28.奪取
「くそっ! 誰か止めろ! 誰でも良い、人員を出来るだけ集めるんだ!!」
多くの刑務官や警備が悉く撃ち殺されていく。
カイアスは右手の銃を次々と発砲。大人数が駆けつけた際には機関銃を出現させ、辺りを蜂の巣にしてしまった。
邪魔だと言わんばかりに機関銃を消してみせる。
「佐野愛夏はこの向こうの棟か。遠回りしちまったな。まどろっこしい描き方しやがって。……まあいいか」
手元の見取り図を見ながら奥へ進む。じりりと鳴り響く警報の音。森や木が生い茂る人里離れた地で、建物全体が赤い警告の光に包まれていた。
「急げっ! 場所は伝えるっ!」
語気の強まる斉藤の声。
「なんでお前が俺の番号を知ってるかはこの際どうでもいい! 数日前にどこぞの誰かが佐野愛夏の情報をハッキングした形跡が見つかった! 敵の目的は佐野とみて間違いないだろう! お前からコンタクトを取ってきたってことは助ける意思があると見ていいんだよな!? お前の信条が如何程か、俺に……行動で示せ!」
小さいボリュームで、こんなのわけないわよ。と二人の通信を繋いでいる亜莉紗の声が聞こえる。
「言われなくても……!!」
彈は全速力でポイントの刑務所へ向かった。
廊下。
警官らの弾丸は当たらず、圧倒的な威力・弾数の前にはただただ無力だった。ゆっくり歩きながら警官の死体の手に握られた銃を両手に持つ。
「s&wに確か、にゅーなんぶm60? だったか? こんなもんチマチマ使ってっから遅れを取るんだよ。俺みたいなプロが使うならまだしも」
そう言って足元にいた瀕死の一人を撃ち抜く。
「……威力もつまらんなあ」
ばりん!
カイアスの背後の窓が勢いよく割れる。転がり込むように、一人、黒づくめの装甲に身を纏った男が現れる。
「貴様……! 何者だ!」
カイアスは目を丸くする。
「お前……見たことあるぞ。え〜と、ネットの記事かなんかで……あ! ジンゴメン!」
ジンゴメンの男は仰々しくポーズをとった。両手を腰に当て胸を張る。
「そう! 俺は特殊犯災対処精鋭部隊ジンゴメンが一人! 氷匙剛汰!」
「……ここ三階だぞ」
跳び登ってきたのか。付き合いきれない、とハンドガンを出現させ放つ。大きな金属音とともにジンゴメンの肩の装甲に傷が入る。
「ぬぅぅ!」
「おお、デザートイーグルでもそんなもんか。硬いな」
特殊合金チタンとはいえどもなんて衝撃だ。氷匙は振動に身を震わせる。
カイアスはデザートイーグルを左手に持ち替え、右手にリボルバー、コルトアナコンダを装備する。
「マグナム彈ならどうだ?」
反動の強いであろう二丁の銃を交互に撃つ。
「なっ!?」
初動は避けども直線の通路のなか全てを躱すのは難しかった。すぐに氷匙の全身の装甲はボロボロになった。
「調子に、乗るなよ……!?」
「はっはっは! ……あ?」
目の前の一人に気を取られていた。もう二人のジンゴメンに後ろをとられる。片方のフックは躱したが、もう片方の蹴りがカイアスを貫く。数メートル吹き飛び氷匙の元へ。
「はっ!」
氷匙の下段突きが追撃をかける。しかし、間一髪体を転がし避けるカイアス。即座に起き上がり距離をとる。
「ぐっ、ごほっかはっ……ははっ! これで挟み撃ちは無しだぜ」
「杉のあの蹴りを食らって立てるのか!?」
「後方に跳んで威力を殺したんだろう。にしても奴がタフなのは変わらないが」
「高元! 杉! 周りを見ればあやつが捨て置けんのは一目瞭然。こんな惨状を許してなるものか!」
「ああ」
氷匙が二人に檄を飛ばした。
———瞬間、氷匙の頭部が吹き飛ぶ。
対物狙撃銃。こんな閉鎖空間で使用する物じゃあない。ましてや人相手など。
「威力のそんなに高くないやつでも流石にすげえなあ。そのスーツちゃんが紙切れみたいだ」
「おん……前っ!!」
「よせっ! 高元!」
杉は突撃せんとする高元を身を乗り出して横の一室に引き込む。外れた弾丸は廊下の端にまで届き、壁を貫いた。
「ありゃ。いろいろ暴れたせいでバイポッドも安定しねえや」
大きな獲物を消して新たに二丁の短機関銃を携える。
「ダブルスコーピオンじゃい」
少々ルートを変更し、再度目的地へと向かう。
「ジンゴメン、三分の一ほどは揃ったか。他は別件やらで来れそうにない。絶対に捕まえろ」
時任の声が画面越しに十五人程度のジンゴメンに指示する。警報が鳴り、要請が来てから二十分ほどが経過している。近くにいた一部隊が足止め、ないし捕獲を試みているという話だが、その後連絡がない。
「さて。もう着くぞ」
館端が皆に知らせる。
「外が騒がしいな……」
暗がりの中で一人、男が呟く。
ジンゴメンを乗せたトレーラーが目的の刑務所に着く。
「おいおいなんだこりゃあ……!?」
年長組の山下がその悲惨な光景に息を呑む。まるで紛争地帯。小規模の戦争があったかのような現場だった。
「敵は何人いるんだ!? 一人じゃなかったのか?」
奏屋が聞くも、皆、答えを知っているわけがない。
「とにかく、西棟はボロボロだが東は無事だ。そちらに向かっている節がある。行くぞ!」
館端の指揮の元、全員は東棟へ向かう。
「あ〜あ、まだかなあ……早く、遊びたいなあ」
少し離れたところに停められた高級車。
下々森北斗は居残りと称され、留守番を命じられていた。じっと窓の外を見つめる。
「ああ! もういいや! 行っちゃえ」
車を飛び出し、カイアスへの元へと突き走る。
「中々良いモンを使ってるもんだな。日本人も」
カイアスの元にぞろぞろとジンゴメンのメンバーが到着する。見つけた犯人の足元に斃れた仲間が一人、そして首を掴まれているのが一人。
「お? やっと追加キャラか」
隊員の惨劇。スーツはボロボロに、体は穴だらけになっていた。まるでぼろ雑巾のようだった。
「貴様……っ」
館端が怒りを露わにする。他の隊員も同じだった。
燦護が拳を握りしめ、足を一歩踏み出す。すると、足元に牽制の銃弾が放たれる。
「オイオイ、お前らがそこそこ厄介ってのは理解ったんだ、わざわざ距離を詰めさせるかよ」
そう言って肩に担げるほどの大型武装を出現させる。
「なっ、RPGだと……!?」
大きな爆発に一同は飲み込まれた。
「一掃するのはイマイチかもな」
カイアス・エヴォルソンは目的の女の前にいた。
他とは少し離れた位置に居た女。道中、ハイになっていたからだろうか、警官以外にも囚人達をも殺した。この場に乗じて脱獄を試みる凶悪犯はいくらでもいたがカイアスの敵ではなかった。
格子の蝶番や錠の部分を撃ち抜き、蹴破る。
「女。ついて来い」
カイアスは追手がいないかを見ながら言う。返事がない。
「……?」
佐野愛夏は物狂いのようになっていた。過度のストレスやショックによる幼児退行。自我の崩壊。
もはや普通のコミュニケーションは叶わなかった。