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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第2章.飛翔
43/111

40.処分


 特殊犯災対処精鋭部隊ジンゴメンは由眼家吉質のパソコンや書類から見つかった顧客リストを元に買い手の捜索に全力を注いでいる。そこを糸口に、芋づる式に罪人を吊つるし上げる計画だ。

 当分は忙しくなる。


 廃墟に帰ってきた彈。

 当然のように、愛夏が走って迎えに来る。続いて亜莉紗も顔を出す。

「坊や!? 一体どこに居たの!? 通信機が壊されて心配してたのよ!?」

「ごめん。警察に捕まっちゃってさ」

 一番最悪なケースの答えが返ってきた。しかし、それにしては“早すぎる”。何より自力で脱出でもしない限りは。

「警察に!? 逃げ出してきたの?」

「いや、簡単な質疑応答に答えだだけで、すぐに返してくれたよ。あっちの上司の命令らしい」

「何それ。怪しすぎるでしょ」

 あれだけのメディアで逮捕を公言していたのに?

 きな臭いとしか言いようがなかった。

 中へ進み、手袋を外しマスクを取り、上のジャケットを脱ぐ。ソファーに倒れ込む彈。やっと一息をつける環境に戻ってきて今までの疲れが一重に押し寄せる。

「コーヒーでも用意するわねっ」

 亜莉紗がキッチンへと向かう。愛夏が彈にチョコ菓子を差し出す。

「……ありがとう。糖分は必要だよね」

 そう言って袋を破り口の中に放り込む。コーヒーを持って彈の前に腰掛ける亜莉紗。安心しているのだろう。改めて彈をよく見てみれば、体中の打撲の跡はもちろん、ひどい顔をしていた。渡したマグカップを持つ手が震えている。

「坊や……大丈夫?」

「え? もちろん。全然大丈夫だよ。こんな怪我いつものことじゃないか」

 強がっている、というわけではなさそうだ。

「そうじゃなくて」

 真剣な眼差しを向けられる。

「あ…………心配いらないよ。大丈夫」

 その瞳に何を映しているのか。亜莉紗には見当も付かない。

 いつもは少し猫舌気味の彈の口から、マグカップが離れることはなかった。


「あの子、かなり参っているわね」

 彈が家に帰宅し、愛夏も寝静まった夜。亜莉紗はダニエルと話していた。画面に映るダニエルはとても心配してるようだ。

「ダン、少し休ませた方がいい……」

「そう言って聞く子かしら」

 ダニエルはレッドのことを思い出していた。大義を掲げ、動いていた男。芯があり、それに伴う力も持ち合わせていた。

 暴力、という点では震条彈はかなりの者だろう。人の身でありながら極限まで肉体を鍛え上げている。だが、ラプトルとしての彼が始まったのは、復讐。それだけでここまでやってきた。それこそ激動の日々を過ごして。

 最愛の人間の死による人生の転換。感受性が豊かなのは言うまでもない。

 自分を指南してくれたレッドスプレーの死。それを乗り越え幾度と戦ってきたが、外部の協力者が出来た途端に此度の惨状。亜莉紗の話では今年に入ってから心の休まる場所に出会えたらしいが、いつか……壊れてしまわないか。それだけが気がかりだった。

「ダニエル、定期的にケアを頼めるかしら」

「僕が?」

 そんなお願いをされるなんて思いもしなかった。

「あなたは臆病だけど、メンタルは強いわ。色々経験してるしね」

「……分かった。僕に出来ることなら、頑張ろう」


『あなたの唇、潤い足りてる? キスしたくなるような唇の、その先へ。新発売、スカーレットモイスチャー。まるで光り輝く水面のような美しさをあなたに———』

 大人気ファッションモデル、御門悠乃。そんな彼女はcm撮影の合間、楽屋に居た。

「これ、イマイチね」

 そう言って新商品のリップを乱雑にテーブルに放り投げる。

「随分な言いようだな」

「!?」

 壁にもたれかかっているマキビシ。

 いつの間に。どうやってこんな場所に侵入したのか。気配を全く感じなかった悠乃は驚きを悟られないように言葉を続ける。

「……ノックもせずに女子の部屋に入るのか、お前は」

「これは失礼した。ビジネスのことしか考えていなかったものでな」

 食えない男なのは分かっていたが、より警戒が必要か。

「何の用?」

「渡しておくものがあってな」

 先程のリップの隣に、持っていたファイルを乗せる。悠乃は無言でそれを手に取る。様々な人間の顔写真と共に詳細な情報が載っていた。

「これは?」

「要注意人物をリスト化したものだ。注目して欲しいのは”ら”の行だ」

 五十音順に綺麗に並んでいる。指定されたところまでページを捲る。そこには自分と同じくらい、“表”でも知名度のある男が載っていた。

「ラプトル……」

「左様。奴は単独でもかなりの強敵と言ったな? ここ最近はさらに磨きをかけている」

「それがどうした? あたしの前じゃ相手にならない」

「それがだ……奴は、レッドスプレーと関わりがある」

「!!」

 レッドスプレーという言葉に過剰に反応する悠乃。明らかな動揺が見える。

「理由はそれで充分であろう?」

 悠乃はゆっくりと無言で同意する。

「……震条、彈。これ、ラプトルの本名? 正体を暴いたのか?」

「つい先日その事実が分かってな。拙者も気がかりになった為、身辺を洗い、徹底的に調べた。するとどうだ、正体はただの一般人。経歴も普通、何も怪しいものは無し。そして……大学を中退した時期とラプトルが本格的に活動を始めた頃が重なっている」

「ふうん……お前が目をつけた理由は? あたしの為じゃないだろ?」

「ふっ、自惚れるな。……奴は個人で動いてる。しかし、あのコスチューム一式はおそらく“外部”に委託している。素人にしては完成度の高い装備だ、それは前々から気になっていた。そして今回、レッドスプレーとの繋がりが判明した。そのレッドスプレーには、前々からダニエル・シェーンウッドとの協力関係が噂されていた。あの大鋸も特注品だ。つまり、ラプトルこと震条彈はダニエル・シェーンウッドの助力を得ている可能性が高い」

 なるほど。レッドスプレーとダニエル・シェーンウッドが味方だったと。道理で”強い”わけだ。

「分かった。このリストは目を通しておく」

 要件を済ましたならさっさと出て行けと言わんばかりに手を振る悠乃。マキビシが部屋を出て行こうとした瞬間、捨て台詞を残す。

「ああ、それともう一つ。レッドスプレーは死んだそうだ」

「———は?」


 ロサンゼルス、インプレグネブル・ゴッズ本部。

 モンスタービルの大きな一室の中で、アイギャレット・シェルシャルルを前に、部下達がこぞって並んでいる。そこにはカイアス、ソード、王前も居た。

「まずは、君達からだ」

 インプレグネブル・ゴッズの構成員である部下達十人が横一列に並ぶ。アイギャレットが右手を上げる。すると王前が脇に寄り、手元の書類を開く。

「彼らは、先月分の取り立てが出来なかった者、担当の地上げに大幅な遅れを出している者、ドラッグや武器の売買及び我々の店を警察に嗅ぎ付けられた者。中には摘発された者も。総じて失態を晒し、我々に不利益を齎した者達です」

 部下達の顔は強張り、青ざめている。

「……私は無能は嫌いだ。だが、弁明の余地は与えてやろう」

 静まり返る室内。

「お、俺は勘弁してくれよ! サツに見つかったっつってもすぐに撒いたしブツも見つかってねえ! それに、こういう時の為にしっかりと後でシめておいたからよ!」

「俺んとこのあのファーストフード、中々しぶといんだよ! アイギャレット、あんたが何とかしてくれればそれで万事解決だ!」

「そうだよ! 電話越しでも効果あるんだろ!? ならあんたが手を貸してくれ!」

「俺らの失敗なんて全体の業績や利益に比べりゃ1パーセントにも満たないくらいのモンだろ!?」

「そうだ! そうだ!」

 部下達は口々に溜め込んだ思いを縋るようにぶつける。無論、そんな軽い言葉がアイギャレットに届くわけがない。

 すると彼の目には一人、黙ったままの男が映った。

「君はどうした? 言い訳ならいくらでも聞くが」

「言い訳って……!」周りの男達が焦っているのが容易に分かる。

「そう言えば、君は見ない顔だな」

 王前がアイギャレットに耳打ちする。

「ここ一ヶ月で入った新人です。名前はミック。元はただのゴロツキですが、ウチの知り合いからのツテで入ったようです」

「なるほど……ミック、君の意見が聞きたい」

 オドオドとしていたように見えた部下の男は突然、意を決したように話し出す。

「俺……正直、仕事を舐めてました……自分が取り立て一つも満足に出来ないなんて……。雇われたボディーガードに、逆にこっちがコテンパンにされちゃいました」

 アイギャレットはしっかりとミックの眼を見つめ、話を聞いている。

「で、でも、その後は賄賂でボディーガードを買収してやりました! もちろんここの金を使ったのは事実です。けど、予定額の四分の一を渡しただけです! 次からは全額回収します!!」

 周りの部下達は神妙な面持ちだ。ソードは退屈そうに首を掻いている。だが、唇を噛み締めるカイアスの額には一粒の汗が滴っていた。

「……」

 アイギャレットは無言のままだ。

「俺、ただのチンピラの時からここのことはもちろん、アイギャレットの話は聞いてました! とてつもない才とカリスマ性をお持ちの圧倒的支配者! すごいですよ! 先輩からのコネでこの世界一のギャングに入れたのは俺の一生の収穫です!」

「……分かった。もういい」

 アイギャレットが立ち上がり、ミックの前へと歩いてくる。

「これからは気を引き締めてインプレグネブル・ゴッズに貢献します! 命を捧げることを誓います!!」

 部屋の緊張感は最大にまで高まっていた。アイギャレットがミックの肩に手を置く。

「うん。君の心がけは素晴らしい。前を向き、精進する者を俺は好む。君達も彼を見習い給え」

 並んだ部下達の顔にもはや生気は宿っていなかった。ミックの強張っていた肩から力が抜ける。

 部下の一人がぼそりと呟いた。

「た、助かった……」

 同時に、部屋の全員がアイギャレットを中心に冷気が放たれたような、そんな寒気に襲われた。

「君達を見逃す、と言った覚えは無いが?」

 王前がアイギャレットから一歩、身を遠ざける。

「今後、同じ轍を踏まないよう、少し強く力をかけさせてもらうぞ。———『ここに無能は必要ない』」

 途端にミックを除く部下九人の心臓が、締め付けられるような感覚に陥る。

「かっ、はっ……!」

 アイギャレットは背を向け、自らの席に向かう。

「以上だ。もう用は無い、即刻消え給え」

 その言葉の圧力の凄まじさ。部下の全員が深々と礼をした後、急いで部屋を出ていった。

「さて、要件は後二つも残っているのか」

 部屋には四人だけが残っていた。

「まずは私の以前の(あるじ)から、お願いしますよ」

 王前の言葉通り、ソードに前へ出るように促す。

「君に関しては端的に済ませるよ。君をここの幹部に迎えよう」

 カイアスが予想だにしない言葉に驚く。

「……王前、何て言ってる? てか日本語喋れるんじゃ?」

「ボスをここの幹部として優遇するようです。日本語は……まあ母国でわざわざ話すつもりは無いのでしょう」

「ふ〜ん」

 アイギャレットは淡々と続ける。

「君の性格や能力はデータを見て把握済みだよ。充分に役立ってくれそうだ。何か要望があれば何でも言ってくれて構わない」

 王前が内容をソードに伝える。

「そうだなあ、強いていうなら……”辻斬”の再編成かなあ」

「それ、面白いですね。ボス」

「“前の爺さん”を気にしなくていいから、心置きなく刃物での斬殺部隊を作れるよね? かっこよさそう!」

 呆気なく進んでいく交渉にカイアスはついて行くことが出来なかった。

「……最後は君だ。カイアス・エヴォルソン」

 とうとう自分の番が来た。来てしまった。

「度重なる失態。目的であるダニエル・シェーンウッドに関しては尻尾を掴むことすら出来ず、別の行動に(うつつ)を抜かす始末。……非常に残念だ。これ以上擁護は出来ない」

 カイアスが必死の弁明を試みる。

「相手が想定より厄介だったのは認める! けど、俺は強い! もっとしっかりと作戦を練り、“幹部”だって預けてくれれば必ず奴らを仕留める!」

 寸分も動じないアイギャレット。王前、ソードもまるで哀れんでいるような目を向けている。

「お前ら、新顔のくせになんなんだよ! そこのお前! 幹部だと……!? 少々腕が立つらしいが所詮はただの人間だ! “持たざる奴”が“持ってる奴”の真似事なんかしてんじゃねえよ!」

 ソードは意に介していないようだ。

「俺はあんたと“同類”だ! なのにそんなことしないよな……!?」

 なんとも見っともない、醜い姿だった。

 それは悪手だった。

「“同類”だと? なるほど、少し特別扱いをしただけでそんな風に思っていたのか。……勘違いをさせてしまっていたようだな。私も悪かったよ」

 もう何を言っても無駄だった。それほどに、カイアスは自由に動き過ぎた。

「私は、お前の奔放で物怖じせず何事も楽しむ様を見るのが好きだったんだがな。これまでだ。———お前を『私の支配下に置く』」

「……っっ!!」

 これまでとは比べ物にならない威力。膝をつき、全身から汗が噴き出る。もうカイアスは反論するようなことは出来なかった。まるで、飼い主に見放された愛玩動物の様だった。


 翌日、構成員の男二人組はゴミ捨て場に来ていた。トラックから大量のゴミを投げ捨てる。

「おらっ」

 大半を投げ捨てたころ、漂う腐臭に顔を歪める。

「これが最後だ。ちょっと重いぞ」

 少し丸く、大きく膨らんだ袋を二人がかりで投げる。

「あーあ、これだから……。こんな仕事とは言え、俺らは今回は助かって良かったよな」

 薄いゴミ袋の中から、新入りの少年の頭部が顔を覗かせていた。


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