湯上がり
シジャル様のご家族との顔合わせは、恙無く終わり夕食を皆様ととったのだが、シジャル様がそれはそれはお疲れのようだった。
夕食が終わり部屋に通され、私の部屋つきになったという40歳前後に見えるメイドさんが部屋に備え付けのお風呂を用意してくれていた。
言われるがままお風呂を使わせてもらい、髪をタオルで巻いて寝間着に着替えてお風呂場を出るとメイドさんはニコニコしながら私の髪の毛をふくのを手伝ってくれた。
「さあ、坊っちゃんの所へ行きますか」
何を言われているのか解らずメイドさんを見るとニコニコされるだけだった。
たまらず、私がメモとペンを掴むのと私の手をメイドさんが掴むのは同時。
「さあ、行きますよ」
メモとペンは掴めたが、メイドさんに流れるような動きで部屋から出されてシジャル様の部屋の前に連れて来られてしまった。
コンコンコン。
躊躇いの無いノック音が響き、部屋の中からシジャル様の声がした。
「誰だ?」
「マーサです。お客様の事でちょっと……」
「どうした!」
直ぐに開いたドアから現れたのは上半身裸にタオルを下げたお風呂あがりだと解るシジャル様だった。
見てはいけない!
私は慌てて目をつぶった。
「お客様の髪の毛は長いので乾かすのが大変ですので、坊っちゃんが魔法で乾かしてあげてください」
そう言ったメイドさんに軽く突き飛ばされ、私はそのままシジャル様の腕の中に……
「えっ?おいマーサ」
「坊っちゃん、マーサは坊っちゃんの味方です!ではではごゆっくり」
ドアの閉まる音が部屋に響いたのが解った。
「も、申し訳ございませんアルティナ様」
私は首を横にふった。
「あ、あの、とりあえず……髪を乾かしましょうか?」
そう言って運ばれたのは、たぶんベッドだった。
目をつぶっているから定かでは無いが、シジャル様の部屋にはベッドしかなかったから間違いないと思う。
「では、失礼します」
そう言ってから、シジャル様は私の髪の毛を撫でるように指を滑らせる。
緊張で手が震える。
「うちのメイドがすみません」
私は首を横にふることしか出来なかった。
「でも、アルティナ様の髪に触れられるのは役得というやつですね」
私の髪の毛にそんなことを言ってもらえる価値があるのだろうか?
私はゆっくりと目を開けた。
やっぱりベッドに座らされていた。
背後にあるシジャル様の気配が何だか嬉しい。
「こんな状況をユーエン様に知られたら自分は殺されてしまいますね」
シジャル様はそう良いながら私の髪の毛を撫でる。
兄には知られたくない。
私は手に掴んでいたメモにペンを走らせた。
『シジャル様に髪の毛を乾してもらえるなんて私は幸せです。兄だって許してくれます』
そのメモを後ろに見せるとシジャル様は少しの沈黙の後、静かに言った。
「アルティナ様は解っていませんね。自分の方が断然幸せですよ」
『そんなことありません!シジャル様に大事に扱われて、お姫様気分にさせていただいています』
「本当に解ってない」
シジャル様はゆっくりと私の頭から手を離した。
「乾きましたよ」
『ありがとうございます』
振り返れば、シジャル様は困ったような顔をしていた。
私が首を傾げると、シジャル様はハーっと息を吐いた。
「アルティナ様は無防備過ぎます。自分がアルティナ様に何かしたらどうするんですか?」
シジャル様が私に何をするっていうんだろうか?
むしろ、無防備な格好をしているのはシジャル様の方だ。
普段服で隠れて見えないが、腕だって太くて筋肉質で腹筋も割れている。
男性的な体つきは本で読むものとは違うし、兄とも違う。
美しいと思うのはおかしいことだろうか?
「男の部屋にそんな薄着で来るのは感心しません」
『シジャル様に薄着と言われるのは違うと思います』
シジャル様は己の姿を確認すると、ベッドに置いていたらしい上着を羽織ってボタンをとめはじめた。
「お見苦しいものをお見せしました」
『そんなことありません。シジャル様は美しいです』
暫くの沈黙の後、シジャル様はポツリと言った。
「アルティナ様は本当に解っていない」
その後、シジャル様に部屋まで送っていただいた。
「かならず鍵をかけてください」
それだけ言い残してシジャル様は部屋に戻っていった。
私は言われた通りに部屋の戸締まりを確認してからベッドに潜り込んだ。
だが、寝れる気がしない。
シジャル様の美しい体を思い出してしまうからだ。
こんなことを考えているなんて知られたら嫌われてしまう。
私は布団を頭まで被ると悶々とした夜を迎えたのだった。
シャルロはアルティナちゃんのベッドで丸くなって寝ています。