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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
終編 第5章.越境
103/111

98.四季の実相


 あれから半月が経ち、十二月に入った。

 秋の物悲しさは徐々に影を潜め、冬が姿を現した。乾燥した寒さが日本を包んでいる。

 騒動は大々的に報道された。十一月十一日の苛烈な戦いはもちろんのこと、今まで行われていた一連の自作自演。その詳細を余す事なく世間に公表したのだ。

 もとより、情一郎と習碁が交戦し始めた時には多くの一般市民の目にも留まり、すぐに避難誘導がなされたとはいえ大量の画像や動画が出回った。

 スーパーヒーロー、チキンは影を潜め、血の鎧の男同様、過去の遺物として都市伝説のようになりつつあった。

 胎田宗近はあの後斉藤文重刑事が現行犯で逮捕。それから事は迅速に運ばれた。すぐに起訴が決定され初公判を待つのみとなった。胎田が潔く認めたので長期化の心配も無かった。もちろん、実刑は確実だ。共犯者の館端俠也も同様。

 上層部からの圧力のせいで規志摩重工と大竜製薬の協力は揉み消されることとなった。日本三大企業であるうちの二つがこの一件に関わっていたという事実はなんとしても隠し通さねばならなかった。

 世間からの疑問の声が収まることはなかったが、同時に痛烈な批判の声が上がることもなかった。政府や警察が揶揄されるのは常のこと。

 警察の威厳は失墜し、無法が世を支配するなどが懸念された。しかし、そんなことは杞憂だったのだ。あのような三人の化け物がこの世界にいること、“いたこと”を知り、人々は警察やラプトルに縋るしかなかった。


 一方、当のラプトルと言えば。

 彈はまた平穏な日々が送れると息巻いていたが、それはぬか喜びだった。超人達の戦いが報道されて、あの戦闘狂が黙っている筈がなかった。それに、彈は以前“全力で相手をする”という旨の約束をしている。パンクしそうなほど忙殺されていた彈は、つい失念していた。

 白銀の景色とはいかなかったが、寒空の下で男と相対するのは二度目のことだった。

「いやあ……冷たい空気が場を盛り上げるねえ。白い息も映画の果たし合いみてえでなんかイカしてねえか?」

「あの……やっぱり日を改めませんか? 寒空の下では体も強張って最高のパフォーマンスは出来ないですよ」

 彈は無理を承知で訊ねてみた。当たり前のようにそれは意味を為さないらしかった。

「全身着込んで準備万端のお前が何言ってんだ」薊瞰が言う。

「鷸水さんのことを言ってるんですよ!」

 薊瞰は例の如く上半身が裸だ。

「敵の心配か? 随分なことだ。ラプトルじゃなくて天狗かピノキオに改名した方がいいと思うぜ。お前」ウォーミングアップの軽口。

「ピノキオって……別に嘘はついてないですよ」彈が淡々と返す。

「そうか、間違えた」

 薊瞰の指定した廃ビルの三階屋内駐車場。閑静で寒々しい。冬の気温を実感するには充分だ。車一台ない広々とした空間。コンクリートの地面に薄く積もる埃。靴の跡がいとも簡単に残る。

 以前公園で拳を交えた時は、その剃刀のような危険性に身を震わせた。乱暴ながらもその一撃一撃には重さがしっかりと乗っている。自分やモノクロームとは異なり、装備や防具を持たずして怪力のペスティサイド信徒複数名と対峙した。当然、武燈習碁のような超人ではない。それでいてこの無防備な姿で数々の死地に飛び込み生還している。はっきり言って異常だ。あの時感じた肌のひりつくような感覚は寒さのせいではない。あれは三月のことだった。

 しかし今は装備も違えば経験も状況も違う。コスチュームは一新した最新仕様。フライトユニットはダニエルの手で修理中ではあるが、全身のプロテクターやシューズだけでも別人のような強さの変革を齎す。それに今の彈に、格闘で負ける気は微塵もなかった。兵器の一つでも持ってこられなければどうということはない。

「じゃ、行くぞ」

 薊瞰が仕掛ける。

 右の大振り。彈が屈む。左の膝蹴り。彈はその膝の側面へ転がる。着地した左足を軸に、振り返りざまの右の回し蹴り。彈は後方へバックステップ。追撃の突進。左のストレート。彈は左手で捌く。右のアッパーカット。彈は体を半身して避ける。左右、息のつかぬ連撃。彈は攻撃を往なし続ける。右のフックを躱されるも、勢いそのまま左の裏拳を当てる。直撃。左腕を折りたたみ顔の横で防御する彈。振動は決して弱くない。しかし即座に迫る反撃。右のジャブを繰り出す彈。鼻腔内からの出血。彈の放つ腹部への縦拳。鳩尾に減り込む。襲う吐き気。彈の右のボディブロー、左フック、左の関節蹴り、下がった頭部に顎への右の膝蹴り、顔面に左の回し蹴り。激痛。眼前に彈の掌底。またしても直撃。意識、未だ途切れず。前方へのヤクザキック。渾身の前蹴りは彈の腹筋に突き刺さる。二人に距離が出来た。

「はっ! 流石だ、デザートは期待を裏切らないねえ」

 高水準の攻防。待ち侘びた薊瞰にとって至福の時間。

「減らず口だなあ」

 彈の踏み込み。直前でウィービング。体で宙に谷を描くような軌道で、迎撃する薊瞰の拳を潜る。すると警戒すべきなのは薊瞰の下半身。機動力・安定性を失わない為の両脚は、その装備の硬さからして攻撃の殺傷力も必然と高くなる。

 乱雑な蹴り。暴風のようなそれを紙一重で躱し、一つ一つの打撃を確実に当てていく。被弾は圧倒的に薊瞰の方が多いが彈とて数発はもらってしまっている。消極的なんて言葉はそこにはなく、どちらも手数の多さは相当のものだ。

「随分しぶてえなあ……けど、俺も倒れねえことだけが取り柄なんだわ!」

 “倒れない”ということは同じだが性質(なかみ)は全くの別物。執念深い彈と耐久力(タフネス)に優れた薊瞰。実力者同士の闘い。

 再度、薊瞰は猛攻に転じる。上段の連撃を囮に、重心の乗った足先を狙う踏み潰し。彈が右足を下げる。それを予測していたかのように薊瞰は踏みつけに用いた左足を軸に中段への回し蹴り。強烈な右ミドル。当たれば数秒間の酸素の取り込みが難しくなる。

 コークスクリュー。彈は持ち前のアクロバットでそれを回避した。

「うお!? お前っ、アクションスターなれるぜ! ジャッキーチェン!」薊瞰が驚きを素直に口にする。

「どうもっ! けどジャッキーはこういうのはしないと思いますよっ!」

 彈は攻撃に転じ、左拳を振りかぶる。右、左、流れるように連鎖した打撃。拳や肘、脛、膝という点の攻撃。指先の掴みの攻撃に、肘裏、膝裏、踵といった崩しの攻撃。多角的に薊瞰を攻め立てる。彈の優勢。

 すると彈の視界が瞬時に暗くなる。怯んでいた筈の薊瞰の姿が見えない。視線を上げると、薊瞰の背面が逆さに映った。

 胴回し回転蹴り。外せば隙を大きくつくる賭けのような大技だ。

(浴びせ蹴り!? 意外な技も使うじゃないですか……!)

 幸いガードは間に合った。しかし体重と勢いを乗せたその威力は防御の上からでも多大なる衝撃を伝える。脳震盪。軽微なものであったが上半身を折るようにそのまま床に強打し、這いつくばる。薊瞰とて受け身に失敗し、起き上がるのに僅かな時間を生じさせた。

 互いが立ち上がる。呼吸が荒く、乱れている。やがてメトロノームのように二人の頻度が重なり合っていく。

「最高だ」薊瞰が呟く。

 深く息を吸う。彈は瞼を下ろした。薊瞰は無言でその様子を眺めている。このまま長引けば薊瞰に有利になる。彈は短期決着として身を引き締め、全力を持って対象を無力化すると、今一度決意を改めた。

「準備……いいか?」

「ええ」

 彈が一足飛びで距離を詰める。薊瞰の視界は何十手にも及ぶ彈の攻撃の想像で埋め尽くされた。どんな方向から、何が来てもおかしくない。

(蹴り!)

 広いステップを利用した映画顔負けの横蹴り。直線的な軌道から繰り出される真っ直ぐな攻撃に、かえって直撃を許す薊瞰。彈はそこから流れるように別の攻撃へ移行する。体を捻り、逆の足でスライディング。横ではなく前方向からの脚払い。薊瞰は両足を開くことで辛うじて転倒を回避。上から下へ振り下ろすように地面近くの彈へ鉄槌を向ける。彈はこれを後転の要領で躱し、その際折り畳んだ膝を全力で伸ばす。薊瞰に向いた二つの足裏が顔面へ当たる。出血量の増加。ふらつく薊瞰。彈は上半身へ連撃を叩き込む。手技の激流。顎へ右の掌底、左のレバーブロー、右の甲で顔面への叩き、鳩尾へ右の肘、再び甲で鼻先へ裏拳、左の掌で右耳を殴打、首へ右の手刀。そして斜め左から顳顬へ、打ち下ろしの肘。

 圧巻。ラプトルの真髄。しかし 叩きのめす者(ビーター)、未だ尚、昏倒に至らず。

「くそっ……やっぱ勝てねえか」血だらけ、赤みの出た腫れだらけでボヤく薊瞰。

 彈は警戒した。誠から聞いていた、“鷸水薊瞰のボクシング”。

 絶死の攻撃態勢。巨漢の怪物トーマス・グリット、ARMORYの一人闘駆躰(ソルジャーボディ)、二人を一瞬にして亡き者にした確殺の拳。もしそんな神殺しの如き力を使われれば、彈とて危ないかもしれない。フル装備で、且つ殺す気で挑まなければ生きてはいられないだろう。そもそも彈が刹那に殺される可能性の方が高い筈だった。

「だあー! くそ!」

 突然、緊張感のある空気を無造作に切り裂く声があった。

「?」

 一体何事だというのか。腰の得物に触れる気配が無い。

「お前をぶっ殺してえのに! 本気が出せねえ!」

 薊瞰は拍子抜けをするような事を言った。頭髪をぼりぼりと掻いている。

「え……? その、メリケンサックで、超つよつよ形態になるんじゃないんですか……?」

 彈は丸みのある言葉で訊ねる。一秒前までは生死の境で筋肉を硬直させ、拳や足の脱力を調整し、止められぬ発汗の中で呼吸していたように思う。

「あ? んだそれ。……まあいいや。俺はなあ、死の危機に瀕しねえと心の底からの本気ってのが出せねえんだよ。なのにお前ときたら! 全く殺意を纏わねえ! あくまで手合わせってな風だ。俺を“制圧”することが最終目的。これじゃあどれだけ続けても、俺とお前は本気で闘えねえ」

 意外だった。確かに薊瞰が手にかけた者達は、当然の如く薊瞰を殺しに来ていた。これ以上ないほどに明確な殺意があり、それは薊瞰にとって最高のスパイスであり必要な材料なのだった。

 彈は妙に納得してしまう自分に笑ってしまいそうになるも、何とか抑える。

「なるほど……じゃあ無理ですね。俺は鷸水さんを殺す気なんてありませんから。てかご存知でしょうけど俺に殺しをさせるのは無理だ」彈は言い切った。

 そう憎らしくも毅然としている彈を見て薊瞰は顔を戦慄かせる。そして体を反転させ、背を向けた。

「……帰る」

「えっ」

 その言葉に嘘はなく、遠ざかるべく歩み始める。

 鷸水薊瞰ほどの男の執念。彈はいくらでも相手をする覚悟でいた。それが何日でも、何ヶ月でも、何年になろうとも。生半可で了承したわけではないし、ラプトルという生き方に責任を持ち全うすると決めた以上、悪人や暴力とは真正面から死ぬまで付き合う。目を逸らすことはない。

「俺は中途半端が一番嫌いなんだっ」尖った語調の薊瞰。

 彈は唖然とした。確かにこのままやれば彈の勝ちは揺るぎない。しかし薊瞰が負けるかどうかは怪しい。少なくとも、薊瞰が“本気”を出せば、彈は負ける可能性を負う。

 思わぬ決着、終局になってしまった。小さくなっていく背中を見つめていると、ふと様々な予測が駆け巡った。彈の知り合いの圧倒的な力の持ち主達。人を殺すような人間でなくとも、薊瞰の強い干渉による過失ならありえなくはない。

「あ、一応言っときますけどチキンや血の鎧の男には近づかないでくださいね」

 彈は念を押した。薊瞰が止まる。足はそのままに上半身を捻らせて振り返る。

「あ? 俺は馬鹿じゃあねえ。ありゃ人の領分じゃねえかんな。勝てる戦いはしねえが、負ける戦いもしねえよ。愉しくねえだろ、そんなの」

 正直これも意外だった。ギリギリの駆け引き、命のやり取りを好む薊瞰にとっては拮抗した実力の戦いの方が望ましいのだろう。

 そして彈は、唯一薊瞰に殺意を向けることの出来るであろう灰色の男の名は出さないことにした。失念しているかは分からないが、わざわざここで言う必要はない。忘れているなら願ったりだ。

「ラプトル。お前がいつか心変わりするのをのんびり待ってるよ」

 薊瞰は期待を込めて言った。それはきっと彼の夢であった。震条彈という男へのリスペクト。自分を最も楽しませてくれる存在への要望。先刻の僅か十分にも満たない時間が、それだけ濃密で幸福であったことに他ならない。

「それは絶対にないです」無慈悲な彈の言葉。

「うるせえ! この世に絶対なんてものはねえんだよ!」反発する薊瞰。

「じゃあ俺が初めての絶対です」

「殺すぞ!」

「殺せないくせに」

「あ゛ー!!」

 薊瞰は苛立ちを叫んでから足早に帰っていった。

 互いに全身が白く汚れていた。彈は埃塗れのコスチュームに不思議と笑みが溢れた。


 時任右衛の警察葬が行われた。

 凛々しく口を結んだ大きな遺影が、遺る者達を激励しているようだった。

 相当量の献花が贈られていた。荘厳な静謐。背広を着慣れている人間が大半という中で、今日の正装は一段と身を引き締める効果が感じられた。衣服の繊維感さえもがありありと伝わる。

 警視総監の纏阿片から追悼の辞が述べられる。時任は特殊部隊に在籍していた為、階級の特進は無く、その長年の尽力・特殊部隊戦闘技術顧問兼現場指揮官としての任の功績・同僚の国家反逆罪に因る殉職から、警察勲功章及び旭日重光章が授与された。呼吸すらも憚られる中で、皆がその通達を肯い咀嚼していた。

 餞の黙祷が捧げられる。唾を苦労して飲み込む。部下をはじめ、同期も上司も固い表情を崩さず、心の内で涙を流すことに努めた。


「事後処理やら何やらで大分遅くなっちまったな」斉藤がぽつりと吐いた。

 服喪の最中ではあるが、そのまま大勢で飲みの場を設けた。捜査一課もジンゴメンも、入り乱れて酒を交わした。裸で踊るような輩はおらずとも、変に畏まる者も居なかった。そんな気後れを時任が許す筈はなかった。

「胎田宗近」

 斉藤がひじきの煮物を口に運ぶ。

「内乱罪と広く判断、か。愛国心の塊である男が国賊としてのレッテルを貼られるとはな……皮肉だな。行き過ぎた活動の末路ってのは悲惨だ」

 生ビールを流し込む。炭酸が大人しい肉体に刺激を与える。座ったまま手先だけを動かしていても、何だか焦燥にも似た奇妙な感覚が奥底で騒ぐ。理解か共感か。同情か糾弾か。立場としてか一個人としてか。胎田という男の考えを認めることは出来ないが、手放しに断ずることもしたくはなかった。事が終わった。それだけが酒を飲む安堵の肴になり得た。

「国家が転覆しかねない事態に発展する可能性もありましたからね。致し方ないことかと」流も私見を加える。

「そうだな」斉藤は同じ長い座卓にいる面々に向けて言う。「お前らも相当踏ん張ったな。お疲れさん」

 労いは鑑から反射のように返ってきた。

「両義足であんだけ動ける斉藤さんも中々ですけどね」

 慎ましやかな笑いに包まれた。


「俺、一度も時任さんと飲みに行ったことないんですよ」

 燦護が呟いた。流石の大人数。やや騒がしい中で、その声は嫌に通った。数人の視線が集まる。

「俺だって」奏屋が小さく同調する。

 斉藤や流。鑑に山下、沢渡も静かに後輩の男の懺悔にも等しい言葉の連なりを聴いた。

「前、誘っておけばよかったなあ」

 厳格な上司への後悔を顔に広げる燦護。随分昔だが一度だけ手合わせをしたことがある。てんで話にならなかった。それからは鍛錬にのみ集中した。そうして訓練していた時に話しかけられた日。あの時彼は何を思って自分と会話をしたのか。苦悩していたのかもしれない。今ではその胸中は図りかねるが、彼が自分らや国の為に動いていたことは疑いようのない事実だ。時任右衛は、真面目で、いい上官だった。

「今、叶ってるじゃねえか。それでいいだろ。後悔をうじうじ言ってるようじゃ拳骨もんだぞ」

 斉藤が飲みかけのグラスを差し出した。乾杯としての器の接触を促している。その後ろで流も微笑んでいた。

 葬儀とは異なる小さめの写真が空間をよく見渡せる位置で飾られている。その時任は、式よりも少し穏やかで誇らしげだ。

「……ですかね」

 燦護は薄く口角を上げ、両手で自らのグラスを下方から前に突き出した。


「そういえば、明星みづきとかいう若い女はどうなったんだったか」

 ふと斉藤が訊ねる。みづきは仮にも人を殺めていた。彈が久々に再会した折にはすでに十人を超える数を手にかけていた。

「胎田さんの教唆や改造手術の強要などが、情状酌量の余地があるとみて現在は協議の最中って感じですかね」

 流が説明する。斉藤に加え、ジンゴメンも耳を傾けた。鑑の表情に若干の翳りがある。

「彼女の実姉がニ〇二〇年五月二十三日に起きた女子大生三名の強姦致死事件の被害者であることがネット上の人間の手によって露見・拡散され、その遺族、そして同様の案件の被害者、またこの犯行グループに憎しみを持っていた方々の蜂起でたくさんの減刑及び再考を求める活動が行われています。致死というより殆ど殺人に近かった一年半前の悪行は到底赦されるべきではない、そんな世論が六割がたですね。中にはモノクロームの信者のような過激な擁護をしている人もいますが、基本的には若い彼女の未来の為、心神喪失を加味し、適正な判断をと動いているみたいです。明確な発狂をしていたわけではなさそうなのでその証明は難しいでしょうが、死刑はもちろん、無期懲役で三十年を確実に牢の中で過ごすか、精神科病院に行くかじゃ話が変わりますからね。まだ分からないですが恐らく、未執行の死刑囚の一人になるか、今後長い期間、裁判が行われ続けていくでしょうね」

「そうか……」

 彈とみづきが捕らえた男。あの事件の犯行グループの最後の生き残りであり、リーダーを務めていた主犯格。数名を引き連れ、性犯罪に及ぶ。そしてその過程で、人を殺めた。

 その男の名は大竜一星といった。

 現代表取締役である山根寿彦は、先代の息子であるこの男に前科がつくことを良しとしなかった。恩義からか不都合故か。巨額の提示及び計画の協力という交渉によって、逃走の助力を哀願した。愚息の存在は胎田宗近にとって都合が良かった。

 斉藤は席を離れた。

 店の外へ行き、入り口の傍で煙草に火をつけた。目一杯を吸い込み、夜空に向けて大きく吐く。何か胸の内にあるものを、誰の手を借りることなく無に向かって霧散させたかった。


 その様子を、フードを深く被った男が遠巻きから眺めていた。



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