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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第2章.飛翔
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39.熟慮


 モノクロームの脚が今日も悪を断ち切る。

「こいつは確か、指名手配中の強盗殺人犯だったな。何故こんなところで薬の取引を?」

 麻薬を売買しているところを狙ったモノクローム。しゃがみ込み、死体の男をじっくりと観察する。

「急いでいた様子だったが、それにしても落ち着きがなかった。相手の男のこいつも、初犯でもなければ常習犯のはずだが……」

 後ろからマキビシが顔を出す。

「そんな悩んでいるお主に、新しい情報をやろう」

「マキビシ」

 麻薬が入ったケースの中から、袋の一つを取り上げる。

「昨日、日本中のドラッグの流通を占めていた麻薬王こと、由眼家吉質が死んだ」

「!」

「薬は全て、警察に押収されたらしい。あの男の権力は中々のものであったからな、今現在残っている薬は貴重というわけだ。もちろん今のごたごたが収まれば、また薬の蔓延も始まるだろうが」

 麻薬王。リスト重要人物の一人であった。

「死因は?」

「仲間による銃殺と聞いている。大方、麻薬王と警察の間に問題でも発生したんだろう。昨晩は、沈黙を貫いていたその二者がぶつかったと。であれば、その中で裏切り者なりが出たのやもしれぬ」

 モノクロームは顎に手を当て深く考え込む。

「それともう一つ……レッドスプレーが死んだ。何ヶ月も前に死んでいたらしい。由眼家吉質が自ら拡散した情報だ。確かであろう」

「レッドスプレー……伝説の殺し屋……だったか?」

「ああ。尋常ではない手練れ。あやつがもう居ないというのは大きい」

 前々からマキビシが警戒していた人物。モノクロームのリストにも当然入っていた。

「情報によれば、その事実を開示したのはあのラプトルだと言う」

「何ィ? あいつ、殺し屋とも繋がっていたのか? どうしようもない奴だ」

「とはいえ、レッドスプレーは義賊のようなものでな。やっていることはお主と似ていた」

「……」

 冗談じゃない。”殺し屋”を稼業としている奴とこの俺の崇高な所業が一緒だと?

 モノクロームは不機嫌にはなるものの、一概に否定するようなことはしなかった。そこに救急セットが飛んでくる。

「っと。……?」

「お主、足首を怪我しているであろう。治しておけ。脚が使い物にならなければお主は終わりだからな」

 確かに、足首が捻挫のような状態が一昨日から続いていた。

「何故分かった?」

「動きを見れば一目瞭然だ」

「はっ。いらねえお気遣いだな」

 マキビシが一呼吸おいた後、口を開く。

「……それと、脚の装備を新しく改良したものを用意した。超振動カッター。今までを遥かに超える切れ味だ。郵送で送ってある」

 モノクロームは足の装備を見る。毎日手入れを怠ったことは無い。しかし、確かに少し錆び、切れ味も落ちてきていた気がする。

「少し忙しくなる。拙者のサポートは当分期待するな」

「あん?」

 モノクロームが不審に思い、マキビシの方を向くと、すでにその姿はなかった。


 真宮寺がもううんざりといった態度で質問に答える。

「だから何度も言うておるじゃろう。わしは首輪を付けただけじゃ。奴が快楽殺人鬼(シリアルキラー)であることに変わりはない。……もう一人手綱を握っていた奴がいたんじゃがな、奴も消えてしもうた」

 カイアスと麻薬王のことですでに手一杯の警察は、脱走したソードが再び殺しを始めたことに手を焼いていた。


 取調室。

 そこにはジンゴメンのメンバーが揃っていた。取調室には奏屋、鑑、山下の三人。マジックミラーの向こう側には時任を含めた上層部と館端がその様子を伺っていた。室内では彈、もといラプトルと奏屋達が睨み合っている。

「……」

 彈は視線を外し、黙ったままでいる。

「マスク取るか?」

「取ってどうすんの」

「それもそうか。……なあ、もうどうにもならない。観念した方が良い、あんただって疲れたろ。俺らみたいに職務・人員・強化スーツ。これらが何一つ無いのによくここまで戦ったよ。さっき軽く全身を調べたときに分かったけど、その格好だって頑丈ではあるかもしれないけど機械的な働きがあるわけじゃない。やっぱりあんたはそのままの身体能力だけで戦ってたわけだ。バケモンだな」

 鑑と山下は黙って聞いている。

「ふっ……褒めてくれるんですか? ありがたい」毅然とした態度を崩さない彈。

 山下が机を叩いた。少し、頭にきているようだった。

「余裕を見せるな、強がるな。お前は捕まった。もう活動は出来ない。十五年くらいは覚悟してもらう。出所して再犯しようにも、もうそんな気は起きないだろうよ」

 彈の眼光は獣そのもの。奏屋と鑑は思わずその迫力に圧倒される。

「同じ暴力かもしれないが、理念が違う。覚悟が違う。……“自由に動ける”。そこがお前の強み、それは理解してやる。けどな、鎖は必要だ。それが司法であり、組織だ。正義感だけでやっていけるほど甘い世界じゃない。法外な力はヒーローと崇める者もいれば不安要素の一つにもなりえる。このままではお前も身の回りの人間も、皆滅んでいくぞ。“斉藤刑事だってお前の犠牲者の一人だ”」

 彈は反論することも無く頷いた。

「返す言葉も無い。年下を諭してくれるなんて、優しいんですね」

「……。はあ、お前もモノクロームも人を助けることを第一とはしていないだろう。悪人を倒すことを最優先に動いている」

 瞬間、彈の放つ雰囲気ががらりと変わる。

「俺がいつヒーローなんて“自分で”言いました? 正義の味方なんて言いました? 俺はああいう屑を懲らしめれれば、それでいいんだ」

 本心だろう。彈の鋭く、闇のように底知れぬ深さを感じさせるその眼が物語っていた。張り詰める空気。

 奏屋がたまらず彈を宥める。

「あんたなあ……」

「何がわかる? あんたらに……何がわかる!?」

 彈の手首に繋がれた手錠から大きな金属音が鳴る。鑑は溜め息を吐いた。

「わからないわよ。私達はあんたじゃない」

「なら何故、理解しようとする?」

「理解じゃない。”仕事”だから。あと、単純に疑問ってのもあるかも。命を張り、そこまでして何になるのか、とかね」

「……」

 警察からすれば殺人の復讐、なんてごく普通のことなんだろうな。きっかけとしても動機としても、ありふれているんだろう。だけど、稀有な師を持った。そして力を手に入れた。手に入れてしまった。それを思うがまま発散できるなら、この身が削れてでも屑を一掃する。

 他意は無い。

 取調室の扉が開く。そこには館端が立っていた。

「……解放だ」

「はっ?」

 あまりに突然の言葉にジンゴメン三人は動揺を隠せない。

「どういうことだ!?」奏屋が館端に詰め寄る。

「“上”の決定事項だ」

「上といっても、決定権は時任さんか胎田さんだろう!? 何考えてんだかあの人は! くそっ、だから俺らジンゴメンだけで捕獲・輸送し、内密に動いてたわけか……!」

 山下が苛立った様子を見せる。それは奏屋とて同じだった。警視総監ですらあれだけ捕まえる意思を示していたというのに。

 山下は続ける。「館端ィ! お前はどう思ってんだ!? まるで胎田さんの金魚の糞だっ。それだけで優遇されていいご身分か!?」

「ジンゴメンは平等だ。そっちこそ先輩風吹かせるのやめてもらえますか?」

 嫌な空気が流れた。

 館端が彈の手錠を外し、部屋を出るよう促す。彈は立ち上がり、扉の前で奏屋達の方を振り返る。

「くだらない論争はやめましょう。こんなのいたちごっこですよ」

 山下が彈の胸ぐらを掴む。今にも殴りかかりそうな山下を奏屋と鑑が止めた。

「落ち着いて山下さんっ」

 その手を振り切り、彈は解放された。

(何故わざわざそんな憎まれ口を叩く? 虚勢を張る必要など無い。ここは警察組織。国民の絶対的な味方なのに)

 奏屋はその後ろ姿をただ見ることしか出来なかった。


「よかったのか?」

「今ここで拘束しても何もメリットは無いよ。国民を安心させるどころか反乱分子を産む可能性だってある。なら“現状維持”の方がずっと良い。……この先々、彼は必要になる。そういう局面が来る。今は……自由に羽ばたかせておこう」

 時任は腹の内の見えない胎田に、上辺だけの返事をした。


 麻薬王、由眼家吉質との一戦。

 事の発端はインプレグネブル・ゴッズからの刺客、カイアス・エヴォルソンの二度目の衝突だった。

 捜査一課、斉藤文重刑事の拉致。その際、同行していた流牽政刑事を轢殺未遂。

 目的はラプトル、モノクローム両名に対する嫌がらせ。刑務所を襲ったのも同じ理由だったという(情報提供者:ラプトル)。

 場所は由眼家吉質の本拠地。警察はジンゴメンを筆頭に突入作戦を決行。その際ラプトルの乱入もみられ、苛烈な戦闘が繰り広げられた。

 斉藤文重刑事は両下肢を欠損した状態で発見。命に別状は無し。現在入院中。(流牽政刑事も全身打撲・裂傷により現在入院中)

 由眼家吉質はカイアス・エヴォルソンにより銃殺。

 一方、カイアス・エヴォルソンは仲間の助力により逃亡(おそらく国外)。

 由眼家の側近、護衛のパラサイトキラーも同上。

 殺し屋、崩壊兄弟は両名捕獲。

 他、建物内の由眼家の部下は全員逮捕するに至った。

 警察側の被害は決して少なくなかったが、一先ずはこのような結果が残った。


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