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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第2章.飛翔
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33.過去


 五人はある居酒屋の個室に来ていた。

「斉藤さん。正直に聞きますが、佐野愛夏さんの行方は? あの後、消息が不明と聞きましたが」

「ん? ああ、逃げられた。俺も流も疲弊しきってたから上手くしてやられてしまってな」

 斉藤からは悪びれる様子が全く感じられなかった。

(絶対嘘だ……)

 ジンゴメン三人は一様にそう思った。

「そんなことより〜、ジンゴメンのスーツ! なんれすかあの見た目わ! 気味が悪いし怖いんですよぉ! 何とかなんないんですかぁ!?」

 べろべろに酔った流が大声で投げかける。

「そんなこと言われましても……」

「胎田さんの趣味全開のデザインだからな」

 燦護と奏屋が顔を合わせる。


「はっくしゅん!!」

「大丈夫か? 胎田」

「ああ、ありがとう。……誰か、僕の噂しているのかもね。ずずっ」

 そう言って鼻を啜る。


 斉藤が奏屋のグラスにビールを注ぎ足す。

「飲まないのか? 一杯目はやけに美味そうに飲んでたじゃないか」

 奏屋が苦い顔をする。

「あまりいい酔い方をしないものでして……」

 燦護と鑑は笑いを堪える。

「?」

「いいんですっ。今日は僕ら持ちなんですから、飲んでください」

 鑑も斉藤にビールを勧める。「斉藤さん。遠慮しないでこいつの分も貰ってやって下さい」

 斉藤はそうか、と瓶に入ったビールの残りを飲み干した。


「今日はありがとうございました!」

 燦護が元気よく斉藤と流に頭を下げる。奏屋と鑑もそれに続く。

「今日は色んなお話聞けて良かったです。仕事とは関係ないことばかりでしたが……」

「常良のおかげだ。たまにはこういう息抜きもいいだろう。最近、警察関係者は張り詰めてばっかりだったからな」

 燦護が嬉しそうにする。

「あからさまに照れるな。こっちが恥ずかしくなる」鑑が肩で燦護を小突く。

「何はともあれ、お疲れさん。また現場で会うこともあるだろうがな」

「常良くん、奏屋さん、鑑さん。俺も楽しかったです。ありがとうございました」

 斉藤と、まだ少し顔の火照った流がそう言って、五人は解散した。


 モノクロームは自分が取り逃したソードのことを考えていた。

 今までの執行対象とは一味も二味も違う相手。ラプトルはあちらから攻撃してくることは無いが、ソードは先手を打ってくる可能性のある”敵”。ジンゴメン同様厄介だ。

 あの時は話に聞いていたような戦闘狂という感じはしなかった。投獄されて意気消沈でもしたのだろうか。いや、それで気持ちが簡単に変わるようなやつでは無いだろう。

 あいつが即席で用意したであろうあの武器はおそらく人骨だった。逃げ出して早々罪を重ねるとは、ますます放っておけん。

「おりゃっ」

 背後から不意打ちを試みる男に難なく対応し、回し蹴りで首を刎ねる。現場に血液の弧が出来た。

「ふん」


「ご協力感謝します。山根さん」

「いえいえ、こちらこそ」

 胎田はある男と密会していた。

 五十代くらいのその男の名は山根寿彦。日本三大企業の一つである大竜製薬の代表取締役社長である。

「設備、環境の提供及び、細かなサポートまで。あなた方がいなければこの薬は完成しなかった」

「我々の技術だけでなく、悪党どもが起因の技術も使うことになったのは少し不本意ではありますがね。まあしかし、こちらも応用できそうなもので良かったですよ。長い目で考えれば良い投資だった。データも申し分ない」

 胎田はその手に一本のバイアルを持っていた。

「その劇薬は、いつ使うので?」

「これを投与する人間は一応決まってはいます。ただ僕も当人に使うのには躊躇いがありまして……出来れば体は強靭、且つ使い捨てが出来るような人材が欲しいところです」笑顔でそう伝える。

 そのバイアルの中はどす黒い漆黒の液体で満たされていた。


 彈は円環と一緒に指定のファミレスへ来ていた。

(なんでこんな事に……)

 彈は紙に書かれたとおり、午後二時にスーパー近くのファミレスへ向かうと、店の前で円環が立っているのが見えた。

「あれっ!? なんで小春さんが?」

 同様する彈。それに対し、申し訳なさそうに円環が答える。

「本当にごめんなさいっ! 祖母が勝手にこんな用事取り付けちゃって」

「いやいや! 構わないですけど……」


 昨日の夜。

「え? ご飯に誘った!? 聞いてないよ、そんなの!」

「うん。だって今言ったもの」

 沙世の強引な手段に脱帽する円環。

「どうして急に……」

「急なんかじゃないわ。前からあなた達二人、お似合いだと思ってたのよ。円環ももう十九でしょ?」

「ちょっ、やめてよ! 震条さんはそういうんじゃないからっ! それに、今は恋愛とかそういうのはまだいいの!」

 その割にはどこか嬉しそうに否定する円環。

「あらそうなの。なら、前に助けてもらったお礼でいいじゃない」

「〜っっ。そ、そういうことなら……」

 そう言って渋々納得する。

「最近はただの常連さん以上に仲も深まってきたわ。……震条さん、初めて来た時は泣いてたわよね。流石に驚いたけど、よく見ると彼、体もがっちりしてるし、手も小さい傷だらけだったわ。苦労してるのね。……あなたの身の上話にも興味があるようだった」

「……」

「色々言いにくいこともあるでしょうし、自分の口からがいいんじゃない?」

 沙世なりの気遣いなのだろう。そのくらいは円環にも分かった。

 確かに、しっかりと話してみたかった相手。その機会をくれた祖母に感謝しなければならないのかも、そう思った。


「……」

 お互いの沈黙が続く。先に口を開いたのは彈だった。

「何か、頼みますか?」

「え、あ、はい!」

 無難にドリンクのみを頼んだ二人。彈は烏龍茶を、円環はカフェオレを。

「……俺、小春さんに感謝してるんです。えっと、おばあさんの方にも。あんなに美味しいチーズケーキ、他には無いですから」

 自分の店を彈が特別に思ってくれていることは分かっていた。最初に泣いたのもそうだが、それ以降の彈の表情を見ればわかる。

「小春さん、じゃ堅苦しいですよね。それに祖母とも混同する。円環でいいです」

「なら、円環さん。俺はhavre de paixのあの空間が、あなたの笑顔が好きです」

 円環は顔を赤らめる。

(そんな堂々と普通言う!?)

「小春さんから聞きました。少し前までは作り笑いが多く、表情も誤魔化していたって。今の円環さんを”昔に戻ったみたい”とも表現していた。一体何が? 不躾だとは思うけど、知りたいです」

 円環は一瞬躊躇う様子を見せる。だが、それをすぐに払拭させた。何の為に来たんだ。それを祖母からではなく自分の口で言う為だろう。

「……確かに私は昔からこんなです。活発ってよりは、周りからよく明るい子だねって言われてました。……祖母は山奥のずっと田舎の方に住んでいました。私は両親と三人で暮らしてました。ごくごく普通の家庭だったと思います」

「……うん」

「…………今から四年ほど前のバスジャック横転事件、知ってますか?」

 聞いたことはあるような、ないような。彈は自らの記憶を辿る。ニュースで連日報道されていた画面の一端を思い出す。

「大型バスでの事件、確か生存者は一人だったような……」

「そうです。長距離を走る大人数の乗るバス、お客さんが四十五人、運転手を含め計四十七人が乗っていました。その中には父と母が乗っていました。祖母の家へ、祖父の七回忌に向かっていたんです。私は学校に行ってました。その日は雨風が強くて、外はうるさかったそうです。そして、客の中に紛れた三人の男が声を上げました。バスジャック犯です。……男達は皆ピストルを持っていて、一瞬にして車内を恐怖に陥れた、と。子供も乗っていて、その責任感からか数人の大人が抵抗し、あわよくばと捕獲を試みたそうです。もちろん成功するわけがありません。その方達は射殺されました。その中には父も居ました」

 彈は動揺を見せずに真剣に話を聞く。

「その際揉みくちゃになり、流れ弾が運転手に当たり、バスは暴走。雨風にさらされた山道で、簡単に土砂崩れが起きるのは誰でも想像できると思います。……バスは横転。山を転落しました。結果、バスは悲惨なことに。乗客も一人しか助かりませんでした」

 むしろよく一人助かったものだ。当時もニュースを見てそう思ったのを覚えている。

(ご両親を亡くしてたのか……通りで……)

「なんて言ったらいいか……」

 お悔やみを申し上げます? 違う。

 災難だったね? 違う。

 そこに円環さんがいなかったのがせめてもの救いだよ? 違う。

「……」

 円環が彈の表情から気持ちを汲み取ることは容易だった。

「だから、それから少し高校卒業まで暗く、塞ぎがちになっちゃって……ごめんなさい! なんか暗くなっちゃいましたよね! ……まあ内容的に仕方ないんですけど。でもでも、こうやって昔に戻ったなんて言われるようになったからオールOKです! これも震条さんのおかげかもですし!」

 強いな子だ。確かに。

「……うん。良かったよ、円環さんが元気になって」

 またそんなストレートに……。円環は少し戸惑いを見せる。

「震条さんこそ! 初めて来たお店で泣くなんて普通じゃないですよね。相当色んなこと抱えてるって感じ、分かりますよ?」

「俺は……」

 あれだけのことを言わせておいて自分は何も言わないのか? 自分で自分に苛立ちを覚える。それでも、中々彈の口は開くことは無かった。

 円環に対して言うかどうかでの躊躇いももちろんある。だが、それ以前に何を言っていいのかが分からなかった。しいて大雑把に言うなら、あまりにたくさんのことに見舞われ、心身ともに疲れていたから。とでも言えばいいのか。

「……ま、いいですけど! 無理には聞きません。私だってそんなに野暮じゃありませんから。……また、ご自身で話したくなったら、その時はじっくり聞かせてもらいますからねっ」

 円環はカフェオレの残りを飲み干し、そう言った。それは誰よりも眩しい、太陽のような笑顔だった。


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