吸血鬼の少女5
「ああ、起きてるよ」
その言葉とともに僕は部屋の扉を開ける。するとそこにはユキたち三人がいた。
「三人ともどうしたの?」
「え? アカリを起こしに来たんだけど……ルナ、おはよう」
「おはようございます。ユキ様」
起こしに来たって……ルナがいるから問題ないのに……いや、吸血鬼だから朝が弱いって思って起こしに来てくれたのかな。それならまあ、納得だ。
「用事も済んだし私あんまりこの都市にいたくないから出ましょう?」
「そうですか? せっかく大都市に来たので少し観光にでもいきませんか?」
ヒヨリの提案をカナデがすぐに却下している。二人のどちらの気持ちもわかるからどうしようもない。ルナがいるだけで侮蔑の視線を向けてくる人たちがいるところにいたくないし、でも、やっぱり平和ボケって言われるかもだけど観光はしたい。まあ、自分の目的のためならもう出るでいいのだけどね。
「アカリは? アカリはどうしたい?」
「僕? 僕もヒヨリの意見に賛成だね。目的を果たしたんだし……ユキは?」
「私は……あ」
「どうしたの?」
順番にみんなの意見を聞いていたら突然ユキが声を上げた。みんながどうしたのかとユキに注目する。ユキは辺りを見渡して誰もいないことを確認すると、小さい声で僕たちに話してくれた。
「カナデ……あなた、この都市から出ると、殺されるわよ」
「えぇ!?」
まさかの死亡宣告。さすがに見過ごせない言葉なので一旦みんなを僕とルナが泊まった部屋に招き入れる。詳しい話を聞かなければいけないからね。
「殺されるって……誰に?」
「うん、知らないけど……アカリと同じくらいの男の子が二人、カナデの前に立っているのが視えたわ」
「僕と同じ、ね。ちなみに都市に残ったらどうなるんだ?」
「わからないわ。ふと、視えただけだから」
そういうことか。でも、そうなればこの都市からでるという選択肢はなくなったな。さすがに死ぬかもしれないというのにそんな危険を犯すようなことができない。
『相変わらず戦闘以外は優れているのよね。あんたたち』
まあ、それはあるな。ユキの言葉を聞いて、ヒヨリも納得してくれて今日ももう1日この宿に滞在することにした。
「わかったわ。おばちゃんに伝えておく……朝は出ないからアカリとルナで買ってきて」
「ああ、ありがとう。適当に買ってくる」
「あ、このお金で買ってきて」
ここの宿は夜はでるのだけど朝は出ない。なので用意する必要がある。まあ基本的に1日しか泊まらない客が多いみたいだから当然といえば当然なのかもしれないね。そしてさりげなくユキが銀貨を渡してくれた。うん、僕だけだと一文無しだからね。うーん、今日ギルドに行ってちょっとクエストでも受けてみようかな。
「いこ、ルナ」
「かしこまりました」
そしてルナに声をかけて僕は一旦宿からでて都市を散策する。朝を買って来いとは言われたからあんまり観光に洒落込むわけにはいかないけど、まあ少しぐらいなら見て回るのもいいのかな? てか、僕この都市について全く知らない……
「なあ、ルナ、屋台とか知らない?」
「私はわかりません」
「この都市については」
「最近来たばかりですのでよく知りません」
「そ、そうか……」
頼みの綱としてルナに聞いたのはいいのだけどあんまり情報を持っていなかった。困ったな。カナデを連れてくるべきだったかな。彼女の探索能力はずば抜けているのでこういう時に役立つだろうな。とにかく適当に都市を歩いていく。まあ全く知らないとは言っても昨日宿を探すために歩き回ったのである程度はわかるのだけどね。
「おや、あなたは昨日の」
「あ、どうも……」
人通りが多いところに進んで行っていたらなんか怪しげな裏路地の方に出てきてしまった。そしてそこで昨日の奴隷商人に出会ってしまった。向こうも僕のことを覚えていたみたいだ。
「その吸血鬼はどうですか?」
「まあ、充分です」
そんなことを聞かれてもこれ以上のことは言えない。でも、どうしてこの商人はここにいるのだろうか。ルナのさっきの言葉からしてここに定住しているとは思えないし。そんなことが顔に出てしまっていたのだろう。
「ああ、私は奴隷を全て捌くことができたのでのんびり観光をしているだけです」
「そうなのですか?」
答えてくれたのは非常にありがたいのだけど、その回答には驚かされた。だって全部捌くことができた……言い回しには若干嫌悪感がわくけど今は置いておいて、その言葉が意味することってつまり買ってくれる誰かがいたってことだろ。しかも昨日の口ぶりからしてかなり高い奴隷もいたみたいなのにさ。
「ええ、あなたと同じくらいの人でしたが、快く全て買っていただきましたよ……これ以上は信用の問題になりますので教えることはできませんが」
「ええ、わかっています」
まあ商売である以上これはどうしようもないよね。それにしたって全ての奴隷を買ったってなんかすごいな。そんなことを思いながら僕は商人と別れた。
「あーごめんな。商人と会ってしまって」
「いえ、ご主人様が気にすることではありません」
ふと、ルナのことを思い出して僕はルナに謝罪する。奴隷が必ずしも悪とは言わないということはわかったけど商人の口ぶりからしてあんまり良い待遇をしてもらえなかった感じがするからね。
『え? あんたが良い思い出でも作ってあげた?』
ユラムからの厳しい突っ込みが入る。それを言われてしまったら僕としてはどうしようもない。まあ、言われたようにそこまで気にやむ必要がないのだろうね。さて、さっき別れる前に市場の位置を聞いたからそこに向かおう。
「何があるかな。ルナはなにがいい?」
「ご主人様がお好きにどうぞ」
「そ、そうか」
うーん、朝に何が良いのかな。サンドイッチみたいなのがあれば確実なんだけどな。そんなことを思いながら市場を歩き回る。汁物とかになると運ぶのが大変だし手頃なものとかないかな……。
『あら? 向こうにあるのたこ焼きじゃないかしら』
え? どこにあるの? あ、あったあった。ユラムが声をかけてくれなかったら見逃していたかもしれない。うん、たこ焼きなら朝ごはんとして問題ないな。
「ルナ、あそこにしよう」
「はい、わかりました」
「すみませーん、5人分ください」
「はいよって兄ちゃん二人で5人前かい?」
「あー、宿にいるんですよ」
売っているところに声をかける。さっきユラムがたこ焼きと表現したけれどそれが大体合っているんだよね。横に置いてある生地を型に流して中に何かを入れて焼いている。うん、地球で言うところのたこ焼きに本当によく似ているな。
『まあ、ちょっとした発想で食事が同じようになることはよくあることよ。別にあなたの世界が特別ではないのだから』
なるほどね。それにしてもこの生地の中に入っているものって何かな。地球だとタコが主流だけど……まあお好みでチーズとかウインナーとかを入れることもあるしお遊びでワサビを入れることもあったりする。
「すみません」
「ん? なんだい」
「この生地の中に入っているのってなんの肉? なのですか?」
「これかい? これはオクトスライムの肉だよ。食感がプルプルとして歯ごたえが良いんだよ」
「そ、そうなのですね」
オクトスライム……。オクトパスとスライムが混ざったような生き物だな。まあそれなら本当にたこ焼きに近いのかもしれないな。
「ありがとうございます。あ、ルナ、僕が三つ持つから二つお願い」
「はい、かしこまりました」
ルナに少しだけ渡して僕は宿へと戻っていく。さてと、今日は何して過ごそうかな。
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