32.親睦
「で、これはどういう状況なんだ?」
レッドの遺した場所でありラプトルの活動の本拠地である廃墟。彈にとっての第二の家のようなもの。
その地下室の一室が全く新しく、機械的でメカメカしい部屋に変わっている。模様替え、どころではない。他にも多くの段ボールを持ってきている亜莉紗。
「そりゃ、若い男の子と理性も分別もない女性を一つ屋根の下に置くわけにはいかないわよっ。第一、坊やじゃ彼女のお世話なんて出来ないでしょ」
「それはそうだけど……」
愛夏が遠くで一人でいた。欲しがった菓子パンを、口元を汚しながら食べている。
「大丈夫。ずっとここに住むわけじゃないし。それに、あたしが近くに居た方が何かと良いでしょ?」
サポートもより強くなるし、情報の伝達も捗る。彈にとってもメリットしかない選択と言えた。
佐野愛夏と辻本亜莉紗がここの同居人として加わることとなった。
斉藤と流は二人でコンビニから帰ってくる途中だった。
「今どき牛乳とあんぱんを買う刑事なんて斉藤さんくらいですよ。しかも張り込みでもないのに」
「最低限腹満たすのにはこれくらいが丁度いいんだよ。糖質とれりゃ充分だ」
「栄養偏ってますよ」
「うるせえ」
二人がくだらない言い争いをしていると、向かいから燦護、奏屋、鑑がやってきた。
「あ、斉藤さんに流さん!」
「どうも」
燦護が元気よく挨拶する。同じく奏屋と鑑も軽く頭を下げる。
「おう、おつかれさん」
斉藤の言葉を聞き、流も急いで頭を下げる。
「お前ら怪我は大丈夫なのか?」
「元々そんな軽傷ですし、二日もあれば充分ですよ!」
「そ、そうか」
燦護の快活さが眩しい。
「こいつだけですよ。あんな大きいヤマ初めてでしたからね、みんな疲れがまだ残ってます」
奏屋が燦護の言葉を上塗りする。
「そういえば常良くんは体力がずば抜けてるんだったね」流が感心する。
たわい無い会話をしているが、燦護以外の三人の様子がぎこちないのが斉藤には分かった。
「……まだ、俺は邪険にされてるっぽいな」
燦護がフォローをする。
「そんなことないですよ! っねえ……!?」
奏屋はばつの悪い顔をしていた。
「そんなことあるみたいだぞ」と斉藤。
嫌な空気が流れる。
「……飲みにでも行きません!?」
「は?」突飛な燦護の発言に場の全員が固まった。
場所はhavredepaix。
「震条さんっ、もう笑わせないで下さいよ〜」
「いやいや、小春さんがおかしいだけですって。普通それ間違えますか?」
「疲れてたんですって」
小春の祖母である沙世は二人の仲睦まじい様子を眺めていた。客からの声が掛かり、円環は彈から離れる。彈は世間話に花を咲かせていて、まだ目的の品を買っていなかった。
レジへ行き沙世に向かっていつものチーズケーキを頼む。
「震条くん。あなたには感謝してるわ」
沙世の突然の言葉に彈はその意図を汲むことが出来ない。
「あの子、ここ最近は作り笑いばっかりで。無理してたのよ、気丈な子だから。……けど、あなたと出会って心から笑うようになった。楽しそうに。まるで、以前のあの子に戻ったみたい」
「以前?」
「あの子……」
彈の後ろに別の客が並ぶ。
「あら。この話はまた今度ね。それより、あの子と食事でもどうかしら」
ウィンクをしながら商品を渡す。
「え?」
「ありがとうございました。またのお越しお待ちしております」
笑顔でそう言う沙世に押され、彈はわけもわからず店を出た。
「詳しい話は今度聞かせて貰いますよ」
がらんっ。
「ストラ〜イクッ!」
流の調子の良い声が響きわたる。五人はボーリングに来ていた。
「斉藤さんめちゃくちゃ上手いな……」
奏屋が捲った袖を上げながらぽつりと呟く。
「俺も昔は結構やっててな。三対二でよかったな」
「負けませんよ!」
燦護が勢いよくボールを投げるも、惜しくもストライクにはならず。
「くっそ〜!」
「いやあ〜常良くんはストライクこそあんまりだけど、堅実にスペアを取っていくね〜。だけど、斉藤さんには敵わないな。合計スコアで負けた方にはしっかりと次の店奢ってもらうからねー!」流が嫌味たらしく言う。
「まさかあんたがここまで下手とはね」と鑑。
「どうせ俺なんて……斉藤さんも燦護もなんであんな出来るんだ……」
ガーター続きでチームの足を引っ張っていた奏屋が項垂れている。
「にしても、流さんは何でも出来るんですね」
鑑が流に話しかける。
「え? ああ、昔からなにかと器用な方なんですよ」
向こうでは斉藤に教えを乞う燦護の姿。
「確かに、そうじゃないと斉藤さんの相棒は務まらなさそうですもんね」奏屋も流への言葉を続ける。
「俺は斉藤さんには恩があるし、お世話にもなりましたから」
「次! 奏屋先輩ですよ!」燦護が意気揚々とやってくる。
その後も奏屋はガーター続き、斉藤はストライクを連発する。結果は大差ではなかったが斉藤と流に軍配が上がった。
「二次会が楽しみだ」
流の悪い顔に息を呑のむ三人だった。
自宅で袋からチーズケーキを取り出す。
すると一枚の紙が一緒に入っていることに気づく。
『二月二十二日午後二時 スーパー近くの赤いファミレス』
この間スーパーの帰り道でアルバイトの時間帯を聞いてきたのはそういうことだったのか。今日触れた話を詳しく聞かせてくれるのだろう。
小春さんのあの笑顔の姿以外など想像が出来ない。何かあったのは間違いないが彼女の悲しむ姿は見たくないものだ。誰しも抱えるものがある。
チーズケーキを食べ終えると、彈はいつも通り廃墟に向かった。今日のトレーニングは更地での戦闘をシミュレーションしよう。そう決めた。