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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第2章.飛翔
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19.矜持


 遠くのビル屋上から寝そべり、狙撃の体勢をとっているカイアス。

 照準器から彈達の様子を見ている。

「確かに、ありゃただの人間にしては強いな」

 隣にはパラサイトキラーが同じ方向を見ていた。卓越した戦闘能力を有した二人の闘いに驚きを隠せない。

「“鷸水薊瞰(しぎみずあさみ)”の他にもこんなにも……ニュースで見聞きするよりずっと厄介そうだな」

「鷸水?」

「この前話した、“ビーター”と呼ばれている男だ。先日素性が分かった。奴は一番危惧すべき存在だと俺は考えている」

 ふーん、と興味なさげにカイアスが返事する。今は目の前のことに夢中なようだ。

「しかし、トーマス・グリット……だったか? 作戦までお前が近くに居なくて大丈夫なのか?」

 カイアスは体勢を崩さないまま答える。

「あいつは指示があって初めて動く。作戦当日に〇〇を殺せ、だとかいう明確な命令があるまではただの置き物同然だ」

「……ならいいんだが」

「あ、指示を出した後は近づくなよ? 巻き込まれない保証はないからな」


 二人の息が上がる。

 実力は拮抗していたが、モノクロームのスーツの方が僅かに衝撃吸収の性能が高かった。

「あんたを殺す気はないし、殺したくはない。その女だって警察を撒いたつもりかもしれないが、直に囲まれるぞ」

 モノクロームの正論に彈は返す言葉もない。

「別に彼女を助けるわけじゃない。ただお前に殺されるよりは警察に引き渡した方が良いと踏んだだけだ」

「だ〜か〜らァ〜、人の命は人の命でしか償えない! 時間ってのは天秤にかけるにはあまりにもお門違いだ。人間の心ほど他者に見えない不確かなものは無い。死刑という制度がこの世界に在る以上、俺は、殺人者を罰するにはこれしか無いと思ってる」

 制度? 裁判もしないで何を言っているのか。警察は血眼で探しているだろう。あと数分時間を稼げればいい。

 仕方がないか、と彈は腹を決める。

「……俺も、“人を殺したことがある”」

「あ? あの大量殺人か、ありゃあんたじゃねえんだろ? 世間だって信じちゃいねえだろう」

 拳を握りしめる。

「違う。確かにあれは俺じゃあない。けど、俺はその前に……一人を手にかけている」

 モノクロームの動きが止まる。十二分に、相手の出すプレッシャーが変わったのを感じた。

「…………そうか、そうかよ。ラプトル、あんたも俺と同じ存在になろうとしたのか? でも、なれなかったのか。……なら、そいつらクズどもと同類だなァ!」

 脛の武装を展開し、殺意を剥き出しに襲いかかる。モノクロームの蹴りの威力に切れ味が加わればどれだけの脅威になるか、分からない彈ではなかった。

「初めて会ったときも、正直人殺しだとは思わなかった。大量殺人を否定されて納得がいった。だが……“本当に殺っていたとはな”!」

「お前はいいのかよ!」

「言ったろ! 俺は“必要悪”だ! 弥岳黎一、あいつは事を成した後、自らも命を断つということで全てを終わらせるつもりだったようだが、俺は違う!」

 ソードとの戦いを思い出す。いくら防刃と言えど普通の“裂傷”を想定し作られている。これは完全に”切断”の域だ。

「この社会という仕組みがある限り、一定のバランスというものがある限り、殺人を含めた犯罪というのは絶対に起こりうる! そうなるようになってんだよ! だから、俺は死ぬまで、少しでも秩序を守るため、罪人は……殺す!!」

 刃に意識が向かっているのを逆手に足裏で彈の腹に蹴りをねじ込む。彈は後方に飛び威力の分散を試みるが、それでも相当のダメージがあった。

 女性の近くに倒れ込む彈。先程の出会い頭に比べると呼吸も整い、冷静さを取り戻しているようだった。

「……名前は?」

「……え?」

「名前。聞いて、なかったからさ」

 彈は痛みをこらえつつ立ち上がる。

「佐野、愛夏です……」

「そっか。……佐野さん、あなたにどんな事情がかるのかは分からない。けど、しっかり警察で詳細を話すべきだ。逃げてるだけじゃ何も変わらないよ」

 耳にタコができるほど聞き飽きたような言葉だった。だが、目の前の男の声は、とても暖かかった。

「でも、私……取り返しのつかないことを……」

 彈は背を向け、強い言葉で語りかける。

「取り返しなんてもんは……いつでもつく!」

 走り出し、全霊でモノクロームと拳を交える。


「ヒーローの現場に遭遇したのは良いが、気軽に割って入れるような状況じゃないな」

 斉藤は少し離れた建物の影から二人の交戦を見ていた。車は少し離れたところに止めてある。殺人事件があったのは無線で聞いてたがドンピシャでその場を引き当てるとは、自分で自分に驚く。

 ケータイを取り出し電話をかける。

「……お疲れ様です! 流です。どうしたんですか? 電話なんて珍しいじゃないですか。それに今日は」

「今、俺の目の前にラプトルとモノクローム両名が揃ってる。それに捜索中の殺人容疑の女も一緒だ」

 情報量の多さにたじろぐ流。

「え!? ち、ちょっと大事じゃないですか! ラプ」

「詳しい話は後だ。お前今署内にいるだろ? そっちはどうなってる」

 またも流の話を遮る。

「そりゃあ、その殺人犯を探してますよ! 今どこなんですか!?」

「女の素性を洗っておいてくれ。俺は状況に応じて二人のどちらかを尾行する」

 斉藤の無茶な発言に小声で周りに配慮しながらも止めようとする。

「そんな! 危険ですよ! 第一、一人で勝手な行動なんて……また小鳥遊さんにとやかく言われますよ!」

「まあ、頼むわ」

 ぶつり。荒っぽく切られてしまった。

「ああ〜もう! あの人は!」

 流が苛立った様子でデスクに座りパソコンを開く。すると、聞き捨てならない会話が聞こえてきた。

「おい、試験的に例の新しい部隊、動かすらしいぞ」「まじかよ」

(!?)

 まずいことになった。

 実際に目の当たりにしている流は、直感で部隊の底知れなさを知っている。斉藤にかけ直すも、相手に繋がることはなかった。


 ラプトルとモノクロームの血みどろの戦いは未だ決着がつかずにいた。

 モノクロームは塵ほどの小ささではあるが、焦燥を抱えていた。自身の方が優れた装備を身に纏っている、そう確信しているからこそ勝敗のつかない現状に驚いていたのである。ごく僅かにだが相手の力量の方が上だと認めざるを得ない。

 遠くのカイアスが口を開く。

「ジリ貧だな……なにかもう一捻り、展開が欲しいな」

 ゆっくりとライフルの照準を彈に合わせる。次にモノクローム、そして佐野愛夏。三人を順繰りに狙う。

「ど・れ・に・し・よ・う・か・な〜」

 今にも目の前で人を殺そうとするカイアスをパラサイトキラーが止めに入るも間に合わなかった。

「……女にするか」

 照準を合わせ、その引き金を引く。発砲音とともに弾丸が対象の元へ一直線に進む。

 刹那。

 “赤い影”が横切り、弾丸は弾かれた。

「お前! 何やってる。仕事に無い殺しはするな、余計な情報を与えるな」

 パラサイトキラーの声はカイアスには届かない。

 確実に頭を狙ったはずだ。それにこのバレットM82なら外れても地面が抉れる筈だ。あの影はなんだ?

 二人が戦闘をしていると、突然サイレンの音が鳴る。パトカーが近づいてくる様子はなかった為、二人は呆気にとられた。

「……っ!?」

「なんだ? サツにしちゃあ……」

 ラプトルとモノクロームの前に黒い特殊なスーツに身を包んだ四人の男達が現れる。

 人体模型のように剥き出しになった筋肉や骨の意匠を組み込んだ流線的なフォルム。表情の読み取れない、気味の悪い感覚だった。それはマスクをしてるからというだけではなかった。

 一人に対して二人がかりで向かってくる。

 彈に対しての攻撃。避けたその攻撃は地面に罅を入れる。激しい戦いのせいで二人はすでに疲弊しきっている。それに加え、目の前の敵は圧倒的な強さを誇っていた。

 まるであの時の、ペスティサイドの奴らの武装と酷似している。威力もそうだが、直感でそう思った。

 彈は地面に押さえつけられる。向こうでは愛夏もすでに取り押さえられていた。

「くっ……」

 モノクロームは脚の武装もあってか、男達と辛うじて戦えていた。彈と違い、殺さない手加減も必要ない。

「ラプトルにモノクローム! 大人しく投降しろ。我々は貴様らのような厄介者を捕らえる為作られた」

 メガホンを手に取り、技術顧問の時任が語りかける。

 彈は抵抗を試みるもびくともしない。一人の力ですら人を凌駕したものであった。二人がかりで押さえつけられているこの状況では離脱は難しかった。モノクロームも、強化されているであろう二人を万全ではないこの状態で相手するのは些か気が引けた。

「ちっ、癪だが今は逃げるが先決だな」

 腰元から手のひらサイズの球体の機器を取り出す。スイッチを押し、空中に放り投げる。その場一帯を眩い光が激しく包む。

 彈は押さえていた手の力が微かに緩むのを見逃さなかった。即座に二人を振り払い、蹴りでエスケイプする。

「うわっ!」

 視界がぼやけている中、“手を引かれた”。

「!?」


「くそっ! ビジランテどもを逃すな!」

 時任の叫びも虚しく、光が収まった頃にはラプトルとモノクロームの姿は無かった。


「はあっ、はあっ……」

 わけもわからず走ってきた。ゆっくりと目を開けると中年の男性が息を切らしていた。

「ぜーっ、ぜーっ。……ラプトル。とりあえず車に乗れ。話はそれからだ」

 彈は、どこかで見覚えがあったその男性の言うことを素直に聞き入れ、車へ乗り込んだ。


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