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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第1章.孵化
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3.動乱の幕開け


「なあ、今日も用事なのか?」

「あ、ああ。バイトまた始めたんだ」

「バイト? どこで何してんだよ」

「場所は……派遣! 日雇いだよ。だから場所も仕事もいろいろあるんだ」

 こんなに嘘が下手なやつがいるか。

「ふーん、にしても随分シフト入れてるんだな」

 疑いの目を向ける聡。分かりやすく話を逸らす彈。

「そういえば、この間のレポート終わった? あれ来週までだろ? 少し見せてくれよ。参考にするからさ」

 こんなその場凌ぎいつまでも続かない。聡だって気づいているだろう。(てい)のいい理由を考える必要があった。


 都内某所・雑居ビル内。

 背広の男達の中に一際目立つ、白づくめのスーツに身を包んだスキンヘッドの男が腰を下ろしていた。

「ボス、新宿ではもう警備が限界まで強化されているようです」

 部下らしき男がプロジェクターで映し出されたスクリーンを見ながら発言する。

 ボス。そう呼ばれた男は胸元から取り出した折り畳み式のナイフを手のひらでくるりくるりと回し、目にも止まらぬ速さで投擲した。得物はスクリーン上の新宿に刺さった。どよめきが起きる。

「場所を移さないので?」

 圧倒的なオーラを放ったその男の口が開く。

「せっかくここまで警戒される状況を作り上げたんだ。ここで逃げちゃ勿体ないだろ。それに、凡人を手にかけるのにも飽きてきただろ? 法の番人を切り刻むのは、さぞ気持ちの良いことだろうなあ……」

 なるほど、と言わんばかりに部下達の士気が上がる。雄叫びをあげる獣達の中、白き頭目は恍惚の表情を浮かべていた。


 慌ただしくすれ違う大人達。

 その中で、廊下を歩きながら新人である(ながれ)の話を受け流すように答える男。

 男の名は斉藤文重。その道二十六年の中年刑事である。

 現在、捜査一課の目下の課題は新宿連続殺傷殺人事件だ。新宿のあちこちで一般人が無差別に殺されている。日時・場所・凶器などどれもバラバラで一貫性が無い。監視カメラの死角を狙われ、それらしい映像も少なく情報が乏しい。

 鑑識や司法解剖の結果分かっていることはただ一つ。単独犯ではなく集団だということ。それもかなりの規模の。

「斉藤さん! また新宿に現れるってどういうことですか!?」

 ピーピーとやかましいガキだな、いかにも面倒だといった表情で斉藤が言う。

「撲殺された遺体が異なる指紋だらけで、斬殺された遺体からは一人の指紋しか出なかったってのは言ったよな? まあ見事に全員が前科の無い初犯で捜索にも手こずってるわけだが」

「はい。それで?」

「不特定箇所で殺人を行なっているにも拘らず範囲は一つの区に収まっている。声明こそ上げていないが、この手の奴が一般的な快楽殺人鬼ならもっと不規則な動きをするだろう。戦力さえしっかり投入すれば俺らの手に負える範囲だ。これは無差別殺人ではあるが場所は不規則なんかじゃねえ。俺らを誘ってるんだよ。……でなくてもこの状況を楽しんでる」

「何のために? まさか警察とやり合いたいとでも?」

「かもな。今判明しているだけでも五十名を超える人員がいるんだ。やりようは幾らでもある」

 斉藤の顔が強張る。

「それに、リーダーであろう切り裂き野郎の遺体はどれも傷口が深すぎる。中には体を切断されたガイシャもいる。一振りでだ。人の仕業だとするなら相手にはしたくねえな」

 流が冷や汗を滴らせながら唾を飲み込む。

「厳戒態勢を敷いた警察をわざわざ用意して、腕試し……いや、殺し合いをしたいってことですか……。そんな漫画みたいなことがあるんでしょうか」

 俺にはわからん、斉藤はそう言い残し喫煙室へ入っていった。


 がしゃん。

 相も変わらずトレーニングを続ける彈。バーベルを挙げ切り、この日のトレーニングは終わりを迎える。

 シェイカーに粉末を入れ、冷蔵庫から水を取り出し注ぎ、プロテイン飲料を作る。体に流し込んでいると、向かいのドアが開き、大きなアタッシュケースを持ったレッドがやってきた。

「やあやあ、やってるね〜」

「毎日会ってるだろ」

 ご機嫌そうなレッド。テーブルの上に手持ちのケースを置く。

「すまんね。ずっと軽装で活動させてしまって。遅くなったが、お待ちかねの衣装のご対面だ」そう言いながらレッドはケースを開けた。

 目の前には茶色く統一されたコスチュームが並んでいた。レッドがテーブル上のノートパソコンを開け、彈の方向へ回転させる。すると、そこには亜莉紗が映し出されていた。

「ハ〜イ、元気してる? ダンちゃん♡」

「どうも。これが例の用意してるって言ってた件か?」

 頷くレッド。彈は目についたジャケットを広げる。

「それがレザージャケット。防刃・耐火仕様の優れものよ。多分口径の小さいピストルくらいなら防げるんじゃないかしら。その下のパンツも一緒。手袋も作ってあるわ。それも機能は同じ」

 物珍しそうに手袋を見る。

「次にその下着よ」

「俺が来てるシャツとほぼ一緒じゃないか」

「そ。下に着るならそのままのデザインでいいでしょ。大きく違うのは伸縮性ね。君のよりかなり丈夫に出来てるわ」

「なるほど」彈はシャツを伸ばしたりして確かめた。

「最後にそのマスクよ」

「フルフェイスはお前には使い勝手が悪いと思ってな。それに今までだって顔の下半分を隠してきたからな」とレッド。

「説明続けるわよ。今言った様にそのマスクは目元や頭部を露出してるわ。あなたのスタイルに合わせた結果だから暗視機能や遠視、熱源探知といった機能はもちろん無いわよ」

「問題ない」

「その代わりガスマスクとしての機能はあるわ。毒ガスや催眠ガスはもちろん、酸素不足や空気の薄い場所でも通常と同じように活動出来るの」

 マスクを眺め、感心する。

「もっと早く出来ればよかったんだがなあ」

「あなたねえ。ダニエルは忙しいのよ? それに丁寧にこだわりもって作ってるんだから」

 やっと装備も揃った。これで危険なとこにも赴けるようになる。

「それにしても少しでも速く届けられてよかったわ。あなた、ちらほら話題が上がってきてるらしいじゃない」

 亜莉紗の言葉を受け、レッドはケータイの画面を彈に見せた。画面には記事が載っている。

「俺らも把握してる。”私刑人の登場か?” だと」

 レッドは神妙な面持ちで話す。

「これでいい。もちろん正体は隠し通すつもりだが、こうやって多くの人が宣伝してくれることで犯罪者どもの抑止になる。まだ今の彈では力不足だがな。もう一ヶ月も経つ。これからもっと大変になるぞ」

 彈は黙って聞いていた。レッドは思案する。

(目的こそ変わらないが、初めて会った日からすれば随分人間らしい顔になった。彈。こいつの強みは毎日のハードで最適なメニューをこなし、且つ俺が教えている、というのも一つだが、一番は対犯罪者との実戦を何度も経験してきているということだろう。これだけ純粋な悪意を相手にした実戦を経験する機会などそうあることではない。一つ気がかりなのは、まだ”負けていない”ということだ)


 新宿。

 日中、行き交う人波の中、夥しい数の警察で埋まっている。

 斉藤と流は少し離れた車の中から辺り一帯を注視していた。

「俺ら刑事に公安・駐在はもちろん、警備、SATまで出てきてやがる」

「壮観ですね……」

 やや興奮ぎみの流の頭にゲンコツを落とす斉藤。

「遊びじゃねえんだぞ。それにしても、ここは交通量も多いな」

 そう言ったのも束の間、いくつもの行き交う車が同時に止まった。

 その異様な光景に緊張が走る。セダンにバン、ワゴンと言った様々な車の中から黒スーツの男達が降りてくる。ぞろぞろと数は増え、百人そして二百人と止めどなく湧いてくる。

「おいおい想定の倍以上じゃねえか」

 斉藤の顔にも焦りが見える。

 警官の一人が手元を腰に寄せながらスーツの男達の車に近寄っていき、「大人数でどちらへお向かいかお伺いしてもよろしいでしょうか」と質問する。

 斉藤が身を乗り上げ、語気を強めた。

「馬鹿がっ! 不用心すぎだっ」

 スーツの男は何も答えない。

「あの〜」

 警官の気付く間もなく、男は両手で警官の頭頂部と顎を掴み、一瞬にして首を捻り折った。

 場が騒然とする。

「手を挙げろ!」「抵抗すれば発砲する!」

 点在する警官が一斉に怒号をあげ、対象の男達に銃を向ける。同時に男達はにやりと笑いながらその全員が襲い掛かる。その光景と突然の多くの発砲音に現場はパニックに陥った。

 弾丸が飛び交い、待機していた特殊部隊も次々と向かっていく。ましてや、火蓋の切って落とされた今、警戒体制を引いている新宿にいる味方戦力は着々とこの場に集まってきている筈。

 だが、状況は有利どころか五分になっていた。

「奴ら何者だ!? 身体能力や単純な強さも相当なもんだが、被弾している筈なのに何故攻撃の手を緩めない!?」

 流が恐る恐る口に出す。

「体をいじってるとか……? 例えば痛覚を遮断している、とか」

 斉藤の額に一粒の汗が流れ落ちる。

「……奴らなら否定はできんな。他にもアドレナリンなんかも過剰分泌させてるかもしれん」

 動きを見るに戦闘の素人では無いことはわかる。十分警戒をしていたつもりだったが、これは思った以上に厄介だ。

 一台の黒の車が勢いをつけ警察車両に激突する。ガラスの割れる音、金属ボディのひしゃげる音がした。補強された車体だろうか。当の黒の車はへこみすらしていなかった。

 運転席にいたスーツの男が降り、後方のドアを開け、頭を下げる。悠々と出てきた白いスーツの男の手には立派な日本刀が握られていた。


 食堂で昼食をとっている彈と聡。

「それでさあ! その映画がまあ泣けるわけよ。マジ見てみてっ」

「映画かあ。趣味のくせして最近行けてないからなあ。たしかにそのあらすじは気になるかも」

「だろぉ〜? 余命幾許もないその妹が健気で……どんなに苦しくても世界は優しさと愛に満ち溢れてるって教えてくれるんだよなあ」

「にしてはその予告見せすぎだよな」

 他愛もない話に花を咲かせる二人。

「これやばくない?」「まじかよ」「うそ」「なになに?」

 食堂内が騒がしくなる。

「なんだ?」

 野次馬の聡が近くの女子に話しかける。

「何? どしたの?」

「なんか、新宿で集団殺人? テロ? が起きて混乱してるんだって」

 女子大生のスマートフォンの記事を見るや否や、彈の表情が変わる。

「……聡悪ぃ、ちょっとトイレ」

 駆け出そうとする彈の右手をすかさず掴む聡。

「……何する気だよ?」

 珍しく怒ったような、真剣な顔を見せる。意外だった。

「身の程を弁えろよ。復讐なんて勇希ちゃんは望んでないぞ」

 彈は静かに手を振り解く。

「! ……ごめん」

 聡は遠くなっていく彈の背中をただ呆然と眺めるしか出来なかった。

「鎌掛けたつもりだったんだけどな……。お前は、どこに行くつもりなんだよ」

 寂しげな声も、すぐに掻き消されてしまった。


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