第一話、 用心棒依頼 受諾編
蝉の鳴き声が四方八方から響き渡り、鮮やかな空色と真っ白な雲のある空。煮えくり返りそうな暑さと、ジリジリという効果音がぴったりな夏の強い日差しの下。街道近くの草原で、グラスウルフの群れに囲まれている二人の青年がいた。
しかし人通りの少ない街道なのか、見渡す限りには誰の姿も見えない。救援など期待のできない状況だが、二人は全く気にならないといったふうに、襲ってくるグラスウルフを一匹一撃で狩っていく。
やがて、自分たちに勝てる相手ではないと判断したのか、三十匹ほどいたグラスウルフの群れは半分を下回ると散り散りになって逃げ出した。
二人の青年は特にそれを追うでもなく、戦闘が終了したと判断すると、自らの武器に付着した血糊を拭き取る。
「さて……こいつら今日の俺らの昼飯かな」
「そうだな」
小柄で白銀の髪を携えた青年がそう呟くと、赤みのかかった白髪を携えた青年が短く答える。
……白銀の髪を携えた青年……アルの身体をぺたぺたと触りながら。
「エルー、何をしてるのかな?」
「いや、怪我をしてないかと」
エルと呼ばれた青年……エルヴァは、全く表情を動かすことなくアルの全身をチェックしていく。
グラスウルフ程度の相手、群れたところでアルが怪我をするはずなどないのだが、同時に天性のドジとも言うべき性質を持っていることをエルヴァはよく知っている。
ましてやアルは自分の怪我を隠す。
だからか、戦闘をこなす毎にアルの身体検査をじきじきにすることになるのは当然のことだった。
十八歳の頃とは雰囲気の全く違うエルヴァは、相変わらず左目には眼帯をつけている。そして以前よりも視力の下がった右目は、戦闘中も、現在も閉じられている。
もうひとつ変わったところといえば、以前は毛先のみが白っぽく、髪の色素が抜けていたのだが、現在では既に全て「赤みのかかった白髪」へと変色してしまっている。
変わったのはエルヴァだけではない。
アルもまた、雰囲気や格好という点では変化しているところがある。
以前までは「自分には似合わない」などと言って全く手をつけたことのなかったお洒落に目覚め、首輪のようなチョーカー、ピアス、三つ編み……以前では決してやることのなかったアクセサリーを身につけるなどを今では呼吸のように平然としている。
大きな狼の右耳には、以前つけていたピアスが洗濯物のハンガーに引っかかり、耳の肉と共に取れたせいで欠けている。
どうやったらハンガーに引っかかってピアスが取れるなどということになるのか……それは流石に長い付き合いのあるエルヴァですら理解することは不可能だった。
ただし、アルという人物が天性のドジとも言うべき性質を持っているということを知っているエルヴァにとって、アルはドジだからと、それだけでむしろ理解出来てしまった。
だが理解出来るということと納得出来るということでは全く意味が違う。
あの時耳を血塗れにしていたアルのことを忘れられないエルヴァが、アルの怪我に敏感になるのも当然のことだった。
「……ふむ、怪我はないな。肉と素材を回収して行こう」
「その身体検査いい加減やめてくんないかなあ?」
面倒臭いとでも言いたげなことを口にしながらも、アルの表情は常に笑顔だ。これがあくまでも作られた笑顔なのだということを、エルヴァはよく知っている。
作られた笑顔だというのに、おそらく他人ではそれを見抜くことは出来ないだろう。
アル自身も理解が出来ていないのだから、それも当然だろう。
こんな作られたとはなかなか思えない笑顔、アルとて無意識に作り出しているのだから、エルヴァ以外の他人がそれを瞬時に見抜くなど酷な話である。
ともあれ、エルヴァはそんなアルに無理な相談だと適当に流しながら術式を組む。
すると、周囲に倒れていたグラスウルフの死体はひとりでに、牙や爪を剥がれ、毛皮を剥がれ、肉を切り分けられる。
この魔術に名前はない。アルが最近編み出したオリジナルの魔術で、一度自らの手で素材の解体をしたことのある魔物や獣の素材は、術式を組むことでひとりでに剥ぎ取りの作業をしてくれるというものだ。
ただし、これは一度自分の手で解体したことのあるものに限る。
術式が解体した時の記憶を元に剥ぎ取りをするのだから、それも当然だった。
ともあれグラスウルフなどありふれた魔物である。エルヴァでも解体はしたことがあるので、それはすぐに終わる。
「少し移動しよう。臭いし、変なのが寄り付くし」
「そうだな」
解体を終え、素材を収納魔術によってしまい込むと、エルヴァはアルに声をかける。
実際、戦闘によって発生した血の匂いを嗅ぎつけ、近くにいた何匹かの魔物や獣がこちらへ近づいていた。
それを感じ取った二人は、面倒臭いのはごめんだとそそくさと退散していった。
「ふう……やっと着いたぁ〜!」
ぐ、と背伸びをしながら声を上げるアル。
以前まではフードを深く被ってその髪や顔を隠していたが、今ではそれは一切ない。
堂々とその美貌を晒し、エルヴァの隣を歩く。
当然そんなことをしていれば目立つ。ただでさえ白髪というのはレイヴァという稀少な種族の証なのだ。アルはそんなレイヴァ──正確にアルはレイヴォルスなのだが、この時代ではそういうことになっている──の中でも飛び抜けて美しく、能力も高い。
そしてエルヴァも白髪である。赤みがかかっているとはいえ、白髪という括りからは抜けられないし、何より青みのかかったレイヴァの白銀の髪と違い、エルヴァは赤みのかかった白髪である。
時々、青みのかかった白髪と違って、別の色のかかった白髪を持つレイヴァが現れることがある。
遺伝子の突然変異と言われているが、そういった者たちの潜在能力は通常のレイヴァよりも能力が高く、容姿も整っている。
最近では一般的にも知られるようになったことである。
正確に言えばエルヴァは異世界出身の者である。本来ならレイヴァでもないしそんなものは関係ないのだが、異世界人などと知れればどんな目に遭うかわかったものではない。何より信じてもらえるとも思えないし、誰に言う必要もないと思っていた。
故にこの世界では、あくまでアルと同じレイヴァとして振る舞うことにしている。相手が勝手に勘違いしてくれるのならそれで良いし、自分はアルと同じレイヴォルスなのだと敢えて思い込むことで、それ自体を心の支えとしていた。
当然、フードも被らず堂々とその髪を晒して歩けば非常に目立つ。ましてや、二人とも見た目は非常に若く整っているのだ。
どう見ても長命種族なのであれば、その年齢が見た目通りとは限らないので、全くではないが問題はない。
しかし、エルヴァの見た目は人間、アルは獣人族。
正確には、エルヴァもアルも聖族といって、本来寿命のない種族だ。つまり寿命によって死することのない、長命種族の分類に入るものだ。
とてもではないが、歳若いとは言い難い。
……もっとも、聖族たち自身、寿命のない種族などと知れればそれを不老不死と勘違いした者がどれだけ押し寄せてくるかわからないのが原因……というか、実際に何度も襲われ、当時いた大半の聖族が殺されたのを思えば身を隠したくなるのも当然で、現在生きている人々の中で聖族の存在を知っているのは夢見の民以外にはいないのだが。
それに聖族というのはこの世に暮らすあらゆる種族の原点だ。
存在が知られていたとしても、とても見た目では判断のしようがないだろう。
聖族であることを抜きにしても、アルは才を持つ子である。彼らの寿命はエルフに匹敵するほど長く、とてもではないがその年齢は見た目通りとはいかない。
しかし才を持つ子は元から非常に数が少なく、正体が周りに知られぬよう放浪するか、隠居する者が多い。
それ故、今ではもう存在を知る者は非常に少ないのだ。
そのようなことが重なり、いくら戦闘能力の高い種族であるレイヴァとはいえ、まだ経験の浅い若者なら……と馬鹿なことを考える者も、数は少ないが皆無ではなかった。
「エル、どうするー?」
「放っておけ。どうせ殴り合いにすらならん」
「はーい」
街を歩く二人の背後を尾行する何人かの冒険者たち。
その存在に対してアルがエルヴァに意見を求めたが、存在すらたった今気づいた、いたのか程度にしか思っていないエルヴァはすぐに興味を失くし、その存在すら刹那の後にはすっかり忘れてしまっていた。
今や稀少すぎる種族となったレイヴァとその変異種とも呼ぶべき二人を捕らえて奴隷商人や貴族にでも売れば、それこそ一生遊んで暮らせるだけの……もしくはそれ以上の金が手に入ると思えば、金に目が眩んだ冒険者が行動を起こそうと考えるのも当然だった。
だがそんなことを考え出す者は、例外なく碌でもない。要するに、実力がないから金がないのだ。
気にするまでもないと、エルヴァはそう判断したのだ。
もちろん危害を加えるようなら、降りかかった火の粉……いや、埃を払うのは自分の役目だと、そう考えながら。
「ここだな」
目的の場所……ウォルン工房と書かれた看板の立つ建物を前に、アルが呟く。
そして躊躇うことなく、その扉を開く。
「こんちゃー」
チリン、という小さなベルの音と共に、部屋の中にアルの声が響く。
工房の中で、ソファで何枚かの紙を眺めていた青年が顔を上げ、表情を変えることなく平坦な口調で返事を返す。
「はい?」
「依頼で来た者なんですけどー」
アルが依頼書を提示しながらそう告げる。
「ああ、護衛の。ちょっと待ってください、親方を呼んで来ます」
「頼むわー」
人の好い笑みを浮かべながら、アルは妙に間延びした口調で話す。
金属を強く叩く音のよく響く奥の部屋に青年が消えると、エルヴァは少し眉を顰める。
いくらすぐに戻るとはいえ、客人にソファを勧めないなど、少し無礼なのではないか、と。
こちらは依頼――頼まれごとを引き受けるためにやってきているのだ。それなのにこの対応は少しおかしい。
この工房の主である鍛冶師の弟子なのだろうが、客に対しても全く興味がないかのように無表情だった。
エルヴァは普段から目を閉じて行動をしている。視覚に頼らずとも、聴覚や全身の触覚などといった五感で周囲の把握ができるからだ。
他にも魔力の反応といったものを感じ取れる魔覚といったものも感じ取っている。
そんな感覚をもってしても、青年の声はあまりに平坦で、表情が変化していなかったなどということは、エルヴァにもよく分かった。
……感情を隠すのが非常に巧みなアルと常に行動をしているのだから、エルヴァが目を閉じていても他人の感情に敏感になるのも当然なのだが。
そして、普段から視覚情報よりも聴覚情報を頼りに生活しているエルヴァと、狼のとしての能力……いや、それ以上の能力を持っているアルには、どうやっても、奥での会話が聞こえてしまうのは仕方のないことだった。
ウォルン工房の主で、自らの師匠である親方……パウロは、このレラン王国王都エクサでも指折りの鍛冶師の一人だ。冒険者の国と言われるレラン王国の中で、鍛冶師というのは、冒険者にも、国にも重宝されやすい。
だからこそというべきか、このレラン王国において鍛冶師の競争は激しく、確かな腕がなければ到底生き残ることは不可能である。
そして競争が激しくなれば、どのような手段を使ってでも生き残ろうとしてくる者は必ず現れるものだ。
そんな、生き残るための技――という名の卑怯な手段――に巻き込まれたのが、自分の師匠の経営するウォルン工房だった。
とある貴族の三男だとかいう男が、この工房の近くに自分の工房を建てた。
だがその男は、悪い意味で典型的な貴族らしい性格をしており、平民の者たちからの人気は皆無に等しい。
男を貴族の息子として仰ぐのは、男の傍で世辞をばらまき、甘い蜜を吸い続ける取り巻きくらいだろう。
別段、男に鍛冶の才能があったわけではない。ランクの低い冒険者は見下し、ランクの高い冒険者には媚びる、訳の分からない性格をしている。
店の看板にも高ランク冒険者様歓迎、それ以外はお断りなどと、調子に乗ったことを書いている馬鹿な男だ。
当然、そんなところに客など寄り付きはしない。
後から来たくせに、十年以上も前からこの場所に建っている工房に文句をつけ、自分の客を奪っているなどと工房に怒鳴り込んできたこともあった。
正直、客の取り方も碌に学んでいない、鍛冶の腕もない、人気もない、そんな状況の中でよくも鍛冶師などやろうと考えたものだと青年も思う。
なまじ相手の地位は貴族の息子という立場である以上、ただの平民でしかない青年もパウロも反撃などできないのだ。
つい三か月前には、冒険者を雇って店を荒らしに来た。
警備兵に突き出そうかとも考えた。だが証拠などあるはずもなく、結局根本的な解決にはならない。
客足はなくても、男は親の脛を齧って生活しているようで、店が潰れる様子は全くない。
このままではいつ自分たちに直接手を出してくるかわからない。そんな思いから、こちらも用心棒といった形で冒険者を雇うことにしたのは、つい一週間ほど前の話である。
「こんちゃー」
ドアに取り付けられたベルが小さく鳴る。
冒険者らしき青年の二人組だった。
武器の新調か研磨だろうか。
「はい?」
武器の依頼書を眺めていた顔を上げ、中に入ってきた二人の青年へ視線を向ける。見たことのない髪色と整った容姿が印象的な二人だ。
「依頼で来た者なんですけどー」
そう言いながら、小柄な青年は依頼書を提示しながら告げる。妙に間延びした喋り方と、にこにこと呑気そうでマイペースそうな性格が見て取れる笑顔を浮かべ、本当に真面目に護衛をしてくれるのかと心配になる。
「ああ、護衛の。ちょっと待ってください、親方を呼んで来ます」
「頼むわー」
青年は特に表情を変えないままそう言うと、座っていたソファから立ち上がり、奥で剣を打っているパウロの下へ向かう。
「親方、失礼します」
作業をしている自らの師匠へと声をかけ、切りのいいところで手を止めるのを待つ。数分ほどして、打ち終わったのか、熱で真っ赤に染まった剣身を水で冷やしたパウロは、青年を振り仰ぐ。
引き締まった筋肉を携えた肉体は長年の経験を思わせ、所々に存在している火傷の跡はこれまで打ってきたであろう武器の数を思わせる。
「どうした」
「護衛依頼を受諾した冒険者が来たようです。……ただ」
「なんだ」
「……若い冒険者が二人、です。まだ二十にもなってないでしょう。それに、片方は妙に間延びした話し方をするんです。マイペースそうだし、小柄で力もなさそうだし……ちゃんと護衛の仕事をしてくれるかどうか。もう一人に至っては目を閉じています。目が見えてないですよ。なんだったら、断って別の冒険者を雇いましょう」
「……会おう」
「ですが、師匠が会うほどでもないかと……」
「見た目と表面で判断するな。冒険者ってのは、それこそ俺らの想像出来ないような性格した奴がわんさかいるもんだ」
パウロは座っていた椅子から立ち上がりながら告げる。
青年にはまだその言葉の意味が理解できずあまり納得は出来なかったが、師匠の判断なら、と、首を傾げながらも大人しく従う。
「……わかりました」
そう言って、青年とパウロは連れたって表の応接室兼執務室である部屋へと向かっていく。
「待たせたな。あんたらが、依頼を受けてくれたっていう冒険者か」
「ああ、そうだよ」
にこ、と人の好い笑みを浮かべながら、小柄な青年が答える。
「まあ座ってくれ。詳しい話をするからよ」
「ありがと」
「ベイル、飲み物の準備を。あの依頼書も片付けろ」
「はい」
ベイルと呼ばれた青年は応接間の机に広がった依頼書の数々を回収すると、再び奥の部屋へと引っ込む。
パウロがソファに座ると、二人の冒険者の青年も並んで座る。
「じゃあ、自己紹介といくか。俺の名前はパウロ。このウォルン工房の主で、鍛冶師をしている」
「アルだ。こっちはうちの相棒、エルヴァ。目は閉じてるけど周囲の把握くらいは全然できるし、腕も一流……いや超一流だから。俺が保証するよー」
「よろしく。アルの腕はオレが保証する」
「……ふむ。ちなみに、お前さん方のランクは?」
「えーっと、Bだっけ?」
「Aだ。こないだ試験を受けただろう?」
「あー、そっか。いや、Aランクの試験とか何度も――むぐ」
何かを言いかけて、エルヴァに口を塞がれて黙るアル。
エルヴァがパウロの様子を窺うと、口を開け、ただ唖然としていた。
「……あー、聞き間違いじゃなきゃ、お前さんらAランクの冒険者だと……そう聞こえたんだが?」
「ああ、間違いない。ほら」
エルヴァは、つい先日更新されたばかりのギルドカードをパウロに見せる。それに倣って、アルもギルドカードを提示してみせた。
間違いなく腕利き……だけでなく、確かにその技量の保証された人物が来てくれたと、依頼主たるパウロはただ驚くばかりだ。
冒険者は見た目によらないことが多いのを長年の経験で知っているパウロだったが、まさかこの若さでそのような高ランクの冒険者であるなどとは思わなかった。
(……レイヴァ、か)
だが、納得できないでもない理由は、エルヴァとアルと名乗った青年の二人組は、それぞれレイヴァの特徴である白髪を携えている。それは、かつてはどの地域にもそれなりの数が見られたという戦闘民族の末裔の証。
冒険者の国で、冒険者との関りや付き合いの多いパウロにも、レイヴァの知り合いはいなかった。
話に聞いたことはあっても、実際にその目で見るのは初めてだった。
「なるほど。わかった、それなら依頼はあんたらに任せることにする」
「親方、いいんですか?」
ちょうど茶を運んできたベイルが割り込み、軽く目を見開いて問う。
どう見ても駆け出しの冒険者にしか思えない二人に、自分も含めたこの工房で働く者たちの安全のための用心棒を任せられるのか、正直ベイルは不安であった。
「俺も正直疑っていたんだがな。Aランク冒険者の証であるギルドカードを見せられちゃあ、信じられんってのがおかしいだろ」
「Aラン、ええ!?」
茶を机に並べながらパウロの言葉を聞いていたベイルは、最後に驚いたように声を上げる。
当然だろう。どう見てもまだ子供にしか見えないアルや、成人はしていてもまだ二十まではいっていないだろう、駆け出しの冒険者にしか見えないエルヴァ。
青年は戦いに身を置いているわけでも、たくさんの冒険者と関わるなどの経験を積んでいるわけでもない。
その点、まだ見た目で相手を図ってしまうのも当然だった。
「まあ、とりあえず。あんたらの実力は信用することにするよ。で、依頼の話だが」
「はいよー、護衛の依頼だよな? どっか行くの?」
「いや、護衛……というか、用心棒をして欲しいのは、この工房と俺ら二人を含めた、この工房で修業を積む奴らの護衛だ」
「へえ、用心棒ねえ?」
興味津々といった態度を取るのはアル。エルヴァに至っては完全に交渉をアルに任せているのか、特に話に割り込むことも、表情を変えるでもなく、ただじっと話を聞いている。
パウロはこれまでの経緯を二人に話した。噂が本当なら、レイヴァは確かな実力を持ち、他人の感情に敏感で、相手が敵ではない限り決して嘘を吐かず、純粋に素直に接してくれるはずだ。
パウロは半ば賭けに出た。
実力に関してはAランクというギルドカードを持っていたこともあり信用してもいいだろう。
あとは、彼らの為人だ。
レイヴァが本当に純粋で素直で、余程のことがない限りは意志を曲げないし、何よりも曲がったことを嫌う……自分たちを裏切らないという保証が欲しかった。
何せ相手は貴族の子供だ。金だけはある。
彼らは高ランク冒険者で、あの男に気に入られては金で釣られてしまわないか、事情を話すことでどんな反応を返すか、それを見極めようとしたのだ。
「ふうん。要はその餓鬼がうるさいから、俺らはその埃を払えばいいわけね? いいよいいよ、引き受けるよ」
相も変わらずにこにこと笑みを浮かべたまま軽く答えるアル。ベイルはそんなアルの反応にいちいち不安になる。
こんな高ランク冒険者が何故、ただの鍛冶師でしかない自分たちの用心棒など受けてくれるのかも疑問だった。
「なあ坊主、あんま俺ら舐めてっと痛い目に遭うよ? 仲良くしよ?」
そんな青年の思いを読み取ったかのように、アルが告げる。見るからに歳上の自分が坊主などと呼ばれるとは思わず、驚いて鳩のような顔をして固まってしまった。
だが実質冒険者の最高ランクたるAランクの冒険者に対して、ただの一般人でしかないベイルが何か言い返せるはずもなく、不満を顔に出しつつも何も言わない、言えない。
「親方さん、あっちが雇ってる冒険者ってどんくらいの腕なわけ?」
「……え、あ、ああ。高くてもC程度だな。あんな馬鹿男の所なんざ、金のないろくでなしくらいしか集まらんからな。王都の高ランク冒険者も、あそこにだけは絶対に行きたくないって口揃えて言ってるよ」
「その工房の名前は?」
「ヴェルディ工房だ」
「ふうん。貴族の息子……ヴェルディ子爵家か……三男だっけ? あー、あー……あの馬鹿息子か!」
何かを必死に思い出そうとして、ようやく思い出したように呟く。これまであまり表情に変化を見せなかったエルヴァですら、不愉快そうに顔を歪めている。
「マジか、あいつ工房なんかやってんの? 最近ユーラやフレイたちが口揃えて勧誘とかが執拗いって言ってたなあ」
アルは面白いとばかりに爆笑を堪えながら口々に言う。
「俺らのギルドじゃもう噂がすげえんだよ。高ランク冒険者が滅茶苦茶集まるからよ、あの高ランク冒険者好きには堪らねえ宝庫なんだろうよ。でも、いや……来ねえだろ……」
くくく、と爆笑を抑えきれていないアル。相当、ヴェルディ子爵の三男というのは、この青年に嫌われているらしい。
「は、はあ、はー……あー、面白え、なおさらだわ。いいよ、受ける。受けさせてくれ。報酬額は別にそのままでもいいから」
「お、おう……それは構わんが……本当にいいのか?」
パウロとしては、このような腕利きが用心棒として自分たちの近くに居てくれるのは非常に心強い。別に金や客に困っているわけでもないので、当初の報酬より引き上げてもいいとすら思っていた。
まさかこのような助っ人が来てくれるとは全く予想もしていなかったから、報酬はせいぜいDランクからCランクの冒険者を雇うつもりでいた。
当然、実力のある高ランク冒険者を雇うとなれば、報酬は高額になる。相手はAランク、冒険者ランク実質最高のランクだ。
あくまで一市民でしかない自分たちの身を守るには過剰戦力と言っても過言ではない。
せめて報酬くらいは……と思っていたのだが、それはアルの言葉で提案する前に却下されてしまった。
先ほどのベイルの思考を読み取った勘と言い、このアルという青年の相手の感情や思考を読み取る能力は本物のようだった。
「まーあ、久々に依頼を受ける準備運動みたいなもんだし、報酬だってこれでもいいと判断してここに来たわけだし、安い買い物だと思ってくれ。金には困ってないし」
にこにこと崩れない笑みを浮かべながら、アルはパウロとベイルにそう告げるのだった。
その後、詳しい期間や内容などを細かく話し合い、実際の用心棒の期間は明日からということになるのだった。