十二話 アトリアに宿る心の剣
「有り得るからそうなんだんじゃないの?」
「アイリス!」「アイリスさん!」
狂人が振り向いた瞬間、アイリスが狂人に向かって氷の礫を撃ち込む。見事な奇襲に狂人は為す術なく心臓から血を流した。
「どこ行ってたんだよ、こちとら心配してたんだぞアイリス」
「あっちの方よ」
とアイリスは裏門の方を指さす。「いやー」と言いながら右手のひらを上下に揺らしながら、
「あっちの方から援軍が来たら嫌だなーって思って」
「そ、そうか。ならまぁ、良いか」
何を言っても全力で否定してやろうと思っていたがその意思は呆気なく崩される。「まぁ、それもそうか」と思わず納得してしまう。
「とりあえず、これで問題解決かな!」
「それもそうね!」
「呆気ない幕引きだったのよ」
「まあまあ、細かい事は、気にしない気にしない!」
「これでお別れですね」
アトリアの言った一言で場の空気が一気に凍る。よく良く考えればそうだ。あくまでアトリアとはあの道端で追い剥ぎから助けるためにこの家に来ただけだ。それが済んだらアトリアは自分の家に帰ることになる。
「じゃあね。アトリア」
アイリスが寂しそうにくらい声で声をかける。
「はい、今までありがとうございました」
「そう言えばさ、アトリアって帰る所ってあるの?」
「こーら、ハルト。そんな失礼なこと言わないの、あるに決まっているでしょ」
とハルトがアイリスに説教を食らっている隣でアトリアがハルトの質問に対し肩をピックと震わせ「えっと、その」とハルトの問いに答える。
「無いんです。帰る家が」
「は?」「え?」「やっぱりなのよ」
その答えに全員がアトリアにそれぞれの視線を送る。アイリスは驚きの目を見せ、ハルトは心配そうな視線を送り、フィーリアは溜息をつきながら呆れ顔を見せる。
「やっぱりだったのよ。この娘、ハルトに心配かけないようにあたかも帰る家があるような言動をとっていたのよ」
「そ、そうなんです」
それを聞いたハルトも思わず呆れ顔になってしまう。がその顔つきはすぐに変わることになる。「そうだ!」と勢いよく考えが浮かんだ事を全員に伝ええ、三人の視線がハルトに向いた瞬間に手を大きく広げて、提案する。
「そうだよ、アトリアもうここに住んじゃえば!」
「えぇーー! なんでそーなるんですか!!」
「ハルトの事だからこんな事になるのは何となく予想していたのよ。あ、フィラは別に構わないのよ」
「あっ、それは名案ね! それでもいい? アトリア」
「わ、私はいいけど。えぇ」
「よっしゃ決まりだ!」
「こんなあっさり決めちゃって大丈夫なんですか?」
三人が喜んでいる中アトリアだけはその空気についていけず困惑する。
「でもでもほら、お金とか大丈夫何ですか?」
「大丈夫よ、私結構稼いでるし」
よく良く考えればこの家はかなり大きく、三人で暮らすのには広すぎる敷地だ。こんな家に住めるのだから財政には困っていないのだろう。
今やアトリアの頭の中はどうしたらこの人達にアトリアと同居する考えを変えるように誘導するかで必死になっている。
「でも流石に何の対価なしにこの家に居候は気が引けます」
「じゃあ対価があればいいの?」
「ま、まあ。その方が」
ハルトは「んー」と腕を組みながら考える素振りを見せる。その姿にその場の全員がハルトに注目する。そして数秒後、ハルトが「あっ」と閃いた声を発すると、三人が固唾を飲む。
「じゃあ住み込みでメイドにでもなる?」
ハルトの提案にアイリスは「それはいいわね!」と両手をぽんっと叩きながら答える中フィーリアはハルトを睨めつけてきた。アイリスはが「どうかした? フィーリア」と聞くとフィーリアが訝しんだ様子で、
「お前、お料理得意かしら?」
「え? 料理ですか?」
「そうなのよ。メイドになるんだったら料理が美味しくなくちゃ嫌になっちゃうのよ」
「あぁ、そういう事か。アイリスの料理が美味しすぎてそれを下回ったら嫌だからそんな質問しているのか! なるほどなるほど」
ハルトがフィーリアの心情を解説すればするほどフィーリアの顔は真っ赤になっていき、反対にアイリスの顔はどんどん晴れていく。
「もしかしてフィーリア、私の料理美味しいって言ってくれるのね! ありがとう! フィーリア」
「このアイリスとか言う娘、都合のいい耳しか持っていあがらないのよ!」
とフィーリアがアイリスのお腹をポンポン叩きまくる。がアイリスにはダメージは無く逆にフィーリアが頭を撫でられる始末だ。
「むっきーーなのよ!」
「まあそ言うことで良いか? アトリス」
「はい。私をメイドとして住み込みで雇うと言うなら、それでも良いですよ。ご主人様」
アトリアのご主人様呼びに思わず顔を逸らし少し顔を赤らめてしまう。するとこう言う時だけ感情の変化に鋭いアトリアがハルトの肩を突っつきながら「ご主人様、ご主人様」とにやけながら、
「どうしたんですか? ご主人様。あっ、お顔が赤いですよご主人様。大丈夫ですか? ご主人様。額、失礼します。ご主人様」
「やめろ! そのご主人様を連呼するのは!」
「えー、私はメイド。あなたはご主人様。それでいいじゃないですか〜」
言葉が進むほど声にねっとりとした色っぽさが増していく。いい加減鬱陶しくなって来たので、へばりつくアトリアを右腕で振り払うと結構強めに、
「お前! そういうキャラじゃなかっただろ!」
「じゃあ、今からそう言うキャラになります〜」
「な、ならんでよろしいーー!」
ハルトの切実な願いは空高く消えていった。
「あっ、アトちゃんこれなんてどう?」
「だからお嬢様。先程にも申し上げたように私はなんでも良くてご主人様が良ければなんだって良いんです。それが良いんです。あと、アトちゃんとは何でしょうか?」
「アトリアのあだ名よ。嫌だったかしら?」
「いいえそんな事は」
あれから一夜たった今は服屋に来ている。もちろん買う物はアトリアのメイド服だ。アトリアは気づいていないがこのお店かなりの高級店らしく、メイドに着せるような服を買う店ではないらしい。ちなみにこの情報はフィーリアが教えてくれた。
アトリアはメイドになったことによって呼び方が変わった。アイリスの事をお嬢様と呼び、ハルトの事をご主人様と呼ぶようになり、フィーリアはフィリアお嬢様と呼んでいる。
昔、フィーリアの事を気安くフィラっちと呼びフィーリアからタコ殴りにされていた事は記憶に新しい。
「ご主人様、ご主人様。こちらとこの服どっちがよろしいでしょうか?」
アトリアがヴィクトリアンのメイド服とクラシカルメイド服を手に持ってきた。
ヴィクトリアンのメイド服は装飾が少なくエプロンが膝下まで伸びており、前側も後ろ側もエプロンが囲っているのが特徴的だ。
クラシカルメイド服は肩と袖口にフリルが付いておりエプロンが前側にのみ着いているのが特徴的だ。
「んー、どっちでもいいかな」
と自分の感情に的確に答えると、アトリアが「むぅー」と頬をふくらませる。あれ俺なんか悪いことしたかな?
「もういいです!」
「えぇ」
言葉を吐き捨て、どこ何にそそくさと行ってしまった。女心を知りたい今日この頃。
その後、想像どうりアトリアに質問攻めをくらい続ける。ミリタリー、ミニスカ、エドワーディアン、挙句の果てにチャイナっぽいのも出てく始末だ。
「いやここどこだよ!」と心の中で突っ込んでしまう。てっきり中世ヨーロッパだと思っていたのに、
「それにしてもこのお店品揃えが良いですね。これならご主人様のお眼鏡にかなういい服が見つかりそうですね!」
そうなんだよ品揃え良すぎなんだよ! この店のせいで質問攻めに食らい、心身ともに疲れ果てているだよ! とまたしても心の中で突っ込んでしまった。すると
(ハルト、心の声経由で聞こえているのよ。ご愁傷さまなのよ)
「そーいえばそんな機能あったわー!」
「ご主人様、どんな機能なんですか?」
「えっと、その、ナンデモナイヨ」
今度はほんとに喋ってしまったー! もう僕嫌だ。
「怪しいですね。隠し事は良くないですよ。ご主人様。えいっ」
「ひゃい」
突然アトリアが肩に登ってきて耳を舐めてきた。思わず反射的に変な声を発してしまう。小柄ながらアトリアは運動神経はいいのでいとも容易く耳までたどり着く。
「アトリアここお店の中だから!」
と注意すると何故かアトリアはどんどん明るい顔に変わって行く。疑問に思っていると、アトリアが両手をぽんと叩き、
「じゃあ家ならどんな事をしてもいいんですね!」
「家でも外でもダメーー!」
アトリアに振り回されるハルトであった。
何を聞いてもなんでも「いいんじゃない」と言い続けたら先に折れたのはアトリアだった。「ぷんすか」と言いながら結局アトリア一人で決める事になった。
今ハルト達はお店の外で待たされているところだ。今日買ったメイド服を今この場から来て帰るそうだ。それで今アトリアが出てくるのを待っているのだが、
「なんか凄いのきそうじゃない?」
「同感なのよ」
予想すればするほど心配になる。アトリアの心配ではなく今後のハルトへの心配である。
そしてゆっくりとお店のドアが開き、緊張の時が来る。そしてある意味予想どうり斜め上の服を来た。
アトリアが選んだメイド服は俗に言うフレンチ物で鎖骨&肩は見せ、裾はパフスリーブ、スカート丈はミニスカを通りおり越してマイクロミニだ。
ぶっちゃけ可愛い。可愛いが目のやり場に色々困るのでやめて頂きたいところだがもう買っちゃた物なので仕方ない。
「ど、どうですか? ご主人様」
「まぁ、いいんじゃない? そこそこ似合っていると思うよ」
嘘だ。実際のところ超ドストライクである。がそんなことを言うと何されるかわかったものじゃない。
「えへへ、ご主人様、すっごく似合っているなんて。ありがとうございます」
「都合のいい耳だなおい!」
そしてアトリアのメイド服はかなりヤバめの服に決定しましたとさ。




