日々を繰り返す少女9
「えっと……」
「どうしてそんなところにいるのかな? 罪人の少年よ」
公爵のジジイはゆっくりとこちら側に歩いてくる。ちっ、なんで気がつかなかったんだろう。やっぱり少し焦っているのかな。こういう時こそ落ち着いて行動しないと。
『あんた心の中を読まれたら即処刑だからね……私がいるからそんなこと有り得ないけど』
え? 精神攻撃に対しても耐性があるの?まじかよ。いや、これはどちらかといえば心を読まれるのを防ぐ……? いや、よくわからない! テキストに書いていないことが多すぎる。全部説明して欲しいぐらいだ。まあそのうち分かることだしいいかな。一方ユキさんは侯爵の言葉を聞いて、驚きの表情を浮かべた。どこに引っかかりを……ああ、そっか。
「え? お父様? 先ほどの言葉はどういう意味ですか? 」
「おい、アカリ、罪人ってどういうことだ?」
事情がわかっていないユキさんとヒヨリが説明を求めてくる。そういえばヒヨリにも説明していなかったな。それで、どういう風に言えばいいのか悩んでいたら公爵が先に答えてしまった。
「ユキ、リンシャンの街であったことは知っているかな? 」
「えっと、確か神の声を聞く巫女が実は虚実でそれを裏から操っていた領主が殺されたっていう……まさか」
「そうだ。昨日きた少女がその偽りの巫女。そして其奴が巫女の従者だ」
『違うけどね』
それを訂正する気力はないよ。僕はただただそこに居合わせた間の悪い一般人だ。ただ……これでユキさんとの関わりは絶望的になったな。そしてヒヨリからも冷たい視線が飛んでくる。うん。ごめん、説明していなかった僕が悪い。
「しかしお前も関わる相手を選ばないといけないよ。この罪人もそうだし、そちらの少女も……彼女は呪われた村の出身じゃないか」
「え? 」
「……」
何かを堪えるように唇を噛んでいるヒヨリ。過去に何かあったのか。それを論じている時間は確実にないけど。公爵はそのまま窓を閉めて、カーテンを閉じようとする。しかし、それを止める声が上がった。
「お待ちください、お父様」
「ん? 」
「ユキ? 」
ユキさんだ。ユキさんは立ち上がると、公爵の隣に……つまりは窓際までやってきた。
「聴かなければいけないことがいくつかあります。まず、アカリさん、でしたね? 」
「あ、はい」
「先ほどの言葉、全て真実ですか? 」
先ほどの言葉? それってどれのことを指すんだ? でも僕はここに来て嘘を一つも吐いていないから迷う必要なんて全くないな。罪人ということは少し違うけど……まあ、別に嘘ってことになってもいいや。
「ええ、全部僕の本心です」
「わかりました」
そしてユキさんは決心したように窓枠を超えてきた。突然のことに僕とヒヨリ、それから侯爵も驚きで動けない。
「ユキさん!? 」
「あなたを信じます。お父様、私は私の友人に対してあのような言葉を吐かれるなんて……悲しいです」
「ユキ! こっちに戻りなさい」
「ユキの父さん、ユキは私と、アカリを選んだんだよ」
窓枠を超えてこっちに来るユキさん。それを止めようとする侯爵、そしてそんな侯爵に冷たい言葉を掛けるヒヨリ。にしてもユキさんはこっちに来たのはいいけど、足場が不安定なのかかなりふらついている。なので僕は慌てて彼女を支える。
「大丈夫ですか? 」
「え、ええ」
「アカリ、ユキも、降りるよ」
「きみたち! 待ちなさい」
公爵の止める声が聞こえてくるが無視して僕たちは木を降りる。どうやら貴族のプライドというやつか窓枠を超えてくる気配がないので安心できる。おまけに今、この館には使用人がほとんどいない。だが、急がないとすぐに追いつかれるだろうな。ヒヨリが僕に聞いてくる。
「どこに行く? 」
「まずはここから出よう」
でも、また木に登るわけにはいかない。あんまりユキさんにさせるようなことでもないからね。でも、門には見張りがいるからな……。悩んでいるとユキさんは一人で歩き出す。
「私についてきてください」
「え? 」
僕たちを振り返ることなく、ユキさんはどんどん進んで行く。僕とヒヨリはただただユキさんの後ろをついていくことしかできない。
「なんだお前たちは……ってユキ様? 」
「ええ、少し出かけるの」
「しかし他の二人は」
「私が信用できないの? 」
「い、いえ、大丈夫です」
あ、なんかスムーズに進んだ。門番もさすがに自分が使える主人の娘の顔はわかっているみたいですんなりと進むことができた。
「ほら、二人とも行きましょう? 」
「は、はい」
ここまでスムーズに動くことができたのはありがたい。侯爵が戻ってくる前にこの館から出ることができた。そして一度外にでてしまえば追跡がかなり難しくなる。少しだけ時間に余裕ができたのでまずは昼を食べるために食事が出ているところに向かう。
えっと……これはもしかしてまたしても同じ食事をすることになるのかな? 実は三日連続ケーキってなかなか堪えるんだよね。もちろん本当に食べたわけじゃないんだけど……こう、気持ちの問題だな。甘いものは別腹とか言われるけど、毎日食べることができるかって言ったらそれはかなり無理だな。ユキさんは僕が買ったものにかなり興味津々みたいだ。それで、どこで食べるのかって話だけど、まあ、僕が泊まっているところでいいだろう。
「へえ、ヒヨリは毎日こういうのを食べているのね」
食事をしながらユキさんはかなり驚いたように食べている。まあこれって軽食とかそんな感じだし少なくとも侯爵の娘が食べるようなモノじゃないよね。一方でヒヨリは宿の方に興味があるみたいだ。
「まあ、大体ね……しかしアカリもなかなかいい宿に泊まっているのね」
「ギルドの紹介だからね。それに宿代も向こう持ちだし」
「ふーん、まあそんなところだと思った」
「どうしてだ」
「だって貧乏そうだし」
「お前なぁ」
ヒヨリからの評価にかなりショックを受ける。僕ってそんな風に見られていたのか。まあ、そうだけどさ。てか今もほとんどお金がないし。ヒヨリにからかわれている僕を見てユキさんが笑う。
「ふふっ」
「ん? 」
「あなたたち仲良いのね」
「「今日会ったばかりだけどね/な」」
「え? 」
実際のところ会った時間もそこまで長くない…ていうか昨日? そんなもんか。でもなんかヒヨリとは話しやすいんだよな。なんていうか男勝りな感じがして無駄に緊張する必要がないというかさ。それでもこうして言葉がハモるのも不思議だな。そして息ぴったりな感じだけしている僕たちを見て、ユキさんは驚いたようだ。
「それでもここまで仲良くなれるものなの? 」
「だってこいつ弄りやすいし」
「お前さっきから酷くないか? 」
まあそれでもヒヨリのおかげで雰囲気が明るくなったのも事実だ。甘んじて受けるわけにはいかなけど僕が女の子二人と話すのだからこれぐらいが丁度いいのかもしれないな。そして、昼ごはんを食べた僕たちは今後の計画について話し合う。内容はやっぱり山賊からどう逃げるか、だ。
「一応伝えておくけどどんなことをしても山賊と遭遇することは避けられないわ……私の能力のデメリットの一つなの」
「へぇ」
『いわゆる歴史の修正力というものね。今回あの子が能力を行使した理由が「ユキが山賊に殺された」だから絶対に山賊と出会うわよ。たとえここにずっといたとしても、ね』
「それはまずいな」
「ヒヨリの能力って……本当に日々を繰り返しているの? 」
「そうよ」
あ、ユキさんに一応能力について話しているんだ。でもまだ半信半疑というかちょっと疑っている感じなのかな。なら、ここは援護射撃をするべきかな。
「それは僕も保証するよ」
「え? 」
「あーこいつも私と同じで記憶を維持しているのよね」
「そ、そう……」
あ、さらに混乱してしまった気がする。まあ普通に考えてループって当事者というか記憶を持っている人しか信じないよね。むしろ自分以外が記憶を維持しているという状況に混乱しているみたいだ。
「あ、えっと……もしかしてそれで二人は仲良く? 」
「そんなところ」
「今……何回目なの? 」
「三回目ね。こいつと出会ったのは前回の話ね」
「あ、まだ知り合ってそこまで時間経っていないんだ……それでもヒヨリよく信じる気になったわね」
言われてみればそうだな。会って間もないのによく、僕を信じる気になったと思う。まあ仕方なく、の側面があるとは思うけど。
「まあ、さすがにね。あんたのために平気で命を捨てようとしたやつを信じないわけにはいかないし」
「え? 」
「こいつ二回とも殺されてるのよ。あんたを庇って」
「そ、そうなんですね」
ん? なんかユキさんの僕を見る目がちょっと変わった? そういえば言っていたな。これから僕は死ぬって。あーそれでその死ぬときは自分を庇ったからなんかじゃないのかって疑っているのか。それに、気になっている質問をぶつける。
「ヒヨリの能力を信じる気になったのですか? 」
「うん。以前聞いたし……信じてみようかなって。まだ疑っているけど二人の未来がよく視えないのよね。まるで無理やり変えているみたいな…ヒヨリもいつもなら見えるのに」
『それはこれが変えられた未来だから視えないのよね』
でも僕の死はしっかりと視えていたみたいだけど?
『ほぼ決定的な未来は視えるのよ』
それってことは僕の死がほぼ確定しているってことなのかよ。まあ、これまでも二回とも死んでしまっているわけだし死亡率100%だよ。そんなことを思っていたらヒヨリに気付かれてしまった。
「ん? アカリどうかした? 顔色悪いけど」
「いや、なんでもない」
この二人には黙っていよう。無駄な心配をさせたくないし。それに、ほぼ決定的とは言われても100%ではないでしょ? 未来は変えることができるんだから。
「それで、これから」
『近くまで追っ手が来ているわよ…逃げないと』
「ヒヨリ! ユキさん! 近くまで追っ手が来てる」
ユラムからの突然の警告。まじかよ。耳をすませてみても何も聞こえない。まあ音を立てて近づいてくる集団がいたらそれはそれで怖いけどね。でも、案の定突然こんなことを言い出した僕に二人は不思議そうにしている。
「は? あんたなんでわかるの? 」
「ぼ、僕の能力でね……それよりも」
「そう、わかったわ、じゃあ、ここは私に任せて! 二人は先に行って」
「ヒヨリ!? 何を考えているの」
そんな囮になるって言われても納得することはできない。しかもそのセリフは色々とまずい。だってそれ有名な死亡フラグだよね。でも、止めようとする僕らに反して、彼女の決意は固かった。
「アカリ、この追っ手ってどっち? 山賊それとも」
『公爵のほうね』
「公爵のほう」
「おっけーってあんたよくユキがいる前で公爵様をそんな呼び方できたわね」
「……ははは」
「今のは聞かなかったことにするわ」
いやぁ、ユラムの言葉をそのまま伝えちゃったらつい、ね。
『あんたいつも心の中で呼び捨てにしていたじゃないの』
それは言わないお約束。まあ今の言葉を聞かなかったことにしてくれて本当に助かった。うん、不敬罪で捕まりたくなんてないものね。
「公爵様なら私を殺すことはしないはず……それに明日ユキが生き残ってくれれば私を開放してくれるでしょ? 」
「うん。必ずヒヨリをた助けるよ」
「それじゃあ、頑張ってね……あ、アカリ」
「わかってるよ」
万一のことがあったら……必ず伝えに行く。絶対にね。ヒヨリが能力を使ったらいいのか迷うような状態には絶対にさせない。そして僕たちは宿を出て……ヒヨリと別れる。そのまま僕とユキさんはヒヨリとは別の方向に走り出す。ヒヨリの覚悟を絶対に無駄にさせない。




