20.轟く名前
車をガレージに入れ、シャッターを閉める。
斉藤はガレージ内の電気をつけ、端の椅子に腰掛ける。
「……やっと落ち着いて話せるな」
彈はやや警戒しつつもとりあえずの危険はなさそうだと緊張を解く。
「こうやってちゃんと会うのは二度目だな。覚えてるか?」
申し訳なさそうにする彈。
「はっ、無理もない。お前にとっては数多く救った命のうちの一つなんだからな」
斉藤は胸ポケットから煙草を取り出す。
「……いいか?」
首を縦にふる彈。斉藤は火をつけ、一服をする。
「あの、なんで……」
「別に。借りを返しただけだ。それに、聞きたいこともたくさんある。組織より個人で話したかった。警察の俺が言うことじゃないがな」
やけに肝の据わった刑事を見て新宿での記憶が甦る。
「……あ!」
斉藤は手を振り翳し制し、話を続ける。
「ラプトル。改めてよく見るとモノクロームと違い随分若いな。二十代ってところか」
彈は斉藤に気づかれないように耳の通信機の電源を切った。
「まず聞きたいことは山積みだが、まずは刑事としての質問をさせてくれ」
彈は生唾を飲み込む。
「……弥岳黎一はどこだ?」
想定外の問いかけだった。あの戦いは記憶に新しいが、とっくに警察に逮捕されているとばかり思っていた。
「捕まってないのか……!?」
正直な彈の反応をじっくりと観察する。
「……はあ。何も、知らないようだな」
大きくため息を吐く斉藤。
「なら、一応聞くが凌木市架という男に聞き覚えは?」
「いや……すまない」
なんの手がかりも得られず。目の前のヒーローはこちらの欲しい情報を持ってはいないようだった。
「あ〜あ、終わりだ終わり! ……自己紹介がまだだったな……斉藤文重だ」
手を差し出し握手を求める。それに応じる彈。
「正体を暴いてやりたいところだが、満身創痍とはいえ俺一人なんかあっという間に倒されそうだからな。無駄な詮索はしねえよ」
そうは言うが、ソードにさえ立ち向かった男だ。その気になれば力づくでもマスクを取り、仲間を呼び、捕まえることも出来るはずだ。そうしないのは初めからその気が無いのだろう。
「どうしてこんなことを始めた?」
斉藤は雰囲気の変化をすぐに察知した。
「……話すほどのことじゃない」
「……なら、なんでここまで続けてる。大方、仕返しのようなものだろうが、復讐なら相手を見つければ済む話だ。お前は”活動”として行なっている。つまり、今後も続けるということだろう?」
彈は斉藤の車に寄りかかる。
「単純だ。俺は悲しむ人を少しでも減らすためにやってるだけ。だから犯罪者をコテンパンにする。シンプルな話だろ」
(本心か……?)
ラプトルと呼ばれるその男の眼には揺るぎない信念のようなものを感じた。それでいて、それが全てではないとも。
彼がちょっとやそっとじゃ曲がらないと解る。
「警察がいるじゃないか。“法に捉われないから自由に、迅速に動ける”。お前らの長所とされているところだ。けど、それは周りが見えていない考えだ。規律や秩序は、守る数が多いほどに力を発揮する。ところが法に縛られない輩が出てくると社会が歪みだす。現に強大な力を持った犯罪者が増えているだろ? それに対処する為にもこちらも戦力の増強が必要になる」
自分とモノクロームを苦しめた四人の黒い集団を思い出す彈。
「あれは、そういう……」
「そうだ。お前が相手したのは、新しく設立された犯罪対策組織。特殊犯災対処精鋭部隊、通称———”ジンゴメン”」
組織。そう言うからには、さらに多くの人数がいるのだろうと彈は思った。
一人一人がかなり高い実力の持ち主だった。今後、犯罪者だけでなく自分を追う警察のことも考えるとなると骨が折れる。
「お前らの出番も少なくなるかもな」軽口を言う斉藤。
すると斉藤のケータイが鳴る。流からの電話だった。
「お」
「斉藤さんっ。今どこにいるんですか? 女、捕まったそうじゃないですか。一応調べはしましたけど……」
斉藤は彈に手招きをする。彈はゆっくりと斉藤の元へ行きケータイに耳を近づけた。
「捕まったそうって、お前は見かけてないのか」
電話越しからでも署内の騒がしさが伝わってきた。
「まあいい。で、詳細は?」
流が淡々と説明を始める。
「女の名前は佐野愛夏。二十八歳。会社勤めのOLをやっていました。現在は休職中でかなりの時間が経っています。半ば専業主婦になっていますね。殺されたのは四人。うち二人は夫の渡と息子の雄哉君六歳。残りのもう二人は他人でした。橘恵未、咲母娘は夫、佐野渡の浮気相手だったようです。会社では知らない人はいなかったと。それと過去にも———」
長々と説明を受けた。
「鬱、流産、浮気によるストレスからの発狂、か……」
気の毒、という言葉では簡単には済まされない経緯に言葉のつまる彈。
「お前は知り合いじゃなかったみたいだが、まさか庇いながらモノクロームと敵対するとはな」
脅威は数あれど、ヒーローなどと名乗っているのは二人のみ。彼らのことがもっと知りたい。
「別に、味方でも敵でも無い。ただ、やり方が違う以上ぶつかってしまう、それだけだ」
斉藤は自分が調べた資料を思い出す。
「殺し……か?」
彈の表情が再び、一層強張る。
「お前と奴の共通点は手段が暴力だということ。そして反対に明確な相違点は、悪人を殺すか殺さないか、だ」
そう言って煙草を灰皿に押し付ける。
「ラプトル、お前の行為を立場上容認するわけにはいかないが、お前は殺しはやらない。それは信じていいんだな?」
斉藤はしっかりと彈の瞳を見つめる。一呼吸おいて頷く彈。
「ああ」
「そうか……。じゃあ、今日はもう帰っていいぞ」
渦中の自分に対する刑事の言葉とは思えなかった。
「佐野愛夏のことは安心しろ。警察がしっかりと面倒をみる」
話が終わった。彈はひとまず帰ることにした。最後に、と斉藤に引き止められる。
「これだけは言っておく。今回は、いや、俺は特例だと思えよ。警察はお前の味方じゃない」
作戦会議室で胎田が時任を揶揄う。
「逃げられたの? 四人もいて? 指揮が甘いんじゃない?」
苛立ちを隠し、時任が答える。
「……奴らは勝てないと踏んだから逃げた。次はない」
「次、ねえ」
煽るように言い放つ。
「我々の力は示した。実に素晴らしい戦力だった。……法を破る者どもが蔓延る世界はもう終わる」
「ま、僕はいいんだけどね。本腰はこれから入れるんだから」
資料を時任の前の机の上に放り投げる。
「? ……! これは!?」
時任の顔色が変わる。反対に胎田は怪しい笑みを浮かべた。
パラサイトキラーがカイアスに迫る。
「ふざけた真似は二度とするなよ」
「はいはい」
カイアスは面倒そうに受け流す。その様子を由眼家が見ていた。
「カイアス・エヴォルソン。お前は金さえもらえば仕事は完璧に。評判を知っているからこそ俺と似ていると思っていたんだがな。とんだ見当違いだった」
依頼主は絶対。仕事はきっちりこなす。信頼を重きにおいているパラサイトキラーだからこそ癇に触るものがあった。相も変わらず当のカイアスはへらへらとしている。
「おい。あんたはいいのか。インプレグネブル・ゴッズにも報告するべきだ」
らしくなく気の立っているパラサイトキラーに手を翳し、宥めるジェスチャーをする。
「いい。好きにさせておけ。カイアスは元よりあのギャングの一員ではない。それに、拡張者を捕まえさえすれば多少の自由は目を瞑ることになっている」
由眼家の甘い一言に納得のいかない様子を見せる。
「護衛として名高いパラサイトキラー。頭が固いってのは噂通りだな」
「……安い挑発だ」
冷静さを取り戻そうとする。
「あんたとレッドスプレー。日本の“業界人”と言えばこの二人だが、どちらも生真面目ゆえに扱いづらいらしいな。なあ、やつも呼んでくれよ」
「ただの腐れ縁だ。今の居所など知らん」
カイアスが手元にショットガンを出現させてみせる。
「お前らが相当強いのはわかる。けど、俺には勝てない。俺の力知ってるだろ? あんたの得物を奪って終わりだ」
落ち着いて言葉を返す。
「負けはしない」
「はあ? 徒手格闘だけでどうにかなるとでも? 俺は基本飛び道具を使うんだぞ?」
パラサイトキラーが鋭い眼光をカイアスに向ける。
「素手でも負けない。遮蔽物を利用する。無ければ予備動作を見極め弾を避ける。やりようは幾いくらでもある。レッドスプレー……奴でも同じことを言うだろう」
カイアスは虚勢だと分かってはいたが、そう言うパラサイトキラーには妙な説得力があった。由眼家が手を叩く。
「そこまでだ。もういいだろう。確かに契約内容には無いが、カイアスの行動は引き続き黙認する。拡張者に関してはトーマス・グリットが捕獲する。他全般の対処はうちの若いのとパラサイトキラーが行う」
カイアスは銃を消し、部屋の扉を蹴り出た。
すれ違う度、由眼家の部下達が挨拶をする。カイアスは意に介さず歩みを進めた。
「ちっ、俺を戦闘狂なんかと思うなよ。俺は……
“愉しいこと”が好きなんだ」
「もう来週は年明けか〜早いな〜」
智樹が両手を頭に添え天井を見上げる。
「今年は世間も色々すごかったけど、後半の誠の暴れっぷりもすごかったな〜」
「あまり言ってやるな」大聖がすかさずフォローを入れる。
誠は耳を赤くしながらも充実した毎日に満足していた。
年末。
明日から冬休みだ。今年は本当にいろいろなことがあった。誠は日々を振り返る。
テレビではヒーローの出現が数多く取り上げられ、自分は力を隠そうとしなかったため怪しい大人に追いかけられたり、初めて自発的に悪い人を傷つけたり、恋愛に片足を突っ込んだり。
下校の時間になった。
部活も年末年始の冬休みは休みのところも多い。普段よりも多くの人が一斉に帰路に就いていた。自分達もと、四人で帰宅の準備をする。光子とは、毎日だと面倒くさい、との理由から一緒に帰る頻度が減っていた。
「……?」
やけに校門が騒がしい。
多くの生徒が集まっていた。壁が出来ており、なかなか見えそうにない。背伸びをして確認する誠。そこには、人とは思えない筋肉量をした怪物が立っていた。その周囲には自分を追っていた黒服が数人見て取れた。
「なんだ……あれ……」
トーマスは息を荒くしつつも無言で佇んでいる。
「なにこれ。映画の撮影?」「いや、違うだろ。ボディビル ダーじゃね?」「筋肉ヤバっ」「人形には見えないけどね……」「てか学校の敷地内勝手に入っていいわけ?」「聞いてる?」「いや」
遠くからパラサイトキラーが無線を通して部下の一人に指示を下す。
黒服の一人がトーマスに叫ぶ。
「拡張者を見つけ出し捕獲しろ! 手段は問わない! 邪魔立てする奴は蹴散らせ!!」
トーマスが体中に血管を浮かび上がらせ猛り狂う。
「カ、カクチョウ、シャ……ウ、ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
嫌な予感がした。誠は怪物の一番近くにいる男子生徒の襟を掴み手前に引き寄せる。
トーマスの恐ろしい体躯から繰り出される左の薙ぎは、大きな空振り音をさせた。男子生徒はぺたんと倒れ込む。
二撃目。右で地面を抉りながら爪を突き立て下方から上方へ払う。また近くの狙われた生徒を怪物と逆方向に引っ張り、助ける。
深く抉られた地面、異常な眼前の怪物を見て生徒達が叫び、逃げ出す。慌てふためく金切り声で埋め尽くされた。黒服の大人達も同時に動き出し、生徒を殴り捕らえていく。
「拡張者はどこだっ」
活伸高校から多くの悲鳴が聞こえてくる。その声を頼りに一人の男が近づいていた。
「随分、楽しそうだなあ……」
男は笑みを隠せないでいた。