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ときめき

短めです。

 司書長の好きなヒロインの小説を借りてきた。

 一冊目は魔女の女の子で、王子様との恋。

 猫の姿に変えられた魔女が王子様に拾われて可愛がられて恋をする話。

 二冊目はお姫様と黒馬の騎士の恋。

 捕虜になったお姫様とそれを助ける騎士の話。

 三冊目はパン屋さんの女の子と公爵子息の恋。

 食糧難の領地を力を合わせて救い恋に落ちる話。

 どの話の女の子も自分の信念を持って頑張る女の子だ。

 私は本を読み終えて項垂れた。

 だって、私は信念を持った女性ではない。

 むしろ、いろんな事から逃げている女だ。

 泣いても良いだろうか?

 ヒロイン達は一生懸命で可愛い。

 小説は本当に面白かったけど、私にはこの可愛さは無い。

 私の目からは涙がこぼれた。

 その夜、私は泣きくれた。



 

 次の日、私の目が腫れてしまったのは仕方がない事だと思う。


「アルティナどうした?……大丈夫か?」

『小説を読んだせいです』


 心配した兄に私の書いたメモを見せると深いため息をつかれた。


「ほどほどにしておきなさい」


 私が頷くと兄は安心したように笑った。

 その後、図書館に行ったのだが周りの視線が痛い。

 そんなに目立つのだろうか?

 恥ずかしい。


「あ、あの、アルティナ様、何かありましたか?」


 シジャル様にまで心配されてしまった。

 貴方の好きなタイプと自分が違いすぎて悲しくなって泣きました。

 なんて言える訳がない。

 どう答えよう?


「自分には言えない事でしょうか?」


 頷いてしまおうか?

 でも、それは何だか嫌だ。

 私は首を横にふった。


「では、お茶でも飲みながら」


 そして、うながされるまま司書長の執務室にむかった。

 ソファーに座ると可愛い猫のカップにホットチョコが淹れられてテーブルに置かれた。

 一口飲んだら、ほっとした気がする。


「どうしたのか聞いても?」


 シジャル様の言葉にぐっと息を飲む。


「自分に出来ることなら力になりますよ」


 私はゆっくりと声を出した。


「た、大したしたことではないのです。自分の不甲斐なさに悲しくなってしまいまして」


 シジャル様は困ったような顔で私を見つめていた。


「何にも努力せず逃げてばかりだと気がついてしまいまして」

「逃げる勇気もあると思いますが?」

「逃げる勇気?」


 シジャル様はニコッと笑った。


「自分のように言われたことをただやるだけの人生をおくってきた人間には逃げる勇気も羨ましく眩しいですが」

「そんな、シジャル様はいつも私を助けてくださって、私の方がシジャル様を眩しく感じています」


 シジャル様は照れたように頭をかいて言った。


「そう言っていただけるほど自分は大したことはしていませんよ」

「そんなことありません。いつもいつも感謝してもしきれないぐらい助けていただいています」


 シジャル様は机の引き出しからチョコレートを取り出すと私の前に置いた。


「甘いものでもいかがですか?」


 甘いものは幸せな気分になるが、シジャル様は私が子供だと思って寄越している気がする。

 子供だと思われても仕方がないのかもしれない。

 怒って口をきかないなんて子供と一緒だ。

 そう思ったらまた涙が溢れてきた。


「!!アルティナ様!」

「すみません。自分の子供っぽさに悲しくなってきてしまって」


 シジャル様は慌ててポケットからハンカチを取り出して私に手渡した。


「今日のハンカチは合格点だと思います」

「泣いてばかりでごめんなさい」


 シジャル様は苦笑いを浮かべた。


「自分の前では泣いても良いのですよ。むしろ、危ないので他の男の前では泣かないで下さい」

「危ない?」

「アルティナ様の涙は本当に美しいですから」


 息が止まるかと思った。

 心臓が尋常じゃない早さで動き顔に熱が集まる。

 この人は私を殺そうとしているんじゃないだろうか?

 だって、今、上手く呼吸が出来ない。


「弱っている時を狙って甘い言葉をかけてくる男はたくさんいますから、本当に気を付けて下さい。相談事なら自分が聞きますから」


 酸欠で死にそうだ。

 なんでこの人は私をこんなに、ときめかせるのだろうか?

 

「アルティナ様大丈夫ですか?顔が赤いですが」

「シジャル様のせいです」

「自分ですか?」

「嬉しいことばかり言って私を甘やかそうとする。シジャル様は悪い男性です」


 シジャル様はキョトンとした顔をした。

 この人は私がどれだけキュンキュンさせられたか解っていない。


「シジャル様の意地悪……でも、もうシジャル様の前でしか泣きません。なので、受け止めてくださいますか?」


 シジャル様はニッコリと笑って頷いてくれた。

 私は涙を借りたハンカチでふくと、冷めたホットチョコを飲み干して立ち上がった。


「お話聞いてくださってありがとうございます。力をいただきました。本を選びに行ってまいります」


 私はシジャル様にそれだけ告げて執務室を後にした。

 負けだ。完敗だ!

 私はシジャル様の言葉でシジャル様をもっともっと好きになってしまう。

 キュンキュンしすぎて苦しくて息も絶え絶えだ。

 シジャル様に振り向いてもらうためにも私は良い女にならなくちゃ。

 恋愛小説を読もう。

 シジャル様の心を掴むための勉強をしよう。

 私は恋愛について無知すぎる。

 私は気持ちを新たに恋愛小説の本棚に向かって歩みをすすめたのだった。

読んで下さってありがとうございます。

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