毛が落ちる方は外でお待ちください
明けましておめでとう御座います‼︎
朝から父の手紙で体力を削られた私と兄は、城に向かう馬車の中で一言も話すことはなかった。
城に着き馬車を降りると、兄がゆっくりと言った。
「僕がちゃんと父上に話す」
「では、私はお母様にお手紙を書きますね」
私と兄は同時に大きなため息をついた。
理由は解っている。
父だ。
私の父は全盛期の兄や姉二人を上回るほど、家族の話を聞かない人間だ。
兄も騎士団に入りたかったのに、有無も言わせず第一王子の補佐官をやらされ、挙句に家督まで押し付けたのだ。
父の被害を一身に受けているのは兄なのだ。
姉二人は暴走する父から母が護ってくれたので、被害は少なかったが……。
母がいない状況で、私が無事でいられるか？
いや、きっと無理だ。
自分が選んだ相手が世界一、私を大事にすると信じて疑いもしないだろう。
私は幸せにしてほしいわけではない。
シジャル様の側に幸せがあるのだ。
そんなことを考えているうちに、王立図書館の扉の前まできていた。
兄はドアを開けて私を中に促した。
「とにかく、司書長にも相談しておいた方がいい。父上はとにかく話を聞いてくれる保証のない人間だ！ 司書長にも関係のないことではないのだからちゃんと話しておくといい」
兄の言っていることは、もっともである。
「はい、解りました。シジャル様にも相談してみます」
兄は小さく頷くと補佐官の仕事をするために城の奥に消えていった。
私は、図書館に入るとシジャル様を探したが、今日は何か用事で出ているようだった。
早く話しておきたいのに、うまくいかないものだ。
仕方がないので経済学の本を手に取り、席に座って読み始めた。
しばらく本に集中していたのだが、気配を感じて本から視線を外すと一つ椅子を開けて右隣にシジャル様が書類仕事をしていた。
シジャル様には珍しく真剣な表情にドキドキする。
邪魔してはいけない。
私は思わずシジャル様を見つめてしまった。
しばらくシジャル様を見ているとシジャル様がチラリと私の方を見て目が合うとフニャっと笑ってくれた。
その笑顔！ 可愛いすぎだ‼︎
つられて私も笑顔を返す。
「アルティナ様、おはようございます」
「おはようございます。シジャル様」
うっかり話さなければいけない話があることを忘れてしまいそうになった。
私はシジャル様に体ごと向き直ると口を開いた。
「シジャル様にお話があります」
私の言葉にシジャル様は不安そうに眉を下げた。
「改まってどうしたのですか？ 婚約が嫌になってしまいましたか？」
「それはありえません」
私が否定すればシジャル様は安心したように息を吐いた。
「良かった……では、どう言ったお話でしょうか？」
「それが」
どう説明したらいいかよく解らず黙ってしまう私に、シジャル様は近づいてくると頭を撫でてくれた。
「ゆっくりで大丈夫ですよ」
シジャル様の優しさに安心してしまう。
「実は、海外からお父様が帰って来ることになったのです」
シジャル様はしばらく黙ると首を傾げた。
「それはいいことですよね？」
「お父様は、とても面倒臭い人なのです」
シジャル様はキョトンとした顔をしてからニコッと笑った。
「ここでは何ですから、執務室でお茶でも飲みながら話しましょうか？」
「はい」
私はシジャル様に連れられて、司書長用の執務室に向かった。
シジャル様が猫の絵の描かれたカップにハチミツ入りのミルクティーを淹れてくれ、お茶請けにクッキーも出してくれた。
私はミルクティーを一口飲んでからシジャル様を見つめて言った。
「お父様は、お兄様やお姉様達の倍以上私の話を聞いてくれない人なのですが、そんなお父様が私の婚約者候補を連れて帰って来ると手紙が来ました」
シジャル様は手にしていたシンプルな黒いカップを床に落とした。
しかも、カップは割れてしまっている。
慌ててカップの破片を拾うシジャル様に私は構わず話を続けた。
「勿論、私はシジャル様以外の男性を婚約者にするつもりも、結婚するつもりもありませんが、お父様はきっとシジャル様に嫌な思いをさせてしまうと思うのです」
「さらりと嬉しいことを言ってくる」
シジャル様は小さく何かを呟いていたが何を言っていたのかはよく解らなかった。
「私とお兄様でお父様が連れてくる人とは婚約出来ないと、はっきり伝えますのでご安心ください」
「はい。ですが、どんな人物が来るのか解らない以上心配ですのでシャルロを護衛代わりにアルティナ様に預けてもよろしいでしょうか？」
「シャルロを護衛に？」
「シャルロならアルティナ様をどんなことがあっても守りますから。たぶん、自分とアルティナ様が襲われていたら迷わずアルティナ様を助けようとするに決まってますから」
シャルロはシジャル様の使い魔の飛竜である。
使い魔とは主人を一番に守るのではないのか？
「そんなことはないのでは？ それに、シジャル様が遠出する時にシャルロがいないと困ってしまうのではないでしょうか？」
私が心配して聞けばシジャル様は私の頭を優しく撫でた。
「大丈夫ですよ。フェンリルのリルを連れてきますから」
「リルさんは使い魔なのですか？」
「違いますが、拒否権はアイツに存在しませんから」
優しい声色だったが、なかなか凄い言い分である。
まあ、シジャル様がそれでいいならいいか？
私もシャルロには何かとお世話になっているし、気心も知れているから安心だ。
「では、シジャル様のご好意に甘えさせていただきますね」
こうして、私はしばらくの間シャルロを借りることになった。
数日後、図書館に行くと図書館の外の中庭に小さな仔犬が蝶々を追いかけているのに気がついた。
シジャル様に聞けば、リルさんを小さくさせたのだと教えてくれた。
「あんな小さくなれるのですね！」
「上級の魔物だと大きさぐらいは変えれるみたいですよ」
シジャル様はそう言ってから左手に巻き付いていたシャルロを私の首元に近づけた。
シャルロは躊躇うことなく、私の首にネックレスのように巻きつきキューっと小さく鳴いた。
「今日からよろしくね！ シャルロ」
私の言葉にシャルロは猫が首元を撫でられゴロゴロ鳴くようにクルクルと鳴いて見せた。
シャルロの頭を指で撫でてから、私はシジャル様に向き直った。
「何かあれば、すぐに自分に相談してください」
「はい……ちなみに、シャルロの好きな食べ物とかがあれば教えてほしいのですが？」
「シャルロは果物が好きです。肉も食べますけどね」
私はしばらく黙ると、首を傾げて聞いた。
「シジャル様の好きな食べ物は何ですか？」
シジャル様は両手で顔を覆うともごもごと何か呟いた。
「可愛いすぎる」
何を言っていたのか教えて欲しかったが聞くタイミングを逃してしまった。
「自分は野菜たっぷりのシチューが好きです。アルティナ様は何が好きですか？」
私は悩みに悩んで言った。
「私は木の実たっぷりのパウンドケーキが好きです」
「では、美味しいお店を探しておきますので今度食べに行きましょう」
シジャル様の自然なデートの誘いに私は感動してしまった。
「約束ですよ」
「勿論、約束です」
シジャル様はその誘いがどれだけ私を幸せにしているかなんて気が付きもしていないだろう。
シジャル様と一緒に居られるだけでこんなに幸せなのにデートまで。
もっともっとシジャル様の側にいたい。
「シジャル様」
「はい、なんでしょうか？」
「大好きです」
思わず出てしまった言葉にシジャル様は指先まで真っ赤に染まって膝から崩れ落ちた。
「シジャル様！」
慌てて駆け寄るとシジャル様は頭を抱えて言った。
「可愛いすぎる」
今度ははっきりと聞こえた。
あまりにも可愛らしいシジャル様に、私はニヤニヤが止まらないのだった。
今年も宜しくお願い致します‼︎
