35.麻薬王の砦
一目散に街を駆ける彈。亜莉紗が同時進行で斉藤の行方を探す。
「亜莉紗! まだか!」
「やってるわよ! 直近三、四時間以内で都内の監視カメラに怪しい車が映ってるか探してる!」
十数分前。
「その声、流さん!? どういうことです!?」
「ちょっと! 意識が戻っただけなのよ! 無理しないで!」電話の向こうは少し騒がしい様子だった。
「もう少しだけ! てか耳塞いでて下さいって言いましたよね!?」
何やら口論をしているようだ。
「ったく……ん゛んっ、ラプトル。続きを話す。
斉藤さんが車で狙われた。結果から言うと俺はその車に轢かれて重症。かなり痛いかな……血だらけだし、ははっ。それで……斉藤さんが攫さらわれた。それも、カイアス・エヴォルソンに」
「!」
自分と関係を持ったからか? 斉藤さんが狙われるなんて。
あの時佐野さんを狙った理由も分からなかった。なら、俺に理由があるはずだ。前に言っていた”嫌がらせ”。あれが本心だとするなら……相当イカれている。俺の関係者を狙うというのなら、一刻も早く奴を倒さなければならない。
「流さんは大丈夫ですか?」
「少なくとも君にいち早く連絡出来るくらいにはね」
「良かった……。斉藤さんは、必ず助けます」
「頼んだよ。ヒーロー」
そう言って流は通話を切る。
「番号を聞いておいて良かった……」
看護師の声をよそに緊張の糸を解き、ベッドに倒れ込んだ。
亜莉紗が三台のパソコンを巧みに使い、全力で斉藤を探す。
「あらら、例のジンゴメンちゃんも捜索をしてるみたいよ」
当たり前だ。警察がやられたんなら総力を上げて探すだろう。今回は先に探すということに固執する必要はない。ただ、どちらかが見つければいいのだ。
殺さず攫う。ということは、ただの人質だ。いつも通り相手を制圧して終わり。
「どこだっ……!」
亜莉紗の特定が済まない以上、しらみ潰しに探し回るしかない。
「斉藤さんが攫われたって!?」
「それも例の銃野郎の仕業だとよ。燦護ちゃんはもう出てるぜ」
奏屋と山下がジンゴメンのスーツを装着し、準備をする。
「攫われたのを目撃した誰かがいたんですか?」
「流だよ。あいつが車に轢かれて意識が遠のく中、斉藤さんが拉致られたそうだ」
山下は重々しいマスクを被る。
「流さんが!? 無事なんですか?」
「まあ報告できるくらいにはな」
ほっと胸を撫で下ろす奏屋。
「しかし、俺らに報告出来るんなら、ラプトルの耳にも入ってるだろうな」
急ぐぞ、そう言って山下は奏屋の背中を叩いた。
ぱちんっ。
暗がり。異様な臭いが漂ただよっている。
ぱちんっ。
「ぐっ……っっ」
カイアスは部屋の壁にもたれ掛かっている。渋い表情で見つめるその先には北斗の姿があった。
ぱちんっ。
(こいつ、よくあんなことが出来るな。本当にガキか? いや……人か?)
カイアスは自分の拳の痛みもとうに忘れていた。
ぱちんっ。
北斗の周りにはいくつもの金属器が無雑作に置かれている。そしてそれらを彩るように赤い血が一面に飛び散っていた。
「ひっさしぶりだから、ゆっくりでごめんね……? けど、勉強した成果が出てて嬉しい!」北斗は血塗れのニッパーとナイフを持ちながら斉藤に語りかける。
手始めに、と手足の爪を全て剥がされた。そして下肢の末端から始まった、その”解体作業”。足先の指を一つずつ落とされ、そこを起点に脛までの皮を全て削いでいく。初めはやりにくくても、肌と筋肉の間にナイフを滑らせるように入れ込めば、然程難しいことではなかった。
北斗の気分のままに、足裏から土踏まずや踵、母指球などパーツを分け、バラバラにしていく。
「腓腹筋? は簡単だったけど、このヒラメ筋? はちょっとやりづらいなあ……」
首を傾げ、北斗は相手の痛みなど考えず筋繊維に触れながら、少しでも綺麗にと解体を進める。
斉藤にすでに意識はなかった。過度な痛みがあれば反応や反射として声が出るのみであった。
「はっ……島国の猿は、頭のつくりが違えな」
あらゆる監視カメラにアクセスし探した結果、黒いバンの全てを確認し、亜莉紗はようやく一つの答えを見つける。
画面上の九つの監視カメラの映像を照合する。その後、時間を設定し、車の行き先を導き出す。
「あの刑事も、時間と場所が分かってればもっと早く見つけられたのに……!」
彈の元に亜莉紗から連絡が入る。
「坊や、見つけたわよ!」
壁に何かが当たる音が聞こえる。
「坊や?」
「……亜莉紗、俺も見つけれそうだ」
彈は斉藤を探している中、彈を見かけた数人の男達が追ってきているのに気づいた。怒声を上げながら追ってくる男達を“片付ける”と、一人の男が刑事はもう手遅れかもな! と口を滑らせた。
彈は今まさに男から居場所を聞き出そうとしているところだった。
「……あたしからの情報はいらないかしら」
「いや、どっちにしろこいつにわざわざ案内してもらうのも面倒だ。最短ルートも分からないしな」
「あっそ」
亜莉紗は画面に行き先のマップを映し出す。
「坊や。居場所は分かったけど、今回の相手、相当厄介よ」
彈はその理由を聞く。
「日本の麻薬王、由眼家吉質のビルよ」
麻薬王。カイアスはそんな奴とも繋がっていたのか。丁度いい。
「骨が折れるな」
「なに、やっぱり行く気なの? 坊や」
「? 当たり前だろ」彈は亜莉紗の問いに愚問だと言わんばかりの反応を見せる。
「……あのね坊や。危険過ぎるわ。あれだけの大物の拠点に一人でなんてね」
彈は体を伸ばしストレッチを始める。
「大丈夫。初めてじゃない」
「その考えが危険だって言ってるの。きっと、坊やは前にシングウジインダストリーに攻め入った時のことがあるからそんなことを言うんでしょうけど、あれはレッドが居たからよ。彼が殆どの相手を引きつけて警備が手薄だったからあなたは無事だったの。あなたの危険性を理解している相手が、万全の状態で待ち構えている状況。これでも行くって言うの? 無謀よ」
屈伸、伸脚を続ける彈。
「俺も、あの時と同じままじゃない」
全く聞く耳を持たなそうだ。
「はあ。あんな刑事一人、放っておけばいいのに。まあ、あんたはそうしないわよね」
「……感謝するよ」
「死ぬのは愛夏ちゃんが許さないわよ? あと、チーズケーキ屋の女の子もね」
「なっ……!?」
彈は動揺し、体をよろけさせる。情報屋の亜莉紗に隠し事は通用しない。
「ち、調子が狂う」
「んふ。さっ、ぼーっとしてる暇は無いわよっ」
ジンゴメンと警察がビルの周りに集まっている。
「山下、現着した」
「同じく奏屋」
ジンゴメンのほぼ全員が揃っている。
「奏屋先輩。お疲れ様です」
珍しく燦護がしおらしい様子を見せていた。相手に対し、内なる怒りを秘めているのは容易にわかった。
「よく見つけ出したもんだな」
沢渡が山下に近寄る。
「胎田さんにかかれば、小一時間とはいえ充分な時間なんだろう」
ジンゴメンに加え、SATや刑事達も集まっていた。警察車両の中から時任が降りてくる。時任を視認した瞬間、即座にその場の全員が敬礼をした。
「今回は大事だぞ。前回から間髪入れず、カイアス・エヴォルソンの犯行。それに拉致された人物は警察の人間。これは無差別ではない。我ら警察へ、明らかに喧嘩を売っている」
時任は脳裏に浮かぶ三人の部下を想い、鋭い視線をビルに向ける。
「このビルにいるのは裏社会の大物、麻薬王と称される男だ。あまり言いたくはないが、強大なコネを持っており、今まで警察の手を逃れてきた。だが、今日はいい機会だ。……カイアスもろとも牢屋にぶち込んでやる。いいか!!」
そう言って全員に檄を飛ばす。
「俺の命令は変わらん! ……死ぬな! 捕らえろ! 以上!!」
「了解!!!」その場の全員がビルの方に足を向ける。
時任が大きく息を吸う。
「……突入!!」
ジンゴメン達が一斉に走り出す。同時に、中から由眼家の部下達が銃や凶器を携え姿を見せる。
激しい攻防の始まりであった。
ビル内の部下達が急いで下の階に向かう。その様子をパラサイトキラーが不審がる。
「何の騒ぎだ!?」
「警察が攻めてきました! 何故バレたのかはわかりませんが!」
「……?」
どういうことだ。
要領を得ない答えにパラサイトキラーは走っている部下の一人を捕まえる。
「おい。一体全体何があった? 何故警察が?」
「何故って拉致がバレたんですよ!」
部下の胸ぐらを掴み壁に押し当てる。
「い゛っ!」
「拉致?」
「カイアスさんですよ! ……って、聞いていないので?」
パラサイトキラーは部下から手を離す。部下の男は一目散に逃げるように下の階へ向かう。
「また独断か……奴め」
由眼家に報告するべく、近くのエレベーターへ足を進める。すると、向かう先の曲がり角から交戦しているかのような物音が聞こえた。
「?」
ゆっくりと近づく。十メートルほど先の曲がり角から部下の男の一人が突き飛ばされ壁に打ち付けられる。
「お前は……」
パラサイトキラーの前。警察ではない、面倒なヒーローが立ちはだかった。