エルフの里7
「僕の『純潔』を使えば見張りは無力化出来ると思う。だからルナ、鉄格子は壊すこと出来る?」
「可能です。だいたい、能力を封じられているわけではありませんので……」
僕、ルナ、カナデの三人でこれからの計画を話し合う。そして、確かにルナの言うように特に対策らしい対策なんて行われていないみたいだった。
『まあ、そもそも侵入者とかは即殺すような感じだしね。シンやサラ、ルナがいなければもう死んでいたわよ』
そういうものなのか。これは運がいいと思うべきところなのだろうな。それならその幸運を相手が逃げるという選択肢を見逃している……ことはないな。
「おそらくだけどここを突破しても外はまだ警戒しているだろうな」
「そうですね。私たちが逃げ出す可能性を考えていないとは思えません。外にも見張りがいると思っていいでしょう」
「それも僕の『純潔』で封じるにはリスクが大きすぎる」
「そういえば、アカリさん、体の調子は大丈夫ですか?」
「多分大丈夫」
牢屋の中だから精神的にはそんなに休まることはなかったけど、それでも肉体的に休むことができたので今は大分楽になっている。ただ、感覚的には乱発は不可能と言ったところだな。
「そうですか。よかったです」
「そういえば今回の目的はなんでしたっけ?」
「人間との戦争をやめさせる、だよ」
エルフが人間の手によって殺されてしまい、その復讐心から人間との戦争を考えている。それを止めるためにサラちゃんたちは逃げてきたのだから。そしてその目標を達成するために、どうすればいいのだろうか。
「取れる手段は主に2つです。私たちでエルフを皆殺しにする。それか、説得する」
「説得、の方がいいだろうな」
皆殺しにするにしたって、僕はもうサラちゃんとシンくんを手にかけることなんてできない。だから必然的に説得一択だ。それはルナもわかっていたようで、すぐに賛成してくれた。
「はい。そうなると、どうやって止めるべきか、ですが」
「私たちでその殺した人を探し出す、とかですかね?」
「それで見逃してくれるかな……」
ユラムが協力してくれるのならば見つけること自体は可能なのだけど、これにはいくつかの問題がある。一つは見つけたところでエルフがその人を殺してしまった時、今度は人間側が殺意を抱いてしまう可能性があるということ。その場合双方の意見は真っ向から対立してしまうのでもう修復は不可であるということ。それと口にも出したけど最初にその条件で見逃してくれる可能性がかなり低いということだ。
「さすがに出たとこ勝負はまずい」
そして僕はこのことを一切考えていなかった。今までが忙しかったからといえば言い訳になるけどそれでも考えていなかったのは僕の責任だ。説得するやりかた、それを身につけておかないと。ルナみたいに力で潰すのが簡単だって思ってしまうから。
「人間との共存のメリットを伝える、とかでしょうか」
「それかな……」
『いや。もっと簡単な方法があるわよ』
「どういうこと?」
「アカリさん?」
「ごめん、ちょっと待ってて」
ユラム、どういうことだ? エルフの人たちの行動を抑えることができる簡単な方法。それってどんなのがあるんだ?
『簡単よ。共存のメリットと似ているけど、もっと資本的よ。人間とエルフ、共通の敵を作り出すのよ』
「それはっ」
声に出しそうになったので慌てて口で抑える。でも、ユラム! お前が言おうとしている共通の敵ってつまり、邪神教のことだろ!? それは僕のクラスメートたちのことを売るってことに他ならないよな。そんなこと……できるはずがない。
『でも、このまま行けばあなたたちは全員死んでしまうわ。それにスケープゴートにしたところですぐに死ぬとは限らないわ。だってあなたのクラスメートである証拠なんてほとんど無いに等しいのだから』
「……」
ユラムの言おうとしていることはわかっている。それは所謂誤魔化しだ。世界は今危機的状況にあるとエルフたちに説明して一旦抑えてもらう。そして適当に誤魔化せば……いや、あの態度を見るに黒目黒髪のやつがいたらすぐに戦うことを始めそうだ。
『そうねぇ。でも矛先をずらす、というのは正しいわよ。邪神教というのが宝玉を狙っているのは紛れもない事実なのだしそれを伝えるだけでも大分変わるわ』
そうだけど……そうなのだけど、ああ、ダメだ。これ以上いい考えが浮かばない。それにこれ以上ユラムとだけ会話するのも避けたほうがいいし。
「二人とも、聞いてくれるか?」
「はい」
一人で考えても仕方が無いので僕は二人に相談する。こういう時はユキもいてくれたほうがいいのだけど、彼女は今サラちゃんのほうで手一杯だ。サラちゃんを放ってきてくれなんて言え無いし、それに二人だって充分に頼りになる。
「私は賛成です。あとはご主人様の交渉次第、かと」
「アカリさんの同郷の人間を代わりに標的にするのは私的には嫌です」
「うん、でも邪神教の存在は伝えるつもりなんだ。どの道、宝玉はあいつらの手に渡してはいけない」
だから、悩んでいる。このまま行けばエルフと坂上たちが本格的に戦いを始めるのは間違いない……ん? そういえば、と気になっていたことをルナに聞いておく。
「もし、エルフとハヤテたちが戦ったとして勝つのはどっち?」
「エルフたちの負けです……少なくとも坂上とハヤテその二人だけで壊滅するのは間違いないでしょう。それに他のサポートが加われば……おそらく」
「そっか」
ルナが下した判断を僕はどんな思いで聞けばいいのかわからなくて、結果的にものすごく微妙な表情をしてしまっている気がする。
『もうこのまま戦争させたら? そしたらエルフたちも敵討ちを行えて満足、坂上たちも叩き潰せて満足、あなたたちも生き延びれて終わり!』
それ、絶対に進んではいけない道だよね。なんていうか……人として。いや、もうこの世界の倫理観的にセーフなのか? なにが正解なのかわからなくなってくる。
「おそらくアカリさんが悩んでいるのは相手との違いが大きすぎる、という点ですね。こちら側はあくまでも一個人。そして相手はエルフという1種族。エルフは繁殖をあまりしない種族ですのでここに集約されている」
「確かにカナデ様の言葉も一理ありますね……ご主人様はなにも人間の代表としてここにいるわけではないのですし」
二人の意見を聞いて少しだけ落ち着くことができた。なるほどね。無駄に責任を背負ってしまっていたのかもしれない。ここはもう少し落ち着いて考えるべきだと思う。こうやって落ち着くことができたのも二人のおかげだ。
「そもそもエルフが戦争をふっかけようとしているのを止めてくれって話だったよな」
「そうですね」
「なら……あ! そうだエルフたちの記憶を消すとか」
「ご主人様もなかなかに鬼畜ですね」
ふと思い至ったことがあったので口走ったらとんでもなかった。ルナにまで鬼畜と言われるとは……正直予想していなかった。いや、自分で思い返してみてもなかなかにやばいことを思いついたものだよ。
「ですが、それも一つの作戦としてアリかと」
「話に熱中しているところ悪いのだけど……サラちゃん落ち着いたわ」
「みなさん、すみません……」
「気にしないでいいよ」
サラちゃんが謝ってくるが、それはもうどうしようもない。身近な存在が死んでしまうのは慣れることじゃない……僕だって見知らぬ人が死んだだけでかなりのショックを受けたんだ。むしろこれぐらいで気持ちを切り替えることができたことに驚く。ユキとヒヨリが付き添ってくれたおかげだ。
「それで、できる限り早く、お兄ちゃんを救いたいです……戦争を止めてみんなが死ぬのを止めたいです」
「……わかった」
そしてサラちゃんは僕らの目を見て訴えかけてくる。……そっか。
「そうだね」
「アカリさん?」
「ご主人様?」
僕の言葉に問いかけてきたけど僕の心はもう、大分すっきりしている。サラちゃんの言葉で方向性が定まった。そうだよ、悩む必要なんてない。
「エルフとか、戦争とか色々あるけど……僕らは結局サラちゃんの頼みできたわけだ。だからそれを叶えよう」
「……そうですね」
「それじゃあ行こうか。ルナ! 頼むよ『純潔』!」
僕はみんなに告げて、そしてポケットに入れた宝玉の能力を発動させる。最後は僕が終わらせるのは決まっているけど、それでも、それまでに迷うことはなくなった。そうだよ。助けたいから動いているんだ。




