番外編.A world full of pest -episode of パラサイトキラー-
男は殺し屋の家系に生まれた。
父は護衛人兼殺し屋、母は殺し屋兼護衛人だった。
腕は良く、裕福な暮らしをしていた。環境うんぬん教育うんぬんというよりは、生まれながらに肉親へ嫌悪感を抱いていた。
“そう育てる”為か、まだ歩けない頃から仕事場に駆り出された。とてもじゃないが憧れるような綺麗な場所ではなかった。だが、悲しいかな慣れてはしまった。
幼さは関係ない。
すぐに戦闘の技術を仕込まれた。トップレベルの仕事人だった二人。大変だという感情はうまく分からず、日々を必死に生きていた。そうする内に、自然と力が身に付いていくのが分かった。
闇市場などと言われていた場所によく行く機会があった。
柄の悪い人間が大半。実力者や権力者、逆に浮浪者のような者もいた。奴隷のように扱われている者もいれば、強制臓器提供者として扱われている者もいる。それ以外は”存在しない居ない者”として認識もされていなかった。
捨て子、孤児。言葉が合っているのかは分からなかったが、一人の少年が汚らしい格好で道端に座っていた。
「……」
“居ない者”の一人だろうか。
少年と目が合った。この世の全てに期待をしていないかのような眼をしていた。歳も同じくらいだろう。親が露店の店主と話している間、二人は数秒間、その目を離せずにいた。
すると、少年の前に大柄の男が現れた。何か話しているようだった。男は少年の手を強引に引き、連れて行ってしまった。抵抗している様子はなかった。
「よかったな。今日は新鮮で状態のかなり良い“個体”が手に入ったぞ」
父が嬉々としていた。
カニバリズム。
両親は遊び人だった。特に“性”に奔放だった。極力無駄なものに金を使いたくないという二人の考えが一致していたところ、いつもの“仕事現場”でふと、ある考えが浮かぶ。
人を食してはどうか。
一度試したところ、その後の調子がすこぶる良かったそうだ。それ以来、父は女性を、母は男性を定期的に”摂取”するようになった。若い個体が望ましいらしい。若い。それがどのくらいまでを指すのかは分からないが。
個人で楽しむ分にはどうにも思わない。だが、あろうことかこの二人は、子にそれを要求してきた。食卓では常に“人”が並んでいた。
食べた。反抗する・断る、といった行動が頭になかったのだ。消化される前に、吸収される前にと、食後はすぐにトイレへ駆け込み、戻した。毎日のように。
恐らく無駄なことだと知りながら。
機械的な毎日を送って数年。
年齢も十三になり、自分が親の仕事をサポートするようになって随分の時が流れた。
仕事を終え、家に着く。両親は疲弊した体に栄養を入れようと、冷凍された人間と、檻に入れられた人間を交互に見る。二パターンの楽しみ方をするために多くの男女を抱え、こうやって分けているのであった。
「よしっ! 今日は君に決めたっ!」
そう言って父親は生きた人間の一人を撃ち抜く。頭部を撃たれ即死した女は髪を掴まれテーブルへと運ばれる。
食用の人間は皆、衣服を纏っていなかった。父親が必要ないと与えなかったのだ。そのせいか、いつも寒さに身を震わせていた檻の中の人間は目の前の殺人など日常茶飯事、慣れてしまったのだろう。飛び散った女の生暖かい血を全身に塗り、体を寄せ温め合う。暖かい、暖かい、と嗤っていた。
酷い光景だった。
母は冷凍保存されている顔の良い男を選び、使用人に調理させる。食事が始まる。父も母もお腹を空かせていた。
そんな時、使用人の一人が慌ただしくやってくる。
「……旦那様! “侵入者です”!」
「何?」
段々と死の気配が近づいてくるのがわかった。悲鳴も微かに、射撃音と物の破損音、人の倒れる音が聞こえてくる。
食卓に一人の少年が顔を出す。右手にククリナイフ、左手にコンバットナイフを携えていた。全身にはべったりと返り血が付いている。
あの時の少年だった。
「ガキ……!? それもまさか一人でやったのか?」
驚いている父とは裏腹に、「あら、可愛い子じゃない。是非、飼いたいわ。食用じゃなく、お楽しみ用としてっ!」母は嬉しそうにテーブルの下に隠してあったグロックを発砲する。
しかし、少年はいとも簡単に弾丸を弾く。
「……あんたら、趣味が悪いぜ」
“食用”を見てきたのだろう。軽蔑の眼差しでこちらを見ていた。
少年の身のこなしの速さは凄まじかった。母や父の弾丸の雨を掻い潜り、凄腕の二人をいとも簡単に殺してしまった。
少年の意識がこちらに向く。
「!」
お互いがお互いを覚えているようだった。
「……っっ」
近くにあった騎士の置物。その手に握られていた剣を蹴り上げ、手に取る。
攻撃をしかけた。
両親が敵わなかった相手に自分が勝てるなどとは思っていなかった。それでも、どうせ死ぬならと体が勝手に動いていた。
全ての攻撃を紙一重で躱し、受けられる。充分に通用している手応えはあったが、少年に勝てるビジョンは浮かばなかった。
「ちょっ、待てっ! 待てってば!」
大きな剣戟と境に二人に距離が出来る。
「はーっ……! はーっ……!」
「俺はお前の親を殺すことが今回の仕事。お前は対象外だ。まあ、どんな趣味趣向があろうとな」
あの二人と一括りにされては堪ったものではなかった。
「違う! 俺は人を食べたりなんかしないっ。ましてや、楽しんで殺すなど……」
言葉と表情だけで、どれだけ本人が苦しみ、葛藤していたかが少年には伝わった。
「“俺と似たようなもんか”……?」
「……?」
少年は両手の武器を手放した。がらん、と静かな部屋に金属音が響く。続けて手の甲で顔に着いた血を拭う。
「どうせお前、“今、身寄り無くなったろ”? 親のこともあんまり良く思ってはなかったみたいだし。俺が仕事、紹介してやるよ」
「はあ?」
突拍子もない。
人の家を壊し、家族らを殺しておいて。仕事とプライベートのメリハリがおかしい。
「俺、レッドスプレー。レッドでいいよ」
「ふざけてるのか?」
レッドがそりゃそうだよな、と笑う。
「俺、名前が無いんだよ。今の育ての親である殺し屋達に拾われた後も、名前なんて必要ない。俺らには勿体ないってな。まあ、今考えると単に面倒臭かっただけかもしれないけど」
あっけらかんと話す。
「俺は、毎回仕事終わり、血塗れになっていることが多いからこんなんになっちまった」
恐らく彼が、自分の生きているような狂った世界の中ではまともな倫理観を持っていることは分かった。
「俺は……」
躊躇っていた姿をレッドはすぐに察し、言葉をかけた。
「ああ、いい! 名前は。新しいものに変えよう!」
自らの親を含め、汚らしい人間が多いこの世界。まるで寄生虫のように世に蔓延り、じわじわと侵食していく。気付かぬうちに非人道的なことが当たり前になっていく恐怖。
益虫ではなく、害虫。
二人は新しく、寄生虫殺しという名を設けた。