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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第1章.孵化
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4.強者


 暗がりの部屋の中に光り輝く一つの画面。散らかった部屋の中心で、小太りの男が不敵な笑みを浮かべていた。

「ソードのやつ、やっと本格的に動き出したか。儂を待たせおって。ひひっ」

 右手は腹部を掻きむしり、左手ではスナック菓子を掴んだ手をそのまま手ごと口に放り込む。頬張った手には唾液が付着し光沢を帯びている。

 咀嚼をしながら画面上の九つに区切られた監視映像を凝視する。


 惨劇。

 警察はもちろん、野次馬の民間人、マスコミの記者達。見境なく大勢の人間が斬り伏せられていく。日本刀を巧みに使う白スーツの男。その猛攻はとどまることを知らなかった。

「おいおい、なんなんだあいつは!」

 車を壁にし、援護射撃を続ける斉藤と流。飛び交う銃声の中、大声で二人が叫ぶ。

「バケモノじみた強さですよ!」

「奴の強さもそうだが、問題は周りだ。奴も人間。全ての銃には反応出来ていないように見える。なのによ、被弾しそうになりゃ取り巻きの野郎どもが身代わりになりやがる。命を張るにしても躊躇ってもんがない。どうかしてる」

「じゃ、じゃあ“ソコ”もいじってるんですかね」

 撃たれた部下をそのまま盾にし、距離を詰め、SAT隊員の首を跳ねる。別の隊員に部下の死体を投げつけ死角から腕を落とし胸を突き刺す。

「実にスリル満点だァ……」

 男は満足気に刀に着いた血を振り払った。


 脚を速める。

 数箇所の曲がり角を超え、いくつもの死体の間を駆け抜け、今にも殺されそうな警官の目が視界に入った。

      ———たすけて———

 跳び上がり、スーツの男一人の顔に蹴りを入れる。警官の前には変わったマスクを付けた男が佇んでいた。

「……大丈夫ですか?」

 彈が尋ねる。ふるふると首を縦に振る警官。

「早く逃げて下さい。お仕事も大事ですが命も大事です。この場は任せて」

 渋っている様子の警官。

「はやく!」

 するとスーツの男が起き上がった。

「なんだチビ。変なマスクなんかつけやがって」

 反撃する男。しかし彈は男の拳を避けカウンターを入れる。蹌踉めいたところを追撃による追撃。トドメの後ろ蹴りで男を吹き飛ばした。

「次」

 彈は次々と加わる男を薙ぎ倒していく。だが、相手の個の戦力も凄まじく、彈も無傷ではなかった。

「くっ」

(なんなんだ、強すぎる。加えてゾンビ並みにタフだ。慎重策の各個撃破も意味を成してない……!)

 すでに五人を同時に相手していた。

「こいつ何者(なにもん)だ? 変なもん着けやがって」

 男達もまずまずの実力を見せる正体不明の男に戸惑っていた。

 落ち着こう。マスクの中央にある円形の開閉式ダクトが大きな駆動音を立て、乱れた呼吸を整える。吸気ではサイドの縦長のダクトから空気を取り込み、呼気に合わせて真ん中の開閉式ダクトのフィンが開く。

(集中するんだ、普段手合わせしているあの男に比べれば、なんて事はないだろ。レッドは正真正銘、人を辞めている)

 深呼吸をし、敵の攻撃を避ける。

 一人目の男の蹴りを上腿目掛けストッピング、そのまま顎に膝を当て気絶させ制圧。二人目の男の拳を右脇の下で挟み、肘を極める。顎に左拳を当て制圧。三人目に二人目の男の肘を極めたまま投げつけ、両者もろとも壁に向かって両足での飛び蹴りで叩きつける。着地で地面に伏せる彈を四人目が殴り掛かるが、そのまま低姿勢からの下段後ろ回し蹴りで足元を払い、その遠心力のかかったまま再度中段への後ろ回し蹴りで体勢が崩れた男の顔面を振り抜く。

 制圧完了。

 最後の一人が息を荒げ、奇声を上げながら突進。彈の腰に抱きつくが膝で鳩尾を強打、脳天に肘を落とし、制圧。

 ものの数秒の出来事であった。レッドから得た知識・経験が短期間で自分をここまで強くした。

「これがレッド家庭教師の英才教育か……」

 思わず小さく笑う。事を終えた後、どっと汗を掻きふらつく彈。

(一体、後何人いるんだ……)


「本日から厳戒態勢が敷かれていたはずの新宿、何故初日であるこのタイミングにテロが起きたのでしょうか! 現在、新宿はパニックの中、恐ろしい光景が広がっています! 警察も苦戦を強いられているようです! 事態はいつ収束に向かっっ」

 遠方から報道中の女性の頭部に突き刺さり、顔面を二つに分かつ刀。

「うわぁぁ!」

 報道陣が散らばり逃げる。

「あ〜、それ切れ味悪くなったからあげるよ」

 白スーツの男はバタフライナイフに切り替え、殺しを続ける。

「ギラついた目のやつが減ってきたぞ〜?」

 すでに半数の警察が戦意を失っていた。

「嘘だろ……!? 国家権力が負けるのか……?」

 壁にした車にもたれかかり流が呟く。

「日本が壊れる、正義が崩れる……」

 弱音を吐きこぼす。

「このままじゃ、対人(たいひと)では勝てないだろう。爆弾でも落としていっそここを更地にでもするんじゃないか? 丁度一箇所に集まってて都合がいいだろうしな」斉藤が淡々と言う。

「そんな……!」

 立ち上がり車の向こうを見据える斉藤。

「安心しろ、そんなことにゃさせねえよ」

 流の制止も聞かずその場を飛び出し白スーツの元へ駆け寄る。

「おい! 俺が相手だ、白ハゲ」

 死体の山に腰掛け、退屈な様子の男。眼前に現れたたった一人の痩せぎすの刑事に視線を向ける。

「……そんなに強そうには見えん。戦闘要員じゃあないんだろ? 頭使うタイプか経験・気合で乗り切るタイプだ。なのに何で出てきた? 何故逃げない? まあ隠れてても殺すけど」

 ナイフを見つめ、子供のように手遊びをしながら言葉を投げかける。

「正義漢とかクサイし古いぞ? 命を投げ出すのも、自暴自棄になってるだけか?」

「……刑事だからな」

 そう言い、斉藤は真っ直ぐな瞳で銃を向ける。

 驚いた表情の男。死ぬ気はないが死ぬ覚悟は出来ている、そんな目をした相手は初めてだ。

「お前らの目的が何だかは知らん。理由なんてないのかもな。けどここまで荒らした代償は必ず払ってもらう。それに聞きたいことも山ほどある」

「あはっ!」

 発砲する斉藤に臆する事なく突き進む。弾丸を軽々躱し、迫る男。斉藤は弾の尽きた銃を即座に捨て、格闘に持ち込む。白いスーツの襟を掠めるが、その手元を刃が切り裂く。

「くっ……!」

 前蹴りを浴び、転がり倒れる。じりじりと歩み寄る男。

 ぽつぽつと、雨が降り始めていた。


「!」

 刹那、白スーツの男は背後から凄まじい殺気を感じ取り振り返る。

「……」睨みを効かせる彈。

 二人は一言も発さず拳を交えた。


 斉藤は呆気に取られていた。

 今までの敵とは一味違う強さを見せる。彈は焦り、白いスーツの男は喜びを感じていた。初めての”強敵”にお互いが多少なりとも昂りをみせている。

 致命傷こそ避けているが、この特殊レザージャケットがなければ体中切り傷だらけだっただろう。こちらの攻撃が悉く通用しない。白スーツの男は遊んでいるようにも見える。時が進むほど、彈が攻撃を受ける頻度が高くなっていく。連戦の末、すでに体力は消耗しきっていた。

「はあ……やめだ! こんなナイフじゃその服は通らなそうだし、この殺し合いも存分に楽しめない」

 踵を返し、側近らしき男のいる車へ歩く。

「待て!」

「またな。君がどこの誰だか知らないけど、力のある命知らずは嫌いじゃない。次までに更に腕を上げておいてね」白スーツの男は車に乗り込んだ。

 激しい雨の中、己が非力さを嘆く余裕もなかった。


 この日を境に東京の犯罪率が格段に上がった。治安は悪化の一途を辿り、次なるテロリストが一人、また一人と水面下で生まれ始めていた。


 豪邸を前に車から降りる白づくめのスーツを着たスキンヘッドの男。通称”ソード”。ありとあらゆる刃物の使い方を熟知しており、類稀なる戦闘能力を持つ。

 対するはソードを含めた殺人隊、”辻斬”の資金源でありブレインであり影のフィクサーである真宮寺雅隆。金の亡者、金を生み出すプロフェッショナルである。邸の中へソード達を招き入れ、談笑する。

「人員を注ぎ込んだだけあるわ。此度のゲームは見ていて実に爽快感のある見世物だったぞ」

 真宮寺がやけに機嫌よくふるまう。ソードの側近、王前(おうまえ)が耳元で囁く。

「今後しばらくはこちらも下手に動けません。今回は最終的に合計で四百二十八名を投入しました。百名ほどやられましたが、他は回復次第また使えるでしょう」

 興味なさげに歩きながら返事をするソード。

 移動し、広間にて円卓の上に資料を広げる真宮寺。

「連絡をとってはみたが、壊し屋の(ロン)、パラサイトキラー、ジェリー、どいつもこいつも目立つような場での計画には加担出来ないんじゃと。また、血の鎧の男、超能力少年については未だ分からぬことが多いわ」

 ため息をつく。するとソードは何気なく呟いた。

「むしろもうそいつら相手にしても面白いんじゃない〜?」

「馬鹿者。なんの経済効果も無いじゃろう。今回は技術力、戦力の誇示はもちろん、治安悪化によるクライアントの増加を見込んでの計画だったんじゃぞ。貴様らのストレス発散などオマケのようなものだ。それに裏の世界の者同士が事を構えると何かと厄介じゃからな」

「ざ〜んねん」

「まあ、武器なしの人間を手術でここまで強く出来るというアピールは十分叶ったじゃろう。せっかく実力があるんじゃ、雑兵ものどもだけでなく、貴様もうちの手術を受けたらどうだ?」

 椅子から立ち上がり、舌舐めずりをするソード。

「いや、ご馳走を見つけたんだ。対等な条件のままヤりあいたい」


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