日々を繰り返す少女5
「さて、館の前まで来たわけだけどどうするべきか」
侯爵の館に戻ってきたわけだけど僕は今、正面ではなくて横の塀の前に立っている。さて、塀を登ろうにもさすがに高すぎる。どうしようかな。登ろうにも登っている間に門番に見つかってしまうだろうな。どこかに抜け穴とかないのかな。
今日は警備の人数がかなり少ないから侵入経路を見つけることができたらすぐに入り込むことができる。だから僕は周辺を歩いて回ることにした。抜穴とかないのかな。ユキさんが子供の頃とかに使ったやつとかないのかな。
『アカリ』
「ん?」
突然ユラムに声をかけられたのでどうしたのかと思ったら、角を曲がった先の木の上に一人の少女がいた。明るい茶色い髪の毛の少女は僕の方を向くと驚きで固まっていた。まずは話しかけてみよう。
「あ、あのー」
「! 、ちょっとあんた」
「え?」
「なんで一人なのよ」
「……」
ねえ、ユラム。速攻で能力者がわかってしまったんだけど。あの子、間違いなく僕がここにワタルさんやカナデさんと一緒に来たことを知っている。だから僕が一人でいることに驚いているのだろう。
『決めつけるのは早いと思うのだけどね』
え? そうかな? 僕は確定でいいと思う。一方でその少女はすぐに困惑から立ち直ったようでそのまま木から降りてきて僕に詰め寄ってくる。
「あんたここでなにしてるのよ」
「なにって、ユキさんに話を聞きたいなって」
「そ、そう」
ここで僕は一つのことに思い至った。もしかしたら午前中に感じた人の気配、それってもしかしてこの子だったのではなかったのだろうか。ん? あれ、そうなったら彼女が驚いたのは1日に二回僕の姿を見たからってことになると思うんだけど……どうなんだろう。ユラムが言っていたようにさっきこの子が犯人だって決めつけたのは早計だったかもしれない。
「君は? どうしてここに? 」
「え? 」
「僕は質問に答えたから君のも教えて欲しいな」
「わ、私もユキに会いにきたのよ。これで満足? 」
「ま、まあ」
ふうん、僕の他にもユキさんに会いに来る人がいるなんてね。それもこんな日に。そういえば、向こうがかなりフランクにっていうかタメ口で話しているからつい、こちらもタメ口にしてしまったけど大丈夫かな? まあお互いに気にしていないし大丈夫だろう。
彼女は僕の方を警戒しながらみて、そしてふと、思いついたように聞いてきた。
「私のことを突き出すの? 」
「え? どうして? 」
彼女とは初対面なわけだし彼女がどんな人間なのかまったくわからないから突き出すもなにもない。それを説明すると少女はこちらに対しての警戒心を少しだけ解いたみたいだ。
「悪かったわね。あんたがギルドの人間と一緒にいたからつい、ね」
「ああ、僕監視されているんだ」
「! 」
「今はいないよ」
ワタルさんはここのギルドの方に顔を出しているからね。さて、と僕はこの少女を見る。多分この子がループさせている本人で間違いないんだけど……いや、まだ確証が掴めないな。僕をいつ見たのか明らかになっていないし。さて、どうやって話をすればいいかな。
「そう、信じていいのね」
「ここで嘘をつく理由なんてないよ」
「それでどうしてこっちにきたのよ。ま……え、みたいに門番に言えばよかったのに」
「前? 」
「なんでもないな」
これでおそらく確定したな。午前中に見たのならそっちの方が出てくるはずだ。それなのに前っていいかけたのはきっと彼女が今起きている出来事を把握しているからだろうな。でも、今彼女を問い詰めることはしない方がいいのかな。情報が欲しいし万一ここで逃げられるよりかは信頼度を稼いだ方がいいだろうな。僕は彼女に説明することにした。
「それだと追い返されるからね。それにこっちの方から視線を感じたから抜け穴とかないか来てみただけ」
「残念ね。抜け穴はないわ……この木を登ってユキの元にいくだけよ」
そして少女が指差す先、さっき少女が登っていた木だ。確かにそれを使えば塀を超えることができるな。なるほどねぇ前回も今回も……いや、口ぶりからして常習犯であろう。
「それで、どうして一人で来たの? 」
「どうして気になるんだ? 」
「え? だって……さっきも言ったけど他の人と一緒に来てたから」
「だから今回は一人で来たんだよ。ユキさんと会って話がしたかったから」
「そ、それもそうね」
「そういえばなんで君はここに? 僕はユキさんの呪いを解く手がかりを探してきたんだけど君は? 」
「私? ……あ! 」
そう言って彼女は木に登り始める。えっと、なんで急に? 急がないといけないことでもあったのだろうか。
「どうしたんだ? 」
「悪いけどあんたと話している時間はないの。このままじゃユキが……」
「ユキさんが? 」
聞いてみたけど返事は返ってこない。彼女はそのまま塀の向こうに消えてしまったから。これは、僕も追いかけるしかないな。彼女がしていたように僕も木に登っていく。えっと、ここに足をかけて……それから手はここにかけて……そしてなんとか登ることができた。登りきったので息を整える。
「ふぅ」
『なんで登るだけでこんなに疲れているのよ』
「慣れないからだよ」
ユラムの陰口を聞きながら塀を越えて館に侵入していく。そして地面に降りて、そのまま歩いていく。えっと、ユキさんの部屋ってどっちだったっけ? なんとなくの記憶を頼りに進んで行く。しばらく歩いていると上の方に人の気配が感じ取れた。上を見上げてみれば先ほどの少女が窓越しにユキさんと話しているのが見えた。ユキさんの部屋の前にも大きな木が生えているのでそれを登って話しに行ったのかな。
彼女が話しているのを下からずっと待っている。しばらくすると話が済んだのか、それとも侯爵が来たのかわからないが少女は降りてきた。
「あら、あんたまだいたの」
「まあ、することもないしね。それで……何か必死に話していたけど何話してたんだ? 」
「別に、関係ないでしょ」
「関係ないのはいいのだけどさ、ほら、僕彼女の呪いを解く手がかりを探しているからさ……でも、今無理だろう? 」
ユキさんの部屋はもう窓を締め切られている。喧嘩でもしたのかな? 見る限り僕が会話できるような状態じゃないのは明らかだ。
「そうね。でも……意味ないわよ」
「日付が変わる前に死んでしまうから? 」
「そうよ。って、え? 」
「やっぱりか」
「……」
「ねえ、ちょっと話を聞いてくれないか? 」
「はぁ? 」
僕が誘導尋問的なことをして彼女が見事に引っかかった。そこまではいいのだが、それを聞いた瞬間に彼女は僕から一気に離れていった。まあ当たり前の行動だよな。誘導尋問ができるということは、彼女が未来のことを知っていることを知っているということは僕もまた、彼女と同じであるということに他ならないから。
「えっと、ここではアレだから誰にも話しを聞かれないところに移動しないか? 」
「どこに行くのよ。カフェとかでも誰が聞いているかわからないわよ? 」
これは遠回しに断られたとみて間違いないだろうな。ならもう直球で話すしかないかないな。
「僕はユキさんを助けたい、その気持ちに嘘はない」
「……」
「そしてこれからユキさんに起こることを知っている。それは、君もだろう? 」
多分だけどそれをユキさんに話したわけだ。でもそんなことを聞いたとして受け入れられるわけがない。だからあそこで言い合いになってしまったわけだろう。
僕の言葉に彼女は考え込んでいた。僕を信用していいのかどうか考えているのだろう。
「そういえば……どこかで見たことがあると思ったらユキと一緒に倒れていた…? 」
「殺されたんだよ」
「……」
目が見開く。僕の言葉のどこがおかしかったのだろうか。ん? ちょっと、待って。倒れていただけ? なんで僕の状態をこの子は知らないんだ?
「あんた……あの時殺されてたの? そして、殺されるとわかってなおユキを助けようとしているの? 」
「そうだね。これが僕の『できること』だから」
「そう……わかったわ。あんたを信じる。ユキを助けようとしているのも」
「わかってくれたのか」
「ええ……そうね」
彼女は僕の言葉に納得してくれたみたいだ。なので、ここで一応確認も兼ねて、ほぼ分かってはいるのだけどきちんと本人から聞いておきたいと思う。
「君がこの日々を繰り返させているのでいいんだよな? 」
「……そこまでわかっているのね」
「他に考えられないからね」
僕の姿を見て驚いた顔を浮かべたわけだし彼女も記憶を保持しているのは間違いない。まさか僕と同じような状況で保持しているとは思えないからね。そしてそれは間違っていなかったことがわかった。
「ええ、私の能力よ……それで? 」
「ん? 」
「私は自分の能力を話したんだから君のは? 」
「えっと……」
まさかそう切り返されるとは思ってもみなかった。うーん、さすがに話すことはできないな。でも、ここで話さなかったら今築かれようとしていた信頼が消えてしまうんだろうな。さて、なんて言えば角を立たせないで話すことができるのだろうか。だんだんと彼女の機嫌が悪くなっていくのがわかる。
「なに? 私には話せないって」
「いや……そうだ! 君が僕の能力を推測して聞いてみなよ。もし当たっていたら教えるからさ」
「……」
「それで、いいかな?」
またしても彼女は考え込む。かなり誤魔化したけど……ユラムのことは絶対に秘密だからね。カナデさんには話してもいいとは思っているけど、でもこんな初対面の人には無理だ。
『まあ話しても嘘だと思われるでしょうけど』
それもそうだけどさ。あ、どうやらまとまったみたいだ。彼女はこちらに視線を向けてきた。
「わかったわ。あんたも私の能力を当てたみたいだし、今はそれでいいわ。でも、代わりに絶対にユキを守りなさいよね」
「ああ、それは絶対に保障する」
「そう……あ、私はヒヨリ。あんたは」
「え? アカリ」
「アカリ? 女っぽい名前」
「う、うるさいな」
そしてヒヨリは笑った。少しだけ強張っていた彼女の顔が和らいだような気がした。でも、僕の能力を聞かない代わりにユキさんを絶対に守らせようとするあたり、ユキさんのことがかなり大切なんだな。もちろん、全力で守るけどさ。




