日々を繰り返す少女の憂鬱4
「私は、ごく普通の家庭に生まれたわ。ユキみたいに公爵家とかに生まれたわけでもなく、ルナみたいに奴隷商で育つようなことにもならない、どこにでもある普通の家庭よ」
僕たちは今、ヒヨリの案内に従ってヒヨリの過去を見ている。あたりを見渡せばのどかな風景が広がっている。ここがきっと、ヒヨリの故郷なのだろう。
「私の故郷、サザン。私には一人、少しだけ歳の離れた兄がいたのよ」
「お兄ちゃん、か」
「ええ、とても立派な兄で私の自慢だった。兄は非常に腕の立つ人で王都にある騎士団選抜試験を受けるために王都に向かっていったわ」
僕たちの目の前で、ヒヨリに非常によく似た少女……おそらくだけど昔のヒヨリ。それからヒヨリのそばにいる男の人と女の人、それから青年の姿があった。あれが、ヒヨリの家族だろうな。みんなヒヨリと同じ明るい茶色の髪の毛をしている。
そして僕らの見ている前で青年が馬車に乗ってどこかに向かっていった。兄の姿を笑顔で手を振りながら見送っている幼いヒヨリの姿。
「この時は、お兄ちゃんと会えなくなることがなるなんて思っても見なかった」
「何が、あったの?」
「落石事故で、死んじゃった」
ユキの質問に少しだけ涙声になりながら(その当時のことを思い出したのだろう)答える。落石事故、か。僕の時代でもそういう事故は時々発生する。コンクリートで舗装された道……そこまで関係ないかな? まあ、とにかくこの世界でもそんな事故が起きることは珍しくないのだろう。
「私がそれを聞いたのはその日の夜。どうやらお兄ちゃんが死んだのは昼だったみたい。それが……悲劇の始まりだったの」
いつの間にか、場面が転換していて、夜になっていた。そして、鎧を着た人物がヒヨリたちの家を訪れている。何を話しているのかはよく聞き取れないけど、ヒヨリの母親が涙を堪えるように両手で彼女自身の顔を覆った。
「人が死ぬって……いや、遺族って……」
これ以上、僕は言葉にできなかった。あまりにも不謹慎だと思ったからだ。でも、それを思わずにはいられない。サラちゃんもいるけど、家族が死ぬって……残された家族は悲しみに暮れるしかない。わかっていたけれど、人の命を奪うということはこういうことなのだろう。遺された家族を考えるとこうなるのは当たり前なのだろう。
「私はそれを聞いた時、ショックを受けたわ。そしてその日に寝る前、ずっと泣いていた」
涙をずっと流しながら眠っているヒヨリの姿を僕たちはなんとも言えない顔でずっと眺めていた。眺めることしかできない。だってこれはもう、過去の出来事だからだ。そして僕らの見ている前で時間は飛び、朝起きたヒヨリの姿を見ることができた。起きたヒヨリは泣きながら両親と会話をして……そしてかなり驚いた表情をしている。
「ねえ、ヒヨリ、これって」
「そう、私が意図したわけじゃないけど、兄が死んだ日が繰り返されたのよ」
「本当だったのですね……それにしてもアカリさんはなぜわかったのですか?」
「僕の能力……正確には神様と繋がっていることに起因するみたいだ。サラちゃんの言葉を借りるのならば神の使いということが理由かな」
改めて、ヒヨリの能力を知って、いや、見て、カナデたちは驚きで目を見開いている。僕やヒヨリが説明していたし実際にこの能力じゃなければ解明できないような出来事が起きていたから頭ではわかっていたのだろう。ただ、それでも信じられなかっただけで。
「アカリのことは今はいいわ。そして不思議に思った私は村中の人に話を聞いて回ったわ。何が起きているのか把握できなかったけど、夜になって、あの時の鎧の人が訪ねてきて、そしてまた私にとっては2度目の説明を聞いたわ」
そしてまた、ヒヨリはベッドに潜って眠った。よくわからないけど、兄が死んだという事実だけは突きつけられて、精神的に消耗しているのがわかる。無理もない。幼い少女に兄の死を何度も聞かされる苦痛というのは計り知れない。
「そしてまた、1日が始まったわ。またしても兄が死んでいない朝が」
また、朝になってヒヨリは目を覚ました。二回目となると少しは理解できたのかヒヨリは絶望的な表情をしている。そしてまた起き上がり、両親に何事か話して、そして外に飛び出した。
「もう理解したのか……早いな」
「あんたも似たようなものでしょ?」
「いや、僕は元の世界で似たような話を聞いているから」
前も思ったけどループものって割と定番だからね。だからすんなりと受け入れることができた。でも、ヒヨリはそういう知識がない。ない中でこんなにも素早い状況判断をすることができたのは本当にすごい。
「子供だったからね。お兄ちゃんを救えるかもしれないって希望を持って走って行っているのよ」
言われてみれば確かにヒヨリの顔は輝いていた。もしお兄さんが落石事故に巻き込まれるより先に忠告をすることができれば助かる可能性はある。そんな希望で満ち溢れている。でも、
「子供が足で動ける距離だなんてたかだか知れてるわよ」
結局走ったはいいもののすぐに体力が尽きてしまって兄の元へはたどり着くことができなかった。大人なら馬車とかを借りて動くとかできたのだろうけど子供ではそんなことすらできない。
「残酷な世の中よね」
「厳しいけど、これが現実です。子供では……できることに限りがあります」
ルナの言葉はものすごく実感がこもっているようだった。いつか、ルナの過去も知る時が来るのだろうか。でも、今はヒヨリの過去を見続ける方が優先だ。
「悲しいですね」
「ヒヨリは、こんな過去を背負っていたんだね」
カナデやユキもヒヨリのあまりの過去に言葉が出ないようだった。二人もそれなりに辛い過去を背負って生きてきている。それでも、ヒヨリに比べれば……そう思ってしまったみたいだ。僕たちの目の前でヒヨリは、何度も何度も同じ日を繰り返している。最初は明るく希望に満ちていたヒヨリも、だんだん暗い表情になっていった。
「ああ」
「今なら少しわかるわ。どうしてこの時繰り返す日々が終わらなかったのか。私が兄の死を受け入れることができなかったから。それを受け入れることができずに、未来を変えようとしたから、あの日が終わることがなかった」
ヒヨリは淡々と言っているが、見ている僕らも辛くなってくる。もう数えるのも億劫になるぐらいヒヨリは同じ日を繰り返している。並の人間なら精神がおかしくなってしまったとしても不思議じゃない。毎回毎回違う方法を試しながら兄の元へと行こうとしている。そして毎回毎回失敗している。
「そして、その時がきてしまうのよね」
「ん?」
しばらく見ていると、ヒヨリの動きに変化があった。今回は助けに向かうことをしないで、近くを通りかかっている商人たちに話しかけている。
「あの商人は?」
「本来なら兄と一緒に死ぬはずだった商人たちよ……本当に未来が変わるのか知りたくなったのよね」
ヒヨリと話していた商人は少し胡散臭そうにしていたがやがて観念したのかうなづいてゆっくりと馬車を進め始めた。明らかに速度が遅い。確かにもっと早い速度で動いていれば……きっとお兄さんと同じように落石事故に巻き込まれてしまいそうだ。そして、その後ヒヨリは自分の村に戻った。そしてやってきた鎧の人に何事か話していた。
「商人たちが死んでいないか確認したのよ……結果は成功。これで、とにかく未来が変わることが確定したわ」
鎧の人と話をしていてそして、ヒヨリの顔が怪しく歪む。少しだけ希望が戻ってきたようだった。でも、それってつまり、
「この時に代わりに誰かが死ぬことになるのよね……でも、この時の私は当然何も知らなかった」
それから、またしてもヒヨリの兄を救う日々が始まった。今までと同じようで、少しづつ異なっている。最初はよくわからなかったけど、ふと、気がついた時には、もう、そこには恐怖しかなかった。
「少しずつ、死んでる人が異なっている」
「そうね、毎回違う人が何かしらで死んでいっている」
そう、あるループでは助かっていた人が別のループでは死んでしまっている。でも、そこに規則性など何も存在しなかった、ただ、あんまり言いたくはないけれど神々の遊びと言われても納得できるぐらいに。
『それは言わないでほしかったなー。てかこれ結構大変なのよ』
何が大変なのかよくわからないが、僕はヒヨリの日々をただただ眺めることしかできなかった。しかし、その日々は突然終わることになる。
「え?」
「ちょっ、どういうこと?」
突然、ヒヨリがいつものように朝起きて兄を救うために進もうとした時だった。ヒヨリが倒れた。予兆とかが一切なく突然。そして、世界が暗転した。
「私はいつの間にか意識を失っていたのよ」
世界がゆっくりと明るくなっていった。意識を失っていたというけど、それでもヒヨリの意識がはっきりしはじめたのだろう。そして、明るくなったときには、ヒヨリは立っていた。
両親の亡骸の前に。
「え?」
「きゃああああああああ」
また暗転したと思ったら、僕たちはまた、ヒヨリが話し始める直前の状態に戻ってきた。
「これで、私の話は終わりよ……あの後すぐに突然村に謎の白骨死体が現れて村人を襲い始めたわ。そして、空から声が聞こえてきたのよ。村が襲われるようになったのはわたしのせいだってね」
これで私の話はおしまい。そう言ってヒヨリはゆっくりと息を吐いた。それに対して……僕たちは何も言うことができなかった。いや、違うな。
「ヒヨリ、話してくれて、ありがとう」
これが単なる自己満足であることぐらいはわかっている。それでも、僕にはこんなことしかヒヨリにかける言葉が見つからなかった。
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