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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第1章.孵化
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2.活動開始


 遺族の啜り泣く声が聞こえる。

 笑顔で送り出そう、などと言う者は参列者の中には一人としていない。凄惨な死因を前に、ただ悲しむ他なかった。

 ———ただ一人を除いて。

 女子大生強姦致死事件は現在、犯行グループを逮捕することなく依然、捜索が続いている。


 事件から二週間が経った。金髪の青年は日々を憂いていた。

 随分とあいつの顔を見ていない。何が単位は取れてるから心配はしないでくれ、だ。何回かあいつの家にも足を運んだが、どの時も留守にしていた。変な考えに及んでいないだろうか。

 そう考えていると、数日間空いていた隣の席が動いた。

「! 彈!? お前ずっと何してたんだよ!」

「悪い。心配かけたのは謝る。これからは極力顔出す」

 それだけ? 思いもよらぬ軽い返答に呆気をとられた。一瞬、何か別人のような雰囲気を感じ取った。

「? どうした? ほら、ノート開けよ」

 顔色も特別悪くはなさそうだし、と不安を拭い去る聡。


「今日は久しぶりなんだし、飯でもいかね?」

 楽しげに誘う聡をよそに、「この後用事があるんだ。また今度にしてくれ」と断る彈。

「えーっ」

 そそくさと帰る彈に置いていかれる聡。ちぇっ、帰り道がつまらないなあ、とボヤく声も人混みに掻き消された。


 鳴り響く音。激しい攻防。打撃に次ぐ打撃。一方の攻撃をもう一方が軽くあしらっている。

 一瞬の隙、片腕を取られ制圧される。たまらず床を二回叩く。

「はぁっはぁっ、まだ一本も取れないな」

 悔しげに彈が言う。

「レッド。今ので何割くらいなんだ?」

「二割くらいかなあ? でもお前、筋はいいからな。抜かれないようにしないとな」

 長身の男、レッドが冗談混じりに笑う。

「さ、組手はこれくらいだ。締めのトレーニングやっちまえ」

 あの夜以降、こうして特訓まがいのことをしている。戦闘に関連する知識を覚え、実演を交えひたすらに組手練習、そして体づくりのトレーニング。簡単なこの三つをひたすらに繰り返していた。苦悶の表情を見せながらも彈はメニューを続けている。

「持久系、瞬発系、神経系、全てメニューに組み込んである。限界まで追い込めよ〜」

 ほんの二週間だが最初に比べると随分と見れる程度にはなった。あの日そのまま見切り発車で自警行為になど及んでいたら、どこかのチンピラにでも刺され死んでいただろう。廃れた廃墟の中、二人は密度の濃い時間を過ごしてきたのだった。

 黙々とトレーニングを行う彈に目をやりつつ、レッドはテーブルの上にあるノートパソコンを見る。そこには、傍受したであろう街の監視カメラの映像が映し出されていた。

 人気のない駐車場、辺りは暗い中、身の丈二メートルを超える巨躯の男。対峙するは、全身が赤黒く染まった人型の異形。男が拳を振り上げる刹那、瞬く間に体は宙に浮き、後方あった車に衝突、男は動かなくなっていた。

 怪人とも呼べる”それ”はカメラを一瞥したが、気にも留めない様子で跳躍し、姿を消した。

 およそ現実とは思えないその光景を、レッドは神妙な面持ちで眺めていた。


 午前一時。帰路に就く彈。

 この生活にはまだ慣れないが、たった数日でも習慣をつけることで自分が変わっていっているのを感じる。

 殺しはしない。そうレッドに誓った。だが、悪人や罪人を一秒でも早く根絶やしにする。それが自分のすべきこと、いや、やりたいことだ。

 ふと家の食材が減っていたことを思い出す。カップラーメンでも買って帰るか、と近くのコンビニエンスストアに向かう。

 二十四時間利用できるというのは便利なものだ。棚を物色し、軽食を買い揃えて店を後にした。束の間、二人組の黒ずくめの男達が足早に彈と入れ違う。

 強盗だ。

 一瞬ではあったが一人は包丁、一人は中くらいの鞄を持っていた。

 見逃す気にはなれなかった。いざという時のために背中のリュックの中には茶色のスカーフが、上着の下には茶色いTシャツを着込んでいた。

「……よし」


「恐らくお前の活動は夜がメインになるだろ? なら茶色い服なんかで統一したらどうだ? 俺みたいなプロじゃないんだ、正体がバレるわけにはいかないからな」

 質問を投げかける彈。

「なんで茶色?」

「ん? まあ黒が夜目に利かないってのはあるが、お前の場合はただ夜活動するだけじゃない。本当の暗がりで戦うこともあるかもしれない。そんなときは多少色味の違う方が自分の五体の判別がつく。それに肌にも溶け込むだろ、黒よりはな」

 レッドは得意げにそう言った。


 金、そして乱雑に入れたコンビニの商品の入ったカバンを手に男二人は店を出た。走り続けた足を止め、建物の間の裏路地に逃げ込んだ。

「上手くいったな。へへっ、コイツちらつかせりゃあこんなもんよ」

「ああ。万引きなんかよりよっぽど楽で手っ取り早えや。コソコソせずに済むしな」

 瞬間、気がついた。スカーフで口元を大きく覆った男が裏路地を塞ぐように立っている。

 動揺する二人組。

「なんだ? てめえ」

 返答はなく、ただ男達を睨みつける。

「おい。聞こえてんのか。さっさとどっかいけ」

「……コンビニ強盗か」

 驚きを隠せない男達。長髪の男が無言で包丁を突き立てる。

「今すぐ出頭しろ。なら危害は加えない」

「はっ。バカか。強盗だからって、てめえ一人ぶっ殺すのなんて、ワケねえんだぜ?」

「だろうな」

 男が襲いかかる。

 体を半身にし、するりと包丁を避ける彈。すぐさま掴んだ相手の手首を返し、もう片方の手のひらで男の肘を押し曲げる。本来とは逆方向に向いた腕に男は顔を歪める。

「ぐわぁっ! ……い、いでぇ、許じで……」

 追い討ちをかけるよう跪いた男の顔を蹴り下ろす。

「ひっ、ひいぃぃ! な、何でもしますから勘弁して下さい……!」

 失禁をしながら許しを乞う男に呆れる彈。もう二度とするんじゃないと釘を刺し、男を逃した。念の為、と倒れた男のケータイで百十九番を掛け、乱雑に放り投げた。


「はあ!? 何考えてる! こんな短期間で自分が超人にでもなったつもりか?」

 声を荒げるレッド。怒りというよりは心配の声色だった。

「時期を待つなんて言った覚えはない。いつだって俺は屑を見かけたら、少しでも被害が大きくなる前に叩きのめすって決めてた。何より、今回は無事だったんだからいいだろ」彈に反省の色は無い。

「あのなあ」

 予定を狂わされたのか、頭を悩ませるレッド。

「……まあいい。こっちも急ピッチで進める。今日は組手は無しだ。サンドバッグでも打ってろ」

「えっ、オイ!」

(ったく……心配してくれてるのはありがたいが、組手が一番タメになるんだけどなあ)


 レッドはソファーに座り込み電話をかけた。

「……あら、引退されたご隠居さんが何の用かしら」

 通話の相手は裏の世界の情報屋兼仲買人の辻本亜莉紗だ。嘗てはレッドと依頼人との間の仕事の情報伝達や報酬の授受、その他サポートを行っていた。

「声からだけで、厚化粧なのが伝わってくるな。このまま年を重ねれば死に際の君はさぞ美しいんだろう」

「相変わらず嬉しいこと言ってくれるわねー。切るわよ?」

「わー! 待ってくれ! れ、例の件だよ。なるだけ早く作ってくれないかな」

 日も浅く、あまり交友関係の知れないレッドだが彼女のことは信頼しているんだろう。彈は遠巻きにそう思っていた。

「まったく……あたしはメカニックじゃないのよ? ダニエル本人に頼めば良いじゃない」

「勘弁してくれ。あいつ苦手なんだよ、何考えてるかわかんないし。第一、奴を上手く扱えるのはお前くらいなもんだろう?」

 ただをこねるレッドに対し、折れた様子の亜莉紗。

「……分かったわよ。坊やは頑張ってる? 一日でも早くおじさんを安心させてあげてね〜」

 別れ際、大きな声で彈に語りかける。彈は仕方なく答える。

「言われなくて、もっ!」語気を強めると同時に拳を繰り出し、サンドバッグが激しく揺れる。

 亜莉紗は二人の関係、経緯を知る唯一の人物だ。

「終わったらトレーニングだ。いいか、体づくりってのはストレッチによる柔軟性、筋トレによる体の破壊、大量の食事。これらこそが一番大事になってくる」

 聞き慣れたフレーズに飽き飽きの彈。サンドバッグ、これもトレーニングだろ、内心そう思った。

「全て終えたら、帰って爆睡! それが最強への近道だ」

 出来ることはする。彈にはそれしかなかった。

 ただがむしゃらにトレーニングに打ち込んだ。強さが必要だ。強さという裏付けが無ければ奴らには対抗できない。迅速な対応が出来なければ悲劇を未然に防げない。

 ———あの時の憎悪のみが彈を突き動かす。


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