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転機3


「ああ、そうだ。所詮は貴様らは我が蘇るための駒よ」

「そんな……」


 邪神の言葉を聞いて、日暮さんは絶望した表情をしている。まあ、それはそうだよね。今まで必死に戦ってきたのがこの邪神のためだっていうのだからキツイよね。……ん? そういえば彼らの目的ってなんだったんだろう。絶望している日暮さんに対して邪神は重ねていう。


「だが、我は手伝いをしてくれたものを捨てるような真似はせぬ。もう二人しか残っておらぬが貴様らの望みを叶えよう」

「じゃあ……」


 その言葉を聞いて、日暮さんは一転して希望を浮かべる。


「確か、元の世界に帰る、だったかな?」

「ええ、そうよ。帰してくれるのよね」


 続く邪神の言葉を聞いて、納得した。僕はユラムがいてなんやかんやこの世界で生きるしかなかったから元の世界のことを考える余裕がなかったけど、橘たちは、それを考えることができたんだな。それはきっといいことなのだろう。今冷静に考えたら、やっぱり日本に帰りたいと思う。僕の故郷だ。


「ああ、そうだな。それじゃあ、帰してやろう」

「うっ」

「え?」


 だが、邪神のとった行動は僕の予想を超えていた。日暮さんに近づいたと思ったら、邪神はそのまま日暮さんの腹を貫いた。目の前で何が起きているのかわからないのだけど、日暮さんがゆっくりと血を吐いているのが見えた。


「日暮さん……?」

「え……どうし、て……」

「死した魂を地球へと戻してやろう。それでいいな?」

「話が……違う!」

「煩い」


 持てる力を振り絞って日暮さんが邪神に掴みかかった。しかしそれを意に返すことなく邪神は日暮さんを振り払う。


「お前、何て事を」


 そのまま日暮さんは地面に倒れた。それを邪神は一切振り返ることなく、僕らの方を向く。こいつ、本当に日暮さんのことをなんとも思っていないのか。


「そう睨むな。ちゃんと地球に送り届けてやる。ただ、方法が少し違うだけだがな」

「ふざけんなよ」


 邪神が言っていることはつまり、転生させるということなのだろう。でも、日暮さんたちが望んているのはそのままの姿で地球に戻ることだ。こんな風に弄ぶなんて許せない。僕は動けないながらも邪神に対して睨みつける。


「ちゃんと叶えてるであろう。そもそもこの世界は我の好きにしていいに決まっておる。だから、こいつらの命も自由である……が、それでも地球に返すだけ慈愛に触れていると思わないか?」

「さすがに暴論が過ぎませんか……ご主人様たちはこの世界の人間ではないというのに」

「それは違うな。確かに生まれはこの世界ではないかもしれないが、今存在しているのはこの世界だろう」

「……」


 こいつ、ユラムともエリス様とも違う。自己中心的だ。三人の神と出会って、そして一番任せてはいけない神であると思う。その邪神といえば、この場にもう興味がなくなったのか、僕たちの存在を無視する。


「さて、そろそろ行くとしようか……いや、この体に馴染むのが先か」

「この者たちを放っておいてもよろしいので?」

「ああ、じゃあ貴様らで片付けておけ」

「かしこまりました」


 そう言うと邪神の姿が消えて無くなった。そしてあの指示を出された男がこちらに向かってきている。


「さて、我らが神の天命だ。死んでもらおう」

「それはさせません」


 ルナと男が向かい合う。先ほどの感じから、あいつはおそらく風使いであろうことが予測できる。実際に二人の間に流れている風はとても重たい。お互いに風を操っていてぶつかり合っている。


「私と同じ風を操る能力だとはな……均衡しているな」

「あなたと同じと思われては心外です」

「なに!?」


 男の足元にあった液体が、男に向かって突き刺さる。そして太ももを綺麗に刺す。いや、あの液体って僕や日暮さんから流れ出た血だよね。


「これはっ」

「これが差です」

「ぐっ」


 男の意識が下にずれた瞬間に風の支配がルナに移ったのだろう。先ほどまではお互いの能力が干渉し合っていた風が全てルナの手に落ちた。男も慌てて支配を取り戻そうとしたけれど、一手遅く、そのまま風の刃で八つ裂きにされてしまった。


「ぎゃあああああ」

「ご主人様、お見苦しい者を見せてしまい、すみません」

「いや、いいよ……それよりも」


 ルナが謝罪してくるけど、今は正直どうでもいい。それよりも、日暮さんの方が大切だ。それがルナもヒヨリもわかったのだろう。二人が僕を両肩から支えて食えて、日暮さんのところまで連れて行ってくれた。


「……結局、みんな死んでしまうのね」

「日暮さん……」

「同情はやめてもらえるかしら。私たちは、自分の望みを叶えるために人を殺すことを決めたの。後悔はないわ」

「橘と似たようなことを言うんだね」


 彼女の言葉は、橘と非常に似ていた。自分のしてきたことに対して、悪いとは少しは思っているのだろうが、それでも、後悔を一切していない。そして、その罪をしっかりと受け入れいている。


「そうね……あなただって橘くんを殺したことを後悔してないでしょう」

「ああ、もう受け入れる。それで責められたとしても堂々といい切る」

「そういうものよ……でも、私たちは従う存在を間違えたのかしらね。これで……残っているのは七草くんのみ。いえ、彼も死ぬでしょうね」

「……」

「さて、と。さすがに何もしないで死ぬのは嫌なので、最後に、湊くん、手、出しなさい」

「ん?」


 急に日暮さんの目に光が戻ったと思ったら、手を出すように言われる。どんな意味を持つのかわからないけど、それでも言われたように手を差し出した。そして僕の手に、日暮さんは橙色と青色の宝玉を渡した。


「これは」

「あの時、奪っておいたわ」

「……」


 邪神にもたれかかった時のことだろう。そして、日暮さんは重ねて言った。


「悪いけど代わりにやってもらうことがあるわ。依頼はそうね、あの邪神を一発殴ってもらおうかしら」

「どうして」


 どうしてそんなことを言うのだろうか。まあちょっと都合が良すぎないかと思わずにはいられないが、それでも、クラスメートとして聞くだけはしよう。


「そうね、私たちの生きた意味、それをちゃんと残して欲しいから、かしらね。このまま邪神に全部好きなようにさせてしまったら、私たちの罪が、生きた軌跡が、全部消えてしまいそうだから」

「……」


 その思いは、さすがにきちんと受け止めないといけないな。日暮さん、橘、あいつらがこの世界に来た事実を、彼らが犯してしまった罪を、そして、僕が償うべき罪も、全部なかったことにすることはできない。


「橘の遺体を取り返す……そうしないとあいつ、救われなさそうだから。そういう意味で、僕は邪神を倒すよ」

「ええ、それでいいわ。私たちはあなたの元クラスメート、そして今は、敵同士なんだから」

「それでも僕は君たちを救いたかった」

「救いたいのなら、全部終わらせてきなさいね……さよなら、湊くん」


 その言葉を最後にして、日暮さんのゆっくりと差し出してきた手が地面に落ちた。腹を貫かれて……いや、この位置だと心臓もちょっと貫かれていたっぽいかな? まあ、それでもう限界だったのだろう。ただそれは、僕も同じだけど。


「アカリ!」

「ご主人様」


 二人の悲鳴が聞こえて来る。体の力が抜けて行っているのがわかる。このままだと王都に戻る前に倒れてしまう。


「ルナ……青い宝玉を……『節制』を使って」

「こちらですね! わかりました」


 青い光に包まれながら、僕は意識を失っていった。多分簡単な回復魔法が発動したのだろう。ただ、それでも、失ってしまったものは大きかった。

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