事故
いつもありがとうございます!
私は凄く大胆なことをしてしまった。
シジャル様のお兄様にからかわれたのを良いことに彼氏だと主張してしまったのだ!
シジャル様は少し困った顔をしていたけど、最後には話を合わせてくれた。
嬉しくて恥ずかしくてどうしたら良いの?
とりあえず、兄に長文の手紙を書いた。
どんなことがおきたのか詳細を書き記した手紙だ。
私の書いた手紙を読んだ兄は私の頭を優しく撫でた。
「アルティナ、よくやった。これは既成事実と言っても良い」
私はかなり驚いた。
そんなに破廉恥なことを自分がしてしまったのだとはじめて知ったのだ。
「今、司書長の家に婚約の申し出をしているから恋仲なのだと思わせられたらすぐにでもより良い返事が来るだろう」
兄は何だか凄く嬉しそうだった。
翌日、図書館の前で兄と別れて直ぐに声をかけられた。
この、宰相補佐官をしているベスタンス様はリベリー姉様の旦那様だ。
「おはようアルティナさん」
爽やかな笑顔が胡散臭いと思ってしまうのは私がこの人が苦手だからかも知れない。
「最近、声の方はどうですか?貴女の声が戻らないと妻が貴女の話しかしなくなるので困るのです」
この人はリベリー姉様のために生きているような人だから、たぶん私が嫌いだ。
私も苦手だから良いのだけど。
「まあ、最近では声より貴女の婚約が気になって仕方がないようですが……さっさと結婚してくれれば彼女も安心するでしょう。なので、協力しますよ」
回りくどい言い方だが、協力するつもりでいるらしい。
ベスタンス様は書類の束を私に渡した。
「私なりに誘惑作戦をまとめてみました」
手渡された『誘惑について』と書かれた書類にはこれをするとこの効果があります的なことがまとめられていた。
だが、内容は過激だ。
抱きつくが一番レベルが低いとはどうなんだ?
よし、これはリベリー姉様に差し上げましょう。
きっとベスタンス様が満足してくれるに違いない。
「アルティナさん、何を企んでいるんですか?」
気付かれた。
私が首を横にふると、爽やかな笑顔で詰め寄られた。
爽やかな笑顔な、はずなのに背後から黒いオーラが出ている気がする。
「妻には秘密ですよ」
私はコクコクと頷いた。
ベスタンス様が離れてくれてから、私はメモ帳に書いた。
『リベリー姉様がベスタンス様を喜ばせたいと相談してきたら教えて差し上げても宜しいですか?』
ベスタンス様は暫く黙ると言った。
「妻はそのような相談を貴女にするのですか?」
私は深く頷いた。
「……そうですか」
ベスタンス様はコホンと一つ咳払いをすると言った。
「ま、まあ、妻の悩みが解決するのであれば仕方がありません」
よし、許可はいただいた。
リベリー姉様に横流しが決定だ。
「ちなみに、シジャルは学生時代の友人なので聞きたいことがあればいつでもどうぞ」
私は驚いた。
この腹黒とシジャル様が友人?
「納得出来ないといった顔をしていますね。ですが、いつも一緒に行動するぐらいには仲の良い友人でしたよ」
私が信じられずにいると図書館の扉が開いたのが解った。
出てきたのはシジャル様だ。
「おや、おはようございますアルティナ様……ベスタンスがここに来るのは珍しいですね」
「やあ、シジャル。義理の妹が世話になっているな」
「義理の妹?……ああ、アルティナ様の姉君と結婚したのでしたね」
シジャル様は手に書類らしきものをもって近づいてきた。
「何処か行くのか?」
「本の発注に行くところでした。ベスタンスは何か自分に用でしたか?」
「いや、義妹殿が誘惑について勉強をしていると聞いたのでな、参考までに資料をまとめて持ってきただけだ」
シジャル様はニコニコしていた顔を真っ青にして私の持っている書類の束を見た。
「ベスタンス」
「心配しなくても参考資料なだけだぞ」
シジャル様は私の方に近づいて手を出した。
「アルティナ様……それは危険ですので、自分が処分しておきます」
でも、リベリー姉様に渡すつもりだし、内容が内容だから見られたくない。
私が書類を背中に隠すとシジャル様は焦ったようにオロオロしだした。
「アルティナ様、ベスタンスは女性から誘惑されることが多くてですね。内容的にたぶん過激なものが多くあると推測されます。それを真に受けて実行にうつすと……き、危険が危なくてですね!」
「シジャル、動揺しすぎだろ?」
シジャル様はベスタンス様に視線を戻すと言った。
「ベスタンス、君は義理とはいえ妹がこの内容を実行にうつしたらどうなるかとか、考えなかったのですか?」
「相手は恋愛において極度の鈍さを誇る男だからな!これぐらいしなくては気がついてもらえないと私は確信している!義妹殿はそれぐらいの覚悟が必要だ!」
私はふらりと後ろに一歩後ずさり、書類をパラパラとめくった。
これを実行しなくては気がついてもらえないの?
こんな過激なことをしないと気がついてもらえないなんて……
兄は彼氏宣言を既成事実と言っていたが、義理の兄は物理的な既成事実がないと恋心にすら気がついてもらえないと言う。
私は家族から甘やかされて育ったからそんなことも知らないって事なのだ!
世間の女性達は私になんか比にならないぐらいの努力をしているんだ。
し、知らなかった。
「アルティナ様!」
シジャル様が心配そうに私に近づいてきた。
その瞬間、ベスタンス様の口元がニヤリと上がったのが見えた。
悪い顔だ。
そう思った時にはベスタンス様はシジャル様の背中を蹴っていた。
「悪い、足が滑った」
シジャル様はそのまま私を巻き込んで転んだ。
仕方がないと思う、何せ蹴られているのを見ていたから。
シジャル様の顔が胸にのっているが事故だと解っている。
シジャル様は何がおきたか解らないのかピクリとも動かない。
「シジャル、大丈夫か?」
ベスタンス様の声にシジャル様は勢いよく私からどくと深々と土下座した。
「も、申し訳ございません」
綺麗な土下座に私は驚くばかりだ。
「シジャル、妹殿の胸にスリスリしたらダメだろ?もう、嫁にもらってもらわないと困るな」
ベスタンス様の言葉にシジャル様は真っ赤な顔に涙を浮かべてベスタンス様を睨んだ。
「す、スリスリしてない」
「目撃者がここにいる!」
「ベスタンス!そういうなら、ちゃんと見ててくれ!誤解だ!」
シジャル様もちゃんと思い出してほしい。
貴方はその人に蹴られたからこうなったんだよ!っと言ってあげたい。
ベスタンス様に抗議しているシジャル様の背中にはくっきりと足跡がついていた。
私は急いで『シジャル様大丈夫です!事故だと解っています』と書いてシジャル様に差し出した。
そのメモを見るとシジャルは感極まったような顔をしていた。
「アルティナさん、そこは責任をとってお嫁にもらって下さいって書くのが正解ですよ」
ベスタンス様の言葉に私は衝撃をうけた。
そ、それは効果的だったのかも知れない。
だが、考えもしなかったから無理だ。
「ベスタンス!!」
「友人想いにも妹殿を嫁にもらえるように協力してあげてるんだろ?感謝しろ。……おや、そろそろ仕事しなくてはいけない時間だ。アルティナさん、くれぐれも妻には秘密ですよ」
ベスタンス様は懐中時計を見ながら、それだけ言ってさって行った。
私はゆっくりと起き上がると散らばってしまった誘惑書類を拾った。
見ればシジャル様の書類も混じってしまっている。
シジャル様も慌てて書類を端から拾いはじめた。
気まずい。
「ア、アルティナ様、自分の書類と混ざってしまったようなので執務室で仕分けましょうか?」
私が頷くと、シジャル様は少しだけこわばった顔をゆるめたのだった。
何だかすみません。