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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第2章.飛翔
22/111

21.僥倖


 トーマス・グリットが暴れ狂う。

 身を潜め陰から対応を試みるが、人混みの中、誠はうまく身動きが取れずにいた。

 血が飛び散っている。

 学生、そして止めにきた教員達のすでに十人を超える数が見るも無惨に殺された。生首を掴み、臓腑を喰らいながら叫んでいるトーマス。悪魔や鬼といった俗的な言葉の体現に思えた。

「くそっ……!」

 なんとか道を切り開き校舎に近づく誠。すると目の前に黒服が現れる。

「見つけたぞ。逃がさん……っ」

 後退りをする誠。

最初(ハナ)から“あいつ”に捕獲は無理だ。せいぜい注意を引きつけてもらう。お前は能力を隠しているみたいだからな」

 男がじりじりと近づいてくる。だが、誠の視線はその後ろにとられた。逃げ惑う人の中に光子を見つける。

「深鈴先輩っ!」

 思わず口に出してしまった。すかさず黒服は背後の学生達に目をやる。

(しまった……!)

 銃を取り出し、標的である拡張者と目が合っている女を捕まえる。

「おい! やめろ!」

 光子が黒服の腕の中で銃を突きつけられる。


「オイオイオイオイ、はぐれたと思ったらなんで誠があんな奴らと関わってるんだよ!?」

 パニックに陥っている智樹。賢太や大聖も訳がわからない様子だった。

 こんな状況で割って入るほどバカではない。自分らでもそう弁えていた。そうこうしているうちに、誠の想い人である深鈴光子その人が男に捕まえられてしまった。

 たまらず大聖が飛び出す。

「誠! 大丈夫か!?」

 誠は思いもよらない介入に驚く。

「大聖!?」

 黒服の男は男子学生二人を交互に見る。片方の後ろにも、もう二人の学生がいた。

 にやりと笑い、銃を学生に向ける。誠の反応よりも早く、弾丸は大聖の脚を貫いた。

「いっ!? う、うわあああああ!」

 太腿から血が流れている。

「ほら、お友達を痛い目に合わせたくなけりゃ大人しく捕まれ」

 胸元の無線で仲間を呼ぶ。するとすぐにも黒服の仲間が四人ほどやってきた。

「抵抗はするなよ?」

 拡張者を捕らえるための特殊な手錠や無力化装置を手に、近づく。遠くからその光景を目にしたパラサイトキラーがやれやれと頭を振る。

「トーマスに任せればいいものを……」

 誠の怒り。

 今までは帰路を狙われるくらいだった相手が本腰を入れ始めた。自分自身初めて悪党を退けたということもあって自惚れていた。自分の正体がバレている以上あんなことをすればまた興味・関心をひくかもしれないと考えるべきだった。すぐにでも転校なりをするべきだった。もう過ぎたことは仕方ない。今大事なのは大切な人を、友達を、学校の人達を傷つけられているということ。

 誠はノーモーションで、近づく四人のうち二人の手を操作し同士討ちをさせる。誠が動かしたのは彼らの視線の届きにくい手首のスナップだけだった。

 手錠や無力化装置は黒服を二人ずつ捕らえ、身動きを取れなくする。あっという間の出来事に、光子を人質にとっている男が銃を誠に向ける。

「拡張者め……!」

 誠は下ろした左手で銃を弾き飛ばすような動きをとる。男はたまらず銃を放した。

「ぐっ……!?」

 未成年とは思えない殺気を醸し出す誠。

 右手を目の前に突き出し首を締める動作をする。離れた距離にいるはずの男の首に手の跡がくっきりと浮かび上がり、力いっぱい締め上げられる。

「その汚い手を、どけろ……!」

 光子は見覚えのあるその不思議な光景に驚愕する。同様に智樹らも初めて見る誠の姿に呆気を取られた。

 男は必死に手を振り払おうとするが、そこには”何もない”。掴みようがないのだ。虚しくも空を掴む男の両手。

 光子を捕らえていた手が離れる。光子はそのまま誠の方へ走り出す。光子を抱き寄せる誠。男の息の根を止める勢いで締め上げていた。

「誠君! もういいよ! やりすぎ!」

 光子の声が聞こえるまで我を忘れていたようだった。

 力を抜き手を放す。男はひどく咳き込みながら倒れ込んだ。

「誠!!」

 智樹、賢太、大聖らも駆けつける。大聖は脚を引きずっており、智樹と賢太が支えていた。

「大丈夫なのか!? 大聖」

 ああ、と頷く大聖。それしても目の前の非現実的な現象に説明がつかない。

「誠、今のは……?」

 俯き、力のことを打ち明けるのを躊躇う。そこに賢太が割って入る。

「話してる暇、無いみたいだぞ……!」

 残る黒服がこちらを見ている。ただ、向かってくる様子はなかった。その前に大きな怪物が飛んで来たのだから。

 校庭の土が抉り割られる。身長は人間大だが規格外に肥大した筋肉。体中には大量の血管が走り、瞳孔は開き、血走った眼をしていた。まさしく獣。

「みんな、下がって……!」

 誠は腕を振りかぶり、距離をとった状態で応戦する。だが、いくらパンチを放てどトーマスが怯むことはなかった。

「無駄な足掻きだ」

 パラサイトキラーが光子ら四人の前に現れる。大聖が突然姿を見せた男に対し疑問をぶつけた。

「今度はなんだ? あんたも誠を捕まえにでも来たのかっ」

「はあ。俺がここにくる必要はなかった筈なんだがな」

 ため息を吐きつつ、誠を取り逃した黒服達の方を見つめる。

「もうっ、しわけっありません……!」

 誠はなんとか逃げながら、隙を見て攻撃するもトーマスには通用しない。

「……美波野誠。やつは“拡張者”と呼ばれていてな」

 パラサイトキラーは光子達にも聞こえるよう独り言を始める。

「”視認できる範囲なら一方的に干渉できる”という特殊能力を持っている。我々が半年以上かけて調べ上げたデータだ。所謂……”超人”」

 智樹は信じられない男の言葉に戸惑いを隠せなかった。しかし、目の前でこれ以上はない証拠を見せられている。

「一見無敵にも聞こえるこの力だが、それは人間相手なら、の話だ。彼自身は身体能力は常人レベル。攻撃が通用する相手なら圧倒できるが、鉄の壁の前では無力。あの化け物には全く通じないだろう」

 首を締めようにも体中が硬い筋肉で覆われており常に力んでいるような状態だった。誠へトーマスの攻撃により飛び散った校舎のコンクリート片が当たる。たまらず転倒する誠。終わったな、そうパラサイトキラーは高を括った。


「お〜い。俺も混ぜろよ」

 予想だにしない登場だった。


「なっ……! 鷸水薊瞰! なぜ……っ!?」

 次々と現れる、恐らく誠の敵であろう人物達。智樹は混乱しつつも大聖に問う。

「今は下手にここから動かない方が、いいよな?」

 こくりと頷く大聖。

 薊瞰は誠とトーマスを交互に見る。少し悩んだ後、大声で二人の注意を引く。

「メンドくせぇ……おい! どっちが強えかはこの際どうでもいい! かかってこいよ!!」

 愉しそうな顔をしながら両手を大きく広げ無防備なポーズを取る。

 誠を今にも追い詰めそうだったトーマスも、一瞬声のする方を見る。誠はなんとか体を起こしまた逃げ去る。トーマスはまたすぐに誠へシフトし、止めを刺そうとする。

 薊瞰はちらりとパラサイトキラーを見る。勘弁してくれ、とばかりに露骨に嫌がるパラサイトキラー。

「……まあいいか。オイ! 無視は冷たくねえか!?」

 勢いよくトーマスに飛び蹴りを当てる薊瞰。誠を追っていた手を止め、自らに攻撃を仕掛けた人間を見やる。トーマスは再び雄叫びを上げながら薊瞰の脇腹を薙ぎ払う。

「ぐふっ!?」

 数メートルに渡り吹き飛ぶ。遠くからでも数本の骨が折れたであろうことが容易にわかるほどであった。たわいもない障害を潰した、と誠の方へ振り返る。しかし、消えたはずの気配はまだ残されていることに気づく。

 口から血を吐き、立ち上がる者がいた。

「すんげ……この前の奴らより全然痛えじゃねえかよ。ははっ」

 そう言ってトーマスに臆すことなく飛びかかる。パラサイトキラーはまたも薊瞰の耐久力に衝撃を受けた。

 トーマス・グリットは只者ではない。人間を辞めている。ドーピング。特殊なアナボリックステロイドによるパワー向上、モノアミン神経伝達物質の操作、痛覚の完全な遮断、簡単な洗脳。シングウジインダストリーの技術であるものをベースにインプレグネブル・ゴッズが特別仕様で作り上げた短命の怪物。

 コンクリートを粉砕するような一撃を人間が受けて無事で済むはずがない。いや、一撃で死ぬはずだ。だが、現に鷸水薊瞰は数発の攻撃を受けど、トーマスに立ち向かっている。全身が腫れ、裂け、擦れ、血だらけになっていた。

「本当になんなんだ…あいつは…!!」

 誠はひとまず光子達のところに合流していた。

「助っ人……なのか?」

 もっともな智樹の質問に誠はゆっくりと首を横に振る。

「あーあ。このままじゃあ、死んじまうなあ……」

 薊瞰が攻撃の手を緩める。誠よりは効いていた攻撃も、トーマスには然程の脅威にはならなかった。

「死ぬのは……面白くねえ……」そういって深く深呼吸する。

 その場の全員の視線が集まる。

 薊瞰はゆっくりと腰のベルトにぶら下がっていた銀のメリケンサックを取り出す。それぞれに両手の指を通し、磁力で繋がっていた部分を離す。そのまま静かに両拳を顔の前に持ってきた。

(あれは、ボクシング……?)

 薊瞰は無言で待ち構える。痺れを切らしたトーマスが大きく振りかぶり襲いかかる。

 刹那。

 薊瞰のジャブが炸裂する。

「っっ……?」

 何が起こった?

 トーマスの攻撃は躱されていた。地面にははっきりと小さいクレーターのようなものが出来ている。歪む視界。

 荒れ狂うトーマスの連撃。その全てを最小の動作で躱し、ジャブやフックで翻弄していく。

 何より衝撃的なのはその攻撃力だった。トーマスの体に薊瞰の拳がめり込む。一発一発、悲鳴を上げるほど”痛がっていた”。効いているのだ。

 圧倒的な膂力、そんな派手なものでもなく、芯に届く力。

 最早、勝負になっていなかった。

 仕上げと言わんばかりに最後は一発のストレートをお見舞いする。鳩尾に深く突き刺さった拳はトーマスの内臓に深いダメージを与え、やがてその心音を———止めた。


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