神の声を聞く少女7
「誰だ? 」
「失礼します。ギンガ様に来客が」
「私に? 」
扉を開けて入ってきたのは若い女性だった。服装からしてこの館の使用人だろうか。女性は僕を一瞥すると何事もなかったかのようにギンガに話し始めた。あの、少しぐらいこの異常な状況に対しての言葉とか感想とかあってもいいんじゃないですか? あなたの主人が人を殺そうとしているんですよ?
「はい、ギルドの方々がいらっしゃっていまして。なんでも急用だとか」
「追い払う……ことはできないな。わかった。対応しよう。お前はこいつが逃げ出さないように見張っておれ」
「わかりました」
そしてギンガは部屋から出て行った。突き刺した刀はそのままにえっと……僕このまま放置? 一方、女性は入れ替わるように入ってきて僕に尋ねる。
「あなたがカナデ様の命を狙った暗殺者? 」
「いえ、違います」
あらぬ誤解をかけられてしまっている。暗殺者ならとっくにこの館から出て行ってしまっているでしょうが。そう説明するも聞き入れてもらえない。
「嘘ね。まだ機会を伺っていたのでしょう? 」
「違います。カナデさんに伝えてください。そうすれば誤解だとわかります」
「そんなことできません」
なんていうか、聞く耳を持たずって感じだ。どうすれば誤解が解けるのか考えていると、突然、扉の向こうからギンガの大声が聞こえてきた。
「ふざけるな! 」
「え? あ、ちょっと」
女性が驚いた隙に素早く突き刺さっている刀を引き抜き、部屋から出る。女性の制止の声は一切聞かない。声のした方向を見てみれば、ギンガとそれから数人の姿が見えた。ギンガ以外の人間はみんな同じような服をきている……あれは、ギルドの服装だな。
「こんなもの、誰かが私を嵌めようとして捏造したに違いない」
「しかし、筆跡鑑定の能力者が調べたところ、これはあなたが書いたものであるとのことです。また、偽装の痕跡も一切ありませんでした」
「なんだと? 」
ギルドの集団のなかで一人の男性が手に紙を持ってギンガと話している。さっき僕が見つけた書類のことだろうか。今更だけど一切内容を見ていないのはよくなかったな。
「勝手に出て行っては」
「向こうの話を聞いたらわかりますよ」
「え? 」
「あ、貴様」
女性が追いかけてきたけどすぐに注意をギンガたちの方向にずらす。女性もあの異様な空気を前にして僕を監視するという目的を忘れてしまったようだ。そしてギンガも、
「貴様……何をした」
「なんのことですか? 」
何も知らないという体を装う。これで全部自分がしましたって宣言できたら気持ちいいんだけどこれほとんどカナデさんの能力のおかげだからね。下手したら彼女に矛先が向いてしまう可能性がある。
「惚けるな! 貴様がこの館から逃げることをしないで嗅ぎ回っていたと思えばギルドにて私の冤罪の資料が見つかった! 貴様が何かしたと考えるのが自然だろう」
「知りませんよ。第一、僕はずっとこの館にいたんですよ? それなのにどうしてギルドの人に連絡を取れるというのですか? それに言っていたじゃないですか。見つかって困るような資料なんてないって」
「ああ、だからこれは冤罪で間違いないんだ。だがこんな悪戯をするのは貴様以外に考えられん」
ここまで決めつけられたらもういっその事宣言しようかな。なんか面倒になってきたし。すると、言い争っている僕とギンガの間に割り込む声があった。
「お話し中のところ悪いけど、君は誰だい? 」
「僕はアカリと言います。えっと……カナデさんの友人です」
話しかけてきたのはギルドの一団で一番前にいた男性。この人たちのリーダー的な人なのかな。
「そう、ならどうして君はここにいるんだ? 」
「カナデさんを助けるために」
「助ける? それはどういうことだい? 」
「彼女が助けを求めていたからです」
「それは……」
僕の言葉にギンガも、ギルドの職員たちもざわめき出す。急に出てきた僕の言葉をここまで信頼するのだろうか。
「君の言葉は真実なのか? 」
「はい、そうです」
「そうか」
「ふざけるな! 貴様の戯言だろう」
ギンガに戯言って決めつけられたけど、嘘は言っていない……はず。強いて言うのなら友人であるという件だけだな。でもそれは、大丈夫だよね?カナデさんならきっと帳尻を合わせてくれるよね。
「わかりました。君の言葉の真偽を確かめる前に、ギンガさん。この書類に書かれていることは事実かどうか確認したい」
「何が書かれているんだ? 」
「さっきそこの少年が言っていたことと関係がある、あなたがこの街の巫女を利用して成り上がろうとした計画についてです。それからあなたがこの街の税金の一部を横領していたという事実などです」
「ふん、どちらも根も葉もない嘘だ。誰かが……例えばこの少年が私を嵌めようと偽装したのだろう」
「わかりました。あくまでこの内容は嘘だ、と申すのですね」
「ああ、そうだ」
「では、こちらに協力してください。それから、そこの君も」
そして男性は自分の袖から一本の針を取り出した。それから別の紙も。これから何が始まるんだ? いや、協力してくれって言われたけど何をすればいいんだ?
『あら珍しい。これは見ものよ……あなたもただ黙って従っていればいいわ』
どういうことだ? 困惑している僕を尻目に目の前の出来事は進んで行く。ユラムが言っているのなら信用してもいいかもね。
「では、二人とも。この針を使ってこの羊皮紙に血を垂らしていただきますか? 」
「なぜ私がそんなことを」
「私の能力は物事の真偽を示すものです…あなたの言葉が真実なのならば問題ないでしょう。これで疑いが晴れるのですから」
「彼の能力につきましてはギルドが保証します」
「なるほど、これで嘘が出たらギルド本部を訴えてもいいのだな」
「ご自由にどうぞ……アカリくん、君もお願いできるかな? 」
「わ、わかりました」
僕は男性から紙と針を受け取る……いや、そもそも血はたくさん垂れているからわざわざ針で刺す必要はないな。垂れている血をそのまま羊皮紙に滴り落とす。そしてギンガも同様に僕の目の前で自分の指をさし、そしてその傷から出てきた血を羊皮紙に垂らす。
「それで何をすればいい? 」
「まずはアカリくんからです。宣言してもらえますか?『巫女様が助けを求めていた』と。もしそれが真実であるのならば何も起きません。しかし嘘であるならば神の使者が現れて君を罰するだろう」
「わ、わかりました。『カナデさんが助けを求めていた』」
僕は言われるがまま、宣言する。宣言したけど、特に何か起きることはなかった。まあカナデさんが助けを求めていたのは事実だし当然だよね。
「何も起きないだと……」
「次はギンガさんです。宣言してください、『この書類に書かれている内容は全て嘘である』と」
「わかった。『この書類の内容が100%真実であるとはありえない』」
『む』
僕と同じようにギンガが男性と同じ意味の内容を告げる。さてと、どうなるか……しかし、しばらく待っても何も起こらない。ギルドの人間たちも困惑した表情をし始める。逆に、ギンガは勝ち誇った顔でギルドの職員たちを追い詰める。
「ほら、私は無実だったのだ」
「なら……この書類は」
「貴様ら…この私を侮辱した罪、どう償ってくれるのだろうな」
でも、これはどういうことなんだ? ギンガが何か細工をしたのかそれとも本当に正しいのか?すると、ユラムが僕に話しかけてきた。
『ねえ、わかってるわよね? 』
「え? あ、やっとわかった」
「あ? 」
ユラムに言われてやっとわかった。そういえばそこらへんの仕組みを理解するのにかなり時間かかったもんな。そしてそこにいる人たちが一斉に僕に注目する。まあ急に声をあげたからそれも当然だろうな。でも、ここで声をあげないとギンガの思うようにことが進んでしまう。それだけは避けないといけないから。声をあげた僕に対して先ほどの男性が話しかけてくる。
「どうかしたのかな? 」
「はい、今のカラクリがわかりました」
「カラクリ? 」
「ガキが、何を言っている」
「ギンガさん、あなた、ギルドの職員さんが言わせようとした言葉とは別の意味の言葉を言いましたね。なぜ、そんなことをしたのですか? 」
「え? 」
「何を、そりゃあ、まあ確かに一言一句同じ、ではないが、意味としては同じだろう? 別にいいではないか」
「いいえ、全く良くありません。なぜならあなたの言葉とギルドの方の言葉は違う意味だから」
確かに一見同じような意味と思われるだろう。しかししっかりと言葉の意味を考えていくと違うことがわかる。ギルドの人が言わせたかったのは『全て嘘である』ということでギンガが実際に言ったのは『100%真実であるとはあり得ない』。区切るとすれば『「100%真実である」とはあり得ない』。易しく言い換えれば『全て真実、ではない』ということになる。これは正直難しいよ。ユラムに言われなかったら僕もスルーしていたから。数学で習った知識がまさかここで役に立つとは思ってもみなかったよ。
「何を意味のわからないことをごちゃごちゃと」
「要は100%とか全て、とか『強い』言葉を使ってはいけないってことですよ。これは神様が審議を下すのでしょう? 」
「え、ええ」
「ですからきちんと、言葉として告げなければならないのですよ。『私は横領などしていない』みたいに」
そうすれば間違いなどが起こるはずがない。ギンガの言葉だったら書類のどこかに嘘があれば何も問題がないことになる。99%真実でも一つでも嘘があれば、ギンガの言葉は真実となる。そう説明すると、ギルドの人たちはまだ完全に理解していないながらも納得はしてくれたみたいだ。
「なるほど、よくわからないが、ギンガさん、すみませんがもう一度ちゃんと言葉を話してもらえますか?」
「嫌だ。なぜこんなことをせねばならぬ。私の無実は証明されたはずだ」
「しかしこの少年が言った言葉も一理あります……ですのできちんと」
「私ではなくこのガキの言葉を信じるというのか! 」
凄い剣幕でギルドの職員を怒っている。うーん、どうしたものか。
『上から3枚目を抜き取りなさい』
え?あ、はい。わかりました。きっとそこにあるのがギンガがした細工のタネで間違いないだろうな。
「ちょっとすみません」
「ん? どうかしたかい? 」
「ギンガさん、もう一度、お願いします……先程と同じ言葉で構いませんから」
ギルドの職員から書類の束をもらい、そして僕は書類の上から3番目を抜き取ってそれを折りたたんでポケットに仕舞う。
「貴様、何をする! 」
「では、お願いします」
それ以外の書類をギルドの職員さんに返してギンガにもう一度宣言をしてもらうことをお願いする。
「その書類はいいのか? 」
「はい、大丈夫です」
「なぜ、そんなことをしなければならぬ」
「これで終わりますから……なんなら僕の命を賭けてもいい。それに、この書類は全て嘘なのでしょう?なら別に一枚ぐらい抜き取ったところで問題ないと思いますよ」
「なっ」
『あら、信じてくれるの? 』
信じるも何も、これしか方法がないだろう? ギンガはまだ言い訳をしようとしていたが、周りの視線に耐えかねたのか遂に観念したのか言葉を発する。
「この書類の内容が100%真実であるとはありえない」
その言葉を発した瞬間、羊皮紙が光り始め、そして、
「ぐあああああ」
どこからか鎖が現れてギンガの体を縛った。え? あれが神様の使者?
『まあ、違うけど…あれは神の鎖よ。滅多なことでは切れることはないわ』
なんか想像とは違うけどこれではっきりしたな。『「100%真実である」ことはありえない』が嘘であることがわかったので『「100%真実である」ことがあり得る』つまり書類に書かれている内容が全て真実であるということが明らかになった。
そのことを突きつけると、観念したのか、ギンガは全面的に書類の内容について認め始めた。




