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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第2章.飛翔
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25.法の番人、国の犬


 斉藤は警察署から一キロメートルほど離れた場所にあるカフェの端の席でコーヒーを飲みながら作業をしていた。

「にしてもジンゴメンとやらの活躍はすごいもんだな……」

 毎日のようにラプトルとジンゴメンは活動、検挙率を競い合っていた。もちろん目の(かたき)にしているのはジンゴメンだけだが。

 真宮寺雅隆の情報は信用に足りうる。それは斉藤が長い時間をかけて話した上での判断だ。真宮寺自身も未だ金や権力を諦めていない節がある。斉藤を買収しようなどとは思ってはいないが、聞かれた質問にわざわざ嘘をつくような気はさらさらなかったのだ。

「どれも最重要項目だとは思うが、由眼家吉質か、日本にもこれだけ大きな勢力があるとはな」

 最近は殺人といった大きな犯罪もそうだが、強盗だったり直接的な現行犯を捕まえるような事件ばかり起きている。そのせいか、こういったドラッグ関連の犯罪は掻き消されていた。

 そして優先事項とは別に、美波野誠のような超人が存在するということ。過ぎた力を手にすれば私利私欲の為に使うというのが自明の理。危険度では一番の問題だ。自分用に作ったメモを見ながら、状況の整理・把握を行う。すると、向かいの椅子を引く音が聞こえた。

「相席いいですか?」

 空いてる席はいくらでもあるこの状況で、目の前の男は斉藤との相席を頼んできた。

「……何か用で?」

 男はそのまま座り、一言、目を見て言った。

「今……佐野愛夏さんは?」

 出てきた名前とその声から、男が稀代のヒーローその人だと言うことが瞬時に分かった。

「おまっ……!?」

 真剣な眼差しだ。よく見れば確かに体格は良いわ、手はゴツゴツとしてるわで、纏っている雰囲気や様々な情報から、男をラプトルと決定づけるには充分だった。

「……何故わざわざ顔を出した?」

「単純に、あなたを信用したから、だと思って頂いて構いません。より強い協力関係を結びたくて」

 俺が刑事だと言うことをちゃんと理解しているのか。斉藤は大胆過ぎる行動を取る彈に呆れる。

「“仲間”とも話した結果です。斉藤さんは話が通じそうだから」

「大変だったんだぞ? 佐野愛夏はあの後すぐに冷静になり自分の犯したことに気づき、暴れ出した。舌を噛みちぎろうとしたんでな、取り押さえられ精神病棟に運ばれた。今は留置所にいる。裁判も長引いていてな。まあ間違いなく重罪ではあると思うが」

「そう、ですか……」

 想定はしていた。だが、どうも自分と同じ眼をしていたあの女性のことが気にかかる。やるせない気持ちで怨讐に囚われた自分と、大きな過ちを犯し行き場を失っていた佐野愛夏。自暴自棄、という点では間違いなく同じだった。

 今の自分はまるで、”故意でなければどんな犯罪も擁護する”。そんな馬鹿げた考えにでもなっているのかもしれない。

 だが、純粋に彼女を助けたい、そう思った。

「佐野愛夏はゆっくりと裁判を待つ他ない。モノクロームも刑務所にわざわざ出向いてくるような馬鹿じゃあないだろう」

 安心、は出来ないだろうな。斉藤はひとまず体裁よく答えた。

「俺も色々と調べていてな。日本の裏社会にはとんでもない奴らがうようよといるようだな」

「……ああ、大変だ」

 いや、お前もその一人なんだが。調子が狂う。

「まあ、お前と“レッドスプレー”が悪人じゃないのはもう充分理解したからな」

 師の名前が出てきた。少しだけ驚きが隠せなかった。遺体は警察が回収した。ともすれば当然調べているだろう。

「仲間……だったんだろ? シングウジインダストリーの時だ。監視カメラ等の機器は全て壊れていたがお前とレッドスプレーが二人で事を起こしたのは明白だった。映像と言えば世間に出回ったあの隠し撮りの短い一本のみだからな。凄い現場だった。お前が殺人をしないのは分かっているし、レッドスプレーが名の知れた殺し屋だということもな」

「ありがとうございます。彼は……とても良い“師”でした」

 どれほどの知り合いでどれほどの仲かは分からなくとも、まるで肉親や生涯の友人が亡くなったかのような表情を見せる彈に、斉藤は二人の関係がうっすらと見えてくるのを感じた。

 思い立ったように立ち上がる彈。

「ここよく来るんですか?」

「警察関係者に人気の店なんだよ」

 彈は辺りを軽く見回す。

「……“ここのコーヒーおいしいですよね”」

 そう言って会釈をして、店を出た。

「? 嵐のように去っていったな……」


 店の外を箒で掃いている。

「こんにちは」

 店員は顔を上げ、にこやかに挨拶を返す。

「……あ! こんにちは! いらっしゃいませ!」

 彈は二日に一回の頻度でhavre de paixに来ていた。

 店内に入る。繁盛、というわけにはいかないが、徐々に口コミも広がり、知る人ぞ知る隠れた名店の一つになってきていた。開店ブーストが終わり、しっかりとした客が根付いたのは良い傾向と言えるだろう。

「いらっしゃい。ごめんなさい、今日は少しだけ、混んでますよ」

 微笑みながら店長の女性が答える。彈が頼むものはいつも決まっていた。

 商品が陳列された棚を見る。レアチーズケーキは残り三つにまで減っていた。

「お、危なかったな」

「またそれかい? お客さんも好きだね」

 すると後ろから小春の声が聞こえる。

「また同じのですか? 他にもいっぱい種類もあるし、どれもおいしいですよ。たまには冒険もしてみればどうです?」

「小春さん。俺は、これがいいんですよ」

 いつもいつも……飽きるようなことは無いかもしれないけど。

「ま、祖母のじゃなくて私のメニューだからいいんですけどね」いたずらに笑う小春。

 この場所は二人が運営しているからこそ、まさに癒しの空間へとなっているのだろう。そう改めて思った。彈の表情筋も、ここにいる間は緩んでばかりだった。


 モノクロームが自らの“ヒーローマスク”を外す。

 部屋の低いテーブルに勢いよく腰掛け、血の付いた脚を見つめる。

「現場に向かい現行犯を痛めつけるラプトルと、犯罪者を見つけ出し断罪するモノクローム。後手に回る故の利点。痕跡を残さず、時間も場所も自由。しかし近頃は、モノクロームの活躍も薄れ、警察の組織と思われる謎の団体に邪魔をされる始末」

 マキビシが煽るように言い放つ。

「……よせ」

 脚の武装についた返り血をウェットティッシュで拭く。

「活動はしているが、知名度は下火だな」

「やめろと言っている」

「有名になるんじゃなかったのか? そんなではいつまでも犯罪の抑止・減少どころか、おぬしを挑発する輩も出てくるぞ」

 マスクをマキビシの傍に投げつける。

「早死にしたいのか……? ただ利害の一致で手を組んでいるだけの貴様、いつでも殺せるんだぞ。今はただ、特例として延命させてやってるだけだ。お前の罪は数えきれないからな」

 薄ら笑いでマキビシが答える。

「おお……恐ろしや、恐ろしや」

 飄々とした姿もだが、変に俺を苛立たせる節がある。まるでそれを楽しんでいるかのように。

 歪な関係の二人は、お互いが距離を取りながら活動をしていた。話題を変えるようにモノクロームが口を開ける。

「……ラプトル、奴はとてつもなく強い。テコンドーで今まで敵無しだった俺が引き分けに持ち越された。いや、もしかしたら……。だが、戦い方が妙だ。格闘技をやっていたようには見えない。一朝一夕で身につけたような、“練度”の決して高くない、まるで見様見真似の動きだ。にもかかわらずその威力や組み合わせのレベルは高い。つまり格闘技を格闘技としてではなく、“戦闘の手段”として第三者に叩き込まれたんだろう」

 テコンドーだけでなく他の格闘技も幾つかは経験してきたモノクローム。その多彩な経験と才能から脚技主体の独自のスタイルを作り上げた。そのスタイルでの強さはまさに敵なしと言えたが、そこで初めて苦戦を強いられたのが、ラプトルその男であった。

「ふむ」

 マキビシは正直なところ、他に気になる存在が多いという理由からラプトルにはそこまでの関心を示してはいなかった。

 モノクロームは間違いなく、ただの人間としては極限まで高められた戦闘力を誇っている。自分の造った装備もつけている。そのモノクロームと五分の人材。本人もそうだが、その第三者という推測に興味が湧いた。

「ラプトルもお主の執行対象なのであろう? なら、急ぎ戦いその名前を聞き出さぬか」

 こいつ、興奮してるな……。モノクロームは感情を見せづらいマキビシが、こういったことで昂るのはある程度分かってきていた。

「……はあ。そうだな」


「日々の訓練はこれ以上ないくらい頑張ってくれている。後はやはり各小隊ごとの連携が課題だな」

「あはは……善処するよ」

 館端はくるりと背を向け、スタスタと去っていった。ベンチに座り深い溜め息を吐く奏屋。突然の頬の冷たい感触に驚き肩が上がる。

「ひっ……!?」

「どした? で〜っかい溜め息ついて」

 同僚の女が二本の缶ジュースを両手に持ち立っていた。

「灰寝か」

「もう下の名前で呼ぶなっつったろ」

 奏屋は謝りながらカフェオレを受け取る。

「お、ありがとう」

「男ならブラックくらい飲めるようになれ」

 鑑は立ったまま話を続けた。

「各小隊って……別に正式に分かれてるわけじゃないんだし、都度ランダムな人選でいいのに」

 ぶつくさと文句を言う。

「聞いていたのか」

「ん。ちょっとだけね」

 そう言ってコーヒーを口に運んだ。

「毎回全員で出るわけにはいかないからな。今の体制でもしっかり対処出来てるのはそのおかげだ。確かに連携はまだ万全じゃないかもだが」

「あいつが勝手に割り振ったんでしょ? それなのに無茶苦茶よ」

「館端は優秀なやつさ。目利きがあるから一任されたんだろう。……うちの部隊は志願式なんて言われてるが、色んなとこの成績優秀者を引っこ抜き、寄せ合わせて作られた。大胆だが結果を出してる以上はなんとも言えないな」

「そんなもんかね」鑑は少し顔を歪め、コーヒーを眺める。「燦護は?」

「……ん? ああ、道場で相変わらずトレーニングに励んでますよっ」


 尋常じゃない汗の量がその鍛錬の過酷さを物語る。

「ふっ……! はっ! ……やぁぁ!」

 非番でも、こうしてトレーニングを怠ったことはない。空手の型を繰り返し反復する。新しい期待の特殊部隊。自分がその一人として選ばれたからには警察として、人々を守る存在として、しっかり貢献をしたい。

 まだまだ自分には力が足りない。先輩らの足を引っ張らない為にも。前に、進む。


「人一倍努力はする奴だからな」

「あんたくらいならいいかもだけど、私は割と前にグイグイ出るタイプだからあんまり合わないのもあるのかもね。……確かに連携が必要だわ。よしっ、ちょっと燦護の練習に付き合ってくるわ」鑑は残っていたコーヒーを一気に流し込んだ。

「ほどほどにな」

 奏屋に対し、後ろ手を振りながら答え、去っていった。


 素晴らしい検体だ……。

 シングウジインダストリーの神経伝達物質操作、ペスティサイドが用いた強化スーツ、そして怪物、トーマス・グリットの筋組織改造。ヒントはたくさんある。これを重ね合わせれば、自分が長年夢見ていたものを実現出来るかもしれない。可能性はある。成功は目の前に。

「人が、生身で! 後天的に! 科学的に! 人智を超える……!」

 さすれば、国家に歯向かう敵はいるまい。我々の、日本国に。


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