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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
第2章.飛翔
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13.力の使い途


 パニックに陥る池袋駅。

 人混みのなか、人々は阿鼻叫喚を窮めた。

 弥岳率いるぺスティサイドは虐殺を開始した。信徒達は皆、深緑色の特殊スーツのようなものを着ている。まさに新宿での大量殺人事件を彷彿とさせる。己が五体のみを使って人を次々と肉塊にしていく。


 怪力。

 全員がそう呼べるほどの圧倒的膂力を持ち合わせていた。常駐していた警察や警備もまるで歯が立たない。

 弥岳は女・子供そして老人を含めた、ありとあらゆる人間の殺戮を敢行する。その巨躯から滲み出る圧から、逃げられずただ立ち尽くしている者も少なくなかった。

 騒がしい喧騒の中、人混みを掻き分けるようにして遠くから人影がやってくる。弥岳の眼前に勢いのついた足が飛び込んでくる。即座にガードする弥岳。噂のヒーローのお出ましだった。

 騒ぎを聞き、駆けつけた彈。

 なんだこの状況は? 目の前の大きな体格の男を見る。

 ぺスティサイド。警戒していた新興宗教団体。亜莉紗に調べて貰ってはいたが、口コミ以上の情報は得られず得体の知れない集団だということだけが分かっていた。具体的な証拠がなければ動けずにいたが、こんなにも突飛な強行策をとるのには驚いた。

「あんたら、ぺスティサイド、とか言ったな。こんなことして……一体何が目的だっ」

 頭部を覆っている弥岳だが、目元だけでその笑みが伝わってくる。

「よくぞ聞いてくれました! ……あなたはラプトルですね? 私は弥岳黎一。ぺスティサイドの教祖を務めています。この国のヒーローに会えるとは嬉しい限りです。簡単に、シンプルに、単純明快にっ! ……教えて差し上げましょう」

 弥岳が天を仰ぎ、高らかと語り始める。周りでは尚も人々が殺され続けている。

「まずはその手を止めてから話せっ!」

 彈は信徒に狙いを定める。ところが視界の外から、弥岳が投げた“自動改札”が飛んでくる。彈の目の前でそれは大きな音を上げた。あまりに現実味のない光景に彈は愕然とした。

「今は私とお話ししましょう」

 仕方がない、と彈は弥岳に攻撃する。が、それより速く弥岳の拳が彈を掠め、地面に当たる。地面は凹み、亀裂が出来ていた。およそ人の力ではない。

輪廻転生(りんねてんしょう)。人は死後、生まれ変わり新たな生を受けます。昨今、現代では多くの犯罪、紛争が起きています。欲に塗れ、金や権力といったものに目が眩み、いつしか人は汚れていってしまいました。……今、この社会は“害虫”で溢れかえっています。害虫は一匹だけで環境に悪影響を及ぼす。ならば根元を断つ、もしくは一斉に駆除をしなければなりません。その役目を我々が担っている、ということです」

 荒唐無稽な話に警戒しつつ攻撃をしかける彈。弥岳はガードをしながら話し続ける。

「無論、この世界の人間の駆除が完了したら我々も後を追うつもりです。そうすれば、全てはリセットされ、新たな社会が訪れます。その世界では前世を省み、穢れることのない素晴らしい世界が広がっていることでしょう」

 鉄板を曲げ、コンクリートブロックを粉砕する拳。

「その崇高な儀式の邪魔はしないで頂きたい……!」

 弥岳の攻撃を避けながら彈は胸元から亜莉紗から貰った通信機を取り出す。

 起動。

「もしもし? 初めてね。ってことは……坊や今ヤバい状況?」

「池袋でテロが起こった。前言ったぺスティサイドだ。奴ら、ありえないパワーを持ってる」

 弥岳の攻撃により地面や壁は粉々に崩れていた。

「一発貰ったらアウトだ」

 亜莉紗が急いで調べる。

「画像・映像確認。これは、恐らく強化スーツのようなものね」

「強化スーツ……ダニエルでも作れるのか?」

「作れるは作れるかもしれないけど、彼はこんな奴らからの仕事は受けないわ。別の誰かの仕業でしょうね。単純に身体能力が人の数倍はあるわね」

「道理で壁や床に穴を開けれるわけだ」

 中でもリーダーである弥岳のスーツが別格なのは明らかだった。

「よく見ると動きは全員がまったくの素人だ。老若男女が混在していて、格闘術を習っていないどころか、実践経験があるかも怪しい。まあ、それを踏まえてもあのスーツは少々面倒だな」

 彈は弥岳からなんとか距離を取り、信徒と交戦する。一体一では彈には勝てない。信徒達は攻撃を悉く避けられ、彈の拳や蹴りをくらう。

 このままヒットアンドアウェーでいけばなんとかなるかも知れない。問題は弥岳だ。

 弥岳黎一は全く動揺していなかった。それどころか、やけに嬉しそうに彈に近づいてくる。

「いやあ、お強いですね。国民が心の支えにするわけだ。ですが……あなたは恐らくただの人間だ。それ以上でも以下でもない。あなたは”一人”だ」

 不敵な笑みを浮かべ嘲笑う。

「……? どういう意味だ」

 亜莉紗が焦り声で連絡する。

「坊や! 今、渋谷・新宿・赤坂・板橋で同時多発的に奴らの信徒がテロを起こしてる!」

「なっ……!」

 彈は驚愕する。弥岳を睨みつける。

「我々は五つの部隊に分かれてましてね。より多くの人を同日に送って差し上げる。これが一番良いのです。そして着実に、日本国民全員、そして世界へと……」

 くそっ。手が回らない。一人、とはそういうことか。彈は苛立いらだちながらも呼吸を整え、弥岳を見る。

「……一つずつ潰していけばいいだけだ」

「ほう。出来るのですか? あなたにっ!」

 いくらダニエル製のコスチュームを身に纏っているからといって、あのパンチをくらえばただでは済まないだろう。骨折……いや潰れるかもしれない。

 それでも彈は果敢に立ち向かうことを選択した。

 ニュースでは各地の報道が流れていた。

「東京約五ヶ所にて集団テロが発生している模様です! 近くにいる方はすぐに避難してください!」

 他の四つの場所でも同様に信徒達が人を殺害している。

「……っ!」

 リーダーなだけあって格闘の素人なれど、”元から強いタイプ”だ。あの強化スーツと奴の組み合わせは厄介。一人ならまだしも、周りの信徒も加勢に加わる。彈が手を焼いていると、運悪く弥岳の拳が当たってしまった。

 威力を殺す為、後方に飛んだが、あまりの力に彈は十数メートルほど吹き飛んだ。

「さて……詰み、ですかね……」

 攻撃を相殺しきれず衝撃で肺が圧迫される。ダメージは相当なものだった。

 どうすれば。

 すでに、新宿の一件ほどではないが、かなりの数の死者が出ている。絶望的状況。彈は考えを必死に巡らせた。

 その時、亜莉紗からある通信が入る。


 新宿。

 混乱した人の中を一人の男が悠々と歩いてくる。白いマントを靡かせて。

「布石は打った。いよいよ全貌のお披露目だ……」


 赤坂。

 騒ぎの中、信徒の一人が宙を舞う。信徒達の視線は一人の男に集められる。

「何奴!? 我々の“社会”転生の儀を邪魔立てする者は断じて許さん!」

 信徒の数人が飛びかかる。

「こんな楽しそうなこと急に勝手にやるなんてよ……水臭えじゃねえか!」

 赤黒い髪の男が猛る。


「最悪じゃねえか……」

 そう言いつつも彈はにやりと笑った。

「亜莉紗! 何かあったら連絡くれ!」

 戦闘を続ける彈。

「何かって……彼ら放っておいていいの!?」

「モノクロームは仮にも“ヒーロー”だ、今回ばかりを手を借りるしかない! もう一人のやつも一般人には手を出さず、こいつらとだけ交戦してるんだろ? ならそのままで大丈夫だっ。行きずりの状況は有効に使うっ」

 彈は弥岳や信徒の攻撃を巧みに避け、そのまま走り出した。

「なっ……! 彼は大きな脅威です。絶対に捕まえなさい!」

 弥岳達が彈の後を追う。


 人や改札を超え、彈が走りついた先は電車の中だった。

 追手もすんでのところで乗り込んだ。騒ぎの影響で車内に人はほぼ居ない。

「先頭側の車両にいるはずです! お行きなさい!」

 信徒達はどんどんと車両を突き進んでいく。六つほど進んだ先に彈が待ち構えていた。

「戦いにくい人数なら戦いやすい環境にするまで」


 モノクロームが信徒達を蹴る。蹴る。蹴る。

 迫る攻撃を脚で払い、受け、そのまま攻めに転じる。蹴り上げ、前蹴り、飛び蹴り、回し蹴り、後ろ蹴り、後ろ回し蹴り、膝蹴り、脚払い、踵落とし、多種多様な脚技で信徒を対処していく。

 信徒の一人の拳が当たる。

「っっ! ……あ? こんなもんかよ」

「え」

 特製のスーツと頑丈なモノクロームには信徒の打撃はそれほどの脅威にはならなかった。気づけば優勢のモノクロームの周囲には、ケータイのカメラを向ける一般人の姿があった。

「あれって、ヒーロー……?」

 聞こえてくる声にモノクロームは大声で答える。

「ははっ。ここらで締めに入るか……俺はモノクローム! 悪しき罪人を断罪する正義のヒーローだ!」

 最近聞き覚えのある名前に民衆は驚く。

「モノクロームってあの?」「ラプトルに続くヒーローだろ?」「でもラプトルより残酷だって」「首切りの、だよな……」

 モノクロームは片足を上げる。

「集客としてのショーは充分、功を奏した。さあ! ここらで……死刑執行だ」

 スーツの脛の部分から刃が飛び出す。モノクロームの蹴りに鋭い切れ味が加わればどうなるか、想像に難くない。脚を振り、風切り音を生みだし、信徒達をスーツごと切り裂く。

「悪者どもめっ! おしおきだァ……」


 ビルの屋上から右目レンズのスコープ機能を使って騒ぎを見ているパラサイトキラー。

「ビーター……! こんな目立つところにも姿を見せるのかっ。よくわからん連中と共倒れになってくれればいいが……まあ無理だろうな」

 彼の予想通りぺスティサイド信徒達はビーターと呼ばれる男に対し苦戦を強いられていた。

「こいつ、ほんとに人間か!?」

 すでにボロボロになりながらも、倒れる気配はない。ビーターはいつも通り戦いを愉しんでいた。

「すげえパワーだ、その服のおかげか? なんでもいい、もっとだ、もっとギリギリの殺し合いを楽しませてくれ……!」

 信徒の攻撃を避けずに、己の拳を、蹴りを当てる。痛みを受け、与える。

 まさに血みどろの戦いであった。


 渋谷。

「なんで塾の帰りにこんなことになってるんだよ……!」

 彈に助けられた経験のある青年、美波野誠。

 彼は特異な能力を持っているが故に多難な人生を送ってきた。現在建物の裏に隠れているが、見つかるのも時間の問題だろう。

 目の前でテロリストが人を殺している。自身とは異なるが、恐らく人智を超えるレベルの力で。自分が出る幕ではない。むしろ、どこかで誰かに見られたら、撮影でもされていたら、そう思った。

 人々の悲鳴が体に響き渡る。足が震える。

「誰か……」

 ヒーローの登場を願う。止まない叫び声。

 また逃げるのか?

 誠には彼にとってのヒーローがいた。ラプトルでもモノクロームでもない。


 人体実験を目的とする研究組織から追われていた。

 彼は能力をほんの些細な人助けに使っていた。人の目など気にしていなかったのだ。超能力だのがネットで囁かれ始めた頃には、追われるようなことがしばしば会った。ヤバい連中だと本能でわかった誠は、逃げに逃げた。

 顔や身分ごと晒されていたこともある誠だが、理由は分からずとも、火消しのために家族や学校が全精力を尽くしてくれたおかげでなんとか通常の生活を送ることが出来始めた。

 だが完全に迫り来る手が途絶えることはなく、とうとう強行手段に乗り込む連中も出てき始め、誠は力を使い始める。

 ある日、誠はいつも通り追手を出来るだけ傷つけないように足止めを試みるも、隙を見せ拳銃を向けられてしまった。

 発砲。

 恐る恐る目を開くと、そこには三十代くらいの一人の男性が立っていた。掌で弾丸を受けていた。傷は見当たらなかった。

「大丈夫か? 坊主。”普通とは違う者”同士、気持ちはわかるぜ。……下がってな」

 それから男性はあっという間に追手達を片付けた。

「ありがとう、ございます……」

 誠はやや警戒しつつも深々と頭を下げた。

「いや〜参った! 俺もスーパーパワー的なのを持った他人に会うのは初めてだったからな。お互い大変だな」

 気さくな人だった。

「……俺、ずっとこんな毎日が続くんでしょうか?」

 男性は答えた。

「坊主。お前は人を傷つけたくないようだったな。けど、自分の身を守る為にも、“力の使い方”だけは、ちゃんと練習しておいた方がいい」

 彼は誠の頭を撫で、そう言い放った。


 彼の言葉を思い出し、反芻する。

 騒ぎの方向を見た。自分と同じ制服を着た女性が目に入った。今にも手にかかりそうな瞬間。誠の手は動いていた。

「いやっ、足が……! やめて……誰か……!」

 光子は叫んだ。

 すると突然、目の前のテロリストの男が“誰かに殴られたかのように顔を勢いよく横に向ける”。その場に反抗しているような人間は居ないというのに。

「え……?」

 テロリスト達も理解が追いついていないようだった。

「おい! 何してる!?」

 別のテロリストも腹部や顔を押さえ倒れていく。次々と、まるで見えない透明人間に攻撃されているようだった。

 誠は影からシャドーボクシングのように拳を振り、テロリストを攻撃する。

「ふっ! はっ!」

 立て続けに起こり続ける目を疑うような状況の連続。光子はただその光景を見つめるしかなかった。

「な、何が起こってるの……?」


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