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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第2章.飛翔
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番外編. Sociopath-episode of 弥岳黎一-


 生まれたときから体が大きい方だった。

 ずっと同級生の中では一番で、友達が大きくなれば自分も、より大きくなった。

 ごく普通の優しい両親だった。一人っ子ながら愛を充分に注いでくれていた。

 本が好きだった。父の書斎によく行っていたものだ。本は知らない世界のことや見えない世界のこと、気にも止めない世界のことを教えてくれる。歴史や図鑑、創作物など色んなものを読んだ。

 特に目を引いたのは歴史だった。

 自国や外国の歴史。偉人を知っていくのも楽しかったが特段印象深かったのは戦争だった。地球という同じ星の中で各国が争う。それも幾度も。それぞれの国の事情はあれど、とてもじゃないが共感できるような内容のものは無い。少しだけ、考えも洗練されていくようになった。

 人は愚かだ。意見の食い違いだけで、自らの利を優先するあまり、周りへのことを省みない。まるで動物だ。知能という優れた点を持ち食物連鎖の頂点に立ったにもかかわらず、愚かな過ちを繰り返す。

 何故? 反省、そして改善。これが最良だと分かっているのに何故出来ない?

 不思議でならなかった。


 中学、高校と進学し、持ち前の体格から部活のバスケットボールで活躍した。特に思い入れがあるわけではなかった。ただ体を動かしているとストレスの解消にもなったからだ。

 本を読んで育ってきた。周りの人間よりも自分は思慮深い、そう自信があった。くだらないことでの喧嘩や非行に走る同級生。あれらは確実に、”下”だった。


 そんな中、ある程度は読破していたはずの父の書斎から仏教に関する本を見つけた。隠していたというわけではないだろうが、会社員である父のプレゼン資料の山の下に隠れていたのだ。父の部屋はいつも散らかっていて母が片付けることも許さなかった為、埃を被っていた。

 宗教はもちろん歴史にも度々登場する重要な要素の一つだ。

 宗教については漠然と、人を良い方にも悪い方にも導き得る、そういった程度の認識だった。“存在することによって起こりうる影響”のことしか考えたことがなかったのだ。

 その日から暇つぶし感覚で読み進め、載っていないところは図書館に行き、文献を探した。インターネットも大分発達してきたことにより、様々な世界各国の情報を、ほぼリアルタイムで知ることが出来る。それは本の情報との擦り合わせ、補填には最適であった。

 同時に、やはり争いや犯罪のニュースやくだらない討論なども多く見受けられた。メディアがテレビやラジオ、新聞・雑誌だけだった時代に比べ、遥かに情報量は増えていた。

 正直、驚いた。

 頭の悪い者どもが跋扈するだけでなく、それを焚き付ける者、それを助長する者。そして、単純に悪意に満ちた人間、凄惨な事件・思惑の数々。この世を動かす価値の媒体、通貨。金により狂う人間は星の数ほどいた。

 息が詰まる。吐き気がした。


 本を読んでいると気が紛れた。

 世界から”悪い奴ら”がいなくなればいいのに。

 悪意は感染する。馬鹿ならば特に。

 また近くの図書館で宗教の本を読み漁っていた。

 死んだら魂になるだの、天国だの地獄だの。生まれ変わって第二の人生? 馬鹿馬鹿しい。第一、”墓標”なんて要るのか? 自分が無神論者よりの考えだからそう思うのだろうか。

 だが、もし。輪廻転生などというものがあり、神や閻魔にでも裁かれ、罪を洗い流し、生まれ変わるなら。

 素晴らしい世界になるのではないか。どんな一般人にでも、この社会、どんどんと負の感情は感染、伝染していってしまう。まるで繁殖能力の高い“害虫”だ。元を断たなければ。


 過激な発想だが、一度に世界中に核でも乱発して全人類を死滅させれば? 氷河期のように新しい生命へのリセットになる。それが自分達“人類”ならラッキー、くらいに思えば。

 このままではいずれ第三次世界大戦が起きる。……なんて突拍子もない考えが色濃くなるほど、悠々と過ごすにはこの世界はずっと汚れている。

 一度に皆が死ぬなら公平(フェア)だ。争いで怨嗟を生むより良い。嘘からでた実。都市伝説だって、信じる者が多ければ多いほど力をつけ、現実になる。

 輪廻転生を実行することにした。


 行動力はある方だった。

 高校を卒業し、大学に通い出してから道端で演説を始めた。

 初めは共感の得られる内容で、且つ怪し過ぎないように、仏教の誰もが知っていることと知らないことをおり混ぜて話す。流されやすい人間や疲れの溜まっている人間はすぐに足を止めた。

 最初は週に一回程度だった頻度も徐々に上げていき、毎日行うようになった。

 固定で二十人くらいが集まるようになった頃、演説終わりに一人の男が声をかけてきた。

 名を獅嶋公亮。小柄な男だったが、誰よりも俺の話を真剣に聞き、目を輝かせていた。

「お……私は弥岳黎一。その姿勢とても素晴らしいですね。日頃の良い行いの賜物でしょう」

 獅嶋はいかにもといった盲目な信者で、まさに”カモ”と言えた。

 自分より歳は少し上だったが、かなり使える男で、引き立て役としてはもちろん、集客や会計といった雑務もそつなくこなした。

補佐として右腕にすることにした。


 路上では新規の入りやすいような演説をし、過度な勧誘はしない。あくまで自発的な入信を促した。

 ある程度お金が集まってきた時期に一人の男が現れた。元刑事だと名乗る男。そう言えば極たまにテレビで話しているのを見たことがあるかも知れない。

「新興宗教にしては驚くほど良い雰囲気でまとまりのある団体だな。少し話を聞きたい」

 社交辞令もそこそこに深く話したいと言ってきた男。面白そうだったので、獅嶋の制止を振り切り二人で話した。

「あんたが仏教を元にした、えーっと……ペスティサイド? ってのは犯罪の根絶とやらも目標としてるらしいな。表向きでは心の浄化だ、相手との心の対話を行う、だったか? だが、本心は違うだろう?」

 軽い気持ちで話しかけたわけでは無いらしい。“元”刑事が何用なのか、気になった。

「何を見てそうお思いに?」

「簡単だ……眼だ。目は口ほどに物を言うって言うだろ? あんたの演説はその内容を伝えるってよりは人を集めることを目的としてる。それも、“付随する金がメインの目的じゃあない”」

 鋭い男だった。

「面白いですね。……凌木さん、輪廻転生という考えを知っていますか?」

 獅嶋以外には明かしていない、自分の考えの全てを話した。事細かく。少しは驚いていたようだったが、意外にも前のめりな姿勢を見せた。

「なるほど……」

 相手は刑事。簡単に言えばただの大量虐殺。こちらの大義名分がわかっているとは思えない。

「“今の入信のスピードや、団体の力でいいのか”?」

 思いもしない返答だった。

「俺も、この国の悪人を裁ききれない法に疑問を感じている。一刻も早くどうにかしたいんだ。この国、いや世界では毎日多くの事件が発生している。裁判で判決するにもだらだら時間がかかってしまう。もちろん、冤罪等を見分ける為にも手間取るのは仕方ないが、今の現状では苦しみ、悲しむ人間が後を絶たない。……そういうのはもううんざりなんだ」

 獅嶋と同じ、いやそれよりも遥かに強い意志を感じた。奴が言ったように言えば、そんな“眼”をしていた。


 凌木市架のコネを使い、様々な手回しをしてもらった。そこそこ腕の良い刑事だったようだ。

 ペスティサイドの本拠地として大きな事務所を構えることをはじめとし、宣伝も車を使ったり雑誌に取り上げられたりした。信者の数も比類ないほど鰻登りになっていた。信仰が深く根付いた信徒達には外には漏らさない秘密の会合として、輪廻転生の詳細・大きな作戦の話を聞かせ始めた。

 多くに認知をされたおかげか、裏の世界で武器商人と名高い男とも手を組んだ。少々胡散臭く、俺や凌木市架が嫌悪している犯罪に手を染めている一人だったが、利害の一致ということで納得した。計画上、どうせ人類皆死ぬのだから。

 男は高い技術力を持っていた。

 バックにはある程度の人数の武器製作者を持ち、手下としている。強化スーツとやらを提供してきた。少々体に負担があるような物ではあったが、その力は凄まじかった。鉄を簡単に凹ませ、コンクリートをいとも簡単に砕いた。体も大きく運動能力の高かった自分には特注の一品を提供してくれた。これなら、なるだけ痛みを感じさせず一瞬で人を殺めることが出来る。

 核という非現実過ぎる手段は無理があったが、少しでも早く計画を遂行する。期間は一ヶ月で全人類を対象に。初日で都心を陥落させ手中に収める。実行中に銃火器を奪っても極力使わず、核のような物が万一あれば、使用する。

 信徒は皆、自らの命を差し出す覚悟を見せてくれた。

 人数が格段に増え、戦力も大幅に上がった。いよいよ“害虫駆除計画”が現実味を帯びてきた。


 私は———生きやすい世界が作りたい。


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