神の武器5
「ど、どうして……」
思うように力が出ない。なんで……どうして、僕は力が出ないんだ。さっきの世良との戦いの疲れ? いや、それにしたってここまで力が抜けるようなダメージは受けていないはずだ。頭から血を流しているけどそれでも、大丈夫なはずだ。
『それ普通はヤバイ状態なのよね。ま、説明するとあの杖を使ったからよ。その反動で今こうなっているの。ま、私の武器だし当然よね』
「まじかよ……」
結局こうなるのかよ。なんとか杖を支えに立とうとする。ふらつきながらもなんとか立ち上がることに成功する。あとは……、ユキたちを探しに行かなくちゃ。
杖をつきながら、教会から外に出る。もしここで小沼山たちが待ち伏せをしていたらもうどうしようもない。でも、運がいいことに彼らは本当に帰ったみたいだ。
「これは……」
外に出た僕が目にしたのは家々が燃えている光景だった。あいつら……どれだけ火を放ったのだろうか。燃えている影響であたりが煙臭い。息をするのも少し苦しくなってくる。
「アカリ! 」
「ユキ ! それに……ヒヨリにカナデも」
僕を呼ぶ声が聞こえたからその方向を向いたら、燃えている中でこちらに走ってくる人影が見えた。よかった、彼女たちも無事だったみたいだ。
「これ、どういうこと? 」
「小沼山……僕の同郷のやつらが火を放ったんだ」
本当は隠しておきたかったけど、そんなわけにはいかない。僕はユキたちに誰が火を放ったのかを正確に伝える。すると、当然のようにユキたちから疑問が出てくる。
「どうしてアカリの同郷の人たちが? 」
「多分、魔王が関係してると思う」
「魔王? それよりも早く逃げないと」
ヒヨリに言われるまでもなく、逃げなければいけないことはわかっている。ただ、問題があるのはどこに逃げたらいいのかわからないってことなんだよね。
「大丈夫です。火の手がない方向はこちらです」
「!、ありがとう」
でも、すぐにカナデがどの方向に逃げればいいか教えてくれた。そっか、動物たちがどこに逃げたのかがわかればどこに逃げるのかが明らかだな。僕たちはカナデの案内に従って避難していく。あ、ユラム、ふと思ったんだけど結界を張ったら煙を排除することってできたのか?
『まあ、それはできるけど……でもそれをしたら死ぬわよ? 』
じゃあやめておきます。せっかく生き残ることができたのだし、それを無下にするようなことをしたくない。足を引きずりながらも僕はなんとかカナデのあとについていく。しばらく歩いていると村の外に出ることができた。
「ここなら……大丈夫です」
「そっか、ありがと、カナデ」
「いいえ、お礼なら私じゃなくてそこの小鳥さんに」
カナデが指をさす方向を向けば一本の木に止まっている小鳥の姿があった。なるほど、あの小鳥がカナデを案内してくれたのか。カナデに言われたように、素直にお礼を言う。僕の言葉が届いたのかわからないけど、その小鳥はちょっとだけ鳴くとどこかへ飛び去っていった。
「あの小鳥はなんて」
「え? あー……内緒です」
気になったから聞いてみるもなんか微妙な表情をされてしまった。これは……、多分どうせカナデのためだけに案内したとかそういう感じだろうな。
「アカリ」
「ん? どうした? ヒヨリ」
「どうやら村人たちもちゃんと逃げているみたいよ」
「ああ、みたいだな」
ヒヨリが近づいてきてあたりの情報を教えてくれる。見渡してみれば確かに村人たちの姿が見えた。そしてこの神杖を守っていた教会にいたあの修道女も。幸いと言っていいのか微妙だが、燃えている火によって光源がしっかりと確保されている。僕がジッと見つめているとこちらに気がついたのか、ゆっくりと近づいてきた。
「その杖は」
「僕が持ってきました」
「そ、そうですか」
僕が持ってきたことを告げると修道女は微妙そうな顔をしている。本来ならば自分がするべきことを僕が代わりにしちゃったからね。それ以前に自分の役目を放り投げて先に逃げてしまった罪悪感もあるのかもしれない。
『ま、この程度の火で燃えるとか思われてたら癪だけどね』
大切にしたいんだよ。わかっているからこそ、置いて逃げたわけだし……まさか持ってくる人がいるなんて思ってもみなかったのだろう。さて、この杖を返すべきかって話だけど。
「その杖は」
「その杖は何をやっていたんだ! 」
「! 」
修道女が口を開きかけたその瞬間にあたりから怒声が響き渡った。突然のことに驚いていると、その声が続けて言った。
「その杖は村を守っているのではないのか! なんだこの体たらくは」
「お待ちください。この杖はあくまで外敵の襲撃を防ぐもの、中で起きたことは守れません」
「そんなこと知るか! 」
「なんのために毎日お祈りをしていると思っているんだ」
修道女の言葉でわかった。あいつらはこの杖の性質を知っていたから火を放ったんだ。どうやって村の結界をくぐり抜けたのかはわからないけど、知っていたからの行動としか思えない。それはそうと、村人たちの言葉はちょっとイラつくな。こいつら毎日祈っているからといって守ってもらえると思っていたのかよ。
村人たちはかなり強い口調で修道女を責めている。ここで間に入りたいのだけど、それを部外者である僕がしてもいいのかという問題が出てくる。僕と同じように眺めているユキたちも同じことを思ったみたいだ。
「ここの人たちに私の身分を明かしてみようかしら」
「それを私たちは証明できないわ」
「そう……」
ユキの提案もヒヨリが冷静に却下する。そうなんだよね。公爵の紋章とかがあるのならそれで解決なんだけど、ユキは持っていないんだよね。お金はたくさん持っているみたいなんだけどさ。
「あ! あんただろ! 火を放ったの」
「え? 僕? 」
修道女に絡んでいた村人の一人が急に僕の方を指差してきた。あ、あの。それ本当に言いがかりなんですけど。
「私見たもの暗がりで見えにくかったけど黒髪の男の子が火を放っていたの」
「なに!? 」
「じゃあ、あいつが」
「ち、違いますよ! 」
あいつら……。あいつらにその気がないことはわかっているけど僕に濡れ衣を着せて帰って行ったな。こんなところまで迷惑をかけるとか、策士だな。
「じゃあ、誰なんだい! ここで黒髪のやつはあんたしかいないよ! 」
「僕じゃないです、今日僕たちの他に村に来た人がいたと思います。二人組みの」
「私も見ました。この人たちが来る少し前にやってきました」
僕の言葉を補強するように修道女が援護してくれた。その言葉は非常にありがたいな。僕だけだと嘘を言っていると思われるだろうし。でも、そんなことは村人たちにとってどうでもいいことだった。
「ふざけんなよ。そんなことで逃げようとしているのか! 」
「なんでこの村を襲ったんだ」
『まあ、混乱しているってのもあるでしょうけど、こんなもんね』
ユラムの冷めた声が聞こえてくる。人間焦った時に本性が現れるとはよく聞くけれど、ここまでとはな。確かに今、彼らは混乱の中にいる。でも、それでも僕を責めて何になるんだ。
「まさか、その杖を狙って」
「ならもう逃げてるよ」
さすがにそれだけは反論したい。ただ、この反論の仕方はまずかった。
「そ、そういえばこいつ杖のことを聞いていたぞ」
「じゃあ、本当に」
「ちーがーいーますって」
これはもう聞き入れてもらえないな。半ば諦めの気持ちでいると、ふと、聞きたくない言葉が耳に飛び込んできた。
「まさかこの杖があったから襲われたっていうのかい!? 」
「……」
突然聞こえてきた声、それは、僕にとって、絶対に許すことのできない言葉だった。この杖があったから襲われた? 違うでしょ。この杖があったから今まで襲われてなかっただけの話なのに。
「冷静に考えてください。いつもこの村を守っていたのはこの杖ですよね? どうして責めるようなことを言うんですか」
これだけは、絶対に認めることなんてできない。
「でも、この杖があったから襲われたのは事実でしょう? 」
「それは……そうですけど」
そんな風に言われたら、それだけは肯定するしかない。僕が肯定したのをいいことに、村人たちは、この杖に対して言いたい放題だった。
「まったく、この杖のおかげで災難だよ」
「せっかくこの村に置いておいてやったのに」
なんて……なんで言い草だよ。この杖はそんなことを思っていないのに。ただ結界を張るために使われていただけなのに。
『そうね。さすがにあの言い方にはちょっと腹が立つわ。でも、これはチャンスじゃない? いらないって言っているし貰っちゃえばいいのよ』
ユラムも同じように思っているみたいだ。それに、あ、そっか。まあ確かに向こうがいらないていうのならもらうのもいいかもね。どっちみちこの杖が欲しかったわけだし。
「あの、じゃあこの杖は僕が貰いますね。あなたたちもいらないみたいですし」
「は? なに勝手に持って行こうとしているんだ」
「ふざけんな! 」
さすがにもう限界だった。僕は懐から袋を取り出す。ワタルさんが渡してくれたお金だ。一瞬、中身を見ようかと思ったけどなんか癪だったのでその袋ごと村人たちに向かって投げる。
「そこにお金が入っている。それで買ったことにします! それで構いませんね! 」
そう言い捨てて僕は歩き始める。くそっ、胸糞悪い出来事だったよ。これが……これが、僕が目指した正義だっていうのか。自分がやりたいことを続けた結果、ここまで……嫌な気持ちになるのかよ。




