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第九話 狂人は愚者を追い求める

 地面を蹴り上げ、廃墟化した建物の屋根に飛び乗る。軽いとは言え人を二人も持って逃げるいるというのはかなりきつい事だが、フィーリアの強化魔法により不可能ではない。フィーリアの魔法能力はおそらくこの世界でも上位を争う位の能力者なのではと、邪念がよぎる。


 一瞬振り返ると、ちょうどフィーリアの霧が振り払われた時だった。真ん中にいた男がこちらを指さし「追うぞ! 逃がすな!」と叫んでいる。相手の位置も確認したいところなんだが生憎とその余裕は無く、前だけを見据え走ることだけに専念する。


「ハルト。どこに向かっているのよ? 家とは反対方向なのよ」


「遠回りして撒いてから家に帰る! それしか無い!」


「お兄さん、なんで私なんかを助けてくれたんですか?」


「今は話す余裕が無い! 後にしてくれ!」


「うぅん、すみません」


 と、強く息を切らしながら答える。強く言ってしまい過ぎただろうか、少女の言葉が小さくなっている。だって余裕無いんだもん、と自分に対して弁解をする。


 フィーリアの魔法で強化されたのはあくまで筋力だけであり、体力までは強化されていない。本来十しか出せない力を五十まで強制的に引き上げているため、体力の消耗は通常の五倍に相当する事になる。


 下を見ると男達が血眼になって追ってきている状況だ。心做しか回りが少しざわついている様だった。無理も無い、女の子を二人も連れた男が屋根の上を飛んでいっているのだから。騒ぎになっても仕方ないと考えたハルトは住宅街らしきの方に逃げ込む。


 この時間ならあまり人は居ないだろうし、最悪入り組んだ家を利用して追っ手を撒けるかもしれないと考えたからだ。


「飛ぶぞ!」

「え?」「ん?」



 再度、右足に力を強く入れ踏み込む。辺りの地形を確認するためだ。屋根を蹴るその刹那、右足が軋む音がする。骨の限界という訳だろうか? その痛みを下唇を噛むことで紛らわせる。目には目を痛みには痛みをという理論だ。


 勢いよく身体が跳ね上がったせいか全身が下に引っ張られる感覚がする。重力の圧力を強く受けた内臓が少し苦しむ。飛行機の離陸するあの感覚と同じ現象だ。


 昇る勢いは段々とゆっくりになりやがて止まる。止まったのと同時に体が無重力になる瞬間がある。それをの見計らって全身を大きく捻って回転をかける。そうする事によって辺り一帯を見渡すためだ。


「あった」そう小さく呟き逃げ込む方向を決める。


 しかし止まっている時間は一秒にも満たないほんの僅かな時間。瞬間、身体かふわりと落ちて行く。


「くッ!」「きゃーーーーーー!」「かーーしーーらーー!」


 さっきとは反対に何もかもが浮き上がって行きそうな感覚。口から全ての内臓が吹き出しそうな感覚だがこれを息を強くせき止める事によって無理矢理抑え込む。


 地面に着地する瞬間に右足を叩き込むように蹴る。その瞬間、大きな轟音が鳴り響いた。瓦が二、三枚吹き飛んだかもしれない。そんなことには気はせずまた飛び出す。



 数キロ行った先でようやく追っ手を撒くことが出来た。それをしっかりと確認した上で屋根から飛び降り、地面に足をつける。だが油断は禁物。家に着くまでに見つかったら元も子もないからだ。


 ここから家までは約一キロぐらいだ。上手く人陰に隠れながら進んだら不可能な距離ではないはずだ。


「と、まずー、追っ手は上手く撒けたようだが、問題はこれからだな」


「そうなのよ。ここからどうやって家までバレずに辿り着けるかのかが問題なのよ」


「ちょちょ待ってください!」


「ん? どうかしたか?」


 少女が焦ったよう感じに話を割ってくる。ハルトとフィーリアは思わず小首を傾げてしまう。少しづつ太陽が傾いてくる時間帯なので、もしかすると門限のような物があり、それを気にしているのかと考えていると、少女は心配そうな顔で「えっと、その」と口を籠らせた後、


「その、お気持ちはありがたいですが、悪いですよそんなに。私みたいな汚れた人間など家に入れる必要ないですよ」


 少女の汚れた人間という言葉にハルトとフィーリアは大きく目を見開く、驚き半分、自分を汚れた人間と扱う所への心配によるものだ。そして二人は悟った。この少女は少なくとも適切な環境で生活していた人間では無いということ。


「そんなこと気にすんなって、別に俺は気にしないぞ」


「フィラもなのよ」


「で、でも、そんな」


 少女は疑問と不安、そして困惑に苛まれる。何故この人たちはここまで優しくしてくれるのかと、なにか裏があるのでは無いかと邪推をしてしまうほどだ。なんて確証の無い想像をしているとハルトの言葉が続く、


「別に変な負担がかかるとかそんな事で行くのを躊躇っているならそれは心配ご無用だ。そうだな、考え方を変えてみてはどうだろか? 君は俺達に恩を貰うことになる。それはすなわち借りをひとつ作ることと同じの事なのさ、いつかその借りは返してくれればいい。そう捉えたらいいんじゃないかい?」


 彼の言葉に嘘は無いと、そう確信するだけの意志を感じられるほどの言葉だった。だから少女は決断する。


「分かりました。貴方に借りを一つ作ります」


 少女は微笑みながら、ついて行くことを決めるのだった。




 思ったほど家に帰るまでは何事も無かった。普通に静かに歩いてたら家の前という感じだ。


 家の敷地に入ってから少女がソワソワしている。緑があり、少しだけ広い庭と言うものを見たことが無いのだろうか? 普通に見過ごしていたが結構この家の庭は広い。普通に四人ぐらいでキャッチボールが出来るぐらいには広い。


 ハルトが住む家の扉をノックする。すると中から「はいはーい」とアイリスの声が響き渡る。ドアが内側に開いた瞬間、アイリスが少し驚く、


「どうしたのこの子?」


「追い剥ぎにあってたから助けて来た」


「そういう事ね、どうぞ入って入ってー」


 と、軽く承諾し、クルリと半回転して部屋の方に戻っていく。少女は小さな声ではっきりと「お邪魔します」と、言っていた。

 アイリスがこういうことに肯定的でよかった。無いと思うが万が一帰ってと言われたらそれまた大変なことになるからだ。と軽く胸を撫で下ろす。


「それにしても追い剥ぎにあったとは、運が無いのね」


「これに関しては分かっていた事なので、でも助けてくれた事はありがとうございます」


 アイリスの手が一瞬だけ止まり「分かっていた事?」と少女の言っていた言葉を繰りかえす。ハルトもその言葉の意味がわからないでいるがアイリスはあっけらかんとした口調でそう言えば、と少し屈みながら言葉を発する。


「君の名前はなんて言うの?」


「そう言えば聞いてなかったな」


「私はアトリア。よろしくね」


「なんかアイリス似てるな」


「こーら、ハルト、そんな事言わないの」


 アイリスが人差し指を立てながらハルトに向って怒る。こちら側としては怒られた感よりも可愛かった感の方が強く感じる。と心中でにやけていると、アイリスが「メッよ!」と付け足してくる。可愛すぎたろおい。


「一応、俺の名前も名乗っとくぜ! 俺の名前はカシワ・ハルトだぜ! よろしくな!」


 と意気込むようにサムズアップしながら名乗る。その行動にアイリスは苦笑し、フィーリアは呆れ顔になるが肝心のアトリアは少し目を輝かせながらハルトの動きを見ていた。どこに目を輝かせる要素があるのかは分からないがひとまず引かれないだけマシか、と頭の中で呟く。


「はぁー、ハルトに仕切らせるとろくな事にならないのよ。ちなみにフィラの名前はフィーリアなのよ」


 ため息混じりにフィーリアが自己紹介をする。重すぎるため息だ。相当ハルトに困らされている事なのだろうか、などと考察し、ハルトがしょんぼりしているとアイリスが背中を擦りながら「大丈夫よ。これから治していきましょ」とフォローが入るがそのフォローは余計に悲しませるだけの結果にしかならなかった。


「少し遅れたけど私の名前はアイリス! よろしく!」


 アイリスがアトリアに向かってにっこり微笑みながら自己紹介する。するとアトリアが伸ばした指折りながら


「カシワさんに、フィーリアさんに、アイリスね。覚えたわ。改めてありがとうございます」


 アトリアがペコっとお辞儀をしながら感謝する。するとハルトが「あっ」と言葉にして、


「痣すごいからフィーリアに回復してもらったら? フィーリア、出来るか?」


「御茶の子さいさいかしら」


 フィーリアの返答にハルトはパァとした顔で


「そうか! じゃ、いっちょ頼む!」


 ハルトの言葉に一瞬フィーリアはこくんと頷き、右手の掌を上にすると水色の水晶の様な物が出てくる。その水晶をアトリアのおでこに、くっと押し込むとアトリアの全身から白い光が出てきて一瞬で全身のアザが無くなる。

 その光景にハルトもなかなかに驚いたのだが、一番驚いたのはアトリア本人らしい。それもそうかと、簡単に納得してしまう事を考えるとこの世界に慣れつつあるのかなと思うと、少しゾッとした。


「終わったのよ」


 フィーリアが短く言うとアトリアが「はぁーあ」と驚きと感動が混じったような声を発しながら、


「ありがとうございます!!」


 飛び込むようにフィーリアの正面に膝立ちして来たかと思うとフィーリアの小さな手をアトリアの小さな手が覆いかぶさり強く握りしめている。この状態にフィーリアは顔を真っ赤にしながら「感謝はハルトにするのよ」とアトリアにそっぽ向きながら責任転嫁ならぬ感謝転嫁して来た。


「カシワさん! ありがとうございます!」


「ひぇー俺!?」


「はい!」


 その気迫の凄さに思わず一歩後ずさってしまう。話をそらなねば耐えられないと感じたハルトは速急に話を変える。


「そ、そういえばさ、お、お風呂入ってきたら?」


「お風呂まで貸してくれるんですか! ありがとうございます!」


「あぁ」


「そういう事なら私の服を貸してあげるわ。少し大きいかもしれないけど」


「至り尽くせりでもうなんてお礼をすれば」


 そしてアイリスにお風呂場の勝手を教えてもらったアトリアは鼻歌混じりにお風呂に入るのだった。




 これにて俺達に安息の時がやって来ることを完全に信じ切っていたハルトはソファーに飛び込むように座り込む。すると体の中からとある不思議な力が抜けて行く感じがしてくる。一歩疑問に思ったハルトだったが直ぐにその力の正体が分かった。それは


「時戻しの能力」


 そっと呟いた。力が抜け落ちたのだ。これは推測からやがて確信へと変化する。なんて考えているとリビングの扉が開きアトリアが出てきた。


 出てきたその姿にハルトは一瞬目を見開く。服装は丈の短い白と黒のワンピースに肩出しを添えて、と言った感じだ。汚れていて気づかなかったが彼女は透き通る様な銀髪ツインテールで左の結び目にリボンの蝶々結びと言う髪飾りを付けていた。目は黄色と青みのかかった灰色のオッドアイだ。こんな対象的なオッドアイなんてあるんだなと世界の不思議の耽ていると、アトリアがハルトの隣に座る。


「ハルトさん。お風呂ありがとうございました。あと、カシワ方は名字だったそうでさっきアイリスさんから聞きました。すみません」


「いいさ、好きに呼ぶといい」


「そうですが」


 短い会話が終わり、気まずい空気が辺りを漂うのだった。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 なんだか外が騒がしい。いつも夜に来る男達だろうか、いやそれにしてもうるさすぎる。と訝しんでいるとアトリアが慌てた様子で


「ハルトさん大変です! さっきの追っ手が人を増やしてこの家に攻め込んできています! それもすごい人の数!」

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