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少女と鬼さん  作者: 鈴蘭
少女と鬼さん
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1話 夜叉

夜叉(やしゃ)という男が木々の中を歩いていた。

男は黒い艶のある髪と黒い目の和服を着た青年のような見た目をしていた。

しかし、右の額に生えた3つの角はその男が人間ではないことをありありと証明していた。

その鬼の名前は「夜叉」といった。


木々に積もる雪は銀世界というには程遠くいつ積もるだろうかと夜叉は白い息を吐き出した。

辺りを見回してみると機嫌が良さげに酒を飲む体の半分が牛の男や、見た目がほとんど鳥の女が二人の子供を抱えて家に入ろうとしていた。


ここは人ならざるものが住む世界。

かくいう夜叉も鬼の末裔であり人ではなかった。


思い出せぬ程昔に鬼の一族が人間によって滅ぼされかけて以降彼は人目を避けるように暮らしてきた。

しかし、ある日突然この世界への行き方を見つけた。そして住みづらい人間界ではなくこちらの世界で生きることにしたのだ。


こちらで暮らし始めてからはやっと肩の荷を下ろし生きることが出来た。

誰にも鬼であることを隠さなくていい。

その事が夜叉を幸せにした。


そこからは他の住人達の手助けになればと暴れている妖どもを捉えたり手に負えなくなったときには斬ったりもした。いつしかこの世界の秩序を守るための警察のような役割になっていた。今回もその仕事のうちの一つである夜の見回りのために寒い中わざわざ外へ出てきた。


(…特になにも無さそうだな。)


そう思い来た道を振り返ろうとしたとき、

夜叉は景色の中に違和感を感じた。

もう一度凝らして見てみると夜叉は目を見開いた。

雪の下から足が覗いていたのだ。


夜叉は急いで駆け寄り手で冷たい雪を払った。

見えてきたのは絹のような金髪と寒さによって青白くなった肌だった。

その肌には所々傷があり腹からは出血もしていた。だがまだ暖かい。生きているのだ。


「おいっ!大丈夫か?!」


と声をかけた後に夜叉はまた愕然とした。


(魔力の気配がしない…。)


本来ここにいる者達は全員不思議な魔力というものを持っている。

その魔力によって無い物を生みだしたり相手に危害を加えたりする者達もいる。


しかし、この少女は魔力をもっていない。


すなわちそれが意味することは…


(こいつ…人間か!)


そう思い夜叉は腰にたずさえている刀に手を置いた。


(どうする…。ここで斬るべきか…?)


この世界では人間に酷い仕打ちを受けてきた者や人間に怯える者も多い。そこでこの人間を放てばこの世界は混乱してしまうだろう。

本当はここで見なかったふりをするかトドメを刺すべきなのだろう。

しかし夜叉は刀を抜くことは無かった。


(生きているやつを見殺しにしたくない…。

それにこの人間が悪い奴だとも限らない…。)


夜叉はまだ息のある少女を殺すことが出来なかった。

それはきっとこの鬼は他の者達と比べて情け深い者だったからだろう。


(待ってろ。すぐに手当の出来る場所へと

連れて行ってやるからな…。)


少女の頭を優しく撫でたあと体温が下がり始めている少女の体に羽織被せ少女を抱き抱えて走り出した。



この妖の世界にもとうぜん医者のような者もいる。

しかしその医者という者は見た目は子供のようで髪の毛が葉や茎といった植物で出来ていた。いわゆるドワーフ族と呼ばれる者だ。

今回診てくれる医者は植物でできた髭を生やしたご老人の先生だった。


「先生!この子を見てやってくれ!」


抱き抱えた少女を見ると先生は一瞬目を見開いて驚いたがその後は何事も無かったかのように薬品棚から薬を取りだした。


「酷い傷じゃのう…。何かに刺されたかのような傷じゃ。それに小さい切り傷もこんなに…」


慈悲深い眼差しを送りながら先生は傷口の一つ一つに塗り薬を塗って包帯を巻いたり絆創膏を貼ったりしていた。

その過程の途中で先生はおもむろに口を開いた。


「…この子、人間じゃろう?

 何故こんな所にいたのだろうか…。」


「分からない…。でも、もしかしたら

 人間界で歪みが発生したのかもしれない。

 俺達がこの世界に来た時のように。」


この世界と人間界を繋ぐ歪みが発生するのは決まって満月の夜と決まっている。雨が降っていたり雲に隠れてしまえば歪みは発生しなかったことから満月の夜で月の光がさしているときのみ歪みは発生すると言われてきた。


歪みの場所からはとても強い力を感じるのだが、この少女を見つけたときには何も感じなかった。つまり、そこにもう歪みは無かったということだろう。


「歪みの場所は分からないし雲も増えてきた。

 この子を帰してやれるのは

 最低でも1ヶ月後か。」


「…すまんが、1ヶ月もこの病院にこの子を置く

 ことは出来ない…。人間であるこの子をずっと

 ここに置いていれば危害を加えられてしまう

 じゃろう。ここにはそのような輩も

 よく来るからのう…。」


先生は申し訳なさそうに言った。それは夜叉も予想していたことで引き取り先がいなければ自分の家に置いておく覚悟もあった。


「もちろんだ。俺が連れてきたのだから

 俺が責任を持ってこの子の面倒を見る。

 だから大丈夫だ、先生。」


そう言い夜叉はちらりと少女の様子を伺った。ドワーフ族伝統の塗り薬のおかげか先程よりも顔色がよく見えた。

少女はまだ幼い。人間でいう14歳から16歳くらいに見えた。


(俺がこの子を助けると決めたんだ。

俺がこの子を最後まで守らなければ…。)


夜叉は誰にも見えないように拳を握りしめた。


「そうじゃ、これを渡しておこう。

 ほれ、この子が首から下げていたものじゃ。」


そう言った先生は夜叉に小さな箱のような物を渡した。夜叉はその箱に見覚えがあった。たまにこれを使って写し絵を作っている妖から聞いたことがあった。


(確か…か、かめら?だったか?)


しかし、一部が凹み夜叉の素人目でも分かった。

これは壊れているな、と。


手に収まるサイズの小さなカメラの底には名前が彫ってあるのを見つけた。


(ジュ…リア?)


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