追いかける シジャル目線
読んでくださりありがとうございます!
友人のベスタンスは学生の時の同級生で、魔法も剣術も成績も学年トップの秀才だった。
自分は魔法も剣術も成績も中の下を目標にしていたから教師やベスタンスのライバル達は自分が目障りだったみたいだが、ベスタンスは自分が手を抜いていることを解った上で側に居てくれる唯一の友人であった。
『学年トップを死守するためだ。お前は本気を出すな』ってよく言われたのが懐かしい。
その言葉が自分には凄くありがたかった。
ベスタンスは癖の強い男だ。
だから、好きな女性ができたと言った時は内心この男に恋愛が出来るのだろうか?と疑問だった。
女性は無条件でよってくる、付き合っても(本当に付き合っていたかは定かではない)、女性に合わせるつもりが無いから直ぐに女性が離れていく、を繰り返していた男だからだ。
だから、ベスタンスに女性に人気の恋愛小説を読ませて女性の理想男性を徹底的に叩き込み、今の奥様を手に入れたのも解っていた。
まさか、アルティナ様の姉君だったとは。
今も、たまにベスタンスとは飲みに行ったりするが奥様の話をしているときは別人のように穏やかな顔をする。
友人は奥様を持って幸せなのだ。
そんな友人が図書館の前でアルティナ様と話をしているのが見えたときは、何がおこっているのかと思った。
まあ、どちらも知り合いだから、どんな状況であっても仲裁できると思い話を聞けばベスタンスがアルティナ様は義理の妹で、誘惑についての資料を作り手渡していたという。
ベスタンスの性格は解っている。
なんて物をアルティナ様に渡しているんだ!
若干の殺意すらうまれる。
アルティナ様に直ぐに書類を破棄するから、その書類を渡してほしいと言ったが、アルティナ様は大事そうにその書類の束を背後に隠した。
絶望すら感じながら説得しようとするも、ベスタンスが邪魔をする。
しまいにはアルティナ様を押し倒してしまう事態に。
何をどうしたらそうなるんだ~~!
前後の記憶が曖昧だ。
気が付いたら柔らかいものに包まれていた。
……本当に何であんなことに!
ベスタンスは自分達をからかうだけ、からかってさって行った。
とりあえず、アルティナ様を執務室に誘った。
き、気まずい。
自分はアルティナ様用にしている猫のカップにホットチョコを淹れた。
それを持って戻ると、アルティナ様は混ざってしまったベスタンスからもらった書類と自分の持っていた本の発注書類を仕分けていた。
アルティナ様の前にカップを置き、自分もそれを手伝う。
「姉に」
「へ?」
「姉に渡すつもりでいました」
アルティナ様はチラリと自分を見て、ポツリと言った。
「ベスタンス様が喜ぶかと思って」
ベスタンスのために書類が必要だったということなのか?
「姉は、ベスタンス様が大好きなので姉がするのであればこの書類は有効だと思っていました」
アルティナ様は何だかつらそうにそう言った。
「でも、世の女性達は皆こんなアピールをして好きな人に気づいてもらうんですね」
???
「私は何も知りませんでした。好きな人の気持ちを得るためには過激なアピールも必要だったなんて」
?????
「これでは、お子様だと思われるのも当たり前です」
「待って下さい!」
キョトンとした顔でアルティナ様は自分を見つめた。
「ちょっと待って下さい」
自分は急いで仕分けられたベスタンスの書類をパラパラと読んだ。
ダメだ!過激すぎる!!
下着姿で抱きつくとかどんな状況下で成立するんだ?
「ベスタンスのこの書類には前後の状況は書かれていません。しかも、かなりの特殊ケースもまじっています。それに、アルティナ様は本当に美しい女性です。性格もとっても可愛らしく魅力的です。だから、こんなことをしなくても男なら好きになってしまうと思いますよ」
アルティナ様は顔を真っ赤に染めて俯いた。
「シジャル様も?」
「?」
「シジャル様も、私を好きになってくださいますか?」
アルティナ様の消えそうな声にドキリと胸が跳ねた。
自分なんかが好きだなんて言って良いのだろうか?
好きか?なんて聞かれたら、大好きだと答えたい。
だが、アルティナ様に迷惑じゃないだろうか?
アルティナ様は不安そうな顔で自分の方を見つめてきた。
これは、躊躇ってはだめだ。
「自分も、男ですので……可愛い方だと思っています」
アルティナ様は自分の返事が不満なのか、頬を膨らませた。
「やっぱり、子供だと思ってらっしゃるんでしょ!」
か、可愛い。
子供とか関係なく、抱き締めてしまいたいぐらい可愛いのだ。
「自分が好きだと言ったらアルティナ様はお困りになるのではないですか?」
「何故?」
自分は苦笑いを浮かべて言った。
「自分は、今まで何も欲しいと思ったことがないので、アルティナ様を好きだと言ってしまったら……」
「……しまったら?」
「逃がしてあげられません」
「へ?」
アルティナ様を好きだと認めてしまったら、自分はきっと何をしてでもアルティナ様を手にいれる。
アルティナ様の気持ちを最優先に考えてあげる余裕なんてない。
手に入れたいという欲望をどうやって押さえれば良いのか解らない。
こんなことを考えるやつは、サイコ野郎と決まっている。
そんなやつが、アルティナ様を幸せにできるはずがない。
アルティナ様には幸せになってほしい。
「逃がすとは私が逃げようとするということでしょうか?」
「……」
「私が逃げるのだとしたら、きっと追いかけてほしいからだと思うのです。私が逃げたら、シジャル様は追いかけて下さらないのですか?」
追いかける?
考えたことがなかった。
アルティナ様が自分の前から逃げたら……自分はきっと追いかけると思う。
アルティナ様は無防備な所があるから心配で追いかけてしまうと思う。
そして、彼女の前に立ちはだかるものを全て倒したい。
「アルティナ様は自分が追いかけて来たらどうなさるおつもりですか?」
アルティナ様は暫く黙るとヘニャっと笑った。
「シジャル様が追いかけて来て下さるなら、両手を広げて待っています。シジャル様が私を捕まえる前に、私がシジャル様を捕まえてしまいます」
可愛い顔で可愛い声で自分を捕まえるというアルティナ様は本当に可愛くて、好きにならないなんて選択肢は最初から用意されていないじゃないのか?
どうだ、この返し!と言わんばかりの顔をアルティナ様はしていた。
自分は思わず声を出して笑ってしまった。
アルティナ様は本当に凄い。
自分の考えなど本当にちっぽけなことに感じた。
「では、どちらが先に捕まえるか競争ですね」
自分の言葉にアルティナ様はフフフっと笑った。
「はい。負けません」
アルティナ様はきっと意味は解っていないだろうが、それでも構わない。
自分はアルティナ様が好きで、この人を手に入れたい。
アルティナ様も己の信念を貫くために頑張っているんだから自分もアルティナ様を手に入れるために頑張ろう。
自分は安心した顔でホットチョコを飲むアルティナ様を見つめながら決意を新たにするのだった。
お待たせいたしました。
漸く自覚しました。