22.企み
鷸水薊瞰に格闘技の心得があったとは。
パラサイトキラーはビーター、鷸水薊瞰を調べるなかで、ボクシングジムの撲殺事件が関連していたことを思い出した。
奴は今まで、”闘って”はいなかったということか……? あくまで遊びだと。そう読み取れるほどの“違い”。本気で戦うのは自分が本当に死にそうになったときだけ。それ以外は愉しむということに重きをおいていたのか。だとしたら、相当異常なマゾヒストだ。
薊瞰はガードを下げ、緊張を解く。
「……お前、今んとこ一番サイコーだったよ」
自らに注目が集まっていることに気づく。光子達も黒服達も逃げ遅れた生徒や教師達も。皆一様に静まり返っていた。
「あー……」
目眩がする。それもその筈、全身の血が事態の危険さを物語っていた。
どろりと頭からの血が止まらない。右手で顔を拭い、べっとりと着いた血を見る。ぶるぶるとまるで犬のように顔を振り、血を飛び散らせる。
「今日は疲れた。充分楽しんだしな……帰るわ」
そう言い残して、一人とぼとぼ帰路に就く。
追いかける人間は誰も居なかった。
同時刻。
大柄な体格、右手に特注の斧、左手にサブマシンガンを持った男。———が、横たわっている。
「なっ……!? ”歌舞伎町の重戦車”と恐れられた翳谷が……!」
失禁し、怯えている雇い主の男。眼前の二人になす術もなかった。
「やりましたね! 奏屋先輩!」
「燦護。はしゃぎ過ぎ。だがまあ、手柄は手柄か」
一人で三十人を相手どる程の強さを持つ、腕の立つ用心棒、翳谷。たった二人で彼を全く寄せ付けない強さを誇ったジンゴメン。銃や爆弾といった凶器、危険物を密輸していた今回のターゲット。
こうして、彼らは精鋭部隊として着々と実績を積み重ね始めた。
活伸高校は終業式と重なったことが幸いしたが、冬休み期間中は警察の捜査のためにも封鎖となった。
死者十一名(うち生徒九名・教諭二名)負傷者五十二名。誠の奔走により被害は最小限に抑えられたといって問題ないだろう。黒服の過半数は警察に捕らえられた。その場にも三人のジンゴメンが同行し、黒服の抵抗する余地はなかった。被害を最も広げたと思われる巨躯の怪物、トーマス・グリットはすでに死亡していた。
美波野誠は警察署内に居た。
目の前でボールペンが浮いている。
「ほう、実際に目の当たりにするとすごいもんだな……いるもんなんだな、超能力者ってのは」
ボールペンは力なく机の上に落ちた。
「浮いてるわけじゃないですよ。あくまで俺が”持ってる”だけなんで」誠は目の前の警察の一人に言う。
取調室のマジックミラーの向こうでは警部や刑事といった警察の面々がいた。中には斉藤や流もおり、特異な力を持つ者を観察している。
「うわあ……なんか不謹慎ですけど、ワクワクするような光景ですね」
普段なら誰かしらの叱責もあるような流の一言も、そのまま空気に溶けて、消えた。いよいよ科学の常識が覆る。
テレビ番組で面白おかしく取り上げられていた時代が終わるのだ。ただのショーなら杞憂で済むが、そうもいかない。こんな社会でもし美波野誠以外にも人を超えた力を持つ者がいるなら、悪用する者を想定するのは必然だ。現に一人現れた以上、今までのオカルト話の信憑性も自ずと上がってくる。
「今後、警戒はもちろんですが、美波野誠のような人間を保護する必要性も出てくるでしょうね」
斉藤が本心を吐く。
「敵意だけに目を向けるだけでなく、しっかりと守れる国民を守ることの方が先決か……」
警部の一人も共感の声。中には、国で抱える以上ジンゴメンのように軍事力の一つとして考えるものも居ただろう。
誰もが予想だにしない展開ゆえに、この国の未来が見えずにいた。
智樹、賢太、大聖、光子といえば、皆同様に混乱した頭を整理しながら、各々の日々を過ごしていた。
「何着か渡していたと思うけど、このペースだとだいたい一年に三着くらい必要になるかしら」
亜莉紗は彈に向かって皮肉たらしく言う。
「……ああ」
どこか上の空で返事をする彈。
「あら、聞いてるの? この前のこと、まだ許した覚えはないんだけど」
以前モノクロームと対峙したときに通信機を切ったことを根に持っているらしい。
当然の怒りだろう。
「位置情報を辿ればあの場にだっていけたわ。なのにそうしないのは、一応坊やを信じてるからよ。わかってる?」
「悪かった。ただ、もうやらない、とは保証出来ないが」
正直すぎる彈に呆れる亜莉紗。
「頻繁にはスーツも届けれないわ。大切に使って頂戴よ? ダニエルだって一人じゃ限界があるし」
今だ心ここに在らずの彈に痺れを切らす。
「……また根詰めてるようね。レッドのお金もまだ手をつけてないし……昼も夜も働き詰めだと体を壊すわよ」
「それが、毎晩死地に赴いてる奴への言葉かよ」
乾いた笑いで話を流そうとする。
「とにかく、息抜きも必要ってこと。あなたまだ二十一でしょ? 大学も辞めて、本当なら時間が有り余ってるはずなのよ」
亜莉紗の気遣いを無下にするわけにはいかない。
「息抜き、か」
彈は佐野愛夏のことでいっぱいだった頭をひとまずリセットした。
「ああ。トーマスがやられて、警察に色々と知れ渡っちまった。拡張者のことも、多分“俺らみたいなの”も。捕獲は難しくなるだろうな」
電話相手はインプレグネブル・ゴッズのボス。アイギャレット・シェルシャルル。
「日本……ちっぽけな島国だと侮っていたな。まあ、“あいつ”が居るだけの国ではある、ということか」
「あいつ?」
「……いや、気にしないでくれ」
「おいおい、俺とあんたの仲だ。隠し事はやめて欲しいな」
カイアスが興味を示すも、アイギャレットに答える気はなかった。
「とにかくだ。お前は好きなタイミングで戻ってきていいが、どうする?」
話を逸らされ不快な様子を見せるカイアス。
「ちっ……俺はもうしばらく残る。ダニエルもそうだが、他にも気になる人外野郎が居そうなんでな」
アイギャレットは深く背もたれにかかる。
「そうか。……基本、行動を制限はしないが、日本支部の奴らとお前に関しての全権は由眼家吉質に委ねる。いいな?」
カイアスは再び舌打ちをし、電話を切った。驚くアイギャレット。そして静かに笑みを溢す。
「フッ……やんちゃな小僧だ」
ダニエルや、俺の狙撃を邪魔した奴も気になるが、今はあの女が先決だ。ラプトルとモノクロームが揉めるきっかけになったあの女。
ヒーロー気取りの馬鹿ども。殺す殺さないだの、裁く裁かないだの屁理屈を並べて固い頭を無理に動かすだけの能無しども。
ラプトルが守りきれず、モノクロームが殺しきれなかったものを横取りしたらどうなるか。気になる。あの馬鹿どもが最も嫌悪するやり方がいい。
日本のブタ箱の奴でも使うか。
カイアスは埼玉のとある刑務所に来ていた。彼の能力をもってすれば警備など、あってないようなものだった。
暗い階段を降りていく。
「この辺りか? ……おーい! 下々森北斗! いるか!?」
奥から大声が聞こえる。カイアスは声の先に向かう。
「お前が下々森北斗、だな?」
「誰だお前? 僕のことは、北斗様と呼べっっ!」
子供のような口調で話す成人にも満たないであろうその男の周りには、多くの外された知恵の輪が散乱していた。