いだろう。第一、抵抗する術も無い。僕だけでなく、ダンや間接的とはいえアリザも力を受けたのは大きかった。“種”が植えられた今、どうするべきか……)

 この日以降、ダニエルが定期的に連絡をくれるようになった。


 片手のワインをゆっくりと回すアイギャレット。その瞳は夜のロサンゼルスの街並みに向けられていた。

「由眼家吉質。最後に仕事をしたな。……レッドスプレー、君が亡くなっていたことには驚いたよ。私は買っていたんだがな、いつか君を欲しくて。そして……まさかソード、彼からも名前が上がるとは。ラプトル。本当にレッドスプレーの跡を継ぐ気かい? 実力的にはすでに申し分ないかもしれないが。———まるでイカロスだ。自ら死地に赴こうというのか。きっと君は、いずれ自分の翼を呪うことになる」

 そう言ってグラスを置き、縁を指先でなぞった。


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