29.弾丸の雨
カイアスは佐野愛夏を肩に抱え担ぐ。
「う、うああっ!」
ジタバタと体を動かし抵抗を試みる愛夏。
「落ち着け落ち着け」
「いやっ、いやあ!」
カイアスはゆっくりと愛夏を下ろす。そして勢いよく鳩尾に拳をめり込ませる。
「う゛っ……」
気を失った愛夏を抱え直す。
「さて。帰るか」
その時、カイアスが足を止めた。
殺気、ではない。ただし確実に行く手を阻むであろう存在。
「……ヒーローのご到着か」
「その人を……離せ」彈はカイアスをじっと睨みつける。
左手が塞がっているカイアスは片手でハンドガンのベレッタを取り出し、彈に向けて数発発砲する。するとカイアスの予想とは反対に、彈は“全ての銃弾を避けてみせた”。
「!」
「どうした? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」
(……ただの人間、そういう情報のはずだ)
カイアスはラプトルとモノクロームの戦いを遠目に見てどれほどの力量かは理解しているつもりだったが、どうやらそれでも足りなかったようだ。
この状況でハンドガン以上の物を扱えばさらに精度が落ちる。だが、人間一人に当てることがそんなに難しいわけがない。ましてや射手は自分だ。
カイアスはベレッタのマガジンをロングマガジンに換え、フルオートで彈を撃つ。
「俺に弾切れはないぞ!」
アクロバティックな動きで躱し続ける彈。
彈は亜莉沙に聞いていた。
「カイアス・エヴォルソン?」
「前にも少し話したインプレグネブル・ゴッズの関係者ね。彼は特に密入国とか、そういうわけでもなく堂々と入ってきてるわね」
また面倒な敵が増えるのか。インプレグネブル・ゴッズ。いわゆる一般人が考えうるような悪事は一通りやっていると言っていたな。
「彼も超人の一人よ。血の鎧の男や拡張者のような、ね」
拡張者。まさか聡と会った日に見かけた学生が人智を超えた力の持ち主だったとは。今のところ亜莉紗の話によれば悪用の可能性も低く、警察の監視下・保護下にあるらしい。思えばあのときも力を使えば簡単に解決できた。そうしないのはそういうことなのだろう。
「銃使い。それも数えきれないほどの武装をしているらしいわよ。自由自在に銃を出したり引っ込めたりするんだって」
「なんだそれ? 無茶苦茶じゃないか……!」
「確かにね。けど、拡張者と一緒で万能ってワケじゃなく、必ずどこかに穴はあるはずよ」
冗談じゃない。
弾切れがどうとかの話じゃない、こんなのジリ貧だ。
彈は避けながらも周りの小さい瓦礫や鉄格子の破片などを投擲する。カイアスに当てるというよりは銃の雨を牽制する意味合いが強かった。それに、狙ってしまったら佐野愛夏に当たる可能性がある。そうでなくても奴は盾にするだろう。
「人間のくせに銃を避けるなんぞふざけてんのか!? フィクションじゃねえんだぞ!」
「フィクションみたいな力使ってよく言うよ」
(野郎、やけに“立体的”に動きやがる。小回りが効く方だとは思ってたが、閉所で奴とまみえるのはマズかったか。機動力を潰す必要がある)
「くそっ、当たらねえっ。邪魔だっ!」
カイアスは愛夏を投げ捨て両手に銃を装備しようとする。
その一瞬が命取りだった。彈はすかさず握っていた瓦礫をカイアスの手に当てる。
「……つっ!」
片手の銃が吹き飛ぶ。壁を蹴りながら即座に距離を詰め格闘戦に持ち込む彈。
「いくらでもあるんだよ!!」
カイアスは手中に銃を出現させるが、彈は銃口が自分に向く前に叩き、捌く。
撃てど撃てど、その射線が彈に重なることはない。当たるのは彈の殴打のみ。最初は拮抗していた手数も、だんだんとカイアスの被弾が増えてくる。彈の十八番の後ろ蹴り。足を床に擦らせながら後方に吹き飛ぶカイアス。
佐野愛夏の前にはあの日助けてくれた一人のヒーローが立っていた。
「あぁ……う……?」
「!! 言葉が……くっ……」
彈は自分の拳を強く握り震わせる。
「ぐふっ! がはっ!!」
ただの人間如きに遅れをとる。
「ラプトル……お前は殺す」
「大丈夫ですか? 沢渡さん」
「いっ、つつ……」
周りには瓦礫の山と倒れて気を失っている仲間の数々。
「起きてくれて助かりましたよ。幸い、皆スーツのおかげで無事です。今のところ気が付いたのは俺と沢渡さんだけですけど」
瓦礫を掻き分けた跡がある。あの体力馬鹿の燦護が珍しく息を切らしている。
(こいつ、まさか一人で全員を助け出したのか?)
「まさか、あんなミサイルを一発だけじゃなく何発もドカドカと撃つなんて驚きましたね」
「あ、ああ……。時任さんは?」
「さっき一瞬だけ通信が戻ったんですけど、このまま任務を続行せよ、とのことです。沢渡さんが起きて良かった。皆のこと、お願いします」
そう言って燦護は立ち上がる。
「は? ……っておい! 一人で行く気か!?」
「遠いですが、銃声は鳴り止んでません。つまり、まだ誰かが戦ってるってことです」
「よせ! なら俺も行く」
「皆中々起きそうになくて……守りは絶対に必要です。頼めるのは沢渡さんしかいないんです!」
燦護の意思は頑なだった。
「幸い俺は沢渡さんよりピンピンしてますし! それに……氷匙さんや高元さん、杉さんをやったあいつは許せません……!」
沢渡に親指を立てて見せ、すぐに音の方向で走り向かった。
「おらぁ! まどろっこしい真似しやがって!」
彈は佐野愛夏を連れて刑務所に併設された囚人の作業場である工場に逃げ込んでいた。
ここなら機械も多く迂闊に乱射できないはずだ。それに、自分が俊敏に動き回れる配置だ。
そう思っていた。
だが、カイアスは予想以上に容赦のない銃撃をしてきた。しっかりと構えたアサルトライフルak47で所構わず威嚇射撃を行う。意外にも精密機械の爆発というものは起こらないものなのか。運なのかどうかはわからない。誘爆なんてとても恐れているようには見えなかった。
機を狙う彈。時折、攻撃を試みるが遠距離武器の範囲攻撃には防戦一方を強いられる。
「何が目的なんだ! お前は! ……これだけの人を殺して、佐野愛夏さんを狙って!」
「そこかァ!」カイアスが撃った場所に彈の影はなかった。
(判断を誤ったか? この工場内は音が響く……それに、いつも以上に銃をぶっ放してるせいで耳が少しイカれてきやがった。耳栓の一つでも用意しておくべきだったな)
「ラぁぁプトルぅ……くだらねえこと聞くなよな、そりゃこっちの台詞だぜ。なんでそんなヒーローごっこしてんだ? お前こそ何がしてえんだ!?」
大声で彈を誘うように叫ぶカイアス。
「俺は普通に暮らしてる人達がお前らみたいな人間に、いや……悪魔に脅かされるのが、我慢ならないんだよ!」
足音を殺しカイアスの背後をとる。ジャンプで飛びかかり回し蹴りを当てる。
「ぐっ……! おらぁ!」
カイアスの反撃の乱射も、すぐに物陰に隠れ姿をくらます。
「くくっ……」
「何がおかしい?」
「俺はなァ。お前みたいなみみっちい正義感を振りかざしてるやつが一番嫌いなんだよ! それでヒーローなんて持て囃されてキモチ良くでもなってんのかァ?」
彈は無言でカイアスの言葉を聴く。
「弱きを助け強きを挫くじゃあない、弱きを挫くのが好きなんだよ。……俺は!」
またしても後ろをとる彈。彈が振りかぶったその時、足を激痛が襲う。
「うっ……!?」
そのまま地面に転がり倒れる彈。カイアスの片手にはハンドガンのグロックが握られていた。
発砲音の他に甲高い金属音が聞こえた。まさか、跳弾……?
「クレバーに戦おうぜ〜?」
カイアスがじりじりと近づいてくる。
「そりゃあ、人間が全ての弾を避けれるわけないよなあ」
たしかに体中、数多の弾丸のせいで防刃・そして多少の防弾性があるとは言えど、すでに衣服はボロボロになっていた。何度も体を弾が掠め、一番ほつれていたところを正確に狙われたのだ。
「貫通はしてないはずだ。痛いだろう? 銃で撃たれるってのは。それに、機動力の要である脚がやられちまったなあ。ひひっ」
くそっ。脹脛を撃たれたせいで立つのがやっとだ。———もう、逃げ回れない。
「女をどこにやったのかは知らねえが、後でじっくりと探し出して殺してやるよ。まあ、簡単に言やあお前への嫌がらせだな」
とても人とは思えない所業。まさに悪魔のような貌をしていた。
「一思いには殺さねえ。お前の目の前で、くくっ……”バラして”やる」
どこからともなく消化器が飛んできた。
「!?」
瞬時にカイアスはショットガンで消化器を撃ち抜く。辺りに煙幕のように広がる白い粉末。
「ごほっ、ごほっ! ……誰だ! こんなことする野郎はよ!」
彈は視界こそ最初はぼやけていたが、マスクのおかげで呼吸には全く問題がなかった。
「ぐっ! がっ! ……がはぁ!」
カイアスの悲鳴が聞こえる。
視界が開ひらけていく。彈の眼前には、拳を交えたこともある、黒いスーツに身を包んだ一人の男の背中が目に入った。