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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第2章.飛翔
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34.プライドと執着


「お前が最後で悪いな、氷匙。お前のことだ。志半ばではあると思う。無理をさせたな。後の事は任せろ。ゆっくり休んでくれ」

 時任はジンゴメンの部下であり、カイアス・エヴォルソンの犠牲者となった氷匙・高元・杉の墓の元に来ていた。

「真面目で、いい上司だな」

 声のする方向を見ると、花束を持った胎田が歩いてきていた。

「胎田」

 胎田は何も言わずに氷匙の墓に花を添える。そして静かに手を合わせた。その様子を見てもう一度、時任も手を合わせ目を瞑る。

「……スーツ姿なんて久しぶりに見たぞ」

「そっちこそ」

 お互いの、いつもとは異なる格好に思わず笑みが溢れる。


 書類をまとめている流。そこに斉藤がコーヒーを持ってやってくる。

「終わりそうか?」

「斉藤さん。丁度一段落ついたところです。……っっ! ってて……二日酔いなんて久しぶりですよ」

 頭を押さえながら斉藤に訴える。

「まあ、お前があれだけ飲むのも珍しかったからな」

「常良くんが持ち上げるのが上手くて、つい……」

 恥ずかしそうに流が言う。

「それにしても、今回ので“結構な数が放たれちまった”と思ったが、その過半数が死体で見つかるとはな。油断も隙も無えな、モノクロームは」

 斉藤がコーヒーを口に運びながら、資料の一つを手に取る。

「情報の早さと実行の速さもさることながら、着実に目的を果たしているヤツですよね……」

 モノクローム。未だ捕らえることの出来ない人物。自らの判断で悪人とみなした者には死の制裁を加える。ラプトルよりもよっぽど厄介だ。

「にしても、今はカイアス・エヴォルソンが最優先事項だ」

「……ですね」

 愉快犯、などと簡単に片付けられるだろうか。

 あれだけの騒ぎを起こしたことやジンゴメンを三人も殺したはもちろん、ソード、奴を逃したことはあまりにも大きな痛手だ。

「二人目の明確な超人の出現。いよいよ手に負えん。……掻き集めた情報だと、“銃を手中に出現させる・制限らしきものは無い”、こんなところか。まあ、この”出現”ってのが移動なのか創造なのかで変わってくるけどな」

 流はパソコンを操作し、美波野誠の詳細画面を移す。

「拡張者、美波野誠も脅威的な能力ではありましたが、視界の範囲内など一応の制限はありました。カイアス・エヴォルソンもなんらかの縛りはあるでしょうね。そこに付け入る隙があるかどうか」

 斉藤はコーヒーに映った自分を見つめる。

「まず、何かを手中に出す能力ってのは確定だろうな。じゃなけりゃすぐにでも刑務所内に瞬間移動なりしているだろう。そんで、”生き物”を移動させることも出来ない。これも、目的の佐野を移動させれば早い話だからな。あくまで”銃火器”に限定される能力なのか、それとも……」

 超人という未曾有の存在。そしてその能力の詳細も分からないとなると打つ手が無い。警察もその不安を拭いきれずにいた。

「そう言えば、斉藤さん。ラプトルの“正体”は見たんですよね? なら調べなくていいんですか?」

「ん? ……まあ、やればすぐにでも分かるだろうが、別にそれを知ったところで何が変わるわけじゃ無いからな。あいつの連絡先が分かってるだけで充分だ」

「そうですか……」

 斉藤はおもむろに携帯を取り出す。

「おら、お前も登録しとくか?」

「いいですよっ。俺は話すこと無いでしょうし」


「斉藤さん、今月は二課や三課は暇してたらしいですよ」

「ほーん。まあそれでも殺人のような凶悪事件が後を絶たないんじゃな」

「それはそうですけど」

 斉藤と流は退勤にあった。帰り道、少し薄暗い夜の空が広がっていた。

「そういやお前、三課の三崎と仲良かったよな。あいつ事務の河原と付き合ってるんだって? お前はどうなんだ?」

 流は目を丸くする。

「ええ!? 初耳なんですけど!」

「あっ? なんだ俺はてっきり……」

 流が耳を塞ぐ。

「やめて下さい今の俺にそんな出会いなんて無いですよっ」

「ははっ。若いんだ、もっと遊んでいいんだぞ?」

 そう言って斉藤は流の頭を手で掻き乱す。

「ちょっとっ! ほっといて下さいよぉ」

 凌木市架を除けば、一番長く相棒を務めている流。自分の相棒が務まるのは凌木くらいのもので、他は入れ替わりが激しかった。知り合った期間も長く、斉藤は部下でありながらも流のことを息子のように扱っていた。

 信号が変わり、道路を横断する二人。

 斉藤と流が話している中、流の視界に一つの眩い光が飛び込んでくる。

「ん? どした?」

「……! 斉藤さん危ない!」

 瞬間、斉藤は流に突き飛ばされた。斉藤の目の前で、流は鉄の塊に衝突される。

「牽政っ!!」

 そのまま転がり倒れる流。すぐに斉藤が駆け寄る。

 黒いバンから男達がぞろぞろと出てくる。

「うっ……うぅぅ……」

 流は血だらけで痛みに耐えている。

「っっ! 何者だ、お前ら……!」

 男達は全員が銃を向け、斉藤に”立て”とジェスチャーをする。

「……」

 静かに立ち上がる斉藤。背後に気配を感じた。

「ちょいと付き合ってもらうぜ?」

「お前はっ!」

 後ろの人間が“追っていた人物”と気づいた時には、頭を銃の底で叩かれ気を失ってしまった。

「ったくよお。予定に無い殺しはすんなよなって言ったろ。まあ、斉藤文重は手に入ったからいいけどな」

 男達、そして斉藤を抱えたカイアスが車に乗り込む。

「さて、ビデオ撮影は初めてだな……」


「ただいま」

 彈がいつもの廃墟に帰ってくる。

 それを迎えるように愛夏が走ってやってくる。目的は彈の左手に握られたチーズケーキだ。

「うー、あっ! あっ!」

「だーめっ! もう少し待って。手洗った?」

「うぅぅ……」

 愛夏は彈を睨みながらケーキを諦める。地下室のキッチンには料理中の亜莉紗の姿。アルバイトから帰って来てプロテインやサプリで栄養を補給。そしてハードなトレーニングをしてから、また栄養を補給してラプトルとしてのパトロール。そんな従来の生活は認められない、と今ではアルバイトから帰る時間に合わせて亜莉紗が手料理を作っている。自分で料理をしない彈には良い食事になっていた。

「おかえり。この子もだいぶ言うことを聞くようになってきたわ」

「そうか。なら、よかった」

 彈は抱きついてくる愛夏の頭を撫でる。

「さ、今日もトレーニングするんでしょ? 早くご飯にしましょ。枯渇した体に取り敢えずはしっかりとご飯を入れなくちゃ」

 亜莉紗が二人を夕飯に誘う。


「いただきます」

「い、いたらきますっ」

 今日は亜莉紗が腕によりをかけたビーフシチューだ。

「ん、やっぱ美味い。ほんと何でも出来るな亜莉紗は」

「褒めたってご褒美はあげないわよ? 坊や」

「はいはい」

 三人で食べ進める。彈は疲れた体に栄養が行き渡るのを感じる。亜莉紗がスプーンを置き、食事の手を止める。

「坊や、この子のことだけど……」

 彈も動きを止め、話を聞く。

「はっきり言うわね。この幼児退行は一時的なものでは無いわ。記憶喪失って言うといつか戻るようなイメージがあるけれど、彼女のはそれとは比べものにならない。自分の人生で得て来た全ての記憶・知識・経験のほとんどが破壊され消滅している。彼女は恐らく……”ずっとこのまま”よ」

 どこかで分かっていた。のかもしれない。

 再び会ったとき、同じ人間であるはずなのに全くの別人にも見えた。

「そっか……」

 彈は愛夏を見つめる。

「ごめんなさい、佐野さん。あなたを助けられなくて……」

 愛夏はまだご飯をかき込んでいた。

「俺は何も出来ず、彼女を救えなかった」

「何言ってるの。どれだけ弱くても、どれだけ不運でも、殺人という手段を取ったのは彼女の判断で責任だし、“自分を捨てることを選んだのも彼女なのよ”」

 それでも……ヒーローなどと言われ少し浮かれていたのかも。自分が誰かを救える、そう信じ始めていた。

 違うだろう。人を救う為に始めたことじゃない。他人の為にやっていることじゃない。それは二の次。

 あくまで、自分の為だ。

「坊やは彼女をモノクロームから守り、カイアス・エヴォルソンから守り、こうして安寧の日々を与えてあげているのよ? 充分じゃない」

 亜莉紗なりの励ましも、彈の罪悪感を拭い切ることは出来なかった。

「……きっと、この人を守り抜くことが俺に出来る償いになる」

 亜莉紗は大きな溜め息を吐く。

「坊やはたしかに年齢のわりに色んな経験をしてきてるわ。し過ぎてる。けれど、贖罪なんて考えるのはまだ早い」

「……ありがとう」

 彈の決意は堅いようだった。彈はビーフシチューの残りを食べ進めた。


 血だらけになった拳に顔を歪めるカイアス。

「つっ! てめえ……」

 助けを乞うどころか弱音の一つも見せない斉藤にカイアスは手を焼いていた。

「うんともすんとも言わねえのな。流石は刑事ってところかよ。けっ」

 由眼家吉質の拠点の一室で斉藤を痛めつけるカイアス。後ろでは北斗が体育座りをして爪を噛みながら眺めていた。もちろん由眼家がこんなことを許すはずがない。カイアス独断の行動だった。

 斉藤が口から大きな血の塊を吐き出す。

「……目的はなんだ? 言っておくが、俺は情報は吐かんぞ」

「あぁ!? うるせぇっ! お前にはヒーローがいるだろ! 助けでも呼んでみろ!!」

(何だこいつは。警察の情報が欲しいわけじゃあないのか。真宮寺あたりのことを聞き出すのが目的だと踏んでいたんだが)

 再度カイアスは斉藤を殴る。

「……はあっ、はあっ、こいつ……!」

「くっ……わざわざヒーローの名を出したってことは俺を餌にヒーローを誘い出すってところか。復讐か? すごい執念だ。褒めてやる」

 斉藤はそう言ってカイアスの顔に血を吹きかける。

「……」

 カイアスは頬についた血を手で拭う。拳は自身の血と斉藤の血が入り混じり、より赤くなっていた。

「その強がり、後悔するなよ? まあ予定通りだが。……ふう、あとは任せる。時間は問わない。頼んだぞ———”解体マン”」

 北斗が嬉しそうに満面の笑みで立ち上がった。


 パトロール中の彈の通信機に亜莉紗から連絡が入る。

「坊や。刑事さんから電話」

「斉藤さんから?」

「いや、……“もう一人の方よ”」

「……?」

 亜莉紗は彈の元へ回線を繋ぐ。

「……っっ」

「あ、あの?」

 斉藤以外の連絡を亜莉紗が通したことを不審がる彈。

「ラプトル……斉藤さんを、助けてくれ……!!」


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