幻影の戦い6
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「ちょ、ちょっと待って。てか目瞑らないで」
目を閉じて栞が待っている。でも、その、待ってもらえませんかね。突然のことにパニックになってしまう。とにかくこの場をくぐり抜けないとどうしようもない。
「そ、そうだ。ここ通学路だよね? ほ、他の人に見られたら恥ずかしいから別の場所で」
「えー湊くんの意気地なし。でも、ま、いっか。わかったよ。それじゃあ放課後にデートしよ?」
「う、うん」
放課後にデートということになったけど、今通学路でキスをするという事態は避けることができた。いまだにこれが現実なのかわからないけど、僕は栞と一緒に学校へと向かう。そして学校について、いつもと変わりのない生活を過ごす。彼女に喚ばれる前と同じ、何の変哲もない、ごく普通の日常を。
「彼女って誰だ?」
「え?」
「ああ、悪い」
つい、思っていたことが口に出てしまっていたみたいだ。それを神崎に聞かれてしまっていたらしい。誤魔化すことには成功したけれど、気をつけないといけないな。でも、本当に彼女って誰のことだろうか。思い出せない。少しだけ悶々とした感情を抱えていたら、気が付いたら放課後になっていた。
「湊くん、さっさといこ?」
「あ、ああ。またな神崎……?」
栞がきたので神崎に別れを言おうとして、振り返ったら神崎の姿はどこにもなかった。あれ、あいつもう帰ったのかな。そんなことを思いながら栞の方へと視線を戻す。
「湊くん、ここなら二人っきりだよ?」
「ん?」
栞に言われてあたりを見渡してみればそこは女の子の部屋だった。ここってまさか栞の部屋? ならいつの間に。さっきまで僕確か学校の自分の教室にいたはずだよな。いつの間に移動したんだ? 全く記憶がない。
「どうしたの? ここなら二人っきりだよ!」
「そ、そうだけど」
心の準備が。心の準備がまだできてないのです。僕はいったいいつの間に階段を上っていたのだろうか。女の子と一緒に旅を続けていたからなにか進展があったのか? ……ん?
「旅?」
「どうしたの?」
「い、いや……」
そういえば旅をしていたような。していなかったような。思い出せない。正確には思い出そうとすれば記憶が曖昧になっている感じだ。
「気にすることないじゃない。さ、早く」
「は、はい」
再度、栞は目を瞑る。これはもう猶予がない状態だな。覚悟を決めてするしかないのか? えっと……この状況ってなんて言うのだっけ? 確か……据え膳食わぬは男の恥とかいうやつだ。まさかこの言葉を使うときがくるとは思ったも見なかったけど。
目を瞑っている栞にゆっくりと近づいていく。美少女にこんな顔されてしまったら我慢出来る男はきっといないよね。しかもそれが自分の彼女なら尚更だ。というよくわからない言い訳をしながら僕は栞に口付けしようとして……
『なんか、アカリがあの栞って女の子とキスしてたんだけど』
「……?」
ふと、誰かの声が聞こえてきた。そういえばこのシチュエーション、どこかで聞いたことある気がするんだよな。誰が言っていたんだっけ。
「どうしたの、湊くん」
「あ、いや、えっと」
栞に言われてうろたえる。さっきからずっと待ってもらってばっかりだ。
「緊張してるの?」
「まあ、栞が初めてだし」
「ふふっ、そうなんだ」
聞かれたので正直に答える。僕の答えを聞いた栞は嬉しそうに笑う。僕の言葉のどこに嬉しさを感じる所があるのだろうか。
「よかったー湊くんも初めてで。湊くん格好いいから経験豊富なのかと」
「それどこ情報!?」
僕が格好いいって初めて言われたんだけど。もしかしてアレかな。いつも神崎と一緒にいるからその補正で僕も格好よく見えるみたいなことだろうか。
「え? だって、湊くん格好いいよ?」
「そ、そう?」
でも、そんなことを言われてしまったら照れてしまう。もう、ここまできたらもう決めてしまってもいいよね? さっきと同じように言い訳をして、そして再度栞に近づいて行って……
「湊くんがどんなでも、私は湊くんのことが好きだよ」
キスをする前に栞が言った、甘い睦言のような言葉。それを聞きながら、ぼんやりと思う。僕がどんなであれ、全てを受け入れてくれる、そんな理想の彼女が目の前にいる。こんな彼女と並んで歩きたかった。その夢が今、現実に、叶っている。
……ただ、隣にいるだけの彼女が。これは本当に栞と並んでいると言えるのだろうか。
「あ……」
「どうしたの? 湊くん、しないの?」
栞が催促してくる。でも、僕は固まってしまう。今、頭の片隅から、どんな声が聞こえてきたのか、耳を澄ませる。彼女と並んでいる。でも、それはあくまで形だけだ。かつて、僕は、彼女に何て言った?
「一人で大変だけどさ……それでも頑張って、神崎さんたちと並べるようになったら、戻ってくるからさ」
いつ、この言葉を言ったのか、厳密には思い出せない。でも、この言葉をかつて栞に向けて言ったことだけは思い出せる。
僕は自分自身のことを思う。僕は、彼女と並ぶに足る人になっているのだろうか。恋人という特別な関係とか一切関係なく。
「どうしたの?」
「えっと……自分に自信が持てなくてさ。これで本当に栞と並ぶような男になっているのかなって」
栞に僕が考えていることをそのままぶつける。すると、彼女から返ってきた言葉は、
「え? 私は気にしないよ?」
「……君は、誰?」
反射的に僕は、栞にそんな質問を尋ねていた。違う、何かが違う。これが栞だなんてありえない。
「私は私よ? もしかして湊くん、忘れちゃったの」
「違う、栞はそんなことを言わない」
彼女なら、きっと、そんな風に気にしないとか言わない。僕がかつて言った言葉を曲げるようなことをしようとしているときに、それを認めるような言葉を言わない。だって彼女は、自分の信念を貫く僕を、応援して送り出してくれたじゃないか。
「栞は、自分に自信がなくなっている僕に対して、きっと、叱咤激励をしてくれる。君みたいに、全てを受けいれるようなことは決してしない」
それは断言できる。そんな僕にとって都合のいいような人間では、絶対にない。そもそも、他人に都合のいい人間なんていない。だから、彼女は本物じゃない。
「本当の栞は、どこだ!」
「それは私が……あっ」
栞の言葉を聞かずして、僕は部屋から飛び出す。そして家の外に出て、走る。ただひたすらに走る。走りにながら、僕は少しずつ自分の記憶が戻ってきているのを感じた。そうだ、僕は、ここじゃない、どこか別の世界に言って、そして、自分のやりたいことのために頑張っているときじゃないか。
「アカリ!」
「アカリさん!」
「ユキ……そして、カナデ」
走っていた僕を呼ぶ声がした。振り返ってみれば、そこにユキとカナデがいた。そう、彼女が地球にいるわけがない。だから、これは……幻術だ。
「ねえ、アカリ。私と付き合ってよ」
「あ、ダメですよ。アカリさんと付き合うのは私です」
僕の目の前で、僕を巡って彼女たちは争う。男として一度は憧れた光景だろう。でも、僕はいま、そんな愉悦に浸るような気分じゃなかった。
「ねえ」
「何?」
「僕が、宝玉を諦めるって言ったら、どうする?」
僕は二人に向けて、質問する。二人は顔を見合わせて、そして同時に言った。
「別に構わないわ。私の側にいてくれるなら」
「私も気にしません? それに、そんなの忘れて、私と一緒になりませんか?」
「……もういいよ」
彼女たちの言葉を聞いて、僕はまた、走り出す。後ろから追いすがろうとする声が聞こえるけど、それを一切無視する。
「大丈夫。宝玉はアカリが手に入れる」
「アカリさん、頑張ってください! アカリさんなら、大丈夫です」
彼女たちが言ってくれた言葉。それは、僕が勝つと信じて疑っていないからこその言葉。彼女たちとは過ごした時間はそこまで長くないけれど、気休めでそんなことを言うような人間ではないことは僕自身が知っている。だから、諦めるような言葉を吐いた僕に対して、あんな風にそれを肯定するなんて、ありえない。
「僕は、都合のいい世界で生きたいんじゃない。僕は……自分に恥じない生き方をしたいんだ」
僕を信じてくれた彼女たちを裏切るようなことは決してしない。そのために、僕は、力を求めたんだ。僕は走りながら必死に手を伸ばす。後ろからユキの、カナデの栞の僕を引きとめようとする声が聞こえてくる。でも、それには耳を貸さないで、ただ、ひたすらに走り続ける。これが、僕の選んだ道だ。
突然視界が白く暗転したかと思うと、杖を持った女性が目の前にいるのが見えた。そうだ、僕は、自分の力で、道を掴み取るんだ。
僕は彼女の持っている神杖に手をかけて、そして宣言する。
「この勝負、僕の勝ちだ!」
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