吸血鬼の少女9
ルナのユキの呼び方を変えました
「これで、だいたいすんだかな」
『結局あんた誰も殺さなかったのね』
ユラムが言っているように、僕の周りにはうめき声をあげて倒れている人しかいない。ヒヨリやルナの方を見てみれば、倒れている人の中に、まったく動かない人もいる。まあ、予想はしていたけど彼女たちは何人か、殺しているんだね。
「殺さなかった方がよかったでしょうか?」
「いや、構わないよ……それに僕は殺さなかったのではなくて殺せなかっただけだし」
性格的な問題でもあるし、戦力的な問題でもある。それに、ルナには殺すなって指示を出していなかったからね。そこを僕がとやかく言う権利なんてない。過去に殺したことがあるから良心の呵責とかが起きるわけじゃないけど、それでもできるのなら、殺したくない。つーか今の言い方だと殺さない方法も取れたのかよ。
『ちなみにだけどヒヨリとルナまでもが不殺を貫いたらヒヨリが死んでいたわよ』
……、そっか。なら、この結果で良かったのかもしれない。やっぱり全てを救うことなんてできない。どこかで、きちんと線引きをしないといけないのか。
それよりも、気になることがある。ここを襲っていたのはだいたいが女の人や子供だということだ。だから僕としても殺さない立ち回りをすることができた。もしここに力の強い男とかがいたら変わっていただろう。
「アカリさん!」
戦いの中で少し杖に血が付いてしまったのでそれを拭って綺麗にする。それをしていたらユキとカナデが戻ってきた。
「この辺り一帯の避難は済ませたわ」
「ありがとう」
「それでは、次の場所に向かいましょう」
「次?」
「はい、暴動はいくつもの場所で起きているみたいです」
なるほどね。だからここには女子供しかいなかったのか。なら他のところにも向かうしかないけど……一つ一つ潰していっては時間が足りない可能性があるな。
「じゃあまた同じようにしようかしら。カナデ、案内できる?」
「はい、任せてださい」
「いや、それだと間に合わない」
「アカリ?」
さすがにここの警備の人たちが動いていないとは思えない。だからもうじき落ち着くだろうが、それでもヒヨリやルナの動きを見ていたら僕が動いた方がいいと思う。できる限り死人を減らすために。そして、僕にはそれができる。さっきは慌てていて使えなかったけど、冷静に考えたらこういうときに最強の能力がある。
「僕とカナデで一つを担当するから、ルナたちは別の箇所をお願い。カナデ……鳥たちとコミュニケーションはとれる?」
「ある程度なら騒動の場所を見極めることができます」
「そう? じゃあルナの案内でお願い」
「ええ、わかったわ。それじゃあ次の場所へ向かいましょう」
そしてまたしても僕たちは別れる。ユラム、『純潔』によってかけることができる幻術の範囲ってどれくらい?
『そうねぇ……まあある程度はあると思ってくれていいわ。それに今回はそこまで強くかける必要はないし』
強くかける必要がない? それは少し気になるな。ユラムの言葉がいつもいつも意味深すぎて常に引っ張られてしまうのだけど。
「アカリさん! こちらです」
「ああ、ありがとう」
思考の波に沈んでしまいそうになった時に、カナデから声がかかる。確かに向こう側から騒音が聞こえて来る。どうやら、警護兵たちが戦っているみたいだ。
「君たち! 何をしているんだ」
「この暴動を押さえに来ました!」
「必要ない! 子供は避難しておくんだ」
近くにいた人に気付かれてしまった。そして優しい言葉をかけられる。でも、僕は引くわけにはいかない。戦っている場所を見て、はっきりした。警護兵たちは、奴隷たちが武器を持っていないことをいいことに容赦なく殺している。警告を無視して動かない僕を見て、声を荒げる。
「しかし、君になにができる」
「大丈夫です『純潔』」
杖を地面に突き刺して能力を発動させる。強く幻術をかける必要がないというユラムの言葉を信じて強さよりも範囲を意識する。
「えっと、俺たちはなにを」
「あれ? どうしているんだ?」
「どういうことだ? 奴隷たちの動きが止まったぞ?」
幻術を軽くかけたところ、奴隷たちの動きが止まる。眠らせることも考えたけどそれをするだけの力を注ぐことができなかった。
「隊長! どうしますか? 奴隷たちに戦う意思はもうないようです」
「わかった! なら、できる限り捕縛しろ。上の判断を仰ぐ」
「はっ!」
そしてこの場のまとめ役の人が他の兵士たちに指示をだしている。よかった。これで無駄な殺人が発生することを防ぐことができたな。そしてそんな僕に対して近くにいた人がまた話しかけてきた。
「しかし、君のその能力、素晴らしいね」
「今回の暴動に合っていただけですよ」
「ああ、だが、おかげでこちらの無駄な損害も少なく済んだし他の場所へも人を派遣することができる。感謝する」
「いえ、こちらこそ、急にでしゃばってしまってすみません」
褒められてちょっとだけ気恥ずかしい。それにしても、どうしてここの奴隷たちはすぐに収まったんだ? ユラムは気がついていたみたいだけど。
『ああ、これはね、あらかじめ別の幻術がかかっていたのよ。それをあなたが上書きしたことでその効果が消えたってわけ』
別の幻術……それってつまり幻術を扱う人間がこの暴動の黒幕ってことでいいのだろうか。でも、それにしては計画が大分杜撰な気がする。今回の暴動も奴隷たちが分散してしまっているせいで少しずつだけど収まってきている。
「アカリさん! 次の場所に向かいましょう」
「う、うん」
「他のところにも行くのかい?」
「はい、どうにかして、この暴動を止めたいと考えています」
「そうか、若いのに立派だね。我々もここが済んだら向かうからくれぐれも無茶だけはしないように」
「わかりました、失礼します」
ここの兵士たちに一礼するとカナデと一緒に次の場所へ向けて走り出す。
「アカリさんが別行動を選択したのって、無駄に人が死ぬのを防ぐためですか?」
「え?」
走っている時にカナデがそんなことを聞いてくる。質問の形をとっているけどきっと彼女の中で答えが出ているのだろう。
「まあ……そうだね」
「どうしてそこまで人の死を嫌がるのですか?」
「僕の故郷はね……かなり平和だったんだよ。人が死ぬことなんてほとんどない」
正確には考える必要がないってことだけど。そりゃ、殺人事件なんてしょっちゅう起きているし、交通事故なんてのもすぐ近くで起きる。本当に平和かと聞かれたら答えに窮することはあるだろうが、それでもこうして当たり前のように暴動が起きたりして常に死を意識する必要がないってだけだかけどね。
「そうなんですね……だからアカリさん優しいのですね」
「優しい?」
そんなことを説明できるはずがないのでほとんどごまかす形になったけど、それでもカナデはそんなことを言ってくれる。でも、優しい、かそんなことは絶対にないよ。
「人が死ぬのが嫌だから、こうして戦いに来ているのですよね。それは、立派な優しさです」
「……違うよ」
そう、違う。確かに人が死ぬのは嫌だ。でも、さっきルナにも言ったけれど僕がここにきたのは、こうして暴動に立ち向かっているのは、僕が優しいからじゃなくて、
「単なる、僕のエゴだよ」
「エゴだとしても、動くことは大事です……なんだかんだで動かなかった私と比べたら」
「……」
きっと、彼女の巫女生活のことだろう。このままではいけないとわかっていても動くことができなかった、どうにもできなくて苦しんでいた僕が来る前のことだろう。それを思い出して、そんな言葉を言ってくれているだろうか。
僕だって動くことができなかったことはある。最初に見殺しにしてしまったあの奴隷少女の時のように。……ああ、そっか。重なるんだ。だからここまで出向いているのかもしれない。
「だから、アカリさんは優しいのです。私はそう、思います」
「そっか……」
「はい……この先にユキさんたちがいます。合流しましょう」
そっか……、そんな風に見えているんだな。ねえ、神崎、僕は、君たちに少しでも追いつくことができた、そう思ってもいいのだろうか。そんなことを考えながら僕はカナデの後についていった。
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