神の声を聞く少女5
ブクマありがとうございます
『それで、どうするの? 』
「連れ出す……しかないだろうな」
今、ギンガたちはかなり上機嫌で過ごしている。誰が聞いているかもわからないところであんなことを話しているのがいい例だ。今日なら警戒が薄いだろうし、狙い目だろう。というか、考えてみたけど結局無理矢理にでもここから連れ出すっていう結論に至ったのダメダメだな。
「それで、カナデさんはどこにいるんだ? 」
『あの猫についていきなさい』
いつの間にか猫が目の前にいた。後ろをチラッと見ている感じはまるで僕について来いと言っているみたいだ。どうやら案内してくれるみたいだ。そのままとある部屋の前で立ち止まる。ここがカナデさんの部屋か。よし、まずはノックする。
「はい」
「えっと、湊です」
「え? 」
「あ、朱莉です。開けてもらえますか? 」
「アカリさん!? い、今開けますね」
緊張のあまりうっかり日本の癖で湊って言ってしまったけど大丈夫だよな。カナデさんの様子を見るに感づかれた様子はない。それよりも大事なことがあるから気付いていない可能性もあるな。
「ねえ、カナデさん」
「はい」
「僕と一緒に逃げない? 」
「は? 」
『おー大胆』
「巫女の仕事が辛いって言っていたよね? ならいっそ逃げない? 」
「そ、それは……」
ユラムがからかいの声を上げているがそれを全て無視して僕はカナデさんに近づいていく。そしてそのまま僕はカナデさんの手を掴む。しかしすぐに振り払われる。
「何をするんですか! 」
「いや、連れ出そうかと……!? 」
ここでふと冷静になる。僕は今、何をしようとしていた? 昨日あったばかりの人の手を取って……手を握って!? そんなの逆の立場だったら嫌に決まっている。うっかりしてた。というか普通にセクハラで捕まる可能性が高いんだけど。これが神崎なら捕まらないんだろうな。イケメンは滅ぶべし。
「え? この人を信じろ、ですか? 」
『まあ動物たちは私が言っているから信用してくれているからね〜』
あ、ナイスアシスト。動物たちがカナデさんに伝えてくれたみたいだ。これで少しは信用してくれたのかな?
『はぁ、初手でもっと親密度あげないと』
なにそのギャルゲーみたいな考え方。さすがにカナデさんに失礼すぎるだろ。でもこれは有効な一手だよな。ユラムから動物経由で僕が安全な人物であることを伝えてくれる。本当にありがとうございます。
『なんでこんなに手を焼いているんだろ、私』
「すみません」
「え? 」
「いや、なんでもないです。それで、ここから逃げましょう」
「ごめんなさい。無理です……私はこの街を捨てていけない」
「どうしてですか? 辛いのでしょう? 」
僕は強引にでもカナデさんの手を掴む。そして彼女の目を見て言葉を紡いでいく。口下手だけど……それでも僕の気持ちはきちんと伝えておきたい。
「僕は、あなたを救いたい」
「……」
「あなたの辛そうな顔はみたくない」
「でも」
「助けたいんだ! 」
『なにこれ告白? 』
違うから!なにか話そうって思ったらこんなことが口から出てきただけだから。
『やっぱり告白じゃない、あんたって手、早いのね』
だから違うから! からかうのもいい加減にして欲しいんだけど。そんなに僕をからかって楽しいのだろうか。
カナデさんの方を見てみればうつむいているので表情までは見えない。でも、さっきから掴んでいる手が振り払われることがないから少しは話を聞いてくれる感じになったのだろう。
「それで、どうして逃げるのですか? 」
「はっきり言えば僕には戦う力がない……だから逃げる」
『清々しいほどの言い訳ね』
戦闘能力が皆無だからな! 戦いに関して言えば実質無能力と同じだし。一応王宮にいた時に最低限の戦闘訓練は受けているけどそれでも弱いから。
「そ、そうなんですか」
「だから、逃げよう」
「でも」
『飛びなさい! 』
「! 」
ユラムの警告を聞いて僕は慌ててその場所から飛び退く。
「ど、どうかしたのですか?」
僕の咄嗟の行動に驚いたカナデさんが慌てる声が聞こえる。そして、次の瞬間にこの部屋のドアが吹き飛んだ。
「きゃあああああああ」
「うげっ」
せっかく飛びのいたのに、吹き飛んだ扉に激突してしまう。痛い。激突してしまったせいで誰が来たのかわからない。カナデさんが言葉を発する。
「え、えっと……」
「巫女殿を誑かそうとは不敬な人ですね」
「ど、どうしてここに!? 」
『あなたが告白まがいのことをしていた時ぐらいから来ていたわよ? 』
気がついていたのなら教えてくれてもいいのに
『え?気持ち悪かったから忘れてた』
その理由ひどすぎませんかね!? なんとか扉のしたから這い出てみると、そこにはギンガとハヤテの二人の姿が見える。ハヤテの方が前に出ているから扉を壊したのはハヤテで間違いないだろう。まあ、用心棒的な感じだし妥当か。ハヤテは自分の雇い主であるギンガにお伺いをたてる。
「あの少年をどうしますか? 」
「殺しなさい」
「え? 」
「神聖なる巫女を誑かしたのです。それぐらい当然でしょう? 心配なさらともあなたの行動は神を裏切ったわけではない」
「ですが、神のお告げでこの人は信用できると」
「ああ、そうか。あなたはまだ信じてるのですね」
「? 」
「待てよ。今問題なのは僕の処遇だろ? 」
危ない。ギンガの言葉を遮るように僕は叫ぶ。今彼女に真実を話してもなんにもならない。むしろショックを受けてしまうかもしれない。だからギンガたちの意識を僕に向けるようにする。
「せっかく巫女殿があなたを逃がすようにしようとしているのに、残念な人だ」
「あいにく、逃げる気はないのでね」
この機会を逃してしまったらもう二度とこの館に入ることはできないし、これ以上カナデさんが束縛されてしまうのも嫌だ。でも、どうする。唯一の出入り口はあいつらにふさがれてしまっているし。
「アカリさん! 逃げてください。それにギンガ様、先ほどの言葉の意味は」
「ああ、それですか。この少年も知っているみたいですし伝えておきましょう。あなたが聞いている声は神様の声ではないのです」
「え……」
「おい! 」
「少し黙ってなさい」
「がっ」
ギンガさんがこちら側に手の平を向けると、次の瞬間、そこから刀が生えてきて僕の体に突き刺さる。心臓など急所は外してくれたみたいで致命傷は避けることができた。
「アカリさん! 」
「だ、大丈夫だから」
「なんてことを、ギンガ様は神のことを信じ」
「だからあなたが聞いている声は神でないと言っているでしょう」
「……」
「ほら、後ろにいますよ。あなたが普段から聞いている声の主が」
その言葉にカナデさんは後ろを向く。そこには、窓の枠に止まっている数匹の鳥たちがいた。
「この鳥たち」
「ええ、あなたの能力は動物たちの声を聞くことができるもの。だから当然天気予報や探し物など動物でもわかることしかあなたはできなかった」
「そん……な」
「感謝してくださいよ? そんなあなたをここまでにしてあげたのですから」
「あんた、最悪だよ。はっきり言えばどうだ? 自分の野望のために利用しているって」
「ええ、言いますとも。さて、巫女殿。今、この少年の殺戮権を握っているのは私。それに……あなたの村人も同様ですね」
「え? 」
「従わなければ……どうなるかわかりますよね? 」
ひどすぎる。僕を人質にするのはともかく彼女が大切にしているであろう村人たちまでも利用するなんて。それではカナデさんは従わざるを得ない。最悪僕だけならとる手段はあるのに。
「でも、どうすれば」
「なに、これまでと同様で構いませんよ。ただし、これまでと同じく自分が神の声を聞くのだと振舞ってね。動物たちでも役に立ちますから。野生の勘は侮れませんし」
「わ、」
「承諾しなくてもいい」
「え? 」
「僕は……死なないから」
「なにをするつもりですか」
さすがに理不尽すぎる契約を結ばされそうになっていたので口を挟む。そして言うが早いか、僕は窓の方に向かって突っ込む。そしてそのまま窓を突き破り外へと飛び出す。
「きゃああああああああ」
後ろから悲鳴が聞こえてくるけど無視する。さっき窓の外のことを僕に伝えたのは愚策だったな。ファンタジー小説とかでおなじみの逃走経路、窓から飛び出すってやつだ。二階程度の高さから飛んだくらいでは死ぬことはない。そりゃ、打ち所が悪ければ死ぬだろうけど僕の運を信じる。だって神様がついているからね。それにこれはもともと考えていた手段だし行動に移すのは容易かった。
『なにも手伝わないわよ』
え? あの、ユラムさん? 少しぐらい運を分けてくれてもよくないですか?
『だって、私が手を出すまでもないもの』
次の瞬間、僕の肩や背中に衝撃を感じる。そしてどうじに翼がはためく音が聞こえてくる。えっと……これってもしかして鳥たちに抱えられてる?
『ええ、一匹で抱えるなんて無理だし落下は止めようがないけど何匹かで掴むことで落下速度を軽減させることはできるわ』
そうだね。その言葉どうり僕の体は比較的ゆっくりと地面に落ちていった。ちょっと衝撃があって呼吸が詰まってしまったけど、これくらいなら問題ない。さっき貫かれたところから出血したけどまあ、大丈夫だろう。それよりも気になるのは、
「にしてもこんなに鳥たちが集まってたのか」
『あなたが助けようとしているってことが広まって自分もって感じで来たみたいなの。それよりも、早くその場所から移動しなくていいの?』
そうだった。このままではハヤテやギンガが来てしまう。見つかってしまった以上、なんとかするしかない。こういうときに有効な一手は、
「逃げながら逆転の一手を探すしかない、かな」
『そうね。でも時間も厳しいわよ。血を止めないと』
わかってる。ゆっくりでしか歩くことができないけどできる限りその場を離れるように歩く。でも血が滴り落ちてしまっているのでバレバレだ。それよりもどうすればギンガを倒すことができるか考えよう。何かないか……そうだ。何も物理的に倒す必要性なんてない。こういう悪徳領主をこらしめるときって重要な書類が鍵になることが多い。ギンガも書いているかわからないがそれを見つけることができれば一気に逆転できるかもしれない。
これからの方針が決まった。じゃあ後は、やり遂げるだけだ。




