シジャル様のお父様
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マーフィスさんに連れられて連れてこられた部屋は陽当たりの良い薄緑色の落ち着いた部屋だった。
「隣はシジャル様の部屋になりますが、見てみますか?」
マーフィスさんの言葉に私はビックリしてマーフィスさんの顔を見た。
「何も無いですよ」
私が頷くとマーフィスさんが隣の部屋に案内してくれた。
扉を開けると、真っ黒な壁の部屋にベッドが一つ置いてあるだけにしか見えなかった。
「何も無いでしょう?ほぼ図書室に入り浸っていたのでこの部屋には寝に来るだけなんです。シジャル様は」
私の知らないシジャル様の話に嬉しくなってマーフィスさんに笑顔を向けると、マーフィスさんは両手で顔をおおった。
「お美しい」
何を言っているのか解らず首を傾げると、マーフィスさんは手を外すとフニャッと笑ってくれた。
「マーフィス、勝手に見せるな」
その時、シジャル様が追い付いてきて、慌てたようにドアを閉めてしまった。
「アルティナ様、この部屋に面白いものはありません」
『シジャル様のお部屋はシンプルですね。私の部屋は沢山物があって子供っぽいのかも知れません』
私が書いたメモを見るとシジャル様は驚いた顔をした。
「アルティナ様の部屋は女性らしくて素晴らしかったですよ。子供っぽいなどと思ったことは無いです」
「何故、淑女の部屋に入ってるんです?シジャル様、犯罪ですよ~~!」
何故かマーフィスさんにシジャル様は首をしめられ始めたので、私は慌てて止めた。
「危険ですので男性を部屋に入れてはダメですよ!」
マーフィスさんに何故か怒られたので、私はシュンとしながらメモを書いて手渡した。
『シジャル様はお見舞いに来てくださっただけです。それに、シジャル様以外の男性は兄と父しか私の部屋には入れたことはございません』
そのメモを見たマーフィスさんとシジャル様が膝から崩れ落ちた。
この家の人のブームか何かだろうか?
「シジャル様、なんなんですか?この可愛い生き物は?」
「本当に」
こそこそと話す二人の向こうから、口に髭をたくわえた熊のようにでかい男性が近付いて来たのが見えた。
「お前ら何をやってる?客人の前だぞ!」
「親父」
シジャル様が慌てて立ち上がり私を背中に隠した。
「邪魔だどけ」
「いやいや、邪魔の意味が解らない」
「客人に挨拶するんだろうが?」
「アルティナ様が怯えるから三メートル以内に入ってくんな」
シジャル様の砕けた言葉使いにお父様とシジャル様が仲良しなのが解って私は少し嬉しい気持ちになった。
『私、アルティナと申します。療養のためにお邪魔させていただきました。声を出すことが出来ず筆談で申し訳ございません』
私がシジャル様の後ろから差し出したメモを受けとりシジャル様のお父様はニヤリと笑った。
「スッゲー良い子じゃんか。そのまま嫁に来て良いぞ!シジャル、気張れよ!」
お父様はガハハハハっと豪快に笑うとシジャル様の背中をバシバシ叩いた。
「親父、とりあえず黙れ!」
「シジャル、嫁は大事にしないとな」
「嫁じゃないから」
「はあ?嫁じゃない女連れて帰って来ないだろ?」
「だから、アルティナ様は療養しに来たんだ!」
あんなに感情的なシジャル様は見たことがない。
「こんな可愛い生き物が嫁なら嬉しいだろ?」
「……そ、そりゃ」
「気張るしかないだろ?」
「……いやいや、本人目の前にして何を言ってるんだ!黙れ糞ジジイ」
シジャル様のお父様のグイグイくる喋り方はシジャル様のお兄様に似ている。
そう考えるとシジャル様はお母様似なのかもしれない。
そんなどうでも良いことを考えてる間にシジャル様とお父様は殴りあいの喧嘩を始めていて驚いた。
止めた方が良いんじゃないかとオロオロする私にいつの間にか私の隣に立っていたマーフィスさんが笑顔で言った。
「ほっといて大丈夫でございます。いつものことですので」
これがいつものことだなんて……
私が若干引いているうちに、シジャル様が床に倒されお父様に踏みつけられていた。
「客人、おいで、少し話そう」
シジャル様を乱暴に蹴り飛ばしながら、そう言われて私は怯えながらも頷いた。
お父様は私を軽々と荷物を担ぐように小脇に抱えて走り出した。
早すぎて怖くて両手で顔を覆って目をつぶっている間についた場所は図書室のような場所だった。
図書室なのかも知れない。
「俺はここには滅多に来ないから探し出すのに時間がかかるだろう。アルティナ様の家よりシジャルと婚約したいとお話がありましたが、よろしいのでしょうか?」
突然の丁寧な言葉に驚きながらも私を真剣に見つめるお父様からは、シジャル様への愛を感じる。
私が笑顔で頷くと、お父様は柔らかく笑顔を作った。
「あいつは本にしか興味の無い男なのでつまらないだろ?」
『私も本が大好きですので、シジャル様も大好きです!』
私が真剣に書くとお父様はクックックッと声を押し殺して笑った。
「息子は婚約の話を知らんのか?」
『はい。兄と姉いわく、外堀を埋めるのだと言われています。シジャル様に距離を置かれてしまったら、悲しいですし』
「本当にシジャルが好きなんだな」
『はい』
私が自信満々に書くとお父様はガハハハハっと豪快に笑った。
それとほぼ同時にドアが開き、シジャル様が入ってきて私は慌ててメモを隠そうとしたのだが、その前にお父様が魔法を使い燃やしてくれた。
「アルティナ様、無事ですか?」
私が頷くとシジャル様は本当に安心したように息を一つ吐いた。
「思ったより早かったな」
「アルティナ様の首にいる俺の使い魔の気配をたどってきた」
「なんだつまらん」
「つまらんじゃない!アルティナ様に迷惑かけるな!」
いつも丁寧で物腰の柔らかなシジャル様が〝俺〟と言っているのが本当に珍しくて何だか新鮮だ。
私はシジャル様に近づくとシジャル様の服の裾をつかんでお父様に頭を下げた。
「ほら、客人に気を使わせて良いのか?客人、ゆっくりしていってくれ!俺のことは本当の父親だと思ってくれて良いからな」
私は小さく頷いた。
「親父みたいな父親なんてアルティナ様が可哀想だろ」
「うっせ~な~!客人にシジャルの昔話話しても良いんだぞ!」
お父様の言葉を聞いたシジャル様は私をお姫様抱っこするとその場を走って逃げ出したのだった。
キャラが濃すぎて家族が揃わない問題。